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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第二十六話 少年期⑨



 俺にとってそれはいつも通りのことだった。

 自分が行っている行為が決して褒められたことではないのは、頭の中ではわかっていた。だけど、それがわかっていたら何かが変わるのだろうか。それを守れば何か得られるものがあるのだろうか。確かに人としては、誠実と呼ばれるのかもしれない。けど……結局はそれだけだ。

 清く正しく生きるなんて、そんなもの恵まれている者が言える言葉だ。正義じゃお腹はふくれない。法を守っていたって新しい服は降ってこない。だから俺は手を汚すことを選んだ。汚いと言われようと、蔑まれようと少なくとも俺はそんな生き方のおかげで生きてこられたのだから。

 もう1人で生きていくことにだって慣れてきた。俺に手を差し伸べてくれる人はもういない。他の誰かの手なんて……もっと曖昧で、あっさり消えてしまうようなものに縋るなんてさらに馬鹿だって思う。

 気づいたんだ。生きるためには力が必要で、弱かったら何もできない。俺にはその力が足りなかったから、何も持っていないんだって。それなら、誰かから奪ってでも俺は得ることを望んだ。そんな風に、1人で生きられることが強さだと思ったからだ。

 ……そんな生き方しか俺は知らなかった。そして俺のその生き方は、ずっと変わらないものなのだと思っていた。相手から奪うことへの罪悪感が日に日に無くなっていく意識。世界から徐々にはじき出されていく感覚。自分の名前を耳にすることが無くなっていく日々。


 それが俺のいつも通りであり、今日もその繰り返しのはずだった。身軽な服装と護身用にナイフを1本忍ばせながら、都市に溶け込むように混じる。チャリッ、と首元にかけられているペンダントから小さな音が鳴るのが聞こえた。俺は獲物になりそうな奴を観察しながら、慎重に歩を進ませていく。

 路地が多くありながら、人ごみに紛れ込めるこの道は便利だった。今日も偶然ぶつかったように振る舞いながら、目をつけていた相手に素早く手を伸ばす。そこから目当てのものを掴んだ瞬間、羽織っていた薄手のコートの中に仕舞い込む。そして逸る足を抑えながら、俺はゆっくりと人波から離れた。

 そして事前に調べておいた1本の路地の中に身体を滑り込ませ、足に力を込める。周りに人がいないことを確認し、全速力で細い路地を駆け抜けた。足の速さには自信がある。もしさっきのおっさんに気づかれたとしても、追いつかれないように距離を取る必要があったからだ。しかし今回は、後ろを振り返ってみても人影は1つも見当たらない。それに笑みがこぼれる。

 次の路地を曲がったら、今日の成果を確かめよう。俺は笑い出してしまいそうな声を押しとどめながら、身体の向きを角に沿ってひねった。この先の裏道は滅多に人が通らない小さな路地裏。俺みたいなやつしか知らないような抜け道で、誰もいるはずのないところだった。

 ……うん、そのはずだったんだ。


「――あれ? こっちらへんに行ったと思ってたんだけ……あっ」
「あっ」

 ゴガンッ、と角を曲がった先に何故かいたガキと正面衝突した。あまりの衝撃にお互いに地面に片手をつき、もう片方の手で頭を押さえながらまるで地の底から這い出るような声で呻き合う。

 なんか上空から、『路地裏に響くゾンビのような呻き声。わぁ、ホラー空間』とのんきな声が聞こえてきた。2人いたのか、という考えもよぎったが……その前にこの状況見た第一声がそれってどうなんだ!?

「お…い。ちょっと、コーラルさん。まずは心配するのが先じゃないか?」

 俺とぶつかったガキも同じことを思ったらしい。涙目になりながら反論している。まださっきのダメージでふらふらする頭に俺は手を当てながら、そいつの言葉に心の中で同意した。というか、もう喋れるぐらい回復したのか。お前絶対石頭だろ。

『あ、すいません。あまりにマッチした感じでしたので』
「……まぁ確かにゾンビっぽくはあったか。『うーうぅー』とか『あーあぁー』とか言ってたし。…なんか赤ちゃんみたいな感じもするな」
『路地裏に響く赤ちゃんの声も結構怖いと思いますよ』
「あ、じゃあさ。『うーうぅー』の後に『ウマウマ』つけとけば怖くなくね? ゾンビも腰振って踊りだすかもよ」

