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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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投刃と少女
  とある剣士、葛藤する

俺がユノを───《投刃》と呼ばれるプレイヤーを最後に見たのは、第9層ボス戦におけるレイドパーティのメンバーとして、攻略に参加していた姿だ。
彼は3層だか4層あたりから攻略に参加するようになったパーティの一員で、いつも他のメンバー達の背に隠れるようにして立っていたのを覚えている。

彼らのパーティの実力は、よく言えば平均的……悪く言えば、これといった特徴のないメンバーだらけだった。
正直に言えば。投剣主体なんていう趣味ビルドで、よくもまあボス攻略に参加しようと思ったものだと、内心でどこか見下していたのも事実だ。
だが、そんな俺の予想に反し、ボス戦……特に人型モンスター相手において、彼はパーティの───否、攻略レイドの誰より勝利に貢献していたといっても過言ではない。

決して自分からは前に出ず、絶妙なタイミングで投擲される投げナイフによる後方支援という、近接戦闘が主体のSAOでは何とも珍しいプレイスタイル。
彼の後方支援のお陰で、前衛を努める俺達が心置きなく戦うことができたのは間違いないだろう。

……だが。
彼は第9層ボス攻略戦でLAを獲得した後、仲間であるパーティメンバーをPK《プレイヤーキル》し、オレンジ《犯罪者》プレイヤーとなって前線から姿を消した。

『あいつはユニークアイテム欲しさに俺達を裏切った』『恩を仇で返しやがって』『絶対に取り返してやる』───全て、彼のパーティメンバーだった者達の言葉だ。
それ以降、ユノという名前は《アイテム持ち逃げ犯》という、MMOにおいて最大級の不名誉行為を働いたプレイヤーとして、瞬く間に広まっていった。

今考えれば、誰も現場を直接見たわけではないし、彼らの言い分だけを鵜呑みにするのはあまりにも軽率といえる。だが、当時はそんなことを気にする者はいなかった。
元パーティメンバーはもちろんのこと、騒ぎに便乗したPKK、漁夫の利を狙う者、『オレンジは何をしてでも倒すべき』という、ネットゲーマー特有の妙な正義感を持ったプレイヤー達。
それぞれ理由は違えど、誰もが彼を執拗に付け狙い……そして、返り討ちにされた。

先の通り、SAOでの主流は近接戦闘だ。当然ながら、ソードスキルで戦うには相手に接近する必要がある。
普通のプレイヤーが相手なら。お互い相手の懐に入る必要があるため、相手がどれ程強かろうと、一撃も当てられずに終了なんてことにはならないだろう。
突進系の技で距離を詰め、相手が体勢を整える前に最大火力のソードスキルを叩き込むというのが、SAOにおける対人戦闘でのセオリーだ。

だが。それはあくまで、お互いが近接武器の使い手だった場合の話だ。投剣という射程の長い武器を得意とする彼が相手では、話は違ってくる。
事実。彼を狙って戦いを挑んだプレイヤー達のほとんどが、接近する前に先手を打たれ、何もできずに取り逃がした……という報告は多々あった。
こちらも投剣スキルを使ってリーチの差を埋めようにも、それを主要武器として使っていた者と、付け焼刃程度の技術しか持たない者では、勝敗は火を見るより明らかだった。

そうして。
最初に誰がそう呼んだのかは定かではないが、いつしか彼はその戦闘スタイルから《投刃》と呼ばれるようになる。
やがて彼がSAOそのものから姿を消すまで、《投刃のユノ》の名前は、ベータテストにおいて初の《アイテム持ち逃げ犯》、及び《仲間殺し》のプレイヤーとして有名となっていった……。


