| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔弾の射手

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第一幕その一


第一幕その一

                    第一幕 悪魔の弾丸
 長い戦争があった。ボヘミアの司教殺害にはじまり新教徒と旧教徒の抗争に発展した三十年戦争は何時しか周辺諸国まで巻き込んだ国際戦争となっていた。
 当初この戦争は旧教の守護者であった神聖ローマ帝国皇帝であるハプスブルグ家とそれに対抗する諸侯達との争いであった。確かに宗教戦争であったが実際はこうした帝国内の争いであったのだ。
 しかしこれに皇帝の勝利が決定的になると周辺諸国が動いた。只でさえ欧州に絶大な力を誇るハプスブルグ家のこれ以上の伸張を快く思わなかったからだ。
 まずはデンマークが参戦した。だがこれが皇帝軍に敗れると次にはスウェーデンが参戦した。彼等は共に新教徒の国であったが彼等の真意は当然ながら信仰ではなく皇帝への対抗であった。
 特にスウェーデン軍は強かった。国王グスタフ=アドルフ自身が名将であり、彼の指揮により帝都ウィーンへと迫らんとした。しかしそのグスタフ=アドルフが戦死すると彼等も劣勢になった。ここで戦争はいよいよ国際戦争の趣をていしていく。
 ハプスブルグ家の宿敵と言えばヴァロア家であった。フランス王家である彼等はことあるごとにハプスブルグ家と対立を繰り返していた。欧州の戦乱、抗争は常に彼等が一方におり、そしてもう一方に彼等が存在するのが常であった。彼等は常に欧州の覇権を争っていたのだ。これは宗教的な意味合いではなかった。何故ならフランスもまたカトリックの国であり王家はその絶対的な擁護者であったからだ。これはこの時の王家ブルボン家においても同じであった。ナント勅令が出ていても彼等はあくまでカトリックであった。
 だが彼等は皇帝に宣戦を布告した。これは何故か。
 それは当時のフランス、そしてブルボン家の置かれた状況に関係があった。彼等はこの時ドイツ、そしてスペインから包囲されていた。両方共ハプスブルグ家の勢力圏である。彼等にとっては危機的な状況であったのだ。
 戦乱はこの時で既に長きに渡っていた。皇帝軍に最早彼等に対抗する力はなかった。こうして長きに渡った戦争は終わり神聖ローマ帝国は事実上分裂し終焉を迎えた。皇帝も本拠地であるオーストリアの被害が少なかったこともあり以後はそちらに目を向けた。神聖ローマ帝国からオーストリアへとなっていくかのようであった。
 だが残されたドイツの惨状は目を覆うばかりであった。戦乱により土地は荒廃し、村も町も焼き払われた。屍が辺りに散乱し、それを喰らう野犬や烏の群ればかりが目に入った。夜になると何処からか不気味な咆哮が聞こえ、月はまるで血に染まった様な色であった。死臭も漂い、廃墟が連なっていた。
 そうした状況であった。世の中は混沌とし、人々は恐怖に怯えていた。森の中にも異形の者の影がちらつき何かしら薄気味の悪い声が聞こえる。ここはそうした森の中の一つであった。
 ボヘミアの森であった。昼だというのに薄暗い。今この森の酒場で多くの者が集まっていた。
「おい、次は誰だ!?」
 見れば猟師達が集まっている。そして大きな木にかけられた的を前にして何やら色々と話をしている。
「マックスらしいぞ」
 誰かが言った。すると中から長身の逞しい身体つきの青年が出て来た。豊かな金髪に青い目をした端整な顔立ちである。精悍で、まるで古の狩人の様である。その漁師の服と帽子がよく似合っている。しかしその表情は何処か冴えない。
「上手くやれよ」
「頑張れよ」
 同僚達が彼に声をかける。彼、マックスはそれに頷いた。
「ああ」
 だが声は晴れない。何かしらもやがかかったようである。
 マックスは木の前に出た。そして銃を構える。
「いよいよだな」
「いけるかな」
 人々は彼を見ながらそう囁いている。マックスはその声に何処か神経質になっているようであった。
「マックスなら大丈夫だろう」
 そういう声が聞こえてくる。だが彼の心の中はそうではなかった。
(いけるか)
 彼はふとそう思った。そしてここで思い直した。
(いや)
 同時に不安が心の中を覆っていく。
(しなくてはならない)
 そう自分に言い聞かせた。その迷いが狙いに影響が出たのは至極当然のことであった。
 銃声が鳴り響く。だが的は壊れはしなかった。ただ銃声だけが空しく響いただけであった。
「ああ・・・・・・」
 マックスはそれを見て絶望した声をあげた。的は彼を嘲笑うかのようにその場に元のまま留まっていた。
「駄目だったか」
 人々はそれを見て口々にそう言った。
「まあこういうこともあるさ」
「だがこれで優勝は決まったな」
「ああ、キリアンだ」
 人々はここで農夫の服を着た男の周りに集まった。
「おめでとう、あんたが優勝だ」
「いやいや」
 その農夫の服を着た恰幅のよい男に人々は花束や帯緩を手渡す。彼はそれを笑顔で受け取っていた。
「まさかわしが優勝するなんて思わなかったよ。いや、こんなことははじめてだ」
「おや、そうだったのかい」
 人々はそれを聞いて彼にそう尋ねた。
「ああ、若い頃からあまり上手くはなかったからな。それにここんとこは」
「マックスがいつも優勝していたからな」
 ここで人々は的の前で暗い顔をして立っているマックスに目をやった。
「今日はどうしたんだろうなあ。いつもだったら訳なく当てるのに」
「それだよ。何かあったんじゃないか」
「何かって何なんだよ」
「おいおい、それまではわからねえよ、わしにも」
 こうした話をしながら彼等はマックスを見ていた。やがて彼は的の前から離れキリアンの前に来た。
 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