 おかしい。なんでいつの間にか、怖くない路地裏シチュエーション作りの話になっているんだ。しかもわけがわからない。あと、こいつら完全に俺のこと忘れているよな。痛みも少し引いてきたため、改めて顔をあげてそいつらを観察してみる。

 ガキの方はやや癖のある黒髪に黒い目をしているが、かすかに入り込んでいる光に当たってプリムラのような淡い紫のようにも見えた。同い年ぐらいで高すぎない通った声が俺の耳に入る。逆にそいつよりも高めの機械的な音声はデバイスだったようだ。深い緑色の宝石が宙を漂っている。

 俺はそれを見て小さく舌打ちをする。少なくともデバイスなんて高価な物を持っている時点で、こいつは俺とは違うのだろう。何よりもまずいのは魔導師であるということだ。なんでよりにもよってこんな場所にいる。俺は自身の不運に苛立ちが募った。


「あ、いけね。えっと大丈夫か? すげぇ音しちゃったけど」
「……別に。もういいからさっさと行けよ」
「いや、でもさ――」
「聞こえなかったのか。てめぇみたいなやつがなんでここにいるのかは知らねぇが、こんな所2度と来ない方がいいぞ」

 ばつが悪そうに話すそいつの言葉を遮る。確かにこいつはよそ見して突っ立っていたし、かなり痛みはあったが、前方を見ずに走っていた俺にも非はある。つまりお互い様。何よりもめんどくさいことにこれ以上関わりたくなかった。

 そんな俺の言葉に目を大きくしたそいつに背を向け、一気に走り出す。慌てた声が聞こえてきたが、足を止めるつもりはない。追いかけてきたって初動は俺の方が早く、デバイスを起動させる暇も与えるつもりはなかった。さっきの角とは反対の方向に向かえば、俺にとって庭のようなこの道で撒くのは容易い。

 まったく変な奴に会った、とまだヒリヒリする頭の痛みに眉を顰める。でもあんな風に誰かと会話をするなんて、久しぶりだったかもしれない。それも自分と同じ年代の子どもと。


 ……あぁ、そんな風に意識を逸らしていたのがいけなかったのかもしれない。角を曲がろうとした俺に、またもや衝撃が襲ってきた。しかも今回は前からではなく、後ろからの後頭部直撃。それはもう傍から見たら、見事としか言いようがないほどに綺麗に決まったと言われただろう。

 俺はなんとか後ろを振り返って、正体を見ようとした。すると、俺の頭にぶつかって跳ね返ったらしい緑の宝石が地面に転がっているのが見えた。なるほど、石なら痛い。……ってあいつデバイスブン投げたのかッ!? それに気づくも身体は崩れ落ちていく。どうやら本当にクリティカルヒットしたらしい。

 ブラックアウトしそうな視線の先に、さっきのやつがブン投げた体勢のまま固まっていた。そして最後に細い路地裏に響いたそいつの言葉は、俺の中に強く印象に残った。

「……やっば、ついやっちゃった」

 俺起きたら、絶対こいつのこと一発ブン殴ることを心に誓った。



******



『さっきのお店で言っていたあれは口からの出まかせですか! もうしないって言っていたではありませんか!?』
「ごめん! 気づいたらついやっちゃっていました!」
『いつもそうやって言い訳する! 僕だって怒るのですよ!? もうこうなったら…今からマイスターに身を捧げてきます!!』
「い、行かないでくれッ! 俺は今のコーラルがいいんだ! 次は、次からは気を付けるからァ!!」
「痴話喧嘩か」

 言いたいことはたくさんあるが、とりあえずこいつらアホだ。それだけは絶対に間違いない。今もデバイスに頭を頭突きされながら土下座しているし。

 目が覚めるとさっきの路地裏の壁に俺は横たわっていた。空を見上げても太陽の位置は特に変わっていない。気絶したのはほんの数分ぐらいだったのだろう。あと気絶させた張本人は俺が起きたことに気づき、本当にごめんなさいと土下座してきた。

 なので、とりあえずアッパーを一発かましておいた。地面にごろごろ転がった。


「何故投げた」
「…いや、逃げられたし」
「……逃げたら普通追いかけるものだと思うんだが」
「追いかけるのめんどくさいじゃ……はい、ごめんなさい」

 もう1度拳を握ってみせると、これまた見事な平伏が披露された。むかつきはしたが、さすがにこれ以上殴るつもりはなかったので手を下ろす。とりあえず俺のこいつへの用件は終わったのだが、そのまま少し待つことにした。

