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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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裏通りの鍛冶師
  とあるβテスター、看破する

しまったやりすぎた、と思った頃には時既に遅し。
結構な量のナイフを無駄にしてしまったことに軽く後悔しながらも目の前を見れば、そこには地面に倒れ伏した男の姿が。

「……どうしよう」
これはまずい。
薄暗い裏路地、倒れた男、ナイフを手に持った僕。
なんとも殺人現場にありがちなパターンじゃないか。
こんなところを誰かに見られようものなら、『あの《投刃》が人を殺してた!』とか噂されてしまう。
実際には圏内だから人殺しとか無理なんだけど、さっき追い剥ぎプレイヤー相手に『圏内でも人は殺せるんだよ』とか言っちゃったし。
これで明日のアルゴの情報誌の見出しが『圏内殺人事件発生!なんと犯人はあの《投刃のユノ》!』なんてことになったら……!

『ディアベルはん!間違いない、こいつが犯人や!』
『そのようですねぇ。ユノさん、ちょっと黒鉄宮まで御同行願えますか』
『堪忍しぃや!ネタは上がっとるんやで!』
『圏内殺人……恐ろしい事件を考えましたねぇ。キバオウくん、お手柄ですよ』

待ってくださいナイトさん!悪いのはこの男です!僕は被害者なんです無実なんです───


「なにしてるのー?」
「ひっ!?黒鉄宮だけは許してください! ───ってなんだ、シェイリか……」
「??変なのー」
突然背後からかけられた声に振り向けば、声の主はいつの間にか近くにいたらしいシェイリだった。
パーティメンバーの位置情報で僕がここから動かないのを不思議に思い、様子を見にきたのだそうだ。
なんとも絶妙なタイミングだったせいでドキッとしたけれど、お陰で暗い未来のイメージから抜け出すことができた。
うん、よく考えたら正当防衛だし、僕は悪くないよね。

「ねぇねぇ、その人はー?」
「裏通りに巣食う変態だよ。こうやって死んだフリして女の子が近寄ってくるのを待ってるんだ。危ないから近付かないようにね」
「はーい」
「ちげーよ!」
あ、起きた。

「あることないこと吹き込んでんじゃねーよ!俺のイメージが壊れるだろうが!」
「えー……」
壊れるもなにも、初対面の相手の胸部を鷲掴みにするなんて変態以外の何だというんだろう。
僕はコードを発動させることは何とか抑えたけれど、他の人が相手だったら牢獄送りにされていてもおかしくないのでは。

「あー?あんなのちょっとしたスキンシップだろうがよ。生娘じゃあるまいし、いちいちギャーギャー騒ぐほどでもねぇだろ。そもそもオマエ、男だし」
「………」
うわぁ。
うわぁ……。

「こんな場所じゃ出会いもねぇし、たまに見かけた女の子とスキンシップするぐれぇいいだろうがよ。オマエも男ならその気持ちくらいわかるだろ、小僧」
よりによってあなたと一緒にしないでほしい。

ちなみにこの人、改めて見るとかなりの美形だ。
目付きが悪いのが玉に瑕だけど、それをひっくるめても全体的に整った顔立ちをしている。
ディアベルが爽やか系イケメンなら、この人はワイルド系イケメンといったところだろう。
街を歩けば女性が放っておかないんじゃないだろうか。

……まあ、中身はセクハラおやじと同レベルだけど。
あと小僧言うな。

「ねぇねぇ、おにーさんはここで何してるのー?」
「セクハラの獲物を物色してたんじゃないの?」
「だからちげーよ!人をそんな目で見るんじゃねえ!武器屋だ武器屋!店を出してんだよ!」
うわ、すっごく胡散臭い。
こんな人気のない裏通りで武器屋とか、咄嗟の言い訳にしてもちょっと……。
そもそもこの人、とても接客ができるようには見えないし───って、あれ?なんだか聞き覚えがあるような?

