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クラディールに憑依しました

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夜の散歩をしました

 第十一層タフトにて。


「お疲れ様でした」


 あたしは久々に月夜の黒猫団に加わって狩りを終えた後、宿屋で解散となりました。
 後は最前線の宿屋に帰るだけなのですが――――今日はずっとサチさんが考え込んでます。
 キリトさんがカバーしてくれたから大丈夫でしたけど、危ない所がいくつもありました。


「サチさん? どうかしましたか?
 慣れない片手剣と盾を使ったんですから、ゆっくり休んだ方がいいですよ?」
「え? あ、うん。 何でもないよ。ちょっと買い物に行ってくるね」

「一緒に行っても良いですか?」
「あ、ごめん。ちょっとした用事だからつき合わせちゃ悪いし」
「…………そうですか、何かあったら直ぐに連絡くださいね」

「うん、ありがとう」


 そのまま宿を出て人ごみに消えて行くサチさんの向こう側に、
 ――――クラディールさんの後姿が見えたような?


………………

…………

……



 俺はソロ狩りを終えて、日が沈んだ主街区を歩いていた。
 サチが逃げ込む予定の水路の調査だ。

 今俺が探しているのは、サチが座り込んでいた水路の向こう側だ。
 あの水門らしきレバーの向こう側に入れるなら、かなり近い距離で二人の話を聞く事が出来る。

 俺が関わった事でこの世界が何処までズレたのか、それを知る為だ。
 タフトが解放されてから下調べする時間はいくらでもあったのだが、
 様々な妨害が入りギリギリの時期になってしまった。


「…………現実ってのは上手く行かないもんだな」
「何が上手く行かないんですか?」


 人ごみの中、振り返るとシリカが立っていた。
 不思議そうに俺の顔を覗いている…………興味を持たれてるな。
 追い払うのは梃子摺りそうだ。


「こんな所で会うなんて珍しいな?」
「全然珍しくなんか無いですよ、この街は月夜の黒猫団の拠点ですよ」
「あー、そうだったな」

「…………何か隠してません?」
「いや別に? それより狩りの帰りか? 俺は遅くなるから先に帰ってろ」
「一緒に帰りましょう」
「遅くなるって言ったろ? 先に帰れ」

「あたしが居ると何か不都合なんですか?」
「不都合だ。声も音も立てずに着いて来れるか? ピナが暴れたりしないか?」
「――――大丈夫です」

「倫理コード解除できるか?」
「大じょ――――え?」
「具体的には俺のマントの中で、後ろから抱えられた状態で移動する事になるんだが?」
「――――な、何でですか!?」

「忍び足スキルの邪魔になるんだよ、背中に抱えるとマントの外になるし隠蔽スキルも使えない。
 お前にマントを装備させると、今度は隠蔽スキルのレベルがお前に依存して看破される。
 倫理コード解除は、お前の気まぐれで黒鉄宮送りにされたくないからだよ。 
 ――――嫌なら帰れ」


 キリッと、真顔で突き放す様に言って見た。


「わかりました。そう言う事なら解除します」


 真面目に返された。


「…………オマエな、そこは普通『それなら先に帰りますね』って言う所だろうが」
「ここは第十一層ですよ? どんなクエストか知りませんが、そんな事までしないと達成できないんですよね?」
「よし、後悔するなよ?」
「――――え?」


 通常、装備や回復アイテムやモンスターから出たドロップなど、持ち歩ける重量限界はスキルや装備品、STRに依存する。
 どのプレイヤーも重量限界ギリギリまでドロップを持ち歩いている為、プレイヤーがプレイヤーを一対一で持ち上げるのは不可能だ。
 メニューを空っぽにすれば持ち上げられるかもしれないが、現実的ではない。

 だが、俺はとりあえずSTR極振りと言うアホな方針を立てている為、それが実行可能だ。
 道のど真ん中、人ごみの中でシリカを正面から胸に抱きしめてピナごとマントの内側に納める。
 肩と腰に手を回し抱き上げて、裏路地へと駆け込んだ。


