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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第60話 秋風の吹く魔法学院にて

 
前書き
 第60話を更新します。

 次の更新は5月8日。『私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?』第3話。
 タイトルは、『湯上りのフルーツ牛乳は基本だそうですよ?』です。

 そしてその次の更新は、5月12日。『ヴァレンタインから一週間』第18話。
 タイトルは、『長門有希のお引越し』です。 

 
 九月(ラドの月)の夜空には、普段通り真円に近い蒼い月と、月齢にして四ないし五の上弦の月からの使者が、室内を明るく差し込んで来て居た。
 そう。日本でならば、未だ晩夏と表現しても良いこの九月(ラドの月) 、第一週(フレイアの週)の大気は、まさしく秋。
 日が暮れるとほぼ同時に囁くように始まり、それはやがて、己が生命の限りを主張する数多の虫が奏でる音色が耳に愛しく伝わり、高く渡る雲に隠された女神が、その花の容貌(かんばせ)をほんの一瞬、垣間見せる瞬間が世界をもっとも美しく見せる季節。

 そう。まさに月に叢雲、花に風。……と言う言葉に相応しい、もう片方の季節。

 外界を一望出来る位置に動かしたイスに座した少女は、その大きく開いた窓から覗く二人の女神を肴に、ただ黙々と小さな杯を傾けて行く……。
 そう、ただ黙々と杯を重ねるのみで有った。

 しかし、杯を重ねて居ても、その憂いを帯びた蒼き瞳に酔いの兆候を見せる事はなく、その薄い唇には、彼女の口にする救世主の血と称される飲み物ほどの色素を感じさせる事もない。
 煌々と照らし続ける月の明かりに夜の属性に相応しいその表情を向け、黙々と俺の注ぐ紅き液体を咽喉へと流し込んで行く。

「素直におめでとうと言うべきなのかな」

 俺は、空に成り、窓枠の部分で月の明かりを反射していたグラスにワインを注いだ。
 グラスの半分を目処に注がれたワインが月の明かりを受けて、より幻想的な色合いと、ワイン独特の芳醇と言われる香りが僅かに鼻腔をくすぐる。

 そう。東薔薇騎士団クーデターも無事解決した後の八月(ニイドの月)にガリア王家から発表された内容に因り、タバサの置かれている状況は大きく動く事と成った。

 それまで、巻狩りの最中の不幸な事故に因る死亡と発表されていたオルレアン大公の死因が、実は暗殺で有った事が発表されたのだ。
 あの時、オルレアン大公は、ガリア国内の一地方。俺の感覚で言うとスペインのバスク地方を中心とする地域のクーデター計画を察知して、巻狩りの最中に兄王へと報告を試み、しかし、敵に察知され……。

 そして、同時に、その敵と言う存在の名前も発表された。
 それは、レコンキスタ。スペイン語では国土の回復を意味する言葉は、このハルケギニア世界でも、同様の地方で通じる独自の言語として存在しています。

 確かに、英語圏で有るアルビオンの組織に、何故スペインの国土回復運動と言う意味の名前が付けられているのか謎でしたが、元々のそのレコンキスタ発祥の地が、現在、ガリアに統治されているスペインならば合点が行きますか。
 まして、東薔薇騎士団々長ドートヴィエイユの家系は、元々ガスコーニュ地方の出身で、更にアルビオンでも子爵位を持って居たはずですからね。

 尚、国土回復運動と言う言葉通り、スペインやポルトガルなどの地方は元々ガリア王国に属する地方などではなく独立国だったトコロを、ガリアが併合して仕舞った地方です。
 ただ、そうだとすると、アルビオンの目的はトリステインなどではなく、ガリア王国だと言う事になるのですが。

 そして、その事実は、オルレアン大公の名誉を回復する事となり、内々の事ですが、魔法学院卒業後……つまり成人後に、タバサは父親の失った地位。オルレアン大公家を正式に継ぐ事が決定しました。
 もっとも、未だトリステイン魔法学院に留学中のタバサと言う偽名の少女の正体が、実はガリアの大貴族。オルレアン大公家次期当主シャルロット姫だと言う事実が公式に発表されて居る訳では有りませんが。

 尚、本来ならば、良人が死亡した後、子供が成人前などの場合に妻に相続される地位に関しては、オルレアン大公夫人の実家のガスコーニュ侯爵家への疑念が晴れていない以上、今回の王家に因る公式な発表内で語られる事は有りませんでした。

 ただ、タバサの母親も完全に精神(こころ)が壊されて居るので、おそらくはオルレアン大公と同じ道を辿ろうとして、レコンキスタ……いや、殺人祭鬼の連中に処分されたのだとは思いますけどね。

 しかし……。
 沈思黙考の形から、一度、タバサを見つめる俺。
 其処には、まるで意識的に俺に対して視線を向けようとしない少女の、やや硬質な横顔が蒼き光に照らされて存在していた。
 そして、その横顔からは、僅かばかりの陰の気を俺に伝えて来るようで有った。