「……、あの、ひょっとして噂の武器屋さん?」
「あ?んだよ、客だったのかよ。そうならそうって最初から言えよな。いきなりぶっ放してくるからアイテム目当ての強盗か何かかと思ったぜ」
別にいきなりスキル連発したわけじゃないとか、そもそも原因はあんたのセクハラだろとか、色々と突っ込み所が満載だけど今は我慢。
どうやら、この男が件の露店商で間違いないらしい。
ラムダの裏通りに店を構えていて、男性プレイヤーで、態度が無愛想(というより、おっさん)。
確かに、噂の内容と一致する。

となると、アルゴの言っていた『好きになれない店番』というのは、ほぼ間違いなくこの人だということになるけれど……

「……ねぇ、アルゴって情報屋に心当たりは?」
「アルゴ……?あー、あのちんちくりんか。オマエの知り合いか?」
「ちんちくりんって……」
「あいつはちっとばかし痩せすぎっつーか、もう少し肉付けたほうがいいな。特にこのあたりに」
「………」
彼はそう言って、僕の胸のあたりを指差した。
こういうのもセクハラのうちに入るんだろうけど、生憎と身体に触れない限りハラスメントコードは発動しない。
というか今ので確信した。この男、噂を確かめる為に接触してきたアルゴにも同じことをしたに違いない。
あの『鼠』をもってして『あの店番は好きになれなイ』と言わしめたのは、つまりこういうことなんだろう。
なんというか、顔はいいのに残念な人って本当にいるんだなぁ。
そしてアルゴ、よくハラスメントコードを発動させずに耐えたね。君は偉いよ……。

「あ、ほんとだ!みてみて、武器がいっぱいあるよー!」
「……うん。本当に武器屋だったんだね」
今度彼女に何か奢ってあげよう、なんてことを僕が考えていると、シェイリが目を輝かせながら嬉々とした声をあげた。
どうやら彼の言い分は本当だったようで、足元に広げられたシートの上には様々な種類の武器が所狭しと並べられている。
その中の短剣を手にとって、鑑定スキルを発動。

固有名《シャドウピアス》
武器カテゴリ《短剣》
製作者名《Lilia》
特殊効果《隠蔽スキル補正》

製作者名は『Lilia』。噂の鍛冶師で間違いない。
単純な武器性能も高い上に、隠蔽スキルが補正されるエクストラ効果付き。最前線でも十分に使っていけるレベルの品だ。
他の武器にも鑑定スキルを使ってみると、そちらも負けず劣らずの高性能品だった。噂通り、かなり質のいい武器を取り扱っているらしい。
というかこの短剣、欲しいなあ。
装備してるだけで隠蔽スキルが補正されるなら、接近戦が下手な僕でもサブ武器として持っておきたいところだ。
うーん、思い切って買っちゃおうかな。ああでも、それでナイフ代がなくなったら本末転倒だなぁ……。

「だからそう言ってるじゃねぇか。俺を何だと思ってたんだよ」
と、僕が一人葛藤していると、彼は心外だといった様子でジト目を向けてきた。
どの口がそれを言いますか。

「何って……変態」
「おい」
「痴漢」
「おい……」
「セクハラおやじ」
「………」
「おにーさんヘンタイなの?」
「……そろそろ泣くぞ?」
シェイリの一言が止めになったらしく(彼女の無垢な瞳がダメージを倍増させた模様)、男は目に見えて落ち込んだ様子をみせた。
指で地面に“の”の字を書きながら、『なにもそこまで言わなくても……』『セクハラおやじって……おやじって……』などと呟いている。
いや、完全に自業自得なんだけど、僕は別に間違ったことは一つも言っていないんだけど、そこまで落ち込まれると何だか悪いことをしたような気になってくるじゃないか……。
というかこの人、自分は人に散々言う割に、相手に言われるのはかなり落ち込むらしい。
意外とナイーブな人なんだろうか。見かけによらず。

「おにーさん、元気だして。泣いちゃだめだよー?」
「う、うるせーよ!別に泣いてねぇし!撫でんな!オマエみたいなガキに慰められてもぜんぜん嬉しくねーよ!」
……ああ、そうか。そういうことか。
シェイリに頭を撫でられ、顔を真っ赤にしながら怒鳴る彼の姿を見て、僕は確信した。

この人、ヘタレだ。


────────────


「はーん、なるほどね。あの小娘の頼みで来たってわけか」
数分後。
なんとか落ち着きを取り戻したらしい彼は、再び元の不遜な態度に戻っていた。
といっても、中身がヘタレなのを知ってしまったため、いまいち格好がつかない気がしてならない。

「んで?オマエさん方は武器の製作を頼みたいと」
「そういうこと」
「だよー」
「はっ、わざわざご苦労なこって」
そう言って、鼻で笑う彼。
なるほど、確かに店番に向いているとはいえない人物だ。
いくら取り扱っている武器の質がいいとはいえ、こんな態度を取られればカチンとくる人もいるだろう。
しかも治安の悪い裏通りの、おまけにこんなに目立たない路地でひっそりと露店を出しているだけとなれば、売り上げは期待できなさそうな気がする。
そもそもこの人、リリア本人とどういう関係なんだろうか。