 理由はわからないが、こいつは俺に用事があるのだろう。そうでなければ、殴られるかもしれないとわかっていながら、わざわざ気絶させたやつの傍にずっといるわけがない。またわけがわからないことをされるぐらいなら、多少時間は取ろう。あと初対面なのは間違いないはず…だよな? あまりにも自由すぎて酷い初めまして、に確信が持てないが。

「……それで、要件はなんだ」

 とにかく手っ取り早く終わらせよう。頭を下げていたそいつは、俺の問いかけに顔をあげるとじっと俺の目を見据えてくる。その目が真っ直ぐに俺へと向けられたため、たじろぎそうになったがなんとか表情には出さない。

 そいつのへらへらと浮かべていた笑みが一瞬消えたが、すぐに口元に弧ができる。だけどその笑みを見て、俺はさっきまでとは纏っていた雰囲気が違うことに気づく。先ほどまで伏せられていた目からはわからなかったが、こちらの様子を窺っているように感じた。


「さっきさ、見ちゃったんだ。君があのおじさんとぶつかってしまったところを」
「――ッ」

 ここに止まったのは失敗だったのかもしれない。ここにこいつがいたのは偶然ではなく、必然。咄嗟に俺はそいつと距離を取り、内心で盛大に舌打ちする。完全に油断していた。路地の中の方にいるため、さっきとは違い逃げる選択肢は難しい。魔法を使われる方が速いかもしれない。

 俺が少し後ろに下がったと同時に、そいつは片手をズボンのポケットの中に入れていた。膨らみから大きいものではないようだが、何が出てくるかわからない。視線はずっと俺に向けられており、さっきまで騒いでいたデバイスも静かに光を放っている。

 少なくとも逃げるのは無理だ。ならば、自分から相手に隙を作らせるしかない。

「へぇー、で? それでわざわざこんな路地裏に1人で追いかけてきたのかよ。……随分正義感がお強いことで」
「いやぁー、照れるなー。褒めるなよ」

 褒めてない。照れるな。通じろ皮肉。

『ますたーの思考回路って結構幸せですよね』
「そう? あとコーラルもそんなに褒めるなよ」

 気づけ、遠まわしのやんわり感をッ! 必死にもごもご言いそうになる口元に力を入れる。なんでこいつと会話すると、とことんずれるんだ。…ちょっと本気で帰ってもいいかな。


「し、しかしよく見えたな。あの人ごみの中で」
「たまたまかな。目はいい方だから。……なんかほっとけなくてさ」
「――あぁ、そういうこと」

 なんだ、結局はただの…偽善者か。そうだな、お前のようなやつから見れば確かに俺は可哀想な子どもに映るよな。それをしてはいけない、と教えてくれるような誰かがいるやつらから見れば……。そんな誰かを持っているガキに、同情だけはされたくない。

 正義感ってやつか。……上等だ。俺は逃げようとしていた意識を切り替え、前方に注意を向ける。馬鹿な正義感を振り回す暇があるのなら、後悔させてやる。気持ち悪い感情にイライラする思考。もうこいつとの間に会話はいらない。

 俺もコートのポケットの中に手を入れ、折りたたんでいたナイフを静かに握った。相手はデバイスを持っている。だけどまだ待機した状態のままであり、速攻で近づけば……潰せそうな距離だ。

 人にナイフを向けることに一瞬、震えが走る。けれどすぐにナイフを強く握りしめることで、その考えを振り払った。いずれこういうことにも慣れていかなければならないだろう。俺が生きているのはそういう世界だ。それに今回は、ムカつくガキを多少脅して泣かせるぐらいのこと。……簡単だ。

 やつがポケットから手を出した動きと同時に、俺は駆け出した。姿勢を低く保ち、ギリギリまで一気に距離を詰める。そいつはポケットから取り出したものを自身の前に掲げているだけで、俺の動きには気づいていない。馬鹿だ、と内心に暗い笑みが浮かんだ。

 ……だけど、俺もまたそいつの行動に気づいていなかった。だから耳に入ってきた言葉に思考が停止した。


「実はこのペンダントさ。さっきおじさんとぶつかった時に君が落としたのを見たんだ。だから時間があるし届けてやろうと思って――へ?」
「――は?」

 目の前まで接近できてから告げられた言葉。今までの会話を振り返ってみると、そういえばこいつぶつかったのを見たと言っただけで、何を見たのかは言っていなかった。もしかして俺、盛大な勘違いしてた?

