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IS《インフィニット・ストラトス》‐砂色の想い‐

作者:グニル
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『保護』

 ロシア海軍の航空母艦、アドミラル・クズネツォフ級一番艦、『アドミラル・クズネツォフ』。カタパルトを装備せずスキージャンプ台を採用し、着艦にはワイヤーを使用する世界でも珍しい型の空母です。
 そして私はその空母の医務室のベッドの上で横になっています。右腕は私が気を失っている間に治療されたのでしょう。ISスーツの右腕だけが切り取られていてノースリーブみたいになり、傷のあった部分を中心に包帯が巻きつけてあります。
ベッドの横の椅子にはクロエとコールフィールド候補生が座り、入り口近くの壁には2人の女性が立っています。一人はプラチナブロンドの髪を持ったセミロングの女性でラリサ・アレクサンドロヴナ・トルスタヤ、もう一人は長めの薄い金髪、スーツの上に軍服を羽織っているエリヴィラ・イリイニチナ・ニコラエワ中佐。どちらもデータベースに乗っているロシアの国家代表で、特にニコラエワ中佐の方は第一回モンド・グロッソで織斑先生と決勝で戦ったって言う生きる伝説です。
私は30分前に目が覚めたばかりでこのクロエとコールフィールド候補生に現状を聞いていたところでお二人が入ってきたところです。
 何でも私が意識を失ったすぐ後に演習で近くにいたこの『アドミラル・クズネツォフ』から発艦したロシアの第2世代IS『ヴォールク』の部隊に『保護』されたとのことです。まあこの場合の『保護』なんていうのは名目だけで明らかに『監禁』になるんでしょうけど、私の治療もしてもらっているためまだ『保護』に入るのでしょう。
 今現在私たちはこの医務室に閉じ込められている状態ですし、あまりいい印象は持っていません。
 その中でニコラエワ中佐が懐から葉巻を取り出して口にくわえつつ言葉を発しました。

「さて、今は君らの艦隊に引き渡すためにそちらの勢力の船に向かっているわけだが……」

「医務室は禁煙です。中佐」

「む……」

 ニコラエワ中佐の言葉を遮ってトルスタヤ代表が注意します。既に胸ポケットから年代物のシガーカッターまで取り出していたニコラエワ中佐は渋々といった様子で葉巻を口から離しました。それにしてもあのシガーカッター……何であんなに刃の部分が錆びているんでしょうか。手入れとかしていないのでしょうかね? 案外ずぼらだったりするのでしょうか?
 手持ち無沙汰になった葉巻を指の間でクルクルと回しながらニコラエワ中佐が話を続けます。

「あー、どこまで話したか……そうそう、今は君らの艦に引き渡すためにそちらの勢力の艦に向かっているわけだが、君たちを『保護』した我々にはこの海域で何が起きたかを把握する権利があると思われる」

「いけしゃあしゃあとよく言うよ……」

 クロエが私たちにだけ聞こえるようにぼそっと呟く。その通りなんですけど……でも助けてもらったのも事実なわけで……

「敵は亡国機業(ファントムタスク)。目的はカスト候補生のISと予測することが出来ます」

 私が答える前にコールフィールド候補生が淡々とした声で答えました。

「ほう、戦力は?」

「ISが一機」

「一機? 実力は?」

「恐らく国家代表クラスに近いものかと」

「ほう……機体は?」

「米国第2世代『アラクネ』です」

「…………ふっ、『アラクネ』か。ということは例の強奪された機体かな?」

「恐らくは」

 コールフィールド候補生とニコラエワ中佐の会話が進みますが、『サイレント・ゼフィルス』については巧みに流しました。襲ってきたのは例の強奪された『アラクネ』ということにしたいみたいです。
 コールフィールド候補生はあの時まるで何をしてくるのか分かっているような言葉を言っていましたし、十中八九『サイレント・ゼフィルス』はイギリスから強奪されたものなのでしょう。しかし極力他の国には知られたくないっていうのは当然の感情でしょうね。私でも『デザート・ホーク』が強奪されて他国の人が襲われた場合真実を隠します。国に与えられる損害はなるべく少なく、それが鉄則です。しばらく二人の会話が続きますが、コールフィールド候補生は全てを『アラクネ』として機動、武装、特徴まで入れ替えて話しています。ものすごい適応能力です。

