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同士との邂逅

作者:日月
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三 災厄


窓から差し込む日光に目を細める。


夢という一抹の期待を膨らませたまま、彼は窓から外を覗きこんだ。
瞬時にその期待は打ち砕かれたが。



見たことも無い街並み。赤い屋根に、纏わりつくような多くのパイプ。
そして岩肌に彫られた人の顔のようなモノ……明らかに、大阪でも東京でもなかった。
(……忍者……過去、の時代とか…?)
しかし路を往く人々の服装は着物というより洋服に近い。侍のような者も見当たらず、タイムスリップしたとも考えられない。


「…はぁ~…わっかんねえな~…」
ごろりとベッドに寝転がる。
そのままなんとなしに手に力を込めると、文珠の生成ができるような感触を覚えた。
(霊力は、使えるみたいだな…)
ほっとした途端気が抜けたのか、グゥと腹が鳴る。
太陽はすでに空高いため、昼近いことがわかった。

「お~い…つ、月代~?」
狐面の子どもの名を呼ぶが返事はなく、部屋にいる気配もない。
仕方なく起き上がって台所へ向かうと、テーブルの上になにやらでんっと蛙の財布が置いてあった。ソレを持ち上げると、重し代わりだったのかその下からひらりと一枚の紙が落ちる。
文面は[好きに使え]。達筆なその字に感心すると共に、言葉とか文字は同じか…と横島は冷静に判断する。
ココにいても仕方がないため、彼は何もないただの寝場所であるアパートを後にした。











真っ青な空の下。

なんとなく解放感を感じて、大きく伸びをする。



「…どこでも空は一緒やなぁ…」

感慨深げに呟いて、きょろきょろ辺りを見渡した。
右も左もわからぬ場所で、一先ず人気のある方向へ向かう。
着いた先は、賑わう商店街。
周りの人間の見よう見まねで買い物をしていると、傍の路地裏から喧騒が聞こえてきた。
派手にやり合っているのかドタンバタンと喧しいのに、周りの人間は気にも止めない。

(…止めねえのかよ)
ココでは日常茶飯事なのか?と思っている横島の心を読んだように、隣に立っていた老婦人が眉を顰めて話し掛けてきた。
「…いやだねぇ、また狐がいたんだってさ」
「狐?」
訝しむ横島に、老婦人の周囲の者達も口々に言葉を並べる。

「あんた、見ない顔だね…観光かい?」
「もうすぐ本試験が始まるからその賭け事に来たんだろ?え、図星かい?」
よくわからず横島が曖昧に答えていると、路地から男達がぞろぞろと出て来た。
あまり服が汚れていないが、最後の一人がぺっと路地裏に向かって唾を吐き付けているため、被害者はまだソコにいるらしい。

おそるおそる横島は、その路地裏を覗き込んで……絶句した。
散乱するゴミの中で蹲っていたのは、小さな子どもだった。






ピクリとも動かないその子に、慌てて近づく。
(こんな子どもを集団リンチかよ……ッ)
胸糞悪くなる胸を抑え、子どもが息をしているか確認する。
ゴミ箱か、その中身をぶつけられたのか、嫌な匂いがつんと鼻についた。
匂いにそしてその惨状に顔を顰める横島の前で、子どもが身じろぐ。

「……ッ…が、は…っ」
大きく息を吸った子どもは、呼吸すると共に口からごぽりと血反吐を吐いた。
「…お、おい…っ、大丈夫か…っ!?」
驚愕した横島が子どもの背中を擦ろうと手を伸ばす。
しかしそれは空振りに終わった。


「ほっとけよ、兄ちゃん」
彼の背後から聞こえてきた、第三者の介入によって。






「どーせ、すぐに怪我なんか無くなるんだ。なんせソイツは化け物だからな」
「…あ?」

横島が顔を強張らせていくのに気づかないのか、第三者―路地裏傍の店主人が子どもを見下すように話す。
「…兄ちゃんは観光客だから知らないだろーけど、このガキが暴力受けんのは罰として当然なんだよ」
その店主人の、横島に向ける愛想のいい顔と、子どもに向ける顔は一転していた。
子どもに対してはまるで――――――――…


「児童虐待が当然って言いたいのかっ、テメーは!!」
好き勝手に言う店主人の胸ぐらを掴んで、横島は捲し立てた。






――――胸が締め付けられる。
昨晩窓を割った石が胸に詰まっているような、嫌な気分だった。
怒る理由が解らないのかきょとんとする店主人に、横島はますます憤りを募らせる。
そんな彼の怒りを鎮めたのは、他ならぬその子どもの言葉だった。

「……だいじょうぶ、だってば…」
振り向いた横島の瞳に映ったのは、地に足をしっかりとつけて立っている子どもの姿。
「け、怪我とかしてないか!?本当に!?」
掴んでいた店主人を突き飛ばすように放して、横島は子どもに慌てて近づいた。
派手なオレンジの服で隠れているが、体のあちこちにある青黒い痣。
再び嫌悪感を抱きながら、なぜ文珠を生成しておかなかったのかと自身を叱咤する。
密かに文珠を生成しようと手に霊力を込めながら、横島は子どもの体をさらに観察した。

