| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

前略、空の上より

作者:月下美人
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第四話「RG-Ⅰ(下)」



 研究室に居ては危険だと感じた俺は自室の隣にある隠れ部屋に移動した。ここの存在を知っている者はまだ誰も居ないはず。


 元が研究作品の保管場所であるこの部屋は物置部屋ほどの広さしかない。しかし身を隠すにはこれで十分だ。


「居たわ!」


 タナトスから逃れるためRG‐Ⅰを走らせていると、進路上にニンフが立ち塞がった。


「タナトスめ、さてはエンジェロイドたちを味方につけたな……」


 七色に光る透明な翼を広げたニンフが拳を構える。じりじりと両者の間合いを読み合いながら互いの出方を窺う。


「タナトス姉さんのお願いだから悪く思わないでね。観念してお縄につきなさい!」


「どこで覚えたんだその言葉は……だが断る!」


 先に仕掛けたのはRG‐Ⅰからだった。


 キュピーンと漢字の皿のような目を輝かせると、その双眸から二条の光線を放つ。


「うわっ! ちょっとなに……このロボット、ビームなんか出すの!?」


「出すのだよ!」


 間一髪で半身になって回避したニンフを追撃。突き出した両腕を飛ばし、体勢を崩した彼女の顔面に向けてロケットパンチ!


 ――ひゅるるるる……ぽと。


 彼我の距離は五メートル。ロケットのように噴射された両腕は重力に従い徐々に軌道を下げて行き、やがてニンフの足元に力なく落ちた。


「くっ、そういえば威力設定をしてなかった!」


 元々ロケットパンチは遊び心のつもりで取り入れたもののため、バカみたいな威力は設定していない。ちなみにビームは良いのだ。だってロボといったらビームだもの。


「ふふん、どうやらビーム攻撃以外に有効な攻撃手段はないようね。そんなしょぼい装備で私に勝とうなんて十年早いわ。食らいなさい!」


 大きく開いた口から無形の音波が衝撃波となって襲い掛かる。ニンフの固有能力の一つである『超々超音波振動子(パラダイス・ソング)』だ。


「なんの! 障壁プログラム起動!」


 タナトスを退けたシールドを再び張り、衝撃から身を守る。


 このシールドはイカロスのイージスを元に作成した障壁であり、耐久は本家のそれとは雲泥の差である。惑星を一撃で破壊するタナトスの『メギド』でさえ、この障壁の前では無力だ。


「このままニンフの相手をしている暇はないし……ここは逃げの一手でいくか」


 RG‐Ⅰの瞳孔が急激に輝き目から閃光を放つ。目晦ましのフラッシュだ。


「なっ――!?」


「今だ!」


「あっ、待ちなさいっ!」


 怯んだその隙に障壁を解除。ニンフの脇を猛スピードで駆け抜けた。静止の声が掛かるが止まるはずがない。


 あっという間も無く廊下の角を曲がり、そのまま長い通路を走破した。


 迷路のように入り組んだ道を駆けまわり、すれ違うオレガノたちの横をビュンッと通り過ぎる。


 しばらくして漸く速度を落とした。周囲に人影はなく音声周波数にも反応はない。どうやら上手く撒けたようだ。


「あー、どうすっかなぁ……。エンジェロイドたちには伝達が回っているだろうし」


 エンジェロイドたちにとってタナトスは心の母である。その温和な雰囲気や包み込むような優しい気質に多くのエンジェロイドが彼女を母と、姉と呼び慕う。


 地位的には圧倒的上位に立つ空人でさえ彼女には強く出れない。なぜか母と子、もしくは姉と妹、弟のような関係に治まってしまうのである。


 温和な彼女は普段から怒ることはあまりなく、アストレアがちょっかいをかけても窘める程度にとどめる。


 しかし、そんな彼女でもただ一つ、許せないものがあるらしい。


 主を侮辱されること、同朋を侮辱されること、食料を粗末に扱うこと――




 そして、女性が傷つけられることだ。



 元来、男は女を守るもの。守るべきものに手を上げるなんて本末転倒、紳士失格。


 特に顔と髪は乙女の命らしくケアも欠かしていないとのこと。この手の話に疎く無頓着なイカロスやアストレアなどに、乙女としての心構えと手入れが如何に大切かという説教染みた話を延々としたこともあるくらいだ。