「そうか。で、最初に狙われたカスト候補生はどうだったかな? 敵の実力と言うのはどう感じた?」

「え! わ、私ですか!」

「当然だ。最初に狙われたのは君だ。第2世代でも強奪できると考えた根拠が敵にはあるはずだろう?」

 ま、まあそうなんですけど……コールフィールド候補生の方を見ると『どうか話を合わせてください』という顔でこちらを見ています。こ、これは責任重大ですね。でも私は話してるとボロが出そうですしここは話を上手く反らすべきでしょうね。

「実力や狙われた根拠……というのは分かりかねますが……情報が漏れていたというのは確かです」

「工作員ということか?」

「はい、私が民間の旅客機で出国するのはごく少数の人しか知りませんでした。考えたくはありませんが恐らくは……」

 そう、今冷静に考えればそう考えるしかない。あまり考えたくない可能性だったけど……
 私が今日出国するのは一部の人しか知らなかったはず。しかも民間機ともなると更に幅は狭まります。正確に言えば私の両親、ISの調整をしてくれた開発室の人、オリヴィア・ウィルソン国家代表とクロエ、後は見送りに来てくれたスミス候補生管理官。後は多分政府のIS責任者さんとか私の知らない偉い人。その中に誰か妖しい人がいるのかと言われれば……正直言えば誰も疑いたくありません。両親は言わずもがな、開発室の人はいつも私の無茶を聞いてくれていますし、スミスさんも良心で見送りに来てくれただけ。クロエは助けに来てくれたし、ウィルソン代表が相手だともっと早く私は落とされるでしょう。それに今まで仲間だと思っていた人を疑うほど悲しいこともありません。同じ国の政府の人も疑いたくはありませんし……

「まあ第2次世界大戦時から発足した組織だって言うしな。各国に工作員やらスパイやらはいると考えた方が妥当か。話は大体分かった。ところで……」

 ニコラエワ中佐は回していた葉巻を胸ポケットにしまうと何故か先ほどポケットに入れた錆びだらけのシガーカッターを取り出します。

「あんたたち、嘘はついてないだろうね?」

「何故嘘を言う必要が?」

 ニコラエワ中佐の言葉に一瞬場の空気が凍ったような感覚に陥りました。その言葉に詰まった私に対してコールフィールド候補生は変わらず淡々と答えます。

「いや、アメリカさんもそうだったが自国のことになると国の奴らってのはとにかく無口になるものさ。『アラクネ』の強奪然り、軍事IS然り。そしてそれはアメリカだけじゃない。私も、そしてあんたたちもだ。違うか?」

 そう言いながらニコラエワ中佐はシガーカッターに指を通します。

「言い忘れたが私が一番嫌いなのは嘘を簡単に吐ける人間でね。嘘って分かるとちょーっとばかし周りが見えなくなるんだ。さて……」

 錆びついたシガーカッターが耳に障る音を立てて上下しています。なんでしょう……あの錆びすごい嫌な予感しかしないんですけど……

「今ならまだ勘違いで言い訳できる段階だ。本当に『アラクネ』だったんだな?」

「……!」

 ば、ばれています。これは絶対ばれて

「そうですね。『アラクネ』でした」

 コールフィールド候補生!?

「そうか。ん? カスト候補生」

「はい?」

「爪が伸びているようだがちゃんと手入れはしているのかな?」

 ニコラエワ中佐は私の指先を見ながら微笑みました。その目線に吊られて私は自分の指先を見ます。そこまで伸びているようには見えないのですけど、この人からしたらこれは伸びすぎなんでしょうか?

