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シモン=ボッカネグラ

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第一幕その六


第一幕その六

 それから数日後。シモンは市の会議室にいた。
 彼は総督用の専用の豪奢な造りの椅子に腰掛けている。そして彼の右手には貴族出身の議員達がいる。十二人いる。そして左手には平民出身の議員達がいる。これも十二人である。その中にはパオロとピエトロもいる。彼等は激しく睨み合っている。そしてジェノヴァの海事を司る審議官が四名と軍の司令官達がいる。彼等はシモンと向かいに座り貴族や平民達の間に割って入る形となっている。
「さて、本日の議題だが」 
 シモンは彼等を前にして口を開いた。
「モンゴル帝国から使者が来た」
「ほう、あの国から」
 一同その言葉に反応した。この時代モンゴルは分裂し衰えが顕著になっていたとはいえその勢力はまだまだ侮れないものであったのだ。
「講和の贈り物とそれとは別の贈り物を持参して我々の船に対して黒海を開きたいと申し出てきている。同意するかね?」
「はい」
 一同それに同意した。
「よし、この件はこれでよし。今日はもう一つ重要な議題がある」
「それは?」
 一同シモンへ顔を向ける。
「これだ。これはペトラルカからの伝言だ」
「ペトラルカから?」
 ペトラルカとはルネサンス期の詩人である。ヴェネツィアと関係があり彼等には快く思われてはいなかった。
「リエンツィの運命を予言した自分が言おうと言っている」
 リエンツィとはローマ最後の護民官である。法皇のローマ復帰や新憲法の制定に尽力したが貴族との闘争に明け暮れ彼等が煽動した民衆により命を落としている。
「ほう、またえらくご親切に」
 パオロが露骨に顔を顰めてみせた。
「その予言と同じ響きがこのジェノヴァにも響いてきているそうだ。そしてヴェネツィアと講和してはどうかと言って来ている」
 シモンの言葉が終わるとピエトロが口を開いた。
「相変わらずですな、また連中の太鼓持ちですか」
 口の端を歪め皮肉を込めて言った。
「そんな事言っている暇があったらアヴィニョンにいる女との関係の清算でもしたらどうかな」
 彼の交際について揶揄する。
「そうですな。そんな男の戯言を聞く必要はありません」
 パオロも彼に同調して言った。
「総督、迷う必要はありません。連中の息の根を止めてやりましょう」
「そうだ、あの連中を海に沈めてしまえ」
 平民派の議員の一人が言った。
「そうですな。そうすれば我等の最大の敵が減ります」
 他の左側の議員達もそれに同意した。それに対して貴族派の議員達は主導権を取られて面白くなさそうだが賛成はしている。
「諸君はそう思うか。そうだな、やはりここは彼等を叩いておくか」
 シモンもそれは同じであった。彼等の意を汲む形でそれを決めようとしていた。
「そうなさるべきかと」
 一同それに賛同した。そしてそれは決定した。
「よし、この件に関しても決定だ。ヴェネツィアには近いうちに艦隊を送り込むことにしよう。規模及び司令官は後程決定する」
「異議なし」
 この件も程無く終了した。
「これで外交は終わりだな。さて、次は内政に関してだが」
 シモンが言葉を続けようとしたその時だった。不意に外で騒ぎが起こった。
「何だ!?」
 一同ハッと騒ぎが起こった方へ顔を向けた。
「フィエスキの広場の方だな」
 それはジェノヴァ市民の憩いの場所の一つである。
 一同バルコニーへ出た。そして広場の方を見る。
「暴動か!?」
 見れば大勢の群集がある一団を追い立てている。
「亡命者の連中か!?誰かが騒ぎを起こしたのか」
「それにしては様子がおかしいぞ」
 彼等はめいめい話し合う。シモンはそれを冷静に見ていた。断を下す為だ。
「待て。暫し様子を見てみよう」
 シモンは彼等に対し言った。
「見たところ群集は平民みたいだな」
 パオロは目を凝らして言った。
「やっつけろ!」
 群集は口々に叫んでその一団を追い立てている。かなり興奮しているようだ。
「おい、あの若い男は」
 ピエトロは追い立てられている一団の中にいる若い男を指差してパオロに囁いた。
「どうした?」
 シモンはそれに気が付いた。ピエトロに尋ねる。
「いえ、あそこにいる若い男ですけど」
 そう言ってシモンにもその若い男を指し示した。
「何だ、あれはガブリエレ=アドルノではないか」
 それはシモンも認めた。何やら剣を振るって興奮した群集から必死に逃げている。
「一体何があったんだ?」
 シモンはそれを見ていぶかしんだ。パオロとピエトロはヒソヒソと話している。
「おい、まずいぞ」
 ピエトロはパオロに対して言った。
「ああ、あの計画が奴にばれたらしいな」
 パオロは横目でガブリエレ達を見ながら言った。
「すぐにこの場から逃げろ。さもないと大変な事になるぞ」
「ああ」
 パオロはピエトロの言葉に従いその場をこっそりと立ち去ろうとする。だがシモンがそれに気付いた。
「パオロ、何処へ行くのだ!?」
「ちょっとトイレへ」
 咄嗟に誤魔化そうとする。だがそれは通用しなかった。
「今この場を離れる事は許さん。悪いが我慢しておいてくれ」
「はい・・・・・・」
 パオロはうなだれてそれに従った。扉は海事審議官達が固めた。彼等仕方なくバルコニーへ戻った。
「貴族共をやっつけろ!」
 群集が叫んだ。
「何っ!」
 それを聞いて貴族出身の議員達の顔色が変わった。
「人民万歳!」
 また群集達が叫んだ。
「また御前等の煽動か!?」
 そう言って平民出身の議員達を睨み付けた。
「面白い、またそうやって言い掛かりをつける気か」
 平民の議員達もそれに対して黙ってはいない。逆に睨み返す。場を不穏な空気が支配した。
「待て、そんなにいがみ合ってどうするつもりだ」
 シモンが彼等の間に入った。そして双方を宥めようとする。そこへ群集がまた叫んだ。
「総督を殺せ!」
 今度はシモンに対してだ。これは追われているガブリエレ達の言葉の様だ。シモンはそれを聞いて毅然とした態度で言った。
「私を殺せ、か。面白い」
 そう言うと側に控えていた書記官の一人へ顔を向けた。
「この官邸の戸口を開けよ」
「えっ!?」
 それを聞いて一同驚いた。
「そしてあの広場にいる者達に伝えよ。ここに来るがいいとな。私が待っていると」
「しかし・・・・・・」
 書記官はそれを聞いて口籠もった。
 
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