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メリー=ウイドゥ

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第二幕その九


第二幕その九

「奥様」
「何でしょうか」
 しれっとして彼に返す。
「私に何か御用で?」
「ええ、勿論です」
 笑みがいささか引きつっているがそれでも言うのだった。
「御結婚の御祝いに一曲宜しいでしょうか」
「あら、曲をですか」
「ええ、歌をです」
 怒りのあまり言葉を言い間違えた。ハンナはそれを見抜いて内心とても楽しげである。
「宜しいですね」
「ええ。それでは御願いします」
「それでは」
 ダニロは一旦態度をあらためる。そうして静かになった場で歌いはじめるのであった。
ハンナとの間には相変わらず丁々発止の様子であるがそれは誰にも気付かれてはいない。
「昔あるところに王子と王女がおりました。二人は愛し合っていたのですが王子は黙ったままでありました」
「それは何故ですの?」
「さて」
 ここでのハンナの問いにはとぼけてみせる。
「それはともかくそれを恨んだ王女はとんでもなく残忍なことを思いついたのです」
「銃で撃った」
「毒饅頭を食べさせた」
「酒で酔わせて河へ」
 米中露三国の者達がそれを聞いてとんでもないことを言い出した。
「いやこれはまた恐ろしい」
「大変なことですな」
「彼等の方が恐ろしいとは思わないか?」
 男爵は彼等の言葉を聞いて秘書に囁いた。
「どう思う?」
「その通りですが彼等の耳には入りませんので」
 秘書は男爵に苦笑いでこう返してきた。
「それはまあ」
「幸せなことだ。どんな耳をしているのか」
「しかし残酷な仕打ちとなりますと」
 とりあえず物騒ではない日本の外交官が口を開いてきた。
「浮気でもされたのですか?当てつけに」
「そう、その通り」
 ダニロは彼の言葉に応える。そのうえで歌を再開させる。
「その手を他の男に与えたのです」
「何だ、そんなことか」
「到って大人しい」
「何処が残酷なのやら」
 また三国の者達が言う。男爵もそれを聞いてまた秘書に囁く。
「彼等と戦争をしたら何をされるかわからんな」
「実際に相手は恐ろしい目に遭っていますが」
 秘書は歴史を知っていた。それが答えであった。
「それこそもう」
「困った話だ」
「それで王子は我慢できなくなり叫んだのです」
「何とですか?」
 ハンナは楽しげにダニロに問う。
「一体全体」
「貴女の為さることは間違っています」
 きっとハンナを見据えて言ってきた。これで王子と王女が誰かはっきりした。
「貴女は他の女達と同じように浮気な方です」
「おやおや」
 ハンナはしれっとした様子で話を聞き流すふりをした。
「それはまた」
「しかし。王子はさらに言ったのです」
「何と」
 いい加減鈍い日本の男が尋ねてきた。何かハラハラとしている。
「何と言ったのですか、王子は」
「しかしそれを私が恨んでいると思ったら間違いだと。夢にも思わないと」
「負け惜しみだな」
「そうですね」
 男爵と秘書はそれを聞いて囁き合った。
「それ以外の何者でもありませんな」
「全くだ」
「最後に王子は言い残しました。あの人と一緒になればいい。御似合いだと。そう言い残して風と共に去ってしまったのです」
「あら、そうですの」
 自分のことを言われているとわかっているので内心思うところがあるにしろそれを隠しているハンナであった。まるで鷹の爪のように。
「残念なことです」
「それでは私も王子に倣い」
 さっと身を翻してきた。
「これでお邪魔しましょう」
「あら、どちらへ」
 ハンナはそれに問う。ダニロはシニカルに笑ってそれに応えるのであった。
「馴染みのマキシムへ。では」
「ではって閣下」
 男爵が何とか止めようとするがダニロの動きは速かった。瞬く間にその場を後にしたのであった。
「全く。気紛れなのだから。何とかしなければなりませのね」
「そうですわね」
 張本人のハンナがそれに応えてきた。
「ここは何としても」
「あの、奥様」
 流石に今の言葉には呆れて男爵は言ってきた。
「それはですね。貴女のことなのですが」
「実はですね、私」
 彼の言葉を無視して言ってきた。聞いてはいない。
「そのお話の本当の最後を知っているのです」
「別れで終わりではなかったのですの?」
「はい」
 にこりと笑って男爵夫人に答える。
「その結末が書かれている本はパリのある場所にあります」
「それは一体!?」
「何処なんだ!?」
「そもそも話がずれてきていないかな」
 四国の者に混じって完全に蚊帳の外に置かれてしまっていたカミーユが呟く。
「僕のことは一体」
「貴方のことはなかったことにしましょう」
 男爵はさりげなく無茶苦茶な提案をしてきた。
「それで如何でしょうか」
「如何も何も僕にも何が何だか」
「さあ皆さん」
 ハンナは彼をよそにその場にいる一同に声をかける。
「マキシムへ。いざ」
「畏まりました」
「それでは」
 何はともあれお祭り騒ぎの場はマキシムへ移ることとなった。これはこれで大騒動となるのであった。しかし楽しい大騒動でもあるのだった。
 
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