「丁度いい」

「え? わ!」

 至近距離で聞こえた声に顔を上げた瞬間右手の人差し指を掴まれました。

「私はこういうのが放っておけない性質なんだ。ちょっと爪を切らせてくれないか。まあなんだ……深爪したらすまないな!」

「え…………っ!」

 あまりの突然の事態に私は絶句するしかありません。ニコラエワ中佐はシガーカッターの間に私の人差し指を通すと肌に食い込むギリギリの位置で止めました。

「ひ……………あっ…………」

 あまりの出来事に声が一切出ません。何せもうひと押しすれば私の人差し指は第一関節から先が無くなります。

「あんた! 何やってんだ! カルラを離せ!」

 クロエが今にも飛びかかりそうな勢いで立ち上がろうとして……動きを止めました。クロエの視線の先にはトルスタヤ代表がいつの間にか構えた銃をクロエの額に向けていました。

「申し訳ありませんが艦内での暴力行為は禁止事項です。危険因子を排除するという形で発砲も許可されていますがよろしいですか?」

「目の前のこいつがやってるのは暴力行為じゃないってのか!」

「中佐は『爪を切る』と言っただけでまだ何も切ってはいませんが?」

「屁理屈だろ!」

「さあ? とにかくお座りになってください。引き金に掛けている手がそろそろ限界ですので」

「くっ……!」

 クロエが悔しそうに座るとトルスタヤ代表が銃を下げました。流石にしまってはくれないようですが一応衝突は避けたという事でしょうか。私の指はまだ解放されていませんが。

「さてカスト候補生。改めて聞こう。君が戦ったのは確かに『アラクネ』だったんだね?」

 ニコラエワ中佐の笑顔で発せられたその言葉に私は唾を飲み込む。この答え一つで私の指がなくなるか無くならないかが……決まりま……あれ?

「はい、そうです」

「うん? それはどちらとも取れる答えだが?」

「私の見たことのないタイプの……ですが」

「は?」

「私はあのタイプの『アラクネ』とは戦ったことはありません。が、コールフィールド候補生がそこまで言うのであればあれは『アラクネ』なのでしょう。自分の無知さが嫌になりますが……」

 く、苦しい言い訳です! 実際私は一度も「『アラクネ』と戦った」とは言ってないわけですがこれは苦しすぎます!一分ほどは沈黙が続いたでしょうか。

「ふ……ふふふ……なるほど、見たことのないタイプ、か」

 ニコラエワ中佐は少し笑うと私の指先にシガーカッターを合わせて……

バチン!

 鈍い音と共に爪の先端を少しだけ切り落としました。

「おお、久しぶりに人の指を深爪させないで済んだよ。それにしてもカスト候補生。第2世代のISが分からないようでは駄目だ。もっと精進するように」

「は、はあ……」

 安堵の声とも了承の声とも取れる気の抜けた声が私の口から洩れました。両隣にいる二人からも同じように息を吐いたのが聞こえます。
 それにしてもあれで納得してくれるとは思わなかったんですけど、なんで引き下がってくれたんでしょう?

「他にもたくさん聞きたいことはあったんだが、外に君たちのお迎えが来たようだ。甲板に上がってくれ」

「は、はい」

 ニコラエワ中佐はそう言うと軍服を翻して医務室を出ていきました。

「カスト候補生」

「な、なんでしょうか?」

 残ったトルスタヤ代表が私に話しかけてきました。

「腕については心配いりません。出血はひどかったですが神経、筋肉ともに異常はありませんでした。小さな跡は残るかもしれませんが一週間もすれば包帯も取れるでしょう。一応は安静にしておいてください」

「あ、ありがとうございます……」

「ではお三方、私は外で待っていますので準備が出来たら部屋の外に出てきてください。言うまでもないと思いますが勝手な行動はくれぐれも慎むように」

 トルスタヤ代表はそれだけ言うと医務室の外に出ていきました。
 クロエは色々言いたそうな顔をしていましたがここだと誰が聞いているのかも分からないと判断したのでしょう。乱暴に私の飛行機に乗るときに着ていたワンピースをベッドの下から引っ張り出すと私の顔に投げつけてきました。