 それに気づくと同時に、足が絡まる。トップスピードで走っていた勢いも相まって、止まれない。目の前には茫然と立ちすくむそいつと、『うわぁ、直撃コース』とまたもやのんきなデバイスの声。こいつ後ではたいてもいいかな。


 それからすぐに、寂れた路地裏にまたもや響いた鈍い音と、ホラー映画のBGMのような声がこだましたのは言うまでもない。



******



「それ、そんなに大事な物だったの? なんかごめん。まさかとびついてくるほど大切な物だと思わなくて」
「うるさい、もう喋るな。今のは忘れろ。マジで忘れろ」

 痛みが多少引き、お互いに地面に座り込みながら会話をする。こいつは本当に俺の落とし物を届けに来ただけらしい。ポケットから取り出されたペンダントは、間違いなく俺の物だった。いつの間に落としていたのだろう。

 だいたい俺は、1度こいつに気絶させられているんだぞ。もし俺がやったことを見ていたのなら、とっくに警官に突き出されていたっておかしくはない。それにナイフだってポケットにあったし、こいつが気絶した俺から取り上げるのは簡単だ。それもなかったということは、こいつの言葉は事実なのだろうと俺は思った。

 ペンダントを眺め、手に握りこんで形を確かめる。そしてどこも壊れていないことに安堵した。拾ってくれたことには素直に感謝する。自身の作ってしまった黒歴史に頭を抱えたくなるが、紛らわしい言い方をしたこいつも悪いと責任転嫁しておく。紐を首に結び直すと、服に擦れて小さな音が響いた。

「あとサンキュー、コーラル。魔法で受け止めてくれて」
『さすがにあの勢いでは、地面に頭を打っていたかもしれませんからねー』

 痛みが激突した頭だけで済んだのは、こいつのデバイスのおかげらしい。単体で魔法発動するってマスターいらねぇじゃん。気づかれなかったみたいだが、さっきの行為は危なかったのかもしれない。マスターを倒しても、デバイスが魔法を放つ。実質1対2だったということだ。…魔導師と戦うのはやっぱり避けるべきだな。

 あぁー、それにしても頭が痛い。俺馬鹿になってないよな? なんだかもう、考えるのも疲れてきた。今日は絶対に厄日だと断言できる。

 俺は軽く頭を振り、ゆっくり立ち上がった。それを見た隣のやつも一緒に立ち上がり、ズボンについていた砂を払っている。こいつの用事も終わったんだし、俺はもう帰っていいよな。

「それじゃあ、もう用はないな。拾ってくれたのはありがとよ」

 そいつに今度こそ背中を向けて、路地裏から出ようと足を踏み出す……が進まない。俺は自分の肩に置かれた手を一瞥し、頬が引きつる。え、まだ何かあるの? 振り払えるが、俺はしぶしぶ動きを止めた。

 今日俺が学んだこと。こいつとの会話はめんどくさいが、まだ被害が少ない。ここまでの行動が裏目に出まくるのは、こいつと俺の思考回路がなんか違うからなのだろう。おとなしくしている方が、まだ疲れないような気がした。


「ちょっと待ってくれないか、ワトソン君」
「いや、誰だよ」
「君でしょ?」
「なんでさ」

 うん、やっぱりこいつわけがわからない。言われたことねぇよ、そんな名前。頼むからお前の常識で会話を進めるのはやめてくれ。世間のこと俺あんまり知らねぇけど、これがミッドの常識だったら俺は今すぐ引き籠るぞ。

「今俺の中では君はワトソン君だ。それとも別の名前にする? 今俺が思い浮かぶ候補としては、スラりん。ゲレゲレ。ドラきち。の3つがあるが」

 マシなのが1つもない。……ここは沈黙が一番だろうか。

「ちなみに俺のおすすめとしてはゲレゲレだ。大魔王もこいつと一緒に戦ったんだ」

 ――まずい、とりあえず何かツッコまないとゲレゲレに決定してしまうッ!?


「お前にあだ名のセンスがないのはわかったから、結局なんなんだよ…」
「さり気なくひどいな」

 うるせぇよ。言葉の最後らへんがちょっと涙声になりかけた。本当になんなのだろうか、このものすごい疲労感。こいつと遭遇してまだ1時間と経っていないって嘘だろ。

 なによりこいつの考えが一向に読めない。なんでいつの間にか、俺のあだ名を決める流れになっているんだよ。

「いやね。君の名前を教えてほしいなぁ、っていう遠まわしな催促でした」
「わかるかァッ!? あと、お前が遠まわしを使うな! 全然やんわり包んでもいねぇよ!!」

 えー、と不満そうに声を出すんじゃねぇ。というか催促ということは、さっきまで挙げられていたあだ名の候補は、こいつもないって思っていたってことかよ! あの3つの中ではまだスラりんの方が……とか考えてしまった俺の時間を返せェ!