 そう。故に、タバサが俺に語った夢。晴耕雨読のような穏やかな生活と言う物は、現状では正に夢幻と消えて仕舞ったと言う事でも有ります。
 更に、魔法学院卒業後の彼女に待ち受けているのは、おそらくは貴族。大公家に相応しい血筋の男子を婿として迎え入れる事。

 それも、彼女の場合、もうひとつ高いハードル。相手は吸血姫としての自分を受け入れてくれる人物で有る、と言う部分をクリアーする必要が有るのですが。

 尚、今は未だ、彼女は血の渇きを覚えてはいないはずです。
 何故ならば、俺からの霊力の補給を受けて居る状態ですから。

 しかし、そんなお茶を濁すような方法。小手先のテクニックで躱すような方法が何時までも通用するとは思えません。吸血姫と雖も人の子。愛を知り、哀を知って居るのです。
 そして、吸血姫の血の抱擁。彼女に血を吸われ、そして同時に、彼女の血を受けた相手は、血の従者。サーヴァントと変わりますから。

 確かに、確実に変わると言う訳でもないはずです。相手の霊的な防御能力や、その時の体調。星辰の関係も有りますが、それでも尚、人間ではない存在へと変わる可能性はかなり高いはずです。
 このブリミル教の支配が強いハルケギニア世界で、覚醒した吸血姫と言う存在は、かなり忌避される存在で有る事は間違い有りませんから。

 俺の問い掛けに、憂いを帯びた瞳に、再び上空に顕われた蒼き女神を映す蒼き吸血姫(タバサ)。彼女が発するのは、逡巡。そして、やや陰気に染まった影。

 そうして、

「あなたは、わたしの元を……」

 何かを言い掛けて、しかし、タバサは言葉を止めた。彼女独特の雰囲気。儚い、と表現するのが相応しい雰囲気を纏い、そして、瞳にのみ言葉を乗せて……。
 ただ、何を伝えたかったのかは判る心算です。

「しばらくは、ガリアの為に働くのも悪くはない」

 俺は、ゆっくりとタバサを、そして何より自分を納得させるように、そう言った。
 そして、

「俺も。そして何より、タバサも普通の人よりは長い時間を生きる生命体と成った。それなら、その時間の内の少しの間ぐらい、他人の為に使っても罰は当たらないからな」

 俺は僅かに首肯きながら、再び空と成った彼女のグラスに片手でゆっくりとワインを注いで行く。
 窓から差し込む月明かりのみに照らされた室内(世界)に、グラスに注がれる液体が、その色に相応しい幻想的な影を作り出す。

 タバサは開け放たれたままに成って居る窓から覗く蒼き女神を瞳に映し、しかし、俺に対しての答えを返そうとはしなかった。但し、不機嫌に成った訳でもなければ、否定的な雰囲気を放っている訳でもない。
 ただ、彼女はグラスの半ばまで満たされた、救世主の血と称される紅き液体に映る月にゆっくりと視線を移しただけ。

 そう。ただ、それだけで有った。

「こうやってタバサに酒を注いでやれるのも、ここに俺と、オマエさんが居るから。
 今はそれだけで十分やないかな」

 それに、諦めなければ、大抵の事に関しては何とでも成りますから。動き続ける事態から逃げ出す事……貴族の責任を放り出して逃げ出す事が論外ならば、気に入らない事は受け入れなければ良いだけです。
 責任を放棄して逃げ出す事。彼女を攫って、何処かに逃げ出す事が許されないのならば……。

 ただ静かな室内に、周囲の林を吹き抜けて来る秋の風と、学院内に住む小さき生命体たちが奏でる愛しき音楽が響く。
 ゆっくりと、その手の中に有るグラスから俺の顔へと視線を移すタバサ。そう、この月下の酒宴が始まってから初めて、彼女の蒼い瞳に俺を映した。
 そして、僅かに首肯く。

 その瞳は、相変わらず酔いの兆候を示す事は無かった。
 但し……。
 但し、その蒼き瞳に浮かぶのは、明らかに希望の光。

 その時の彼女の瞳には、確かに希望の光が浮かんで居るように、俺には感じられた。


☆★☆★☆


 ヨーロッパに当たる地域としては珍しいはずなのですが、猛暑を飛び越えて酷暑と呼ぶに相応しかった七月(アンスールの月)が終わり、俺やタバサに取っては農作業に費やされた八月(ニイドの月)が過ぎ去ってから早くも一週間。

 九月(ラドの月) 、第二週(ヘイムダルの週)、虚無の曜日。

 今日はおそらく、俺がこのハルケギニア世界に召喚されてから百五十日目に当たる日付のはずですね。

 普段よりもかなり人影の少なく成った魔法学院内に吹く風は、妙な物悲しさのようなモノを運んで、俺と蒼き吸血姫(タバサ)。そして、キュルケの間を吹き抜けて行った。

 そう。一応は、志願制と言う形を取っている物の、ほぼ根こそぎ動員が掛けられているトリステインでは魔法学院の男性教師と男子生徒たちの大半が下士官として徴用され、秋と言う季節が持つ属性と相まって、普段よりも広く感じる教室が、広場が、そして、魔法学院そのものが物悲しい陰の気に沈んでいたのだった。

