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メリー=ウイドゥ

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第一幕その四


第一幕その四

「御世辞は我が国ではあまり」
「いえいえ、お世辞ではありません」
 ロシア人が言う。
「本当の言葉ですぞ」
「左様」
 日本人がそれに頷く。
「私もです」
「日本の方は慎み深いと聞きましたが」
「では私とダンスを」
 日本人をかわすとそこにアメリカ人がいた。
「御一緒に」
「いえ、お茶でも」
 そこに中国人が入る。
「如何でしょうが」
「折角ですが」
 しかしハンナはにこやかな笑みでそれもかわし四人の誘いを全て断った。そうしている間に男爵のところに男爵夫人が来て何時の間にかカミーユも何食わぬ顔で来ていた。男爵は四人を離す為に夫人と共にハンナのところに来た。
「奥様」
 四人を牽制するように声をかける。
「宜しいでしょうか」
「これは男爵」
 ハンナは男爵に顔を向けてきた。ここでほっとした笑みを見せる。
「申し訳ありません。挨拶が遅れました」
「いえいえ」
 男爵は笑って彼女に応える。そのうえで言う。
「それでは奥様」
 そっと手を出してきた。
「踊りましょう。折角の宴ですし」
「はい」
「それではあなた」
 ヴァランシェンヌこと男爵夫人は何食わぬ顔で夫に対して言う。
「私はロジョンさんと」
「うん」
 夫としてにこやかにそれに応える。カミーユがそっと出て来て手を差し出す。
「では奥様」
「ええ」
 にこやかに笑ってそれに応える。四国の者達はここでカミーユと男爵夫人を見てヒソヒソと話をはじめた。実は彼等は気付いているのである。
「御主人は気付いていないようですな」
「どうやらそのようで」
「しかしこれは何時か」
「面白いことになりそうですね」
 音楽が奏でられ踊りがはじまろうとする。しかしここで金髪を見事に後ろに撫でつけ凛々しい顔をした長身の男がやって来た。タキシードを着ているが軍服も似合いそうな男であった。碧眼からも端整な光が放たれている。
「おお、閣下」
「間に合われましたな」
「うん」
 大使館のスタッフ達に応える。彼こそこの公国のフランス駐在大使であり伯爵でもあるダニロ=ダニロヴィッチである。彼は宴の場に入るとちらりとハンナを見た。
 ハンナも同じである。お互い何か言いたげだったがそれは決して口には出さない。口には出さないまま話をすることもなくダニロは男爵に対して言ってきた。
「戻って来たが。随分楽しい宴になっているね」
「はい」
 男爵はにこやかに笑ってダニロに応える。
「その通りです」
「夜は外交官にとって大切な時間」
 ダニロはここで言う。
「おしゃべりは禁物で書類はいつも山積み。仕事をしなければならないのに仕事にはいつも巻き込まれる」
「そうなのですか?」
「さあ」
 四国の者達はダニロの言葉に首を傾げさせる。
「外交はのらりくらりとすればいいのに」
 日本人の言葉である。
「強引に押し通せばいいのに」
 他の三国の言葉である。
「巻き込まれるものではなく巻き込むもの」
「そうである筈なのに」
 これは四国の事情であり公国の事情ではない。大国と小国ではそこも違うのだ。
「夜に私はマキシムに出掛けて楽しく過ごします。そうして英気を養い一旦は祖国を忘れてまた祖国に戻る。いやいや、これが中々大変でして」
「それで閣下」
 そこまで聞いて男爵はダニロに声をかけてきた。
「何かな、男爵」
「早速パーティーの主催を」
「いや、ちょっと待ってくれ」 
 だがここでダニロは手も使って制止してきた。
 
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