 イカロスやアストレア、オレガノたちのスキンケアを喜々として行い、比較的ミーハーなニンフやハーピーたちに己の技術と知識を伝授する。そんな彼女に向けてあの暴挙は、もはや自殺行為に等しかった。


「なーんであんなことしたんだろうなぁ……」


 しかし、今更後悔してももう遅い。後の祭り、後悔先に立たずである。


 ほとぼりが冷めるまで逃げ回るしかない。どこかでジッと身を隠したり、素直に謝るといった選択肢は浮かんでこない俺であった。


「見つけたぁぁぁぁぁ!」


「げっ! アストレア……!?」


 振り向くと鬼のような形相をしたアストレアが地面スレスレに滑空しながら迫って来ていた。その手にアストレアの唯一の武装である超振動光子剣『クリュサオル』を握りしめて。


 アストレアのクリュサオルはとにかく『斬る』ことに特化している。そのため、イカロスたちの武装に比べるとやや有効範囲が狭く扱い辛いという欠点はあるが、その威力はイージスを易々と切り裂く。


 障壁も先程使用してしまったため使おうにも使えない状況だ。アレは一度使ったら五分間のインターバルを挟まないと使用できないのだ。


「あんなので斬られたら、RG‐Ⅰの紙装甲じゃ一溜りもないぞ!」


「待てぇ! ごはぁぁぁぁんんッ!」


(絶対、懐柔されたなアイツ……)


 大方、捕獲もしくは撃破したらご馳走を作ってくれるとでも言われたのだろう。タナトスの作る料理はどれも絶品だからなぁ。


「しかし、このまま屍を晒すわけにもいかないのだよ……!」


 追いつかれる前にスピードを全開にして逃走を図るRG‐Ⅰ。しかし、相手は瞬間的な加速であればイカロスの速度――最高時速マッハ二十四――をも上回る力を有する。イカロスより遅い足を持つロボでは振り切れるはずがなかった。


 純白の翼を広げたアストレアがぐんぐんと迫る。このままでは我が待望の傑作がスクラップへと変わり果ててしまうのは自明の理だ。


「くっ、こうなっては致し方ない……ターボ・オンッ!」


 画面に「Turbo mode ON」という文字が表示されると、RG‐Ⅰの踵から噴射口が顔を覗かせた。


 ――ゴウッ!


 噴射口から炎が灯ると同時にRG‐Ⅰの速度が一気に跳ね上がる。あまりの速度にロボ自身の上体が後ろに流れていた。急激の加速に姿勢制御機構が追い付かないのだ。


 時速四万キロという驚異の速度は瞬く間に互いの距離を離していく。こんな速度で廊下を走れば壁や障害物などに激突するのが当たり前だが、RG‐Ⅰの空間把握機構とレーシングゲームで鍛えた俺の操縦技術を合わせれば問題は無くなる。


「くぅぅ……っ! 逃がさないんだからぁ!」


「だが残念、逃げられる!」


 素早くコントローラを操作してRG‐Ⅰを反転させると、一切速度を減じさせることなく逆走した。とあるライトノベルを参考にして実用化させた無反動旋回だ。


「えっ……えええええええっ!? ちょっ、まっ――きゃん!」


 股の間を通り過ぎて遥か後方へと遠ざかって行くロボ。呆気にとられていたアストレアは正面に迫っていた壁にそのまま衝突し、目を回した。




 ――おバカエンジェロイド、アストレアを撃墜! 一五八の経験値を獲得!




「ふむ……お遊びのつもりで取り入れた成長プログラムも正常稼働、っと」


 このRG‐Ⅰには敵を倒すとそれに応じて経験値を獲得し成長する機能がついているのだ。RPG系のゲームでお馴染みのプログラムをつい魔が差して入れてしまったんだよね。そのおかげで容量をめっちゃ食っちゃった。てへっ!


