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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百五十六話 寝返り



帝国暦 489年 6月 6日  オーディン ミュッケンベルガー邸 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



誰かが俺の身体を揺すっている。止せよ、俺は疲れている、眠いんだ。
「貴方、起きてください、電話が」
電話? ああ、確かに受信音が聞こえるな、ほっとけ。いや、待て、俺を揺すっているのはユスティーナか。
「ああ、そうか、……有難う、ユスティーナ」

やっとの思いで上半身を起こすと俺の謝意にユスティーナが困ったような表情をしていた。やれやれ、妻に起こされるまで電話に気付かない夫か……。そりゃ困るよな、自分が起きる前に起きてくれ、そう言いたい気分だろう。少し疲れているな、良い状況じゃない。

枕元のTV電話が受信音を鳴らしている。スクリーンの一角には本来表示されるべき相手の番号が表示されていない、非通知か、不審者からの連絡と言うわけだ……。時刻は午前二時、どうする、切るか? 無視して寝るという選択肢も……、論外だな。分からない以上出て確かめる他はないだろう。誰からか、何の話か……。この時間にかけてくるのだ、碌な話ではないだろう。つまり、聞くべき価値が有るという事だ。

起きねばなるまい、保留ボタンを押しベッドから抜け出した。
「貴方、大丈夫ですの」
「大丈夫だよ、ユスティーナ。心配はいらない」
心配そうな表情だ、胸が痛んだ。身体が弱いってのは嫌になるな。母さんも良くそんな顔をした。

「風邪気味で休んでいる、私がそう言いましょうか」
「……」
その手も有るか……、いや駄目だな。相手が誰か分からない以上、不安要素は見せられない。それでなくとも俺の健康状態は皆の注視するところだ、ここは俺が出ないと……。

「貴方……」
「いや大丈夫だ、心配はいらない。気にせずに休みなさい」
「はい……」
気にしないはずが無いよな。現にユスティーナは心配そうな表情をしたままだ。それでも気にするなと言わざるを得ない、自分で言っていて嫌になった。彼女の表情に気付かない振りをして部屋を出た。

寝室を出て足取りも重く通信室に向かう。まったくこの時間に電話だなんて何処の馬鹿だ。腹が立ったがそれ以上にやる気が出ない。詰らない話だったり間違い電話では無い事を祈るだけだ。溜息を吐きながらTV電話の前に座り受信ボタンを押した。さて、だれが出てくるか……。

『夜分、恐れ入ります。司令長官閣下』
「いえ、遅くなって申し訳ありません」
『いえいえ、こちらこそ申し訳ありません』
低く渋い声だ。目の前に居るのは殊勝な言葉とは裏腹につるつる頭のふてぶてしい笑みを浮かべた親父だった、アドリアン・ルビンスキー、黒狐が巣穴から出てきたというわけか……。起きるだけの価値は有ったようだ。

「元気そうですね」
『御蔭様で元気にやっております』
和むなあ。こいつを自治領主の座から蹴り落としたのは俺なんだがそんな事は欠片も感じさせない。お互い仲良さそうに話している。どっちの性格がより悪いのか、お互い相手を指さすのに何の躊躇いも感じないだろう。第三者に確認すれば首を傾げるだろうな……。

「良くここの番号が分かりましたね」
『まあ、帝国の重要人物の連絡先は一通り押さえて有ります』
「なるほど、流石、いや当たり前の事なのでしょうね、貴方にとっては」
『ハハハ』
ルビンスキーが朗らかに笑った。俺も声を合わせる。

「同盟の重要人物も、ですか」
『まあ、そうですな』
ルビンスキーがさりげなく自慢をした。阿呆、こっちは世辞を言ったんだよ、あまり好い気になるな。

『そうそう、結婚されたと聞きました、おめでとうございます』
「有難うございます」
『お美しい奥様だそうですな、ただミュッケンベルガー元帥と同居と言うのは大変ではありませんかな』
声に僅かに揶揄するような響きが有る。しぶといな、何時になったら本題に入るんだ。

「そんな事は有りません。私も義父も良く理解しあっています」
『それは素晴らしい』
嘘じゃないぞ、俺とミュッケンベルガーの関係は良好だ。最近孫の顔を見たがるのは困ったもんだが。もっとも俺に直接言ってきた事は無い、ユスティーナに言っているようだ。

ルビンスキーが俺をじっと見ている、俺も相手を見た。ルビンスキーがフッと笑みを浮かべる。ようやく話す気になったか……。
『そろそろ本題に入った方が良さそうですな』
「そうですね、挨拶はこの辺にしましょう」
『……』

また俺をじっと見ている。焦らすよな、それとも俺を観察しているのか……。
『六月十日、広域捜査局のアルフレート・ヴェンデル捜査官と会われるそうですな』
「……アルフレート・ヴェンデル、……ああ、地球に行った捜査官ですね。ええ、会って地球の話を聞くことになっています。それが何か?」
ルビンスキーと地球教は切れてはいない、まだ繋がっているらしい。だがここで切ろうとしている……。そういう事かな。