「ムー!?」
「大人しくしてろ、もう少ししたら休憩させてやる」


 暫くシリカを抱えたまま裏路地を進み、噴水広場に辿り着くとシリカを開放する事にした。


「今なら喋っても良いぞ? 立てるか?」
「…………はい」


 俺の腕の中でピクリとも反応しなくなっていたシリカを地面に下ろし、自分の足で立たせる。
 マントから顔を出したシリカは真っ赤になって茹蛸状態だ。
 シリカの視界には何度もハラスメントコードが表示されてた筈だが、結局押さなかったな。
 押してくれればそれで終わりだったんだが…………。


「お前、手鏡持ってるか? はじまりの街で茅場から貰った奴」
「あ…………ごめんなさい、落として割っちゃいました」
「なら俺のでやるか」


 メニューから手鏡を選択してオブジェクト化する。


「こいつには特殊な使い方があってな、水と相性が良いんだ」
「水ですか?」
「そこに立ってろ」


 シリカを放置して噴水の溜池に手鏡を浸ける。


「――――消えた? 鏡が見えなくなりましたよ?」
「そう、アルゴと検証したんだがな、他の鏡やガラスでは無理だった。 そして俺の手元には手鏡は存在したままだ、シリカが映ってるぞ」
「こっちからは全然見えません、何でそんな事が出来るんですか?」
「まだまだ水の再現が難しいからだよ、お前も風呂に入ってるから解るだろ?」
「確かに現実でお風呂に入る感覚とは違いますけど…………」

「まぁ、使い道は少ないけど覚えておくと役に立つかもな。
 ――――さて、此処からが本番だ。
 本当に着いてくるか? 帰りはかなり遅くなるぞ?」
「――――はい」

「最終確認をするぞ、声を出すな音を立てるな、メニューも開けるなよ?」
「はい」
「それから、アスナやリズに遅くなるって連絡を――――」

「あ、待って下さい、今ケイタさんから連絡が」


 シリカがメニューを操作してメッセージを開く。


「……――――サチさんが一人で迷宮区に!?」
「――――詳しく話せ」
「ギルドのメンバーリストから位置確認できなくなって連絡も取れないそうです。
 これから迷宮区を探してみるって――――どうして? さっきまで一緒に居たのに?」

「それは迷宮区を探しに行くと言っているだけで、サチが迷宮区に居る訳じゃない。
 サチの性格を考えれば、一人で迷宮区になんて絶対に行かない筈だ」
「でもメンバーリストから確認できない場所なんて他には…………」

「いや、一部のフィールドや洞窟、位置情報が出ない場所はいくらでもある。
 …………そう言えば、さっきはどうやって俺を見つけたんだ? 転移門とは逆方向だったろ?」
「サチさんが買い物に行くって出て行った方向に後姿が見えた様な気がして
 それで位置情報を確認したんです――――そしたら会えました」

「…………そうか、別れたのがさっきなら、
 もしかしたら、これから行く所にサチも居るかもしれない」

「本当ですか!? それなら皆さんに連絡を――――」
「待て、居るかもしれないってだけだ。俺達は予定どおりで、サチを探すのはついでだ」
「でも…………」
「嫌ならアスナやリズと連絡を取って一緒に探せ、俺は一人でこの先に進む」

「…………一緒に行きます。サチさんが居るかもしれないんですよね?」
「…………そうか、ならアスナとリズに連絡を入れておけ、サチを探すから遅くなるってな」

「はい。――――そう言えば、何のクエストなんですか?」
「ん? クエストなんかじゃないぞ?」
「え? それじゃあ?」
「これからするのは――――――ただの覗きだ」


 怒るべきか? 呆れるべきか? それとも騙されてるのか?
 シリカは何とも言えない複雑な表情をしていた。 
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