 ちなみに、誰が敵かは状況に応じて人工知能を搭載しているロボ自身が判断している。まあ元凶が俺とはいえ、エンジェロイドに追い回されているのだからアストレアたちを敵と認識するのも致し方ないことだろう。それにしても、おバカエンジェロイドか……的を得ているな。


 ターボ・モードから通常モードに切り替えたRG‐Ⅰは無人の廊下を出て外へと続く階段を降りる。あえて飛行機能をつけていないが段差の昇降くらいは可能だ。


 三十秒ほど要しながら十段の階段を降りる。一段一段せっせと降りる姿に胸が温かくなった。


「標的を発見。これより撃破します」


「むっ、今度はイカロスか」


 外へと繋がる扉の前に立ち塞がったのはピンクの髪の少女、無口無表情キャラでお馴染みのヒロインことイカロスさんだった。


「半永久自動追尾対空弾アルテミス、発射準備――」


 ある程度の拡大や縮小が行える可変ウィングをバッと広げたイカロス。その目は深紅に染まっていた。戦闘形態である空の女王(ウラヌスクーイン)モードだ。ガチじゃん。


「――完了。発射」


 大きく広げた翼から次々と対空弾が発射される。


「くっ、障壁プログラムは……あと一分三十秒! チィッ!」


 自動回避システムが起動しているため紙一重で避け続けているが、このままではジリ貧だ。奇妙な踊りのように手足や身体を動かして追尾弾から逃げ惑うロボは一旦距離を取ると、カシャッ、と小気味良い音を立てて胸部をスライドさせた。


「そっちがそれならこっちはコイツだ! 行けぃ、MRたちよ!」


 胸部の排出口から小型ロボたちがわらわらと姿を現す。


 全長二センチ、重量三キロ。RG‐Ⅰを縮小した小型ロボット【Micro Robot】だ。彼らはRG‐Ⅰをボスと仰ぎ、彼の出す指令なら忠実に守る。


 RG‐Ⅰは身振り手振りで指令を下すと、MRたちは自ら死地へと向かっていった。


 ある者は自ら追尾弾へと身を晒し、


 ある者は身を楯にしてボスを守り、


 またある者は果敢にもイカロス(敵)へと立ち向かう中、味方の爆発に巻き込まれる。


 どこか涙を誘うような悲壮感溢れる現実が画面の向こうに存在していた。


「すまない、皆……っ!」


 涙を呑んでRG‐Ⅰを戦線から離脱させる。散って行ったMR(友)たちにしてやれることと言えば、逃げ続け、生き続けることだった。


 スピードを上げて外へと向かう。


「逃がしません」


 回り込まれた。


 RG‐Ⅰは逃げられない!


「目標を破壊します」


 拳を振り上げるイカロス。障壁を張れない今、拳一つでも致死レベルだ。俺は急いで画面に指を滑らせた。


 外部音声を接続して回線を繋げる。


『待つんだ、イカロス!』


「……マスター?」


 ロボの眼前で拳を静止させたイカロスは首をカクンと傾けた。あっぶねぇぇぇぇ! 間一髪だったよ!


 ロボの口から主の声が飛び出し戸惑っている様子。イカロスは他の子たちとは違って話せば分かる子だ。ここは平和的に話し合おうじゃないか。


『無益な争いは止めよう。互いにいがみ合っても誰も特はしないんだ。だからイカロス……大人しくそこを通しなさい』


「ですが、タナトスが……」


『大人しく通してくれたら、ご褒美に撫で撫でをしてあげよう!』


 イカロスの動きが一瞬止まる。


「撫で撫で……」


 うわ言のように繰り返すイカロス。音声周波数には後方からもの凄いで追ってくる団体様の反応があった。


『そうだ、イカロスの好きな撫で撫でだ! 好きなだけ撫でてあげるから早くそこを通しなさい! というか通してぇぇぇぇぇっ!』


「通してはいけませんよ、イカロス!」


 タナトスがニンフやアストレア、ハーピー姉妹を引き連れてやって来た。


「さあ、追い詰めましたよご主人様。どこからか見ているのでしょう? 大人しく出てきなさい」


『い、イヤだ! だって出て行ったら最後、死んじゃうんだもん! 誰が好んで殺されに行くものですか!』


 何故かタナトスは平気で主に手を出すことが出来る。エンジェロイドたちは例外なく空人に危害を加えられないようにプログラムされているにも拘らずだ。母は強しとでも言いたいのだろうか?


 このままここに居ては危険だ。再びブーストを噴かそうとするが、それよりも早く、


「ニンフちゃん」


「ええ!」


 回り込んだニンフがロボを捕獲する。


『ええいっ! これしきの事で――』


 障壁を張ろうとして、そこでやっと画面に表示されたバーに気が付いた。




 ――稼働時間、残り四分。




 しまった! 電池がもう無い!


