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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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投刃と少女
  とあるβテスター、睨まれる

人間、誰しも一度は対人関係で気まずい思いをした経験があるんじゃないだろうか。
例えば、自分の何気ない一言が、場の空気を凍りつかせてしまった時。
この場合、言った本人はもちろんのこと、フォローする側の人間にとっても気まずいことこの上ない。
とはいえ、こういった時は大抵、周囲の人間がフォローしてくれるため、気まずい空気が延々と続く……といったことはそうそうないはずだ。
自分の発言によって空気が静まり返るというのは、言った本人が一番気まずいのだから、苦し紛れにでも話題を変えるのがベターだろう。

では、どうして僕がこんなことを考えているのかというと。
それはボス攻略会議の場の空気が現在進行形でフリーズ中であり、おまけに空気を凍りつかせた本人に自覚がないという、非常に気まずい展開になっているからに他ならない。

「……うーん……」
正式サービス開始後初となるボス攻略会議を取り仕切り、ほんの数分前までテキパキとパーティ編成・ボス情報の確認を行っていた自称騎士《ナイト》・ディアベル。
男性にしては長めの髪を青く染め、金属装備に身を包んだイケメン騎士様は、先程までとは打って変わって悩んだような声を上げていた。
騎士様を悩ませる元凶となった発言をした少女を、横目でチラリと見る。彼女は相変わらずのふにゃりとした表情で、頭に疑問符を浮かべている。
この気まずい空気を作った張本人である彼女───シェイリは、どうやら自分の発言がいかに重大な問題を引き起こしたのか、まったく自覚がないらしい。

そんな僕たち二人に対し、今頃後ろに座るパーティメンバーも呆れ顔を───

───って、怖い怖い怖い!思いっきり睨まれてるから!

後ろの列に座る人物からの射殺すような視線を背中に受け、僕は内心冷や汗をかいていた。
恐る恐る振り返り、視線の主であるレイピア使いの顔を覗き見る。
目深に被ったフードの奥から覗く双眸が、『おまえの連れのせいで会議がグダグダになったぞ、何とかしやがれ』と暗に告げてくる。
ぶち殺すぞと言わんばかりの視線に居た堪れなくなった僕は、彼女の隣に座る灰色コートの剣士へと、助けを求めるような視線を送り───あ、目逸らした!この薄情者!

───明日、大丈夫かなぁ……

僕とシェイリに対し、無言で圧力をかけてくる彼女───フーデッドケープに身を包んだレイピア使い、アスナ。
視線を逸らし、飛び火を避けた灰色コートの剣士───薄情者、またの名をキリト。

当分続くであろうディアベルの悩み声をBGMに、臨時パーティメンバーとなった二人と隣に座るシェイリの顔を交互に見比べ、僕は不安を感じずにはいられなかった。


────────────


ボス攻略会議は順調すぎると言ってもいいくらい、何の問題もなく進行していった。
ディアベルが自分で直接確認したボスモンスターの姿と、アルゴの攻略本に書かれていたデータを照らし合わせ、それに基づいた作戦を組み立てていく。
と、相変わらず見事なリーダーシップだと密かに関心していると、不意に彼がこんなことを言い出した。

「それじゃあみんな、仲間や近くにいる人と、パーティを組んでみてくれ!」

───う、パーティかぁ……。

ディアベルの指示を受け、わいわいがやがやとパーティを組んでいく周りのプレイヤー達を見て、内心焦りが募っていく。
ボス攻略に臨む以上、パーティを組むのは当たり前だ。当たり前なんだけど……。
あの日からずっとシェイリと二人でやってきた僕には、知り合いらしい知り合いが一人もいない。
βテストの時のパーティメンバーとはとっくに縁が切れてるし、そもそも、この場に元βテスターがいるかどうかもわからない。

SAOのパーティは最大六人までで、この場にいるのが確か46人。
周りの様子を見るに、ほとんどのプレイヤーが既に仲間内で六人パーティを完成させてしまったようだ。
となると、残るは僕たち二人と、アブレたもう二人……。

「ねぇねぇ、パーティだって。どうしよう?」
「うーん……」
シェイリに袖をクイクイと引っ張られながら、僕は悩んでしまった。
ボスに挑むにあたり、今まで通り二人だけというのも心許ない。かといって誰かと組もうにも、ほとんどのパーティは定員割れ。
あとの二人がどうかはわからないけれど、この状況で余りが出るということは、そちらは既に二人でペアを組んでいるか、あるいはソロか……。

実のところ、僕が悩んでいるポイントはそこにある。
仮に相手がペアを組んでいるなら、お互いのパーティと合併して四人で組めばいいだけの話だ。
ただ、もしも残った二人がそれぞれソロプレイヤーだった場合、話は少し変わってくる。
どのMMOでもソロプレイヤーというのは必ずいるものだけど、その大多数が気難しい性格をしていたり、他人と組むのを極端に嫌ったり……と、それに大小の差はあれど、一癖二癖ある相手の可能性が高い。
ましてや今のSAOで、わざわざソロに徹する程のプレイヤーともなれば。こちらがパーティを組もうと誘っても、それに応じてくれるかどうか。

