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ナブッコ

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14部分:第四幕その一


第四幕その一

             第四幕 壊された偶像
「想いよ、金色の翼に乗って飛んで行け」
 ユーフラテス河の河畔。そこで労働を強いられているヘブライの者達が歌っていた。
「飛んで行って故郷の地のそよ風が暖かく柔らかく匂う斜面や丘に憩え」
 静かにそう歌っていた。
「ヨルダン川の岸辺やシオンの倒された塔にも挨拶してくれ。ああ、失われたかくも美しい我が祖国よ」
 その歌は川のせせらぎと共に流れていた。
「ああ、かくも愛しくかくも悲しい思い出よ。預言者達の金の竪琴よ、どうして柳に掛けられたまま黙しているのか」
 嘆きの歌である。だが何処までも美しい。彼等はみすぼらしい服と姿にこの歌を歌う心を持っていたのだ。
「胸の思い出を再び燃やし去った日を我等に語れ」
 そう呼び掛ける。
「ソリマの運命に似た深い嘆きの音を奏でよ」
 美しい嘆きの歌であった。
「さもなくば苦しみに耐える力を我等に与える美しい響きを主はお示しにならんことを」
「神への言葉なのだな」
 それを聴いていたザッカーリアが述べた。
「何という悲しい泣き声だ」
「祭司長」
「だが私は見た」
 彼等に対して語る。
「そなた等の心を。未来の暗がりの中に見タのだ」
「心をですか」
「そうだ」
 彼は言う。
「恥辱の鎖が断ち切られるのを。それはもうすぐだ」
「もうすぐですか」
「うむ」
 ザッカーリアは同胞達に対して頷いた。
「ユダの獅子の怒りは既に汚された地を襲っている」
「では我等の未来は」
「もうすぐ運命が待っている」
 それを運命と言った。
「もうすぐだ。全てが決する時は」
「その時になれば我等は」
 その言葉は希望そのものであった。
「この地を離れ」
「シオンの地に戻ることとなるのだ。苦難は永遠ではない」
「そうですか。それでは」
「同胞達よ、今暫くの辛抱だ」
 彼はこうも言い伝えた。
「よいな、その日までは」
「はい」
 ヘブライの者達はザッカーリアの言葉に頷く。
「何があろうとも」
「耐えるのだ。よいな」
 そしてまた歌いはじめる。歌は風に乗り王宮の中にまで入って来ていた。それは自身の部屋に軟禁されているナブッコの耳にも入ってきていた。
「ヘブライの者達の歌だな」
 意外と質素で簡素な身の回りのものしかない石造りの部屋の中で彼は歌声に顔を向けた。既にその顔には英気が戻ろうとしていた。
「はい」
 それに御付きの者が答えた。
「どうやらそのようで」
「言葉でわかる」
 ナブッコは歌を聴きながら言った。
「あの言葉はヘブライの言葉だ」
「あれがですか」
「そうか、そなたはシオンの地には行ったことがなかったな」
 彼はその御付きの者を見て述べた。
「なら仕方がない」
「はあ」
「覚えておくがいい。あれがヘブライの言葉だ」
 そして言って聞かせる。
「最初は何も思いはしなかった」
 今聴こえてくる歌声を耳にしながら彼に語る。
「だが今は」
「違うと仰るのですね」
「そうだ。ここまで美しいとはな」
 彼は感慨を込めて述べる。
「思いもしなかった」
「そうだったのですか」
「うむ、最初はヘブライの者達なぞ歯牙にもかけはしなかった」
 彼は今それを告白する。
「しかしだ。それが変わった」
「あの歌で」
「彼等は彼等で素晴らしい存在だ。その信仰もまら」
「では認められると」
「条件はあるがな」
 ナブッコはここで付け加えてきた。
「条件とは」
「信仰だ」
 彼はそれを示してきた。
「信仰とは?」
「我々は多くの神々を信じているな」
「はい」
「それに対して何もせず彼等だけの信仰に留まっているのならばよい」
 それがナブッコの条件であった。
「他には何も求めぬ」
「寛大ですな」
「王は時として寛大にならなければならぬ」
 王としての毅然とした言葉であった。
「だからこそだ」
「それでは今は」
「そうだ、寛容を示すべきなのだ」
 ナブッコの王としての考えはこうであった。
「だがアビガイッレは」
「ええ」
 御付きの者は暗い顔でそれに答えた。
「残念ですが」
「あの娘にはそれがないのだ」
 悲しそうに首を振りそう述べた。
「あまりにも生真面目で厳し過ぎる。あれでは」
「王として足りないと」
「血筋も確かにある」
 アビガイッレが奴隷の娘であること、これは消しようもないことであるのだ。
「しかしだ」
 だがナブッコはここで言った。
「それでもな。私はそれを無視できたのだ」
「そうなのですか」
「そうだ、アビガイッレを次の王にと考えたこともある」
 それを今告白した。心からの言葉であった。
 
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