 尚、タバサが他国の戦争に参加しないのは当然として、キュルケが同盟国トリステインに対して義勇軍として従軍する事は可能だったとは思うのですが、どうやら実家からも、そして、祖国からも女性で有ると言う事を理由に彼女が従軍する事は認められなかったようです。

 もっとも、これは仕方がない事ですか。
 何故ならば、輸送に使われるのは飛空船。女性だらけの輸送船や、軍艦と言う物が存在していない限り、艦隊内の風紀を維持する事が非常に難しく成りますから。
 そもそも、戦いの前の高ぶった精神状態の時に直ぐ傍には若い女性。こんな状況に陥るのですから、敵であるはずのアルビオン軍と戦う前に、別の存在と戦う必要が出て来る可能性も有りますからね。

 流石にそれは問題が有るでしょう。

「本当に、戦争なんて直ぐに終われば良いのにね」

 異常に人口密度の低く成ったアウストリの広場を見回したキュルケが、そう独り言のように呟く。そして、その一言は、彼女にしては珍しく本心からの言葉で有った事は間違いなかった。
 もっとも、普段のやや好戦的な彼女から考えると、この台詞は彼女らしくない、と言う雰囲気で有ったのは間違い有りませんが。

 まさか、彼女の信奉者たちが戦場で活躍する為に徴用に応じて仕舞い、妙に人口(イケメン)密度の低くなった現状が寂しく成った……などと言う事はないとは思うのですが。

 尚、この場に居ても不思議ではない伝説の系統虚無を行使するピンク色の魔法使いと、彼女の使い魔で有る少年は、現在、実家のヴァリエール公爵家の方に帰省して居ます。その帰省の理由について、俺達に対して説明は為されてはいないのですが、おそらくはトリステインとアルビオンで起こる戦争への、彼女自身の従軍について許可を貰う為の帰省だとは思いますね。

 何故ならば、彼女は現在に蘇った始祖ブリミルで有り、彼女の使い魔の才人は、伝説の使い魔ですから、トリステイン王国としては積極的に前線に投入したいはずです。しかし、同時にルイズは公爵家の姫君でも有ります。普通ならば、ヴァリエール公爵は、戦場に娘が立つ事さえ許しはしないでしょう。
 キュルケの従軍が、実家からも、そして祖国からも認められなかったように。

 この時代。中世ヨーロッパの風紀が乱れて居た、と何度も説明しましたが、それは庶民に関して。貴族や王族に関してはまた別。
 少なくとも、結婚までは女性は純潔を保ったはずです。貴族の姫君と言う人種に関しては。

 森へ行きましょう、娘さん。などと言う風習は庶民に関してのみ。……だったと言う事。
 もっとも、この部分も、俺の怪しい記憶が情報源ですから、確実にそうだったのか、と問われると、そうじゃないかな、と言う程度の記憶しかないのですが。

 但し、中世の支配階級の生活を支配していたのは戒律の厳しいカトリックですから、そう、間違った記憶ではないと思いますけどね。

「それでも、謂れなき侵攻を行ったアルビオンをこのままにして置くと、沸騰し掛かった世論をトリステイン王家は抑える事が出来なかったやろうから、この戦争は、ある程度仕方がない側面が有ると思うぞ」

 俺が、先ほどのキュルケの発言にやや否定的な言葉を返した。

 そう。トリステインの王家が本当に戦争を行いたかったのか、それとも消極的だったのかについては判りませんが、貴族に有るまじき卑怯な戦法を用いたアルビオン討つべしの声が、非常に高かったのも事実ですから。
 但し……。

「これから時期的に問題が有る季節に進んで行く事に、かなり大きな問題が有るとは思うけどね」

 但し、先ほどの言葉に続けて、非常に否定的な台詞を口にする俺。
 実際、今はアルビオンが空軍の船舶や優秀な搭乗員を失って、トリステインに取っては好機で有るのは間違いないのですが……。
 それでも……。

「それは、どう言う意味なの、シノブ?」

 少し、不思議そうな雰囲気でそう聞き返して来るキュルケ。本気で聞き返して来ているのか、それとも、俺のオツムの程度を推し量っているのかは判りませんが。
 もっとも、彼女が俺のオツムの出来を調べたトコロで大きな意味は無いと思うので、本気で聞いて来たと言う事なのでしょう。

 それならば、

「常備軍が存在しないトリステインとしては、これは仕方がない事なんやけど、どうしても農家の収穫を終えてからの兵の徴用と成るのは仕方がない」

 キュルケの問い掛けに対して、そう答える俺。それに、聞き返してくれたのですから、答えを返して置くべきですから。もっとも、この程度の事は、このハルケギニア世界では今までも繰り返されて来た事ですから、俺が知らない何らかの対応策……と言う物が存在している可能性も有るのですが。

 それで、今度の戦争は国境付近で行われる小競り合い、と言う雰囲気の紛争ではなく、トリステインに取っては、アルビオンの息の根を完全に止めて仕舞う事を意図した戦争で有る以上、都市を制圧した後の防衛を行う為の戦力や、伸びて行く補給線を維持する戦力がどうしても必要とされるタイプの戦争です。
 そんな部分を担う兵を、傭兵や騎士団所属の騎士たちにやらせるのは流石に勿体ないですし、トリステインの財政的負担も大きく成るばかりで戦線を維持出来る訳は有りません。
 普通に考えるのなら、その部分は雑兵として徴用した農奴に任せるべき部分ですから。