それに、ただでさえ前衛が苦手な僕と、派手に暴れ回る戦闘スタイルのシェイリ。
そこに恐らく一癖あるであろうソロプレイヤーを加えたら、どんな化学反応が起こるか───などど、僕がパーティについてあれこれ悩んでいるうちに。

「あ!あの子、一人だよ!」
「……、え?」
「ユノくん、わたし声かけてくるね!」
「ちょ、ちょっと待───!」
アブレた二人のうち一人を発見したらしいシェイリは、広場の隅でポツンと立っている人物に向かって走って行ってしまった。
一人でいるということは、やはり両者ともにソロプレイヤーなんだろうか。
下手をすればペアより危険度が増すかも、なんて考えている僕を余所目に、シェイリはいつもの調子で目当ての人物へと話しかけていた。

「ねぇねぇ、あぶれたの?」
「………」

───ぶっ!?ば、ばかっ!

ズバリ言うわよとばかりに無遠慮な聞き方をするシェイリに、僕は思わず咳き込んでしまった。
質問された相手はというと、フーデッドケープを着込んでいるため表情はわからない。
だけど、そのフードの奥から烈火の如き視線が放たれて───あ、これ完全に怒ってる……。

ハラハラしながら見守る僕の気も知らず、シェイリはいつものふにゃりとした笑顔で、

「あぶれたんだったら一緒にやろうよ。わたしたちもまだ二人なんだ~」
「……アブレてない。周りがみんなお仲間同士だったみたいだから遠慮しただけ」
「それをあぶれたっていうんだよ?」
「………、アブレてない……わよ」
「あぶれてるよー」
「アブレてないわよっ!」

相手の言い分もお構いなしなシェイリに(実際、僕もアブレてるとは思ってたけど)、とうとう相手は声を荒げ、鋭い視線を向けた。

───あれ、女の子?

もう少しオブラートに包んだ言い方をしてください、とシェイリに対して心の中で突っ込みつつ、相手の口調に違和感を覚える。
フーデッドケープで顔を隠し、押し殺したような声で喋っていたけど……最後の叫び声は、間違いなく女の子のものだった。
ただでさえ女性プレイヤーの数が少ないSAOの世界で、女の子で、しかもソロプレイヤー。
フードで顔を隠していなければ、周りの男性プレイヤー達が放っておかないだろう。

ちなみにシェイリも一応女性プレイヤーなのだけれど、人前を歩く時は僕とお揃いのフードで顔を隠させている。
戦闘中は邪魔になるということで装備していないけど、大抵の相手は戦闘時の彼女の姿を見て、ドン引きしたような顔で横を通り過ぎていくだけだ。
無理もない。誰もが恐怖を抱えながら戦っている中で、見た目中学生くらいの女の子が満面の笑みを浮かべ、無邪気な声を上げながら両手斧で敵を薙ぎ倒していくのだから。
薄暗いダンジョンの中、周囲にモンスターの返り血に見えなくもない赤いエフェクトを散らせながら、『えへ、まだ足りないなぁ……』などと言っている光景は、パートナーである僕ですら時々ゾクリとするほどだ。
まったく知らない人が見れば、新手の人型ネームドモンスターか何かかと思うのではないだろうか……。

そんな顔だけは可愛い残念美少女シェイリさんはさて置き、どうやらアブレ組の一人であるレイピア使いは、周りが仲間内でパーティを組んでいるため置いてけぼりをくらったらしい(本人は否定しているけど)。
ずっとペアでやってきた僕たちですら知り合いがいないくらいだし、ソロプレイヤーなら尚更だろう。

「わたしがシェイリで、あっちはユノくんだよ。よろしくねー」
「ちょっと、私はまだパーティ組むなんて一言も───」
「えーっと……ユノくん、パーティってどうやって申しこむのー?」
「聞きなさいよ!」
「すいませんこの子ちょっと空気が読めないんで!あと僕もソロは危ないと思います!」
ビキビキと青筋を立ててるであろう相手を見て、僕は思わず乱入してしまった。
平謝りしながらもボス戦でソロは無謀ですよとやんわりと窘めると、相手は渋々といった様子でパーティに加入してくれることとなった。

視界の端に映る、新たに参加したパーティメンバーの名前……【Asuna】という表示を見て、このレイピア使いが女性だと確信する。
フードで顔を隠しているのは、恐らく女性であるが故の余計なトラブルを避けるためだろう。
ネットゲームの中でリアル女性だとわかると、途端に対人関係がめんどくさくなるんだ。主に男女間での関係が。

そんなレイピア使い───アスナは、僕に対して『あなたこの子の保