『お止めになった方がよろしいでしょう。閣下の御命が危うい』
「……」
『信じられませんかな』
「いえ信じますよ、やはり彼は地球教に取り込まれましたか。内乱以降、地球教徒は何度か私を殺そうとしている……」
ルビンスキーが大きく頷いた。地球教だけじゃないよな、お前だって俺を殺そうとしたはずだ。

『ご存知でしたか、となると今回アルフレート・ヴェンデルと会われるのも……』
「まあそうです、確証が有りませんでしたのでね、試してみようと思ったのです」
『危うい事をなされる』
少し違うが、まあ誤解させておこう。

「貴方がここに連絡してきたという事はフェザーンと地球教は裏で繋がっている、そういう事ですね」
ルビンスキーが頷いた。
『そうです、フェザーンは地球教の或る意志の元、作られました。初代自治領主、レオポルド・ラープは地球教の命令で動いたのです』
「……」

ようやく俺の仮説は仮説でなくなるわけか……、結構長かったな。これで同盟にも説明できる、いや駄目だな、情報源がルビンスキーでは同盟が俺とルビンスキーが繋がっていたと疑うだろう、それは面白くない。だからと言って情報源を秘匿しては信憑性に乏しい。

『帝国と同盟を相争わせ共倒れさせる。その後、混乱した宇宙を地球教という宗教とフェザーンの財力で支配する……』
「……」
『閣下は驚かれてはおりませんな』

そうか、驚いているという事にしなければならんのだな。
「いや、驚いていますよ。想像はしていましたが本当か、と言う思いが有ります。……証拠は有りますか」
俺の問いかけにルビンスキーが残念そうに首を横に振った。

『いや、私はもっていませんな。オーディンの地球教支部、地球になら有ると思いますが……』
「なるほど、やはりそうなりますか」
地球教の厄介な所だな。計画に変更無し、このまま続行だ。いや、予定を早めよう、この男の裏切りが地球教に知られれば厄介な事になる。出来れば今日、遅くとも明日には実行だ。それによって地球教の陰謀を白日の下に暴き出す。問題は俺の目の前にいるこの男だな。如何するべきか……。

「ルビンスキー前自治領主、貴方の御好意に感謝しますよ」
『喜んでいただけたようで幸いです』
「私は貴方の親切にどう応えれば良いですか、出来れば貴方の希望を叶えたいと思いますが……」
何を望むかな、まあ想像は付くが……。

ルビンスキーが嬉しそうな表情を見せた。
『来たるべき新帝国で閣下の御役に立ちたいと思います。お許しいただけますかな』
「……」
ここまでは予想通りだな。さてどうする、ルビンスキーがようやく地中から首を出した。ここで断ればルビンスキーはまた地下に潜るだろう。手繰り寄せるか……、しかし相手は中々強かだ、危険ではある。

『やはり難しいですか?』
「……そうですね、貴方が帝国に敵対していた事は皆が知っている。今のままでは貴方を受け入れる事に反対する人が多いでしょう」
俺の答えにルビンスキーが頷いた。あまりがっかりした表情は見せていない、想定内だな。

『働きが足りない、そう言う事ですな。今回の一件だけでは不足だと、受け入れる事は出来ないと……』
「そういう事になります、帝国のために何かをしていただく必要が有るでしょう。反対する人達が納得するだけの何かを」
ルビンスキーが二度三度と頷いてから俺に視線を向けた。

『例えば?』
「例えば……、フェザーンで帝国が同盟に戦争を仕掛けるだけの大義を用意するとか」
ルビンスキーがじっと俺を見た。そしてフッと笑みを浮かべた。

『なるほど、何時までにですかな。商品には賞味期限が有りますが』
「まず半年、遅くとも一年。如何です?」
『分かりました。吉報をお待ちください』
自信が有るようだ、どうやらこれも想定内か。こっちが切っ掛けが得られず困っている、付け込む隙が有る、そう踏んだか、可愛げのない奴。だからお前は嫌われるんだ、少しは慌てて見せれば良いのに……。

「ところで新帝国では貴方はどんな仕事を望みます? あいにく通商を扱う仕事はボルテック弁務官に任せようと考えています」
『なるほど』
「出来れば貴方の望みをかなえたいと思いますが」

俺の問いかけにルビンスキーは少し考え込む姿を見せた。まあポーズだろう、俺とボルテックが親しい事をルビンスキーは分かっているはずだ。俺がボルテックに何を望んでいるか、全く気付いていないとも思えない。本来ならルビンスキーが最も欲しがる仕事のはずなのだ。となると代わりに何を望む。

『閣下の補佐官と言うのは如何ですかな』
思い付いたという顔だな。しかし補佐官?
「……」
『閣下は軍人ですが内政、改革にも関与されています。そちらの方で使って頂ければと思うのですが……』
「なるほど」

なるほど、補佐官か……。変に役割を決められるより補佐官の方が守備範囲が広い。それに曖昧なだけに個人の力量次第で影響力が増減する、ルビンスキーなら増大させることは容易いだろう……。フェザーン人ならではの発想だな、自治領主の下には補佐官が何人か居る。

『如何ですかな、閣下』
ルビンスキーが覗き込む様な視線で俺を見ている。
「良いでしょう、期待していますよ、ルビンスキー補佐官」
ルビンスキーが今度はふてぶてしい笑みを浮かべた。だからお前は悪人顔だっていうんだ。

『私の連絡先ですが……』
「それは聞かない方が良いでしょう」
『……よろしいのですかな』
少し驚いたような顔をしているな、今度は想定外か?