「あ、そうか。名前を聞くなら自分からだよな」
「聞いてない。俺は聞いてない」
「俺はアルヴィンで、こっちのふよふよ浮いているのがコーラルって言うんだ。で、君は?」
「お前どこまでゴーイングマイウェイなんだよ」

 俺は名前教えるとは一言も言っていないよな。間違いなく言っていない。なのになんでこんな流れになってしまっているんだ。……そうだ、別に言う必要なんてないじゃないか。こいつとはもう関わることもないんだし。

 そうだそうだ、と納得し、俺は胸を張って宣言する。ずっとこの俺が振り回されっぱなしだと思うな。てめぇに名乗る名前はねぇ!

「はっ! なんで俺が自分の名前をお前に言わなきゃ――」
「じゃあゲレゲレで決定」
『おめでとうございます』
「エr…エイカだァッ!!」

 もうこいつ嫌だ! なんで俺がこんな変なのに絡まれなくちゃダメなんだよ。こいつはこいつでなんか嬉しそうに笑っているし。一応名前……教えたことにはなるのか。だいたいなんで俺の名前が聞けただけで、そんなに喜んでいるんだよ。わけがわからない。今日はわからないことばかりが増えていく。


「ねぇ、エイカ」
「……なんだよ」

 俺のことを笑顔で呼びかけてくるそいつ。本当にさっき初めて会ったばかりの他人だ。それなのに、なんでこんなに変な気持ちになる。むず痒いというか、忘れかけていた何かを思い出すような感じ。なんだったのだろう……これは。

「じゃあ、行こうか」
「……はい?」
「よし、返事はもらいました。それでは、レッツゴォー!」

 いやいやいや。返事返したつもりは1つもねぇよ。あとなんで勝手に俺の手を握って、歩き出しているんだよ。思い出しそうだった何かは意識から吹き飛び、慌てて俺は止まろうとする。だけど俺のその願いは叶わず、ずるずると引き摺られるままに歩いてしまっていた。

 何度も抜け出そうとした路地裏から、あっさり脱出することができた。そこから抜け出そうとした原因と一緒に。というかどこに行くつもりだよ。暗めの路地にずっといたからか、太陽の光に目が眩む。気づけば俺の周りには、ぽつぽつと人通りが増えていた。

「おい、俺はもう関係ないだろ」
「あるある。エイカを必死に追いかけていたから、俺絶賛迷子中なわけ。……責任とれや」
「横暴だな、おいッ!?」

 確かに迷子の原因は俺かもしれないが、強制的すぎるだろ。どこまでマイペースなんだよ、こいつ。言っちゃなんだが、よく俺みたいな子どもと一緒にいられるな。目つきがキツイとか言われたこともあるし、自分でも態度が良いとは思えないんだが。

 俺の斜め前に浮かんでいるデバイスも、こいつの考えに異論はないらしい。普通なら俺と一緒にいるマスターを、止めたりするものじゃないのかよ。……ん、デバイス?

「そうだよ。おい、デバイスがあるんだからそれで調べられるだろ」
「えー、いいじゃん」
「よくない」

 往生際が悪いと言われても知るか。デバイスは高価で、性能もいいって聞いたことがある。魔法の補助機らしいけど、こいつのデバイスならわけのわからない性能を持っていても俺は驚かない。きっとできる。そう思って俺は視線を向けてみた。

『I’m sorry. I don’t understand』
「お前さっきまで普通に喋っていたよな!?」
「おぉ、さすがは本場の発音」

 最初から最後まで俺に味方がいないことを改めて悟った。そんな俺の様子にからからと笑うそいつ。そんな妙に明るい声を聴きながら、その後ろをついていくことしか俺にはできなかった。

 そのすぐ後に、もう1回頑張ってみたがスルーされた。むしろ「道案内役が後ろを歩いているのはおかしいだろ!」ってツッコんだことに言質を取られてしまった。せこい、実にせこすぎる。


 当たり前のように繋がれた手のひらから感じる……他人の温かさ。乾いた風が吹きすさび肌寒く冷たかった場所に、少しずつ熱が広がっていくようなそんな気がした。

 
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