| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

スペードの女王

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第三幕その五


第三幕その五

「僕達の人生はゲームですね」
「確かに」
 公爵は彼の言葉に頷きながら席についた。そして向かい合う。
「善も悪も全ては儚い夢。愛も金も名誉も地位も何もかも」
「そういうものなのか」
「そうですよ。それでもそういったものを手に入れる為に僕達はこうして生きているんですよ。運を頼りに」
「運だけか」
「そう、運だけ。それがなければどうにもなりはしない。唯一つ同じなのは」
「それは?」
「死です」
 彼がそう言った瞬間場が凍った。何か得体の知れない冷気が覆ったのだ。
「やはり」
「これは」
 皆その冷気の中に魔性を見ていた。
「ゲルマン、彼はもう」
「救われないぞ」
「死こそ僕達の避難場所。その魅力に勝るものはありません」
「成程。では破滅は」
「それも甘美なもの」
「公爵」
 友人達が彼を止めに入る。
「止めておかれた方が。このままでは」
「いや、いいです」
 だが公爵は逃げようとはしなかった。
「このままで。破滅をするのは僕か。それとも」
 ゲルマンを見やる。
「彼か。もうすぐわかりますから」
 冷気と妖気に耐えながら述べた。背筋を悪寒が襲うが何とかそれに耐えていた。
「配ってくれ」
 ゲルマンは言った。
「カードは?」
「女王」
 ゲルマンは言う。
「スペードの女王だ」
「わかった。公爵、貴方は」
「ではキングを」
 彼はそれを言った。
「それで」
「わかりました。では」
 カードが配られる。ゲルマンと公爵それぞれに。ゲルマンはそのカードをめくった。そして勝ち誇った笑みをその白い顔に浮かべた。
「勝った、スペードの女王だ」
「違う」
 だが後ろで見る誰かが言った。
「それは七だ」
「何だと!?」
 見ればそうであった。そこにあったのは七のカードであったのだ。
「そんな・・・・・・」
「スペードの女王はここだ」
 公爵が自分のカードを見せる。確かにそれがスペードの女王であった。
「そんな・・・・・・馬鹿な」
「僕の勝ちだ」
「馬鹿な、こんなことが・・・・・・」
「やはり」
「なっ」
「誰だ!?」
 辺りが急に暗闇に包まれた。そしてその闇の中からあの老婆が姿を現わしたのであった。
「御前は破滅した」
「伯爵夫人・・・・・・」
「死んだ筈なのに」
「どういうことなんだ、これは」
「御前はカードを間違えたのよ」
 伯爵夫人は表情を変えず冷たい声でそう述べた。
「僕がか」
「そう、最後に賭けるべきは七だった。だが御前はスペードの女王を選んでしまった」
「馬鹿な、どうして・・・・・・」
「それこそが運命だったのだ。堕天使は破滅する運命」
「僕は・・・・・・破滅する運命だったのか」
 今それを悟ったゲルマンだった。しかし。伯爵夫人は彼にまた言ってきた。
「そうなる。甘美な破滅に」
「甘美な破滅・・・・・・」
「リーザはここにいるわ」
 伯爵夫人はゲルマンに対して囁いてきた。
「リーザが?」
「そうよ。それだけは伝えておいたわ。それじゃあ」
 伯爵夫人は姿を消した。場は元に戻った。
 ゲルマンはその中でふらふらと立ち上がった。赤い目の光は消え空虚なものとなっていた。
「リーザ・・・・・・そこにいるのか」
 そして恋人の名を呟いた。遂に。
「なら・・・・・・僕はそこに行こう。君の側で安らかな死を」
「あっ!」
「ゲルマン!」
 懐からナイフを取り出し胸に刺した。赤い血の海の中崩れ落ちた。
 ゲルマンは甘美な破滅を迎えその場に崩れ落ちた。その周りにはトランプのカードが舞い降り彼の亡骸を覆った。誰も何も言えなかった。ただその破滅を見届けただけであった。


スペードの女王   完



               2006・10・20
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