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フィデリオ

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第二幕その三


第二幕その三

「貴様の言っていることは詭弁に過ぎん」
「何とても言え。だが私は貴様のやったことを忘れはしていない」 
 そう言いながら懐から小刀を取り出した。
「死ね。せめてもの情けだ。苦しまずに一思いにやってやる」
「くっ、神よ」
「祈れ」
 ピツァロは冷たく言い放った。
「そして死ね」
「そうはさせない!」
 だが突如として二人の間に誰かが入って来た。
「この人を殺させはしない!」
「貴様は」
 見ればフィデリオであった。彼は毅然としてフロレスタンの前に立っていた。まるで彼を守るように。
「先程の看守ではないか。どうしてここに」
「悪人よ」
 彼はそれに答えるようにしてピツァロを見据えた。
「この人だけはやらせはしない」
「何を言っているのだ、御前は」
 彼はそれを聞いて首を少し傾げさせた。
「この男と御前がどういう関係があるのだ。訳のわからないことをするな」
「そうじゃ」
 そこにロッコもやって来た。
「突然後ろへ駆けていったかと思ったら。一体どういうつもりだ」
「私はこれから罪人を罰するのだ」
 ピツァロはフィデリオに対してまた言った。
「だから退け。邪魔をするな」
「どうしてもこの人を殺すというのか」
「そうだ」
 彼は答えた。
「ならばわかった。この人を殺す前に」
 ピツァロを見据えて言う。
「先にその妻を殺せ!」
「何っ!」
 それを聞いてピツァロもロッコも驚きの声をあげた。
「今何と」
「彼より先にその妻を殺せと言ったのだ!聞こえなかったのか!」
「馬鹿な、それでは君は」
 フロレスタンもそれを聞いて驚きの声をあげた。
「ええ」
「レオノーラ?馬鹿な、そんな筈が」
「あなた、顔を見て」
 彼女は優しい声で夫に対してそう声をかけた。
「あなたの愛する妻がここにいるから」
「・・・・・・・・・」
 言われるままに顔を見た。見れば確かに見慣れた、懐かしい顔がそこにあった。
「レオノーラ、間違いない」
「ええ」
「君が・・・・・・まさかここに来るなんて」
「あなたを救い出す為に。男に変装してここに潜り込んだのよ」
「そうだったのか。そして遂にここまで」
「そうよ。どれだけ苦労したか。けれどそれがようやく報われたわ」
「大胆なものだ。まさか夫を助ける為にここまでやって来るとはな」
 話を聞いていたピツァロはその厳しい顔に歪みまで入れてそう呟いた。
「だが所詮は同じこと。どのみち御前の夫は助かりはしない」
「私が助ける!」
 フィデリオ、いやレオノーラはそう宣言した。
「この命にかえても!」
「死を恐れはしないということか」
「そうだ!」
 彼女は言い切った。
「愛する人を助ける為ならこの命惜しくはない!」
「言ったな」
 それを聞いたピツァロの身体がワナワナと震えた。
「ならば死ね。二人共な」
 小刀を振り上げる。しかしレオノーラも負けてはいなかった。
「死ぬのは御前だ!」
「ぬっ!」
 ピストルを取り出してきた。それでピツァロの動きを止めた。
「これでも動けるというのか!」
「ぬうう、小癪な真似を!」
「少しでも動いたら撃つ!その時こそ御前の最後だ!」
 本気だった。それがわかるからこそピツァロは動きを止めた。歯噛みするしかなかった。
「さあ、どうする!?」
「ぬうう・・・・・・」
 ジリジリと下がりはじめた。それが何よりの証拠であった。彼は敗れようとしていた。
「道を開けろ、邪悪な者よ」
「・・・・・・・・・」
「開けなければ御前に死を与える」
「させるものか」
「では死ぬつもりか」
「おのれ・・・・・・」
 暫く睨み合いが続いた。だがそれは上の方からラッパの音が聞こえてきた。
「これは」
 まずロッコが顔を見上げた。
「大臣が来られたというのか」
「おのれ」
 ピツァロはそのラッパの音と大臣という言葉を聞いて呪詛の声を漏らした。
「もう少しというところで」
「悪は正義の前に崩れ去る宿命」
 レオノーラは彼に対してそう言った。
「これが御前の宿命だったのだ。諦めるがいい」
「まだ言うか、この女は」
 最後のチャンスに思った。小刀を振り下ろそうとする。しかしそれはレオノーラの持っている拳銃により動けはしない。それが一層腹立たしかった。そうこうしている間に上の方から足音が聞こえてきた。
「むっ」
 それは一つではなかった。複数あった。ヤキーノと兵士達が松明を持ってこちらにやって来ていたのであった。
 
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