鮮やかであろう金髪はゴミのせいでくすんでいるが、蒼い瞳は凛とした強さを秘めている。その瞳の蒼を見た瞬間、彼の脳裏に疑問符が浮かんだ。
(…あれ…?)
コイツ、どこかで見たことがある…と横島は首を傾げる。
(それにこのオレンジの服も…どこだったっけ…?)
考え事をしながら子どもの左腕に触れると、違和感がした。
「おい!これ、折れてんじゃねえのか!?」
ぐにゃりとした力のない腕を横島が持ち上げようとした時、子どもが行動を起こした。


一瞬だけ。

ほんの一瞬だけ、子どもは横島に向かって健気に笑った。
その笑顔が痛々しい、と無意識に感じた彼は、子どもの予測付かぬ次の行動に対処できなかった。
逃げるように、突然子どもは走り去った。
しばし呆然としていた横島は、手の中の文珠が生成できたことで我に返り、慌てて後を追い駆けようとした。
しかし、すでに子どもの姿は跡形も無く消えていた…。









椅子に腰掛けたまま、ただ彼はぼー…と天井を見上げていた。
時計の針だけが、虚しくチッチッチと時を刻む。

針の音だけする空間に、突如カタリと窓から音が割って入ってきた。
それに素早く反応して、横島はにぱっと顔を綻ばせる。
「お、やっと帰ってきたんか!この三日間どこ行ってたんだよ」
「…まだ、いたのか…」
三日間留守にしていた部屋の主が、驚愕の滲む声色で呟いた。

相変わらず狐面をつけた子どもは、横島を不可解そうに見る。
「…なぜまだココにいるんだ?金は渡しただろ」
「あ―…悪いな、勝手に使っちまって…あ、これお釣り」
当初の重さと大差ないその財布をなんの未練もなく渡す横島に対し、子どもは眉を顰めた。
「…この金はお前にやったんだ…コレを使って宿にでも泊まればよいものを…」
「…いや―ッ!!追い出さんといて~!俺お前しか知り合いおらんのじゃ~!!」
雄叫びと共に土下座して、床に頭をガンガンとぶつける。

「…………」
「ああ、無言!?」
子どもの無情な視線に、横島は馬鹿騒ぎをしぶしぶ止めた。この子には美神達のように誤魔化しの手が通用しないようだ。
呆れたように眉間を押さえる子どもの左腕をちらりと見て、躊躇しながらも横島は口を開いた。
「お前さ…左腕、大丈夫なのか…?」

その途端、子どもの纏う雰囲気が変わった。










「…なにを、言っている?」

先ほどと変わらず、感情の窺えない涼しげな声。
しかしどことなく緊張感が漂う子どもに、横島はできるだけ優しく言葉を紡いだ。
「お前、あの時路地裏で会った金髪の奴だろ?ほら!二日前!」
「…なんのことだ?人違いだろ」
我関せずといった風情の子どもに、横島は更に言い募る。

「嘘だろ。俺この三日間里中探したんだぜ。誰一人として金髪…あ―…薄い金髪の女の子ならいたが…とにかく金髪の男の子はいなかった。お前を除いてな」
「…この姿自体化けているとしたらどうだ?なぜ俺とそのガキを結び付ける?…それに、お前にとってそのガキは気にするものでもないだろうが」
「気になるに決まってるだろ!ありゃ虐待だぞ!大の大人がよってたかって…ッ」
「…もう一度問う。なぜ気にする。見なかったことにすればいいだけだ…それにあのガキは…この里にとって災厄だ…」
淡々と、まるで教科書を棒読みするように話す子ども。感情を全く見せないその子に、逆に横島のほうが感情剥き出しになる。

「…どういう意味だ?災厄って……アイツがなにかやったのか?」
「……………………」

目を細める横島を前に、子どもは押し黙る。
その様子から察した横島は、重い空気を振り払うように軽い口調で話し始めた。


「それよかお前から借りた金でメシ作ったんだ!台所なんもねーからな…」
「…別にいらない…」
頑なに拒む子どもに、横島は諭すように話し掛ける。
「そー言うなよ~。生まれて初めて作ったんだぜ!美味くできた保証は……ないッッッ!!」
「不味いこと前提か…」
呆れの混じる子どもの言葉を気にせず、横島は皿に料理を盛りつける。
「ほれ」
そう言って料理を差し出す横島の手を、子どもは突然左手で叩き払った。



ガチャンと、皿が割れる。
乗っていた食べ物が床に転がり広がった。




「な、なにすんだっ!!??」
一瞬の静寂の後、横島は子どもに怒ろうとして…すぐに怒りの色が消えた。

子どもは床に散らばる食べ物をじっと見ている。
面で表情は見えないが、子どもがくしゃりと顔を歪めた気がした。
しかしすぐにその辛い雰囲気は消え、横島に無情にも言い放つ。
「…左腕は骨など折れていない。残念だったな…無駄な詮索は止めておけ。後悔することになる…」

諦めの意が込められた言葉を残し、子どもは横島からあからさまに顔を背け。
そのまま先ほど入ってきた窓から外へ飛び出して行った。






時計の針だけが、虚しくチッチッチと音を刻む。
…………三日目の夜も、狐面の子どもはそれから帰って来なかった。
 
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