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売られた花嫁

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第三幕その八


第三幕その八

「あの、その」
「私を愛しているの?どうなの?」
「答えていいんですか」
「私は答えが聞きたいの。さあ早く」
「それなら」
 ヴァシェクは意を決した。そして言った。
「先生が好きです。この世で一番好きです」
「本当に?」
「僕が嘘を言ったことがありますか?」
 それがヴァシェクの取り得の一つであった。
「先生もそれをよく御存知だと思いますけれど」
「まあね」
 エスメラダはまた悪戯っぽく笑った。
「だからここに来ているのだし。貴方が正直なのは皆知っているわ」
「はい」
「じゃあ決まりね。ヴァシェク」
「は、はい」
「貴方と結婚するわ。仲介屋さん、それでいいかしら」
「私の方は」
 ケツァルはにこやかに頷いた。
「お金が入るのなら。例え火の中水の中」
「そういうことね」
「三〇〇グルデンも戻ったし。しかしですな」
「何か」
 クルシナが彼に問う。
「よくよく考えれば」
「はい」
「私は今回はただ働きなのでは?三〇〇グルデンにしろ元々はイェニーク君に払ったものですし」
「そういえば」
「その三〇〇グルデンにしても」
「何かあるのですか?」
「ミーハさんからのお金です。結局私は今回一文の得もしていないのではないかと思いましてね」
「いや、それは間違いですよ」
 ここでイェニークが前に出てそう言った。
「君に言われても納得しないよ」
「まあそう仰らずに」
 不機嫌な顔を作ってみせるケツァルにあえて笑顔でそう返す。
「お金は大事ですよね」
「それは何度も言っています」
「けれどよく考えて下さい」
「考えるとお金が出ますか?なら幾らでも考えますよ」
「いや、お金から離れて」
「お金から離れると私のおっかない妻が瞼に浮かんできます」
 ケツァルはさらに不機嫌になった。
「それだけは勘弁願いたいですな」
「奥さんだけですか?」
「まさか」
 ケツァルはイェニークの言葉を一笑に付した。
「こう見えても私には子供がありましてね」
「ほう」
「初耳ですな」
 クルシナもミーハもそれに驚いているようだ。
「子供達の姿も思い浮かびます。そしてその子供達に温かいシチューを作ってやっている心優しいわたしの妻」
「そう、それです」 
 そこまで聞いたイェニークが声をあげた。
「えっ」
「お子さんにシチューを作ってあげているのは貴方の奥さんですね」
「ええ」
「それですよ。何だ、ちゃんと奥さんを大事に思っているじゃないですか」
「むむむ」
「自分の心に嘘はつけませんよ。違いますか」
「確かに」
「ケツァルさん、あえて言います」
「はい」
「お金は確かに大事です。けれどそれは実はあまり重要ではない」
「頭さえ使えば手に入れられるからね」
「ああ」
 マジェンカの言葉に頷く。
「けれど愛はそうはいかない」
「ええ」
「愛は簡単には手に入らない。そしてそれを手に入れられる者は」
「本当に幸せな人なんだ」
 ヴァシェクが言う。その隣にはエスメラダがいる。
「その幸せを手に入れたならば」
「絶対に手放してはならん」
 クルシナとミーハが言う。
「罰が当たるわよ」
 ルドミラとハータも。ハータも息子の結婚が決まりホッとしていた。彼女もまた母親であることには変わりはない。その彼女がイェニークに声をかけてきた。
「イェニーク」
「何」
「ヴァシェクのことだけれどね」
「うん」
「有り難うね。おかげでほっとしたよ」
「弟だからね」
「弟」
「そうさ」
 イェニークはそれに答えた。
「弟の為なら一肌脱ぐさ。それが兄だからね」
「兄なのかい」
「じゃあ僕はヴァシェクの何なんだい?」
「いや」
 ハータは口ごもった。
「それじゃああたしは一体何になるのか。あんたを追い出したあたしは」
「お母さんさ」
 イェニークはにこやかに笑ってそう答えた。
「過去は色々あったけれど。貴女は僕にとってお母さんだよ」
「そう言ってくれるのかい?」
「うん」
 彼はにこやかな顔で頷いた。
「あらためて言わせてもらうよ、母さん」
「・・・・・・・・・」
 ハータはそれを聞いて何も言えなかった。今までの自分のあさましい行動が後悔となって全身を打ち据える。それでもう耐えられない程であった。
 何も言えなかった。ただ涙だけが出る。そこにミーハがやって来た。
「いいんだよ、もう」
 彼は妻に対し優しい声でそう語り掛けた。
「わかったのなら。わかればいいんだ」
「そうなの」
 ハータは泣きながらそれに応えた。
「わかればいいのね」
「ああ」
 ミーハはまた言った。
「イェニーク」
 ミーハはイェニークに対し顔を向けた。
「お帰り」
「只今」
 こうして彼等は親子に戻った。皆それを温かい目で見ていた。
「さて、と」
 ここでケツァルがまた動いた。
「それでは皆さん、早速はじめますか」
「何をですか」
「決まっているではないですか、結婚式です」
 彼はにこやかに笑ってそう答えた。
「二組の若者達の。場所は村の教会で」
「それが終われば酒場で祝杯を」
「そうです。如何ですかな」
「喜んで。では行きますか」
「ええ。それでは」
 村人達も動きはじめた。そしてイェニークとマジェンカ、ヴァシェクとエスメラダを取り囲んだ。
「主役達もおいで」
「はい!」
 彼等もその中に入った。彼等の親達も。こうして一時の騒ぎが終わり祝福の時が来るのであった。

売られた花嫁   完



               2005・6・23
 
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