────────────


「ばか!ばかばかばか!なに考えてるの!?死んじゃうところだったんだよ!?」
「しぇ、シェイリ、ちょっと待っ───」
相方である少女にボコスカと顔面を殴られ続ける少年の姿を眺めながら、俺は記憶の中から《投刃のユノ》に関する情報を引き出していた。
アイテム持ち逃げ及び仲間殺しという、MMOにおいて最大の背信行為を行ったプレイヤー。元ベータテスター達にとって汚点ともいうべき存在。

今、俺の目の前にいる少年が、本当にあの《投刃》なのだとしたら。
いくら死人が出ないベータテストといえど、それまで共に戦ってきた仲間を裏切り、平気で殺した人間なのだとしたら。
キバオウの言っていたように、彼の目的はボスのLA獲得で、そのために俺達をパーティに加え、周囲の油断を誘っているのだろうか。
この少女とパートナーを組んでいるのも、いつか裏切って殺すためなのだろうか。
例えデスゲームとなった今のSAOでも、かつてのように、邪魔者はオレンジになってでも排除するのだろうか。


「最後まで気を抜くなって、自分でいつもいってるくせに。死なないでって、いってるくせに!」

だが、もし彼が───《投刃のユノ》が、目的のためなら人を殺すことをも厭わない人間なのだとしたら。
いつか狩るための獲物《ターゲット》に過ぎない少女に、そんなことを言っただろうか。自分の命が懸かっている状況で、わざわざ初心者である彼女を育て、ここまで守ってきただろうか……?

「ごめん、シェイリ。もう大丈夫だから。勝手に死んだりしないから」

───そうだ。彼は……

俺にはどうしても……この少年が、理由もなくそんなことをするような人間には思えなかった。
ベータの頃に噂されていた《投刃のユノ》と、泣きじゃくる少女を安堵させるように髪を撫でる、目の前の少年。
二人は同一人物のはずなのに、彼の実際の姿は、《仲間殺し》のイメージとはあまりにもかけ離れている。

ベータ当時、彼がどうしてあんな事件を起こしたのか、その理由はわからない。
だけど、きっと彼は、俺達が思っていたような人間じゃない。少なくとも、友達を見捨てて一人で生き延びてきた───俺のような“卑怯もん”とは、違う。

「キリトも、さっきはありがとう。助かったよ」
「……、いや、俺は別に……」
マウントポジションを解除され、最後に相方の頭をもう一撫でしてから、ユノは俺にそう言った。
彼の素直なお礼の言葉に対し、言葉に詰まる。
キバオウの言葉を受けて、彼が《投刃のユノ》としての目的のため、この場にいるのかもしれないと……一瞬とはいえ、疑ってしまったから。

「黙ってて、ごめん」
「………」
俺が言葉を捜していると、ユノはそんな俺の態度を見てどう思ったのか───否、露骨すぎる俺の態度で悟ったのだろう、俯きがちに言った。
俺に何をしたわけでもないというのに、心底申し訳なさそうな声で。

「キリトが僕を信用できなくなったなら、それは仕方ないよ。でも、ごめん。せめて次の層に着くまでは───」

───違う、違う……!

違う。そうじゃないんだ、ユノ。俺には、おまえのことを責める資格なんてないんだ。
おまえは自分の命を危険に晒してまで、その子をここまで守ってきたじゃないか。
おまえが投剣を───得意武器を封印してまで、正体を隠し続けてきたのは。自分が《投刃》だと周りにバレることで、その子に敵意が向けられるのを恐れたからなんだろ?
だから、謝る必要なんてないんだ。おまえは俺とは違って、ちゃんと誰かのことを考えてきたじゃないか。

「……違う。違うんだ」

───本当に卑怯なのは、俺の方なんだ。

「ユノ、俺は───」

俺は自分がベータテスターだってことを、ずっと隠し続けてきて。
クラインを───この世界で初めて出来た友達を見捨ててまで、自分が生き残ることしか考えていなかったんだ───!





……だが、俺がそれを言葉にする前に。

コボルド王の一際大きな咆哮が、俺達の間に割り込んだ─── 
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