 通常稼働での連続駆動時間が最長二十四時間。もちろん、障壁やP‐ステルスシステム、ブーストなどを使えばそれに伴い限界値は近づいていく。


 調子に乗ってバンバン使い過ぎたツケがここに来て回ったか! これでは自力で脱出することは不可能だ……!


「そちらから出てこないのなら、こちらから迎えに行って差し上げます。ニンフちゃん」


「まかせて!」


 RG‐Ⅰの頭を掴んだのか、カメラが掌で塞がれたと思ったら、スクリーンに一瞬ノイズが走った。


 刹那、独りでにウィンドウが開き、文字の羅列が画面を埋め尽くした。


「ハッキングか……っ!」


 ニンフお得意のハッキングおよびクラッキングだろう。慌てて指を走らせるが管理システムにまで侵入しているのかまったく操作を受け付けない。


 電子戦など想定していないため対電子戦プログラムは搭載していない。イカロスやアストレアなどは余裕で対処できるが、ニンフはRG‐Ⅰにとってはまさに天敵だ。こんな単純な考えでさえ浮かばないとは、迂闊だった……!


「しかし、ハッキングをしてどうするつもりだ?」


 障壁も満足に張れないロボなどタナトスたちにとっては取るに足らない相手のはず。今更ハッキングでシステムに干渉などしなくても、そのまま物理的に破壊すればいいだけの話――。


「いや、まてよ? さっき、タナトスはなんて言ってた……?」




〈そちらから出てこないのなら、こちらから迎えに行って差し上げます〉




「マスター登録情報から俺の場所を逆探知しているのか……!」


 急いでコンソールを切りRG‐Ⅰとの接続回線を遮断する。ついでにダミー情報も流し込み俺の居場所を特定できないようにした。上手くいけば複数の場所から俺の反応が上がるはずだ。


 回旋を切ってしまったから、もうRG‐Ⅰを救う手立てはなくなった。恐らくロボは無残な屍を晒すことになるだろう。


 昔年の夢の大集であるロボを失うのは俺としても非常に遺憾だが、命は惜しい。今回の一件を教訓として、次回は対電子戦プログラムをインプットしたRG‐Ⅱを作成しよう。


「その前に場所を変えないと。ここも安全とは言えなくなったからな」


「そうですね」


 ここにいる筈のない人物の声に思わず凍りつく。思わず、ギギ……と音がしそうなくらいぎこちなく背後を振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたタナトスさんの姿があった。


「え、ええっと……よく、ここが分かった、ね?」


「ええ。ニンフちゃんが頑張ってくれたものですから。まさかこんな場所があったなんて思いもしませんでした」


「そ、そう。それで……な、なんの用かな?」


 ニコッと天使のような微笑みを浮かべるタナトス。見惚れてしまうような綺麗な笑みなのだが、俺にはそれが反って不気味に思えた。まるで死神が微笑んでいるような……。


「約束を果たしに来ました。言いましたよね? そちらから出てこないのなら、こちらから迎えに行って差し上げます、と」


「約束なんかしてな――」


 残像を残す勢いで背後に回り込んだタナトスが俺の襟首を掴む。


「女性に手を上げるなんて紳士のなさることではありません。ましてや女性の顔を傷つけるなど……女性にとって顔と髪は乙女の命だと再三にわたって申し上げていましたのに。まだご理解いただけていない様子」


 巧みに重心を操り俯せに転がす。抵抗空しく、気が付けば正座をしたタナトスの膝に横向きで伸し掛かるようにしていた。


「ですので、ちゃんと教育して差し上げます。」


 無造作に俺のズボンを掴み摺り下ろす。卵のようなツルツルの尻が外気に晒されて、ようやくタナトスの思惑を悟った。ニコニコの笑顔のまま五指を揃えた手を振り上げる。


「ごめん! 謝る、謝るから! それだけは勘弁――」


「問答無用」


 笑顔とともに振り下ろされる掌。狭い室内に反響する甲高い音。そして「アーッ!」という聞くに堪えない悲鳴。


 その日、俺の尻は死んだ。

 
 

 
後書き
感想を……感想をください……! 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