「構いません、万一の事が有って貴方に疑われるのは避けたい。貴方は同盟から追われる身ですからね」
『……閣下は慎重ですな』
ルビンスキーが俺をじっと見ながら頷いている。

俺なら敢えて番号を相手に伝える。弱い立場の人間が強い立場の人間に誠意を見せるには正直である事と隠し事をしない事を相手に理解させるしかない。人としての可愛げを出す、その上で役に立つことを相手に理解させる。ルビンスキー、お前ならどうする?

『分かりました、ではまた連絡させていただきます』
「楽しみにしていますよ」
通信が切れスクリーンには何も映らなくなった。残念だよ、ルビンスキー……。お前は俺の期待には応えられなかった。応えていれば少しは俺も考えたのだがな……。

ルビンスキーは俺を救ったと思っているのかもしれない、点数を稼いだと。だが現時点でルビンスキーが寝返った事に余り価値が有るとは思えない。九分九厘、帝国による宇宙統一が見えているのだ、帝国にとってルビンスキーの存在は或る意味お荷物だろう、敵でいてくれた方が身軽で良いくらいだ。もっともルビンスキーとしては自分に価値が有ると思いたいのだろうが……。

どうせ裏切るのであれば内乱の時に裏切るべきだった。そうすれば皇女誘拐も無ければバラ園での襲撃事件も無かった。ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯は辺境で生きていただろうし内乱はかなり小さな規模のものになったかもしれない。生き残った貴族達に対しては軍の力を示すだけで既得権益を縮小させる事が出来ただろう。

ラインハルトも死なずに済んだかもしれないな。オーベルシュタインとキルヒアイスを処断しラインハルトは爵位を剥奪の上、軍から追放。アンネローゼも同様に爵位を剥奪の上、後宮から追放する。いやオーベルシュタインとキルヒアイスは無期懲役でも良いな。生きているという希望を持たせた方がラインハルトを自暴自棄にさせずに済むだろう、大人しくなったはずだ。

フェザーン方面でも帝国と組んで同盟を劣勢に立たせる事が出来たはずだし地球教対策でも大きな役割を担っただろう。そうであれば誰もがルビンスキーの功績を認めたはずだ。必要以上に血を流さずに済んだ、混乱せずに済んだと。油断ならない男だが敵に回すよりは味方につけて利用した方が良いだろうと……。

地球教に引き摺られたな。原作でもそうだがルビンスキーは地球教に引き摺られて自分の考えで動けなかった。彼が地球教と縁を切ると決めたのもフェザーンに帝国軍が侵攻してからだった。こっちの世界と同じだ、フェザーンの自治領主という強い立場を失ってからだ。遅いんだ、地球教に引き摺られている。

地球教の野望とフェザーンの繁栄は最終的には共存できない。その事はルビンスキーも早い時点で分かっていただろう。もっと積極的に動いて主導権を握るべきだった……。少なくともシャンタウ星域の会戦以前、原作ならアムリッツア会戦以前に地球教から独立していれば随分と違ったはずだ……。

ルビンスキーの本質は乱世には向いていなかったのかもしれない。本人は自分を乱世向きだと思っていたかもしれないが本当は平時向きだったんじゃないかと俺は思う。気質と才能が一致していなかった、ロイエンタールと同じだ。ロイエンタールは反逆者として、ルビンスキーは人騒がせな陰謀家で終わってしまった……。

いかんな、詰まらんことばかり頭に浮かぶ。とりあえずルビンスキーにはフェザーンで騒ぎを起こさせる。その騒ぎに乗じて奴を始末するのがベストだな。まあ向こうもその辺りは用心しているだろうから結構厳しくなりそうだ……。
ルビンスキーの手駒は何かな、ランズベルク伯アルフレッドか……。だとすればラートブルフ男爵達から報せがあるはずだ。その線からルビンスキーに辿り着きルビンスキーを排除する、場合によってはラートブルフ男爵にも死んでもらうことになるかもしれないな……。

キスリング、アンスバッハ、フェルナー達の仕事だな。最悪の場合、奴を受け入れる事も考えるべきだろう。補佐官を一人に限定する事は無い、もう一人入れよう。ルパート・ケッセルリンク、親子で仲良く仕事をしてくれるだろう。足を引っ張り合ってドジを踏んだら両方処分する、それで終わりだ。

リヒテンラーデ侯、エーレンベルク、シュタインホフにも話しておく必要が有るだろう、騒動が起きれば直ぐに軍をフェザーン、イゼルローンに送る必要が生じるかもしれない。この世界でのラグナロックの発動か、もうすぐ宇宙から戦争を無くせる時が来るようだ……。



 
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