「わぷ!」

「さっさと行くぞ! こんなとこに一秒も長くいたくないからな!」

「う、うん……あ、クロエ!」

「なんだよ!」

「ありがとう。嬉しかったよ」

「ふん……」

 こういうお礼ってちゃんと言わないと恥ずかしくなって言えなくなってしまいますからね。

「コールフィールド候補も……助けて頂いてありがとうございました」

「いえ……一刻もはやくここを出ましょう」

「はい」

 それだけ言うとコールフィールド候補はクロエと一緒に医務室を出ていきました。私は麻酔が効いて上手く動かない右手に苦戦しつつISスーツの上から服を着ると二人の後を追って外に出ます。その後トルスタヤ代表に案内されて甲板に出ると、そこには『デザート・ホーク』を纏ったウィルソン代表が率いる3機のIS部隊とイギリス所属の『ラファール・リヴァイブ』が1機、そしてオスプレイが2機待機していました。
 ウィルソン代表は先に甲板に出ていたニコラエワ中佐と何か話していたようでしたが、私たちが出てくるのを見ると会話を中断して私たちが近づくのを待ってくれました。

「2人とも無事か?」

「私は大丈夫です。でもカルラが……」

「いえ、私の方も心配はいりません。一応……適切な処置はしてくださったみたいですので」

「そうか」

 ウィルソン代表は私の言葉を聞くとニコラエワ中佐に向き直り敬礼をする。

「我が国の貴重な人材の保護、感謝します。ニコラエワ中佐」

「いや、当然のことをさせてもらったまでだよ。オリヴィア」

「……後に改めてお礼を言う機会もあるでしょう。今回はこれにて」

「ああ、また来い。いつでも……な」

「失礼します」

 何かすごい含みがある言い方でしたけどこのお二人は何かあったのでしょうか?
 
「全機離床! これより我らはカスト、アシュクロフト両名の護衛に着く!」

「「了解!」」

「私たちも行こう」

「う、うん」

 ウィルソン代表がそう言うと飛び立ち、『デザート・ウルフ』を纏った二人が後に続きます。
 クロエは既にオスプレイに歩き出していて、私もすぐ後に続こうとして呼び止められました。

「カスト候補生!」

 コールフィールド候補生が私の方に走ってきました。なんでしょう? 激しく回るローターの音で間近まで来ないと声がほとんど聞こえません。ようやく聞き取れる距離になるとコールフィールド候補生は右手を差し伸べてきました。

「ありがとうございます。これで一時的ではありますが面目が保たれました」

 何の、とは言わない。誰が聞いているか分かりませんし言われなくても分かっています。

「いえ、お礼を言われるほどでもありません。あなたも私の立場でしたらああしたのでは?」

「分かりませんよ」

「ふふ、そういうことにしておきます」

 私はそういうとコールフィールド候補生の手を取って握手します。ほんの数秒の握手。
 コールフィールド候補生はその後何も言わずにで別れてお互いの国のオスプレイに乗り込みました。

「だー! あのくそ婆が! 今度あったときぎゃふんと言わせてやるからなぁ!」

 甲板から飛び立つと共にクロエが思いっきり叫びました。
 私は苦笑いしながら離れつつある『アドミラル・クズネツォフ』の甲板を見ると、葉巻に火をつけたニコラエワ中佐がこちらを見上げたのが確認できました。

(またな)

 聞こえはしませんでしたけどそんなことを言われたような気が……あまり会いたくないひとですけどね。うう、今頃になって人差し指に金属の感触が……!
 
 

 
後書き
いやー、深爪って痛いですよね。血が出ちゃうほど痛いですよね。エリヴィラは不清潔は許せないけど不器用な人なんだ。だから許してあげよう!(棒読み)


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