「そして、その徴用した雑兵や急遽登用した下士官たち。更に、歴戦の勇士の傭兵とは言っても最低限の練度を確保しなければ、集団での戦闘行為など出来る訳はない。
 その訓練に最低一カ月。おそらくは、二カ月は必要」

 それでも、即席の軍隊と言う感は否めないのですが。
 しかし、此処は日本の九月では有りません。既に日中の最高気温は二十度を切る事が珍しくなく成り、最低気温の方も一ケタ台を付けて居る日が有るはずです。

「九月から練兵に二か月。すると、開戦自体は十一月(ギューフの月)。アルビオンの十一月の気温がどれぐらい有るか判らないけど、五月(ウルの月)に向かった時に感じた気温や、アルビオンの高度などから考えると、かなり低い気温と成る可能性が高いからな」

 そもそも、イギリスと言うのは、日本で言うなら北海道並みの高緯度に存在して居り、本来ならばかなり寒冷な地域に存在するはずの地域なのですが、メキシコ湾流などの暖流の影響で温暖な地域と成って居たはずです。
 しかし、この世界のアルビオン(イギリス)に関しては暖流の影響など皆無。更に、上空に存在する為に気温に関してはかなり低い可能性が高いでしょう。

「余程の短期決戦を挑んだとしても真冬に向かって行く現在の状況では、厳冬下での戦闘を想定していない限りは、遠征軍となるトリステインに取っては辛い戦争に成る事は間違いないな」

 まして、二カ月足らずの速成仕様の軍隊では、厳しい冬将軍が到来する地域での戦争は難しいでしょう。それに、補給線の問題も有ると思います。
 そして、片やアルビオンの方は最初の上陸戦を阻止出来なければ自国内の戦いですから、当然、自国の冬に関しては毎年経験して居ます。更に自分の生まれ育った国を、他国の侵略から護る戦で有る上に、聖戦を行うと言う宗教的な目的も有る為に、アルビオン国民の戦意は非常に高いはずです。

 余程の戦力差がない限り、この不利な状況を覆す事は……。

「シノブの言葉を聞いていると、この戦争はトリステインに不利な部分しかないみたいに聞こえて来るのだけど、そんな状態で大丈夫なの、この国は?」

 引き続きのキュルケの問い掛け。
 確かに、俺の足りない頭では、今度の戦争にトリステインに勝ちが転がり込む公算は非常に低いとは思っているのですが、その程度の事は何処の為政者でも考えているはずです。
 そして、今度の戦争に関して言うなら、トリステインは時期を逸しているでしょう。侵攻する側に成って居る以上、地の利はアルビオンに有り。最後の人の和に関しては、アルビオン討つべし、と言う強い声に押されての侵攻で有るので、国内の世論は開戦すべし、と言う方向に傾いているようですが、同盟国のゲルマニアからは義勇兵以上の増援は期待出来ない状態。
 天の時、地の利はアルビオン。人の和は……宗教的な結束力を持つ以上、アルビオンの方が有利な可能性も有りますか。

「普通の場合なら、現状でのアルビオンとの開戦は不利な状況しかないと思うけど、それを無視しても余り有る有利な条件をトリステインが持って居る可能性が有る以上、門外漢の俺には何とも言えないかな。
 例えば、強力な新兵器が存在しているとか、強力な援軍の当てが有るとか」

 俺に言えるのはこの程度ですか。
 それに、トリステインには伝説の魔法の系統虚無に選ばれた継承者と、その使い魔が居るので、彼と彼女の実力如何に因っては、この不利な状況を覆せる要因には成ると思いますから。

 実際、どんなやり方でも戦争に勝てば良いのなら、俺ならば流星を降らせる事に因って都市のひとつやふたつは壊滅させる事が可能です。俺に出来る事が、仮にも伝説の魔法の系統と呼ばれる虚無に為せないとは限りませんから。
 重力を自在に操ると言う事は、つまり、そう言う事ですからね。
 まして、降らせるのが流星……つまり、大質量の岩や氷などではなく、ハルファスに調達して貰った爆弾の類でも良い訳ですから。

 そんな、トリステインやアルビオンの為政者ドコロか、実際に戦場に立つ事さえない俺とキュルケが、適当に会話を行いながらやって来たのは……。



 火の塔の隣に有るコルベール先生の研究室の前には、アウストリの広場から、こちらの方に移動させられていた濃緑色のレシプロ機の前に到着する俺たち三人。
 その、日本の戦闘機としては一番有名な戦闘機の操縦席の中には、良く見知った光頭人種(こうとうじんしゅ)の先生が、機械油に汚れたローブを纏った姿で整備を行って居る。

 そう言えば、この零戦も、中世レベルのこのハルケギニア世界では超未来の兵器のひとつでしたか。但し、これ一機で戦局を左右出来る程の力はないとは思いますが。
 確かに爆装は可能だったとは思いますが、それでも六十キロ爆弾程度だったと思いますし、そもそも、その六十キロ爆弾がこのハルケギニア世界にはないと思いますから。

