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清教徒

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第一幕その八


第一幕その八

「どうされたのですか」
 リッカルドは表情を穏やかなものにして彼に語りかけた。
「いえ、アルトゥーロ様のお姿が見えないので。何処に行かれたのかと思いましてな」
「彼ですか」
 それを聞いて何か知っているような声を出した。
「御存知なのですか?」
「はい」
 彼は答えた。
「今何処におられるのでしょうか」
 エルヴィーラも来た。ブルーノ達もだ。またヴァルトンもやって来た。
「貴婦人を知らないか」
 彼もリッカルドに尋ねてきた。
「姿が見えないのだが」
「あの赤い服の方ですね」
「うむ」
 ヴァルトンは頷いた。
「それなら知っておりますよ」
「それは本当か!?」
「はい」
 彼は答えた。
「そして侯爵の居場所も」
「それは何処なのですか!?」
 エルヴィーラがそれを聞いて彼に尋ねる。リッカルドはその時彼女を一瞬見た。それから少し間を置いて彼女に問うた。
「お知りになりたいですか」
「はい」
 彼女は少し焦りを感じながら答えた。
「是非共お願いします」
「わかりました」
 リッカルドはそれを聞いて頷いた。やたらと勿体ぶっているように見えるので皆それが不思議ではあった。
「それではお話しましょう」
「はい」
「御二人は一緒です」
「何!?」
 皆それを聞いて驚きの声をあげた。
「侯爵とあの貴婦人は共に城を出られたのです。今しがた」
「馬鹿な、そんな筈が」
 ジョルジョはそれを聞いて驚きの声をあげた。
「そんなことは有り得ない」
「では証拠を申し上げましょうか」
 リッカルドは強い声でそう言った。
「彼の兵は今何処にいますか」
「それは」
 ヴァルトンはそれを受けてアルトゥーロの兵を探させた。だが城の何処にもいなかった。
「そういうことです」
 リッカルドはそれを受けて言った。
「彼は逃げました。あの貴婦人を置いて」
「それは何故」
「言わなくともおわかりでしょう」
 リッカルドはエルヴィーラの問いに対してそう答えた。
「違いますか」
「う・・・・・・」
 エルヴィーラは口篭もった。これには彼女も困った。
「何も・・・・・・」
「そういうことです。それでは宜しいでしょうか」
 ヴァルトンに顔を向ける。
「戦いの準備を。目指すは侯爵の首」
「あの方の!」
「はい」
 エルヴィーラに対してまた答える。
「それ以外に何があるというのです」
「そんな・・・・・・」
 それを聞いてエルヴィーラの顔が青くなった。
「けれど本当かどうか」
「私は見たのです」
 しかしエルヴィーラの逃げ道を塞ぐようにしてそう言う。
「彼が貴婦人と共に逃げるのを。他に証拠が必要でしょうか」
「ううう・・・・・・」
 呻いた。それ以上は言うことができなかった。
「私はどうすればよいのでしょう」
「それは・・・・・・」
 リッカルドは計算違いをしていた。彼はあくまでアルトゥーロへの個人的な感情だけで動いているに過ぎなかったのだ。エルヴィーラの心までは知らなかった。それを知るにはあまりにも周りが見えなくなってしまっていたのであった。それが彼の過ちであった。
「諦めるしかないでしょうな」
 そう言うしかなかった。そしてそれが決定打となってしまった。
「そんなこと・・・・・・私にはできない」
 一言そう言った。そして様子が急変した。
「私はあの方の妻なのですから。そう、そうでなければエルヴィーラではない」
「えっ!?」
 皆それを聞いて驚きの声をあげた。
「エルヴィーラ様、今何と!?」
「私はエルヴィーラではありません」
 彼女は一言そう言った。
「御気を確かに」
「私はあの方がおられない限りエルヴィーラではありません。いえ」
 そして虚空を見た。それを見て笑った。
「あの方が来られました。これで私はようやくエルヴィーラとなったのです」
「馬鹿な、何ということだ」
 ヴァルトンはそれを見て絶望の声をあげた。
「この様なことになるとは」
「何と・・・・・・」
 ジョルジョは呆然としていた。何と言っていいかわからなかった。それは他の者も同じであった。
「如何致しましょう」
 オロオロとしてヴァルトンやジョルジョに対して尋ねる。だが二人は答えられない。それが余計事態の悪化に拍車をかけることとなったのである。
「ジョルジョ」
 だがヴァルトンはその中でジョルジョに顔を向けてきた。
「はい」
「娘を部屋に案内してくれ。そしてそっとしてやるのだ。いいな」
「わかりました」
 彼は頷いた。そしてエルヴィーラに声をかけた。
「アルトゥーロ殿と出会えて楽しいか」
「はい」
 彼女は笑顔で答えた。だがその視点はもう定まってはいなかった。明らかに狂気の目であった。
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷くだけであった。それ以上はとても言うことはできなかった。
「それでは部屋に行こう。彼が部屋で待っているからな」
「叔父様、何を仰っているのですか」
 エルヴィーラはそんな彼に対して言った。
「あの方はここにおられますわ」
「そうか、そうだったな」
 あえて言わなかった。ここは彼女に従うことにしたのだ。だがそれでも言った。
「婚礼の儀の為だ。ここは部屋に戻れ」
「叔父様も来られますね」
「勿論だ」
 笑みを作ってそれに応える。
「だから今は部屋に戻れ。そのヴェールが汚れないように」
「あの方の贈って下さったヴェールが」
「そうだ。では行こうか」
「はい」
 こうしてエルヴィーラはジョルジョに連れられて自分の部屋に戻った。後にはヴァルトンとリッカルド、そして従者や兵士達が残っていた。彼等は皆一様に暗く沈んだ顔となっていた。
「何ということだ」
 ヴァルトンは俯いて首を横に振ってそう言うだけであった。
「こんなことになるとは」
「殿」
 リッカルドが声をかけようとする。だがそれはとてもできなかった。
「いえ、いいです」
「済まない」
 そう言うと彼は自分の部屋に帰ろうとする。だがそれを止めた。そして他の者に対して言った。
「どうしてこのようなことになったのかはわからない」
「はい」
「だが一つだけ言っておく」
 その声は沈んだものであった。しかし確かなものであった。彼はその確かな声で言った。
「彼女の心を乱した者には神の裁きがあろう。それだけだ」
「私のことだ」
 リッカルドはそれを聞いて心の中で思った。しかしそれは口には出せなかった。心の中で思うだけであった。
 城は沈んだ空気に覆われてしまった。戦いの角笛の音と武具が鳴る音だけが聞こえる。だがそれは勇ましいものではなく地獄の沈んだ空気のようであった。
 
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