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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
  Negotiation:交渉

「あ……あぁ…………」

レンは必死に眼前で行われているおぞましい光景から、眼を離そうとした。

だが、入ってくる。音が。

ぐちゃぐちゃ、と。

ばりぼり、と。かりこり、と。

入ってくる。

耳に入ってくる。

焼きついた。眼に。

がりごり、と。

くちゃくちゃ、と。

べきめき、と。

アリの王が、狂うまでに人間を愛した一人の女を喰らう光景が。

音はもう聞こえない。主の体が四散した辺りを彷徨っていた正式名称『キング・アウント』は、契約が解除されたのだろうか。青い転移光を放ってどこかへ消えていった。

だから、あのおぞましい音は聞こえない。だが、気のせいだろうか。

いまだにレンにはあの音が聞こえる。

ヒトを貪る、あの音が。

だからだろう。誰も動かない。いや、動こうとさえもしない。

そんな果てしなく重い沈黙を破ったのは、やはり当の本人である茅場だった。

「………はっ!何とも二つ名通りの死に様だったな」

それを聞き、キッとレンが紅衣の聖騎士を睨む前に神すらたじろくほどの咆哮がレンの右手より上がった。

「きっさまァ、ヒースクリフ………!!我は断じて認めん!貴様など神の御座の前にすらいない!!模造品の台座に座る神が、神などと言うことは我は断じて認めん!!来いヒースクリフッ!卿の犯した罪が、生易しき断罪などで済むなどとは欠片も思うなああぁぁぁァァァァッ!!!」

ヴォルティス卿が、立ち上がろうとしていた。その巨体に余さず、眩いまでの白銀の過剰光を宿らして。麻痺の、システムの戒めに反抗しようとしていた。

ゆっくりと、しかし確実に持ち上がる四肢に、ヒースクリフは再度、忌々しげな視線を送る。だが、そんなものではこのSAO開闢以来、全プレイヤーの頂点に君臨していた男を止めることなどできはしない。

溢れんばかりの敵意と闘志を過剰光として体に纏わせ、まるで一つの太陽と化したかのようなその姿に、黒曜石の床さえもピキパリと悲鳴を上げている。

そしてヴォルティスはゆっくりと右手を掲げる。そこに体を覆う過剰光が集まり、収束し、やがて形を取って現れる。

それは、途轍もなく巨大なナニカ。

金棒、とも取れるし、ハンマー、とも取れるし、ぶっとい棒、とも取れた。ここまで曖昧に言うざるを得ないのは、それの形状が不定形だからだ。

それは元々ヴォルティス卿の過剰光が集まってできたもの。だからと言っては変な話だが、それの材質は純粋な意志の力であり、ヴォルティスの怒りの力でもあった。

だからなのだろうか。ソレは時間が経つにつれ、大きくなっている。

それを見たとき、初めてヒースクリフの表情が大きく歪んだ。そこに現れたのは───

驚愕と、焦り。

「そんな………ありえない…………《鍵》の媒介なくBBシステムにアクセスすることなど…………」

どっと冷や汗が頬を伝わり始めた紅衣の聖騎士が言った言葉は、レンの耳になぜか残った。

破壊(ミョルニル)………」

呆然と立ち尽くすヒースクリフの目の前で、ヴォルティスは白銀の塊を一息に振り下ろす。だが、またもや紫色の閃光が走り、ヴォルティスの攻撃は阻まれる。

───さっきと同じだ。

絶望的な思考がレンの脳裏を埋めたとき、先ほどとは違う現象が発生する。

カシャアァァーンッ!

ささやかな音がし、ヒースクリフの体がゴム鞠のよう遠くへとすっ飛んでいく。

何が起こった!?とレンが眼を凝らすと、バウンドしながら飛んでいくヒースクリフの頭上に、見慣れぬ紫のウインドウが浮かんでいた。

【changed into mortal object】──

不死属性解除のメッセージタグ。いや、この場合は意味合いが違うだろう。

恐らくあのウインドウは、茅場が操作しなければ発生しない現象なのだろう。そうでなければ、たちどころにリンチされるだろうし。

しかし、今回の場合は───

「どうした我が友よ。まさかそれしきのことで気を失ったりともしては居るまいな?そして、こうも思っては居るまいな?これしきで終わったとでも………!」

ずんずんとヒースクリフの飛んでいった方向に近寄っていく《白銀の戦神》の闘志は、もはやはっきりと目視できるようになっていた。それほどまでに、彼は目の前で知人が亡くなった事が赦せないのだろう。それを黙って見ていることしかできなかった、己自身も。

「…………忘れていたよ」

唐突に、土煙の中から返答があった。その声は、完全に平成を取り戻したようで、いつもの無機質さが戻っていた。

「ヴォルティス卿、君がこの世界で最大の不確定因子だと言うことをなっ!!」

語尾が跳ね上げられると同時に、土煙の中から猛烈な勢いで飛び出してくる紅衣の騎士。

ヴォルティスとヒースクリフ。

長きに渡ってアインクラッド最強の座を争った両者が激突する。それのもたらすインパクトによって、二人の足元に深いクレーターができる。そして突風がごとき衝撃波が、全員の顔を叩く。