 いや、そう言えば……。

「コルベール先生」

 零戦の狭い操縦席の中で操縦桿を弄って居たコルベール先生に声を掛ける俺。そんな俺の隣で、普段通りメガネ越しのやや冷たい視線で零戦を興味無さそうに見つめる蒼き吸血姫と、そして、少しの陰気の籠った視線で見つめるキュルケ。
 この二人の反応の意味は良く判りませんが、少なくとも、二人ともコルベール先生にはあまり関心がない事だけは確かなようです。

「何ですか、シノブくん」

 操縦席から立ち上がりながら、俺の呼び掛けに答えるコルベール先生。しかし、ローブと言う服装は、こう言う機械整備に向いている服装と言う訳ではなさそうですね。彼方此方が引っ掛かって、流石に動き辛そうですから。

「この零戦を、トリステインは次のアルビオンとの戦争に投入する心算なのでしょうか?」

 一応、そう問い掛ける俺。但し、これは確認作業に過ぎない行為なのですが。
 少なくとも、この戦力を温存して置けるほどトリステインに余裕が有るのなら、下士官が足りないからと言って、魔法学院の生徒の徴用など行うはずは有りませんから。

 案の定、少し暗い表情で一度零戦を見つめた後に、コルベール先生は首肯いた。
 確かに、自らの教え子を喜んで戦場に送り出す教師はいないでしょうから、このコルベール先生の反応も首肯けますか。

「それなら、二十ミリ機関砲と七・七二ミリ機銃の弾は残っているのですか?」

 この零戦に関しては、元々、第二次世界大戦下の戦闘中に何らかの要因で、このハルケギニア世界に紛れ込んで来た機体だと思います。故に、武装も最大の携行弾数を持って移動して来たとは限りません。
 まして、機銃の方は携行弾数も多いのですが、機関砲の方は命中精度も低く、更に携行弾数も少なかったはずですから、次の戦争に使用出来る弾が残って居るかどうかは微妙な線でしょう。

「大きな銃の方はもう弾は残って居ません。小さい方は、未だ二百発ほど弾は残って居るようですね」

 コルベール先生がそう答えた。それに、確か、七・七二ミリ機銃の弾は最大で七百発ほどの弾が装填可能だったはずですから、多少の弾が残って居たとしても不思議では有りませんか。
 それならば、

「機関砲と機銃の補充用の弾薬は私が用意しましょうか。本来ならば、私が関わっても良い事ではないような気もしますが、才人が扱う零戦ですし、トリステインでは用意出来ない代物の可能性も高いと思いますから」

 この零戦が戦場と成る空を飛ぶとするのなら、それを扱うのは才人しか考えられません。
 そして、俺はタバサの使い魔で、そのタバサはガリアからの留学生ですから、今回のトリステインとアルビオンとの戦争に関しては関わる必要はないし、ウカツに関わる事も許されないと思います。
 但し、同時に才人。そして、ルイズも友人で有る事は間違い有りません。
 彼らが戦場に立つのですから、多少の手助けを行うぐらいは、当然の事。

 それに、固定化などの魔法に因る防御面での強化は為されていると思いますから、攻撃力の強化などが課題でしょうから。

「シノブくんは、この飛行機械の銃の弾を用意する事が出来るのですか?」

 コルベール先生の問い掛けに首肯く事に因って肯定と為す俺。
 そう。機関砲の弾も、そして機銃の弾の方も当然、大量生産品ですから、ハルファスの調達能力を使用すれば用意出来ない訳は有りません。

 それに、

「ガソリンも大戦中の日本軍がどんなガソリンを使用していたのか判りませんが、ハイオク……。高オクタン価ガソリンも用意しましょうか」

 多分、大戦中に無鉛ガソリンなどは存在しなかったと思いますから、非常に有害な物質を含むガソリンを、この零戦を飛ばす為に必要な量だけ錬金していたと思いますね、トリステインの土のメイジ達は。気化したガソリンすら危険な代物だったと思いますよ、有鉛ガソリンと言う代物は。
 まして、戦時中の日本軍の戦闘機に、アメリカ軍仕様の燃料を入れて飛ばしたトコロ、日本軍公式のスペック以上の能力を発揮した、……と言う事が現実に有ったらしいので、この機体に残されていた燃料から作り出されるガソリンよりは、ハルファスに調達して貰う燃料から作り出して貰う方が、安全で、更にこの機体の持つ最大のポテンシャルを引き出す事も可能と成ると思います。

 もっとも、それ以後に関しては、俺の知識は街の走り屋専門の違法改造を行う自動車修理工ではないので、なんとも言えないのですが。
 可能性としてならば、シリンダー内の研磨を更に上昇させて、爆発するエネルギーをロスする事なくプロペラを駆動させる力に転換させたり、ニトロを使用したりする程度の事ですか。プラグもより精度の高い物に交換した方が良いかも知れないな。

