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前略、空の上より

作者:月下美人
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第四話「RG-Ⅰ(上)」



 暗い一室。日の光はカーテンにより遮断され、光源は目の前にある六つのモニターしか存在しない研究室。


「――ふ、ふふ……ふふふふふふふ……」


 この部屋の主である俺は画面に表示されたソレを見て、自然と低い笑い声が口から零れ出た。


「ふふふひひひひひひひ……」


 くつくつと肩を震わせ、胸の内から込み上げる感情が衝動へと昇華し、『笑う』という行動を助長させる。


「ひひひはははははは……」


 一週間に渡って研究室に籠っていた上に一睡もしていないため、異常なテンションとなっていた。


 しかも、予てより開発していたある物がたった今完成したのだから、もはや俺のテンションは天元突破。


 ――一言で言うと、この時の俺は寝不足も合わさり、超可笑しなテンションとなっていた。


「ヒィーッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッハッハッハァ――――!! ついに完成したぞっ! 嘗ての夢の実現、夢の結晶がっ!」


 モニター画面の向こう――俺の視線の先には完成したばかりのソレが鎮座している。


 特殊不壊ガラス越しにうっとりとその肢体を見つめた。天宮だった時の幼少の頃の夢。それがたった今叶ったのだ。


 逸る気持ちを抑えながら、興奮で震える手を立体スクリーンに這わせた。


 起動ボタンを押す。固唾を呑んで見守る中、ソレは静かに目を覚ました。


「お、おおおおおぉぉぉ! う、動いた……動いたっ!」


 それだけで俺のテンションは有頂天となる。


 しかしまだだ、まだ安心は出来ない。起動しただけでは開発に成功したとは言えないのだ。


「よし、では次は動作実験だな」


 モニターを操作して研究室の扉のロックを解除する。


「さあ、実験開始だ。行くぞ『RG‐Ⅰ』!」


 俺の言葉に返事を返すように、ソレ――RG‐Ⅰは眼孔を点した。





   †                    †                    †





 正式名称【Great Robot第一号】、略してRG‐Ⅰ。本来ならGR‐Ⅰが妥当なのだが語呂が悪いので逆にした。


 コイツは二足駆動式万能小型ロボットだ。全長三十二センチ、重量十五キロ。単三電池二本で最長駆動時間が二十四時間という優れ物。


 外見はエンジェロイドたちのように人を模したそれでなく、いかにもロボットといったメカニックの姿をしている。ゼンマイを巻いて動かす子供のオモチャを想像してほしい。あれをもう少し精巧に作り上げたものがRG-1だ。


 顔を構成する部位は漢字の目を横にしたような外観をしており、手はC型のアームハンド。遠隔操作のために頭にはアンテナも設置している。


 幼少の頃の俺はロボットを自作することが夢だった。男の子なら誰もが皆興味を示す物。取り分け、俺の関心を引いたのがロボットだったのだ。


 しかし、所詮は子供の頃の夢。時が経つに連れて段々とあの頃に抱いていた熱は冷めていき、いつしか『ロボットを作る』という夢そのものを自分でも忘れていた。


 だが、なんの因果か、ピーターに憑依するという訳の分からん事態に陥ってしまった今、嘗ての夢を思い出したのだ。


 幸い俺には夢を実現させるための知識も技術も設備も整っている。なら、持てる力のすべてを費やし、最高のロボットを作ろうじゃないか!


「――で、出来たのがRG-1、と」


 遠隔操作型のため俺は小型立体スクリーンを虚空に投影しながら、自室からロボを操作していた。


 RG-1の目には小型カメラが搭載されており、随時ロボが目にしている光景をスクリーン越しから確認することができる。しかも小型マイクも内臓されているため周囲の音を拾うことも可能だ。


「では早速、最終動作テストを開始する」


 誰に言うでもなく独白した俺は立体スクリーンを手元に投影した。これがRG‐Ⅰの専用コントローラだ。馴染みのキーボードを模して作ったためスクリーンには『A』から『Z』、『Space』、『Enter』、『Fn』、そして『↑、↓、→、←』の方向キーが配置されている。