だが、状況は圧倒的に茅場の不利だった。彼の言葉が真実ならば、

ヴォルティスは《鍵》たるマイを通さずに直接BBシステムにアクセスしたこととなる。恐らく、突然ヴォルティスの手の中に現れた白銀の光でできた物体は、それの影響だろう。

更に言えば、茅場はヴォルティス卿の最初の一撃で、一般プレイヤーに対しての絶対的なアドバンテージである破壊不能オブジェクト属性を真っ向からぶち壊されている。

そして肝心の両者の得物だが、ヒースクリフの呼び出した強化外装なる代物はどうやら、ヴォルティス卿のソレよりも優先度(プライオリティ)が低いようだった。

ヴォルティスの得物は、着実に茅場の大剣の刃を飲み込もうとしている。ぴきぴし、と、巨剣の声なき悲鳴が聞こえる。

それに呼応するかのように、白銀の光は強くなっていく。

まるで、目覚めたことを喜んでいるかのように。

壊すと言う行為そのものに喜びを感じているかのように。

その光の中、ヴォルティスはこちらを見る。その黄金の両眼には、恐らくこれまでレンが見てきた感情と言うものの中で形容しがたい強い感情が浮かんでいた。

人はそれを

「レンよ、我が友よ。何を座り込んでいる………」

叱咤、と呼ぶだろう。

「辛かろう、苦しかろう、悲しいだろう。だが、それを怒りに変えろ。卿の眼前に立つ男にぶつけろ。そしてその後で、気の済むまで泣くがいい」

こんな状況、そんな場面でもヴォルティス卿の言葉は穏やかで、不思議とささくれたっていた心に清らかな水のように滑り込んできた。

暗かったレンの瞳に、再び一条の光が差す。

レンは投げ出されていた指を軽く開き、握る。

───動く。

レンはゆっくりと目を瞑る。己と《対話》するために。

レンは心の深層に、深く深く潜って行った。










レンは真っ暗な空間にいた。四方八方、何もない。壁もなければ、床もない。だからレンは立っていた、と言うよりは、浮かんでいた、と言うほうが正解なのかもしれない。

いや、何もないわけじゃない。

幽霊のようにぷかぷか浮かぶレンの眼前にはドアがあった。

いつの時代に作られたのかは知らないが、洋風で、真紅の塗装があちこち剥がれかかっているものだ。精緻にデザインされた鬼を模したドアノブが、驚くほどミスマッチだった。

それが、この真っ暗闇の世界にある唯一のもので、この世界の全て。

あぁ、とレンは心の中でため息を洩らす。

ここに来るのは何回目だ、と。

だがそれに答えてくれる者は当然ながら存在しない。だがレンはそんなことは知っている。

一匹の黒猫が、死んだ時からだ。回数なんか数えてもいない。

ドウシタ?

そんな思考にレンが囚われていると、突然そのドアの向こうから声がした。

お世辞にも綺麗な声とは言いがたい、金属質なエフェクトを孕んだ陰々とした声だ。

だが、突然発せられた声にもレンは驚かず、毅然とした声で言い放った。

力を貸してほしい。エクレアねーちゃんを殺したあいつを………

アイツヲ?

言葉に一瞬詰まったレンをからかうように、その声は続きを急かす。

殺してやりたい。

言い切ったレンのその言葉を吟味するように、声はのどを鳴らす。

さながらそれは、のどを撫でられた子猫のごとく。

………全テヲ失ウ覚悟ハアルノカ?

その言葉を聞き、レンはふっと微笑する。それが不思議なように、声は何ガ可笑シイ?と訊いてきた。

レンは嗤った。そして言う。

そんなもの、腐るほどあるよ、と。

声は言う。面白イ、と。面映そうに、軋るような声で嗤う。

かちゃり、と小さな、しかし大きな音がした。

そしてレンの眼前で、洋風のドアがゆっくりと開く。その向こうは見えない。ただ濃密で、純白の闇が渦巻いている。

その向こうから、声が聞こえる。ただ短く、声は言った。

来イ、と。

短く、はっきりと、そう言った。

後のことはもう、覚えていない。 
 

 
後書き
なべさん「いえーい!始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「テンション高いね~」
なべさん「もーね、高くないとやってられない。湿気むんむん汗びっしょり」
レン「キタネェナ。そう言えば梅雨入りしたんだっけ」
なべさん「そうそう、今年は早いらしいよ。全く空気読めよな」
レン「天候をKY扱いする人を初めて見たよ。っと、そんなことよりお便りだ。今回はルフレさんと、月影さんからだね」
なべさん「ルフレさんからのは?」
レン「やり過ぎ!グロい!だってさ」
なべさん「んんー、でもなぁ。ちゃんと残酷描写とかって………」
レン「言い訳すんな」
なべさん「すいませんでした。んで、月影さんのは?」
レン「反省の色が全く見えねぇ。んーと、ヒースクリフがカーディナルと会敵すんのかな?だってさ」
なべさん「えーっと、これはここではっきりくっきりぼっきり言っちまいます。カーディナルがラストスパートな感じのSAO編の中で再登場することはもうありません!!」
レン「いいの?言い切っちゃって」
なべさん「後悔がないわけがない」
レン「…………………………はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださーい」
──To be continued── 
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