 それとも、航空機用のターボチャージャーを零戦に装備させるか……。

「シノブくんは、トリステインの義勇兵募集に応じなかったのですか?」

 翼の下にサイドワインダーぐらいなら取り付け可能かも、などとクダラナイ事を考え始めていた俺に対して、コルベール先生がそう問い掛けて来る。
 それに、よく考えてみると、流石にサイドワインダーなどは明らかにオーバーキルですか。今回のトリステインのアルビオンに対する侵攻が、伝説の系統虚無の担い手が自国に現れた事に対するトリステイン王家の過信から始まった物だった場合、其処に、サイドワインダー……。つまり、ミサイルのような物の存在を教えるのは問題が有り過ぎます。

 人の欲望とは果てしない物ですから、悪戯に戦火を拡大させる可能性の有る武器を、この世界に持ち込むべきでは有りませんでした。

「私の役割はタバサの身を護る事で有って、戦場で手柄を立てて、貴族に成る事では有りませんから」

 そもそも、このトリステインとアルビオンの戦の理由は、人間レベルの理由が主で、神界や魔界からの影響を大きく感じない以上、俺やタバサが直接関わる訳には行きません。
 国内の沸騰した世論の抑え込むよりは、他国を侵略する事を選んだトリステイン王家。
 聖地奪還を大義名分として、トリステインへの謂れなき侵略行為を行ったアルビオン。

 どちらも、人間レベルの目的に因る戦争ですから、仙術を極める人間が関わって良い出来事だとは思えません。確かに、殺人祭鬼のような連中が暗躍した可能性は存在して居ますが、その部分を暴き立てて糾弾すべきは俺ではなく、この世界の住人たちの誰か。
 かりそめの客人(マレビト)に過ぎない俺の仕事では有りません。

 まして、貴族になど成らなくても、自らと、そしてタバサやその母親の生活の糧を得る方法が俺には幾らでも有りますから。

 但し、漠然とした不安も……。
 現在のタバサを包む状態。ガリア大貴族としての未来を決められた状況が、俺や彼女が選んだ結果ならば。
 そして、能力を持って居る人間にはそれなりの責任と言う物が有り、俺の選んだ結果によって発生した責任と言う物が、もしも、その手の物で有った場合は……。

 貴族や騎士には、当然、従軍の義務と言う物も存在しますし、封主を護る義務や、領民を護る義務も存在しますから……。

 但し、タバサはガリアの騎士。そして、現在のガリア王家は、今回の戦争に介入する意志は皆無。
 それならば、

「我が主が望まない以上、私が戦場に立つ事は有りません」

 ……と、答える俺。

 その俺の答えに、タバサは言葉にして答えを返す事は有りませんでしたが、小さく首肯く事に因って答えと為した。
 片や、キュルケの方は……。良く判らない雰囲気を発して居ますね。ただ、能力を持って居ながら戦場に立とうとしていない俺の事を軽蔑している雰囲気では有りません。

 おそらくは、タバサの使い魔として俺の立場を鑑みると、俺の判断に間違いがないと思って居るのでしょうが、それにしては、少し陰に近い雰囲気を放って居る事が解せませんね。

 そして、コルベール先生自身も微妙な気を発して居ます。
 これは……。

「コルベール先生」

 俺の呼び掛けに少し視線を落としていたコルベール先生が、こちらに視線を向けた。
 そして、

「何ですか、シノブくん」

 ……と、普段と変わらない調子で答えを返して来るコルベール先生。しかし、矢張り未だ陰の気が強い状態。
 それならば、

「先生は、私が暮らして来た世界で、何故、魔法が一般に広まらなかったのか判りますか?」

 そう、意味不明の問い掛けを行う俺。
 この問いに関しては、タバサからも興味を示す気が発せられる。

「そう言えば、最初、シノブくんの世界の魔法については、秘匿された技術で、普通の人々は魔法とは関係しない形で暮らして行くと言っていましたね」

 コルベール先生の言葉に、タバサが首肯いて同意を示す。

「しかし、このゼロ戦と言う乗り物に使用されているネジやその他の部品は、どれを取ってもトリステインの技術では再現出来ない物ばかりです」

 流石は技術屋。魔法使いとは思えない切り口から、地球世界の科学の一端を見抜いている事を示すコルベール先生。
 もっとも、零戦と言う機体は一機一機、名工の手に因って作り上げられた日本産の戦闘機ですから、結構、生産性が度外視された部分も有るので……。いや、この機体は後期生産の五十二型でしょうから、名工が一機一機、手作りをした、と言う事はないはずですか。

 それでも、同時代の米軍機などと比べると、作業の工程が異常に多くて、大量生産を行うには向かない機体だったはずです。

「私の世界の魔法は、使い手を選ぶ物です」

 ゆっくりと、俺は話し始めた。
 そう。俺の世界で魔法を使用する為には、先ず、精霊と契約を結ぶ事が必須と成ります。つまり、最低でも見鬼の才に恵まれた人間でなければ、魔法の最初の部分に到達する事は出来ないと言う事です。
 少なくとも、この世界のルーンの様に、唱えるだけで精霊を支配する事の出来る便利な術式などと言う物を俺は知りませんから。

「そして、仮に魔法を使用出来る才能に恵まれた人間で有ったとしても、炎を起こすだけならば、魔法で起こすよりはマッチやライター。この世界で言うのならば、火打石でも用意した方が早いでしょう」