「RG‐Ⅰ……始動!」


『W』を押すと、RG‐Ⅰは静かに前進した。シナプスの技術を結集して作り上げたため、ロボ特有の駆動音も聞こえない。


 歩く、走るといった基本動作は勿論、片足立ちや屈むなどの高度な動作も可能である。


 絶妙のバランス感覚を如何なく発揮し、そのまま倒れることなく研究室から出る。


 一旦、静止させて方向キーの『→』を、そして『←』を押した。


「――カメラアングル、正常稼働……視界良好」


 ロボの首を回すとスクリーンの画面も連動して景色が流れた。カメラが正常に稼働している証拠だ。


 このカメラを使い、皆の私生活を覗き見ることが、RG‐Ⅰにかかせられた任務である。


「ふんふんふ~ん♪ 今日のご飯はなにかな~♪」


 どこからか脳天気な声が聞こえる。スクリーンの横に表示されている音声周波数を確認し、廊下の角から声が聞こえいるのだと推察した。


「音声感度もクリア……この声はアストレアか」


 ロボを前進させて角から頭を覗かせる。複雑極まりない動作でもボタン一つで簡単操作、初心者に優しい設定となっている。


 陽気に鼻歌を歌いながら、アストレアが丁度向かいから来たところだった。


「ふむ……『P‐ステルスシステム』起動」


『Fn』を長押ししながら『P』を押す。ニンフに搭載されているステルスシステムを起こし、背景に溶け込むようにRG‐Ⅰは姿を消した。


『P‐ステルスシステム』を起動するとジャミングシステムも連動する仕様となっている。そのため熱源探知や電磁波探知で感知される心配もない。


 無色透明となったRG‐Ⅰを角から踊り出して前進。アストレアの後ろに移動させると『Space』を押して録画を開始した。


 ロボの胸奥にあるマイクロディスクが静かに起動し、眼前の光景を鮮明に記録する。


「……」


 ――開けた視界には純白の布地があった。


 イカロスたちエンジェロイドはユニフォームとしてそれぞれ異なる衣服を身に付けている。胸元が大きく開いたボンテージ風やセーラー服風、修道服やチャイナ服のような物だったりと、科学者の変態性が窺える服装ばかりだ。


 しかし、最近になってエンジェロイドたちの間で、若者の人間たちが好んで着るような服を身に付けている姿をよく目にするようになった。皮肉なことに俺の暗黒期――前回のイメチェンがこのブームを呼んだらしい。


 オシャレをするようになったエンジェロイドたちだが、それはこのアストレアも例外ではない。今の彼女はロングのシャツにチェックのスカートというラフな服装だ。


 そして、RG‐Ⅰの身長は三十センチ。対してアストレアの身長は一六〇センチ。


 つまり、ロボの背丈だと、アストレアの下着が丸見えなのである。


「……」


『Fn』を長押ししながら『↑』を押す。


 RG‐Ⅰは忠実に指令を実行。内臓カメラをズームしてその輝かんばかりの純白の下着を画面一杯に映し出した。


「――うむ」


 何がうむ、なのか自分でもよく分からないが、この上ない満足感を覚えた。


 アストレアは鼻歌を歌うばかりで特に面白い場面を見ることは出来そうにない。尾行を中断し回れ右をして違う場所に移動する。


「お?」


 不意に何かの影がカメラに映った。RG‐Ⅰの視点を操作して上を向く。


「……オーマイガー」


 カメラに映し出された人物を見て思わず呻く。拍子のあまりにアメリカ人のようなリアクションを取ってしまった。


「あら、なにかしら?」


 そこにいたのは皆の心の母。我らが最強エンジェロイドのタナトスさんだった。


『P‐ステルスシステム』は正常に稼働している。にも拘わらずタナトスはひょいっとRG‐Ⅰを拾い上げた。


「しまった、『ONEシステム』か!」


 正式名称をOne's Mind's Eye Systmeと言い、略して『ONEシステム』と呼称している。ニンフの『P‐ステルスシステム』のようにタナトス固有の能力だ。


 そこに在るものをそのまま目にすることが出来るこのシステムはあらゆるな偽装を一目で見抜くことが出来る。


 タナトスの目にはRG‐Ⅰのステルスシステムなどあってないようなものだろう。


「ロボット? 随分アナログだけど、何故こんなところにあるのかしら」


 顔の部分を覗きこまれる。画面にタナトスの整った顔が大きく映し出された。


 どうやらただの人形だと思い込んでいるようだ。しかし、アナログとは失敬な。機構がむき出しの風貌がまさに「ロボット」という感じでいいんじゃないか。


 ムカッときた俺は『A』を長押ししながら『Enter』を押し、RG‐Ⅰの腕をロケットのように飛ばした。





 この時、何も動作をさせないでやり過ごすべきだったのだ。


 今まさに、この時を以て、俺の辿るべき運命が決まったのである。





「痛っ」


 肘部から先が切り離され、目標に向かって真っ直ぐ飛ぶRG‐Ⅰの右腕が、タナトスの鼻梁に直撃した。


「どうだっ! ロボを馬鹿にした報いだ!」


 幾分か溜飲が下がった俺は得意気になって胸を反らすが、カメラに映ったタナトスの形相を目にして一気に血の気が引いた。


「――ふっ……ふふふふふ…………そうですか……こんなことをするのはご主人様ですね?」


 普段のタナトスを知る者なら、今の彼女を目にした途端何も言わずに回れ右をするだろう。


 ニコニコと常に笑みを浮かべていたその顔は能面のように無表情。口からは地の底から響くような低い笑い声が次々と零れ出ている。


 これは、タナトスがキレる前兆だ。レッドゾーンの一歩手前である。


「あわわわわっ」


 思わず気が動転してしまった俺は迂闊にもロボの腕を飛ばしてしまった。


「痛っ!」


 またしてもRG‐Ⅰの右腕がタナトスの鼻に命中した。


「……ご~しゅ~じ~ん~さ~まぁ」


「あばばばばばば」


 ハイライトの消えた目が画面にドアップする。メキメキとタナトスの握りしめたロボから不吉な音が聞こえた。


 このままでは俺とRG‐Ⅰの命が危ない。嘗てないほどの生命の危機に晒された俺はRG‐Ⅰに内蔵されているシールドを起動させた。


 不可視の透明な壁がRG‐Ⅰを中心に球状に広がり、タナトスを吹き飛ばした。


「きゃっ」


「――脱出!」


 その隙を見逃さず、すぐさまロボのスピードを全開にして逃走を図る。時速一万キロという驚異の速度を発揮させたRG‐Ⅰは瞬く間に風となった。


「ふっふふふ……逃がしませんよ、ご主人様」


 なにそれ、こわい。

 
 

 
後書き
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