「それで、これを作ったリリアさんは……」
「ああっ!?リリアだぁ!?」
「!?」
うわ、びっくりした。
リリアの名前を出した瞬間、彼の態度が180度変わり、わかっていたけど驚いてしまった。
こうなることは事前情報で聞かされてはいたけれど、いざ目の前で豹変されるとドキッとするなぁ……。

「この子に合った武器が欲しいんだ。だから直接、本人に製作を依頼したいんだけど」
「チッ……」
苛立ったように舌打ちされてしまった。何がそんなに気に食わないんだろうか。
アルゴの話によれば、今までにリリア目当てで店を訪れたプレイヤーは、彼のこの様子に驚いて何も聞けずに逃げ帰ってきたのだそうだ。
確かに、急に怒声を上げた彼の顔は、もともとの目付きの悪さも相まってかなり怖い。
実際、本性がヘタレだと知っていた僕ですら一瞬驚いてしまったほどだ。

とはいえ、僕だってこのまま引き下がるつもりはない。
シェイリの武器を作らなきゃいけないし、彼女の人となりを調査するのはアルゴに頼まれたことでもある。
そして何より、散々セクハラされた挙句に小僧呼ばわりまでされて、何も聞かずに引き下がったら割に合わない。

「そういうわけだから、リリアさんを呼んでもらえないかな?店番を頼まれてるなら連絡は取れるよね?」
ちょっと強引かなとも思ったけれど、リリア本人と連絡を取れるとしたら彼しかいないため、ここはあえて踏み込んでみる。
情報収集にはこのくらいの図々しさも必要だろう、と心の中で自分に言い訳しながら。
アルゴの助手を務めるからには、この程度で遠慮していられない。

「………」
「……?」
と、また怒鳴られるのを覚悟していた僕は、彼の様子がおかしいことに気が付いた。
あれほど怒り心頭といった様相だった彼が、急に静かになってしまったからだ。

「……リリア、リリア、リリアねぇ……」
「……、あのー……?」
「そうだよな……リリアだよな……リリアなんだよなぁ……」
あれ、なんだかまた落ち込みモードに入っちゃったみたいなんだけど……。
再び暗いオーラを纏ってしまった彼は、僕が声をかけても心ここにあらずといったように、一人で何かをボソボソと呟いていた。
噂では彼はリリアの彼氏か何かで、彼女目当てで来た客を追い払ってるのではないかという話だったけれど……この様子だと、そうでもなさそうだ。
というか、彼女の名前を出されて落ち込む意味がよくわからない。何なんだろう?

と、次の瞬間、

「ねぇねぇおにーさん、リリアちゃんって───」
「あぁ!?誰がリリアちゃんだコラァ!」
シェイリが何気なく口にした一言に、落ち込んでいたはずの彼が過剰に反応した。

「……え?」
「やべっ……」
僕がその態度に違和感を覚えたのと同時、彼は『しまった』という表情を浮かべ、再び黙り込んだ……けど、もう遅い。
彼が咄嗟に言い放った言葉を、僕は確かに耳にしてしまったのだから。
『誰がリリアちゃんだ』と言った彼の言葉は、まるで他人ではなく自分のことを言われているかのような言い方だった。
……というより、まさしく自分自身のことなんだろう。“彼女”にとっては。

「……なるほど。そういうことなんだ」
「げっ……!?」
表面上をどう取り繕おうと、やはり彼の本質はヘタレらしい。
その証拠に、僕がカマをかけるように言うと、彼はギクリとしたように表情を強張らせた。
なんともわかりやすい反応。自分から答えを教えているようなものだ。
ポーカーフェイスが要求される駆け引きには向いていないだろう。