 確かに、俺達の世界で魔法が一般的な世界から隔絶した存在と成った理由は、一子相伝や一族にのみ受け継がれた技術で有った、……と言う部分も大きいのですが、それ以上に問題が有ったのは、その利便性。効率。経済効果。そして、確実性。

 金を錬成するには、一番簡単なのは、魔界より錬金術が行使可能な魔物を呼び出して錬成させる事が簡単なのですが、そんな事が出来る人間の方が少ないですし、まして、ハゲンチやザガンなどが、簡単に人間の召喚士の言う事を聞くような存在でも有りません。
 地球の裏側に移動したいのならば、移動用の能力を持った式神を召喚するよりは、飛行機のチケットを準備した方が楽です。
 そして、街を丸ごとひとつ燃やし尽くす事も、魔法では手間が非常に掛かりますが、科学を使用すれば、ボタンひとつで事が足りるような世界と成って居ますから。

 地球世界と言う世界は。

「そのすべての面に於いて、魔法は科学に遅れを取り、科学万能の世界へと移って行ったのです」

 十人に一人才能が有って、使い物になる程度の能力を持つに至るのは、その百人の内の一人か二人。こんな、才能にのみ左右される世界では、使い方さえ知って居たのなら、誰でも使用可能な科学の方がずっと上ですから。
 それに、その方が平等でも有ります。

 皆が皆、死に至る寸前から舞い戻って来られる訳では有りませんからね。
 俺が仙術……。いや、龍種の血に目覚めたのはそう言う状況でしたから。

 其処まで話してから、コルベール先生を見つめる俺。
 そして、

「方法さえ、……仕組みさえ覚えられれば、天分などに左右される事のない科学技術こそが、万人を幸福に導く物だと私は思って居ます」

 確かに、科学の発展により戦争は、因り巨大な物と成って行った事は否定しませんが、それも、科学技術が精神に左右される物ではなく、単純な技術の結晶で有る事の証。使う人間の質に因って左右されているだけで、科学技術が悪魔の産物だと言う事では有りませんから。

「私の世界でも、黎明期の頃の科学者は、錬金術師などと呼ばれていた時代も有りました。それでも、彼らの操る科学技術が、精霊や神霊、精神などに左右される物などではなく、自然界に存在している単純な法則の発見や技術の積み重ねから出来上がった物で有る、と言う事が認知されて行く事に因って、彼らは科学者として認知されて行くように成ったのです」

 初期の頃の科学技術の発展に、錬金術の実験が果たした役割は大きいですからね。

「私の知る限り、この国……トリステインで唯一の科学者のコルベール先生には、コルベール先生の進むべき道と言う物が有ると思います」

 まして、教師や科学者と、軍人と言うのは、両立させ難い職業だと思いますから。
 何かを生み出すのが科学者ならば、それを育てるのが教師。
 そして、破壊するのが軍人。確かに、自らの生まれた国を護ると言う言葉は存在して居ますが、庶民のレベルから考えてみると、支配する層がトリステイン貴族で在ろうが、アルビオン貴族で在ろうが、その両者の間に差など感じないはずですから。

 まぁ、このコルベール先生と言う御方は誠実な方なのでしょう。自らの教え子たちを戦場に送り出し、そして、自らが整備した異世界の武器。飛行機を使って、才人が戦争の最前線に放り出されようとしている事に、自らの行動に対する疑問が出て来たとしても不思議では有りません。
 もっとも、そんな繊細な人間では教師などと言う職業は出来ないと思いますけどね。

 昨日まで、御○○を拝んで、教○勅○を諳んじていた人間が、一夜にしてア○リカ○主○義万歳。と言い出せる鋼の精神力を持ち、更に、卒業式などの行事の際に校歌を歌わない生徒を殴り飛ばせても、国歌を歌わない事は自らの信条だと平気でうそぶく事が出来る厚○無○な方々が就任なされる素晴らしい職種ですから。
 正に、聖職と呼ぶに相応しい職種に相応しい方々だと思います。

 俺なら、絶対に成りたくない種類の方々。ある意味、反面教師として存在しているのだと思って居る方々ですから。

 おっと、イカン。これでは、全ての方がそうだと言っているようですか。これは問題が有りますね。俺が出会った多くの教師はこのレベルの連中だった。これが、正しい表現です。個人的に知らない方々については、コメントは出来ません。
 もしかすると、本当に心から尊敬出来る方が居られるかも知れませんから。

 俺の言葉の意図に気付いたコルベール先生が少し笑って答えた。
 しかし、未だ彼から発して居る迷い、のような物が完全に払拭される事は有りませんでしたが。


☆★☆★☆


 九月(ラドの月) 、第二週(ヘイムダルの週)、イングの曜日。

 普段の様に伝書フクロウに呼び出された先には、ガリアで初の木材パルプから紙を作り上げる実験に付き合っていたはずの湖の乙女も呼び出されていた。
 尚、この中世ヨーロッパの技術レベルのハルケギニア世界にも紙は存在しますが、それは亜麻や木綿のボロ布を紙として再利用した物で有って、スズメバチの巣を観察したトコロから発明された、木材パルプから作り出される紙は未だ存在しては居ませんでした。

