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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode1 必然という名の運命

 正座だ。

 さっき俺は、正座をすることに関しては苦は無い、ということを言ったが、それを取り消したくなる。確かにただ正座で耐えろというだけなら三十分だろうが一時間だろうが問題ないが、それは時と場合と状況によって変わる基準である。既に、相当痛い。足では無く、主に胃のあたりが。

 (……にしても、でけえ道場だよ、まったく)

 この「四神守」家、巷では有名な道場でもあるらしい。この屋敷の人間が教えているのは合気道らしいが、それだけではなく近所中の部活や習い事に対しても快く場所を提供している、いわゆる「まちの道場」だ。当然床面積としても十二分な広さがあり、……その分、少人数で使えばがらんとした空気が漂うことになるわけだが。

 ……まあ、場所はいい。よくある場所だ。問題は、場合と状況だ。

 まず場合として、今俺は爺さんに悪事…朝の抜け出しがバレている。
 次に状況として、爺さんと向かい合って正座している。

 真直ぐに俺を見据える……いや、睨みつけるその鋭い目つきは、それだけで結構な寿命を縮めてくれそうだ。更に横には、俺を心配した母さんがこれまた正座している。そして、すでにこの状況が既に三分続いている。体感時間は考えたくも無い。

 (ひえー……)

 爺さんは、何も言わない。ただ、心の読めない漆黒の瞳で俺を見据える。俺も、その目を見返す。目を逸らすとマズい、というのは単なる俺の強迫観念だが、あながち間違いでもないだろう。

 そして爺さんと睨みあうこと、更に二分。
 先に口を開いたのは、爺さんだった。

 「…今日も、出かけるのか?」
 「……はい」
 「…よかろう、夕餉までには、帰ってくるように」

 重々しい声でゆっくりとそれだけ言って、すっくと立ち上がる。その動きは、流石は現役の道場師範だけあって、流れるように滑らかだ。そのまま、こちらを一瞥すらせずに道場を去っていく。

 目だけで追う。
 追う。

 ……よし、そのまま出て行った。

 「ふあ~……」

 うん、これだけで周囲の空気が一気に軽くなったように感じる。あれはあっちの世界で言えばキリトやアスナ、あるいはヒースクリフといった俺をはるかに超える強者だった連中と相対したときに感じるレベルのプレッシャーだった。いや、もっと分かりやすく言えば、ボス戦級の重苦しさだ。

 「はあ~…」

 思わず、深々と溜め息をつく。隣に母さんがいるが、ここの人たちと違って十九年…いや、二年引いて十七年一緒にいた人だ。俺の性格がどういうものかくらい、分かってくれていると信じて脱力して、ぐったりとだらける。ちらりと見やると、母さんはくすくすと笑って、そんな俺を見ていた。

 「勘弁してほしいよ、ったく…」
 「ふふっ、また何かしたんでしょう? 父さんを誤魔化せるなんて、思ったらダメよ」
 「行けると思ったんだよなあ……」

 ニコニコと笑うその顔と声は、他の人間には分からないかもしれないが俺には分かる。あれは、自分もホッとしている時の顔だ。恐らく俺が呼び出されたとあって、自分も気が気ではなかったのだろう。

 それにしても、母さんはここに来て随分と変わったものだ。

 「母さんも、わざわざ来なくてよかったんじゃねえの?」
 「そういうわけにもいかないわよ。愛する息子の危機ですもの」
 「危機って大げさな……」

 いたずらっぽく笑う顔から、目線を逸らして頭を掻く。

 絹のように美しい黒髪は、もともとのぼろアパート暮らしで安物シャンプーで洗っていてすらも目を惹くものがあったが、こうしてしっかりと磨き上げて結い上げてあるとどこからどう見ても良家のお嬢様だ。俺の身長から考えるとそこそこに小柄な体は、着ている薄墨色の着物がこの上なく似合っている。その童顔と相まって、まあ、四十の女性には見えない。

 (……)

 ちらりと見やる。

 母親の横顔からは、表情にもそこはかとない変化が見て取れた。以前は……自分の知る母親は、優しさの中にも親としての厳しさ、強さを持っていたのだが、今はそれらがどんどん薄まって、このまま消えていってしまいそうな儚さを醸し出している。

 いつ切れるかの張り詰めた緊張感のあった、以前。
 それが無くなって、意識を張ることの無い、今。

 どちらがいいのか、俺には分からない。
 と、笑って俺を見つめていた視線が、ふっと陰った。

 「今日も、行くの…?」
 「ん、ああ。リハビリだし。そんなにきつくもないし、晩飯までには帰るよ」
 「……そう。気を、つけてね」

 ……全く、うちの家系は、どうしてこうも鋭いかね。
 心の中で、今日何度目かの溜め息をつく。

 いや、俺が言うのもお角違いか。母さんが言うには、「あなたの勘の鋭さは、一族でも飛びぬけてると思うわよ」らしいしな。とにかく、流石の慧眼は遺伝のものか、或いは十九年俺を見守り続けた経験の積み重ねによるものか。

 「んじゃあ、早めに行ってくるワ。散歩もリハビリになるし」
 「……うん。いってらっしゃい」

 立ち上がる俺に、母さんはゆらゆらと手を振った。その仕草はなんというか、俺を養うためにブラック会社に勤めていたころに比べれば、時間の流れが二、三分の一にでもなってるんじゃないかと疑いたくなる振る舞いだ。

 まあ、いい。気付いていない……いや、止められないなら、好都合だ。 
 俺は、二人の勘の通り、ただリハビリに行っているだけではないのだから。

 
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