そんな彼の様子を見て、僕は自分の推測が間違っていないことを確信する。
つまり、噂の鍛冶師の正体は───


「もう隠さなくてもいいよ、“リリアさん”」
「だああああ!キャラネームで呼ぶんじゃねえええ!」
彼のことで間違いないだろう。


────────────


「……その、なんだ。俺ってこんな名前だろ?表立ってパーティになんて入れやしねぇし、かといってソロで攻略するのもいい加減限界だったんだよ」
「それで鍛冶師に転向を?」
「そういうこと。自分の作った武器には名前が表示されちまうけど、俺が売ってたところで本人だとは思わねえだろ?こんな顔だし」
「まあね。正直、僕もそれは予想してなかったよ。まさか君がリリアだったなんて」
「そっからは必死に武器造りまくって、目立たねえ場所で売り捌いての繰り返しだ。で、ラムダが開放されてからはここに移った。この裏通りに巣食ってる連中の柄は悪いが、ひっそり商売するにはもってこいの場所だったんでな。あとリリアって呼ぶんじゃねえ」
「あ、ごめん」
「頑張った甲斐もあって結構いい武器も作れるようになったんだが、いつの間にか噂になっちまったらしくてなぁ。勘違いした野郎連中が『リリアさんに会わせてください!』とか下心見え見えな態度で近寄ってくるもんだから、気色悪りぃったらなくてよぉ」
「りっちゃんも大変だったんだねー」
「誰がりっちゃんだテメェ!揉むぞクソガキ!」
「コード発動させるよ?」
「ごめんなさい」
僕が開きっ放しだった警告ウィンドウをちらつかせると、リリアは即刻掌を返し、身体を前に倒して頭を床に擦り付けた。
日本に古来より伝わる最強の謝罪体勢。つまり土下座。
地面に頭を押し付けながら『勘弁してください!牢獄送りだけは!』と懇願する彼の姿には、もはや最初に感じたイケメンの面影はどこにもなかった。
いやまあ、古来から土下座の文化があるかどうかは知らないけどね。
というか、謝るくらいならセクハラしなければいいのに……。

まあ、それはともかく。
アルゴに聞かされていた情報と、彼から聞いた話を合わせて、大体の事情はわかった。

曰く、このアバター名は彼が自分で名付けたものではなく、βテスターだった妹さんが使っていたものらしい。
彼は今年で24歳、妹さん───リリアのアバターの本来の持ち主は、僕と同い年の16歳。結構な年齢差のある兄妹だ。
両親は既に他界済みで、彼は歳の離れた妹を養いながら暮らしていたらしい。

そんなある日、妹さんがナーヴギアが欲しいと言い出した。
テレビCMで宣伝していたSAOの存在を知り、興味を持った妹さんがβテストに応募してみたところ、見事当選したのだそうだ。
普段色々と我慢させている分、たまには我侭を聞いてやろうと、半年遅れの入学祝いという名目で急遽ナーヴギアを購入。
妹さんは特にゲーマーというわけではなかったものの、VRMMOというまったく新しいジャンルのゲームはライトユーザーにとっても楽しいものだ。
のんびりながらも充実したβテスト期間を体験した妹さんは、正式サービス開始後もSAOを続けるつもりだった……と、そこまではよかった。

「俺が言うのもなんだが、アイツなかなか可愛い奴だからよ。ゲーム内で変な野郎が近寄ってくるんじゃねえかと思ってな……」

どうやら彼は、どこの馬の骨とも分からない男が可愛い妹に近寄ってくるのが許せなかったらしい(シスコン?)。
でも、まあ。確かに、彼が心配する気持ちもわからなくはない。
ネットゲームにはリアルが女性だと分かった途端、態度が急変するプレイヤーが多いからだ。

例えば、ゲームを始めたばかりで、右も左もわからない状態で街を歩いていたとする。
この時、男性アバターを使っていた場合、ほとんどのプレイヤーは見向きもしないで通り過ぎていく。
仮に自分から『すみません、レベル上げを手伝って頂けないでしょうか』と頼み込もうものなら、『は?そのくらい自分でやれよ』といった反応をされるのがオチだ。

ところが、これが女性アバターだった場合は話が変わってくる。
こちらから頼まなくても、『ねぇ君、初心者?よかったらレベル上げ手伝おうか?』と声をかけてくる男性プレイヤーが多く、更にパーティやギルドに勧誘されることすらある。
更に酷い場合は『彼氏いるの?』『リアル女?』などといったことを初対面の相手に聞いてくるプレイヤーまでいる始末だ。
流石にそこまで酷いのはそうそういないとはいえ、ネットゲームはオンラインというその特性上、そういった出会い目的のプレイヤーは決して少なくない。
MMORPGにおいて女性アバターに積極的に話しかけてくる男性プレイヤーは、少なからず下心があると思っていいだろう。