 ただ、今年の夏以降、俺が直接イザベラと話す機会が増え、製紙業が引き起こす水質汚染も、湖の乙女の助力を得る事が出来たならば問題が無く成る事から一気に話が進み、ガリアで実験的な製紙工場を建設する事と成って居たのです。
 もっとも、表面上は実験工場の名目ですが、実際は地球世界の製紙工場そのものですから、即時に製紙工場として稼働させる事は可能な代物なのですが。

 魔法の存在する世界ですから、入れ物。つまり、工場の建物は直ぐに建設可能ですし、土地も有り余って居ます。
 そして、引き換えるべき黄金さえ用意出来るのならば、地球世界の機械は幾らでもハルファスより調達出来ますからね。
 ハルファスの職能は調達。そして、俺が式神として連れているハルファスでも、大量生産品の機械ならば調達出来ない訳は有りません。

 これで、ガリアの近代化に必要な紙の大量生産の実験が可能と成ったと言う事です。水の秘薬が市場に出回る量を少なくする事に因って医療技術の進歩を促すのと同時に、農業を変え、麦に頼った形から、他の穀物の生産量を増やす事に因って凶作のリスクを減らし、紙の大量消費が可能な社会へと徐々に進めて行く。

 確かに、活版印刷はハルケギニア世界にも存在するようですが、紙自体の質が悪く、更に高価な為に未だ本の需要は高くは有りません。この部分に関しては、俺の周囲が異常なだけです。
 更に、ガリアの教会組織が平民に文字を教え始めたのも、ここ数年の事で、未だガリア全体の識字率はかなり低いのが実情のようですから。

 尚、この部分や貧困者に対する最終セーフティとしての機能が、教会がガリアから税の数パーセントを受け取る根拠と為されているらしいです。但し、自らが開墾した新たな荘園に関しての非課税処置などは存在していないようですが。

 果てさて。宗教に税金を掛けようとするガリア王家の行いがガメツイと言うべきなのか、それとも、法の下では神の忠実なる僕で有ろうとも平等に対処する王家の行いは正しいと評価すべきなのか……。
 貴族の荘園に対する非課税と言う制度がない以上、ガリア王家の行いはすべてに対して平等で有ると言うべきですか。

 少なくとも、税に関してはかなり平等な配分だと思いますね。

 おっと余計な方向に思考がずれた。
 それで、農業の改革が軌道に乗り、農村に働き手としての子供が必要でなくなれば、ガリアの教会が行っている日曜学校のような制度を、ガリア全体の教育制度として発展させて行く事は可能です。
 その時には、間違いなく大量に消費される(知識)が必要と成って来ますからね。

 三十年先を見据えたならば、この改革は間違った方向性と言う訳では有りませんか。

 俺は、この書類と本に支配された部屋の主。中世から、一気に十九世紀辺りに国を発展させようとしている、ガリアのデコ姫の姿を瞳に映す。
 いや、無暗に汚染を広げようとしない辺り、十九世紀型煤煙で街を黒く煤けさせた偉大な為政者たちよりも余程優秀だと言う事ですか。

 彼女の方がね。

「来たのかい」

 自らの執務机の前に立つタバサと俺に一瞥を加えた後に、持っていたペンをインク壺の傍らに置き、イザベラは軽く伸びをした。
 その際、若い女性には似つかわしくないボキボキと言う関節が鳴らす軽い悲鳴が聞こえて来たのですが、この部分に関しては武士の情けで聞かなかった事にするべきですか。

 尚、俺とタバサが入室して来た事に気付いたはずの湖の乙女でしたが、彼女がそんな細かい事に拘る訳もなく、自らの為に用意して貰ったイスに軽く腰を掛け、イザベラの部屋に大量に存在している書籍に目を向けたまま、その視線をこちらに向ける事は有りませんでした。
 何故か、少し寂しいような気もするのですが……。

「そうしたら、次の任務は……」

 
 

 
後書き
 少し古いですが、ここでネタバレをひとつ。
 この『蒼き夢の果てに』内のタバサが何故、原作小説のように父親の復讐に心を染めて居なかったのか。

 確かに、復讐からは何も生み出さない、と言う事に早い段階で気付いた事。
 更に、王を失った後の祖国を思った事。
 そして、貴族としての暮らしなど欲しなかった事。
 ジョゼフが暗殺の首謀者なら、自らと母親が生き残って居る事に疑問が有った事。

 この辺りは理由のひとつには成りますが、その他にも理由が有ります。
 もっとも、その詳しい理由までは、ここでは語りませんが。

 但し、これは彼女自身にも漠然と感じて居る、と言う程度の曖昧模糊とした理由です。
 そして、あらすじに記入している、『何周目』に繋がる部分ですから、かなり後半に成るまで明かされる事は有りません。
 ここで明かすのは、その他の理由が有る、と言うトコロまでです。

 尚、この『タバサと軍港』のこの世界ヴァージョンの話内では、その他の出来事に関する答え合わせを色々と行う事と成ります。

 それでは、次回タイトルは『騎士叙勲』です。
 
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