「そんで、妹に無理言ってプレイさせてもらったんだが、まさかこんなことになるとは思わなくてよ……」
「な、なるほどね……」
そういった出会い目的の男性プレイヤーが妹さんに近付いてこないかどうか、アバターを借りて彼自ら確かめようとした、まさにその時に。
運悪くこのデスゲームが開始されてしまい、彼は妹さんのアバター───リリアとして、この世界で生きていく羽目になってしまったのだそうだ。現実の自分の顔で。

以降、『姫プレイ(可愛い女性アバターを使い、男性プレイヤーにアイテムや経験値を貢がせること)目的で女性アバターを使ってたネカマ』というレッテルを張られるのを恐れ、誰ともパーティを組むことなくソロで攻略に挑んできた。
ところが、第10層が突破されたあたりからソロに限界を感じ、職人クラスに転向しようと鍛冶スキルを鍛え始める。
材料は自力で調達し、死に物狂いで鍛冶スキルの熟練度を上げ続け、現段階では最高クラスの性能を誇る武器を作れるまでに至った。
とはいえ、大っぴらに店を構えれば、いつ自分の正体がバレるかわかったものではない。
そのため、目立たない場所を選んで露店販売を続けていた……が、噂が噂を呼んでしまい、『数少ない女性鍛冶師』として一部のプレイヤー間で有名になってしまった。
それ以来、リリアに会うことを目的とした客が増え続け、半ば嫌気が差していたところに僕たちが現れたということらしい。

なんというか……お気の毒に。

「っつってもまあ、大抵の連中は少し睨んでやったらビビって逃げ帰ったんだけどよ。オマエくらいだぜ、ここまでしつこかったのは」
「まあ、睨まれるのは慣れてるからね」
事実半分、嘘半分。
第1層攻略の時に向けられた敵意の眼差しに比べれば、彼一人に睨まれたところでどうということはない。
……というのは建前で、実際のところ、直前までのヘタレ具合が彼の本質だとわかっていたから怖くなかっただけだったりする。
口に出したらまた落ち込んじゃうだろうから、心の内に留めておくことにするけれど。

「だぁー、畜生。そんなに噂が広まってたんじゃ、そろそろ武器屋も潮時かもしれねえな」
「えー?りっちゃん、わたしの武器つくってくれないの?」
「りっちゃんって呼ぶんじゃねえ! ……ま、オマエの武器を作ってやるくらい別に構わねえけど。っつっても勘違いするんじゃねえぞ、ちょうど最後に何か作りたかったってだけなんだからな!」
そう言って、照れ隠しのようにそっぽを向くリリア。
これは……あれか。巷で有名なツンデレというやつなんだろうか。
ただし、相手は目付きの悪いヘタレ系イケメン。
男のツンデレ……一部の人には需要がありそうだなぁ。

「ふん。そうと決まれば、鉱石採集に付き合って貰おうか」
「え、これじゃだめなの?」
なんて、僕がどうでもいいことに思考能力を割いていると、リリアはテキパキと商品を片付けながら言った。
僕が素材として用意していた鉱石《インゴッド》を見せると、彼はそれを一蹴し、

「はっ、そんな素材じゃ俺様の腕前を発揮できやしねえぜ」
ドヤァ!と擬音がつくのではないかというほどのしたり顔で、不敵に笑う。
元々の顔立ちの良さも相まって、年頃の女の子ならイチコロにされてしまいそうなイケメンスマイルだった。
ただし、中身はヘタレ。おまけにセクハラ魔。
総合評価、マイナス5点。

「っつーわけで、どうせなら今用意できる最高のモンで作ろうじゃねえか。ちょうどこの層にある洞窟に、レアな鉱石を持ったモンスターがいるんだよ」
「へえ、流石に詳しいね」
それは知らなかった。
さすが本職の鍛冶師だけあって、素材関連の情報は頭に入っているらしい。
女の子にセクハラしてるだけのおっさん(しかもシスコン)だと思っていたけど、少し見直したなぁ。

「……って、あのちんちくりんの情報屋が言ってた」
「台無しだよ!」
思わず声に出して突っ込んだ。自前の情報じゃないのかよ!

「細けえこたぁいいんだよ。おら、さっさと準備しやがれ」
「……、まあいいか。シェイリもそれでいい?」
「いいよー。りっちゃん、よろしくねー」
「てめ、りっちゃんって呼ぶんじゃ───」
「よし、行こうか。追い剥ぎに気を付けないとね」
「はーい」
「おいこら小僧!待ちやがれ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐリリアを無視し、僕とシェイリは表通りへと向かって歩き出した。
なんとなくだけど、この人の扱い方がわかってきた気がする。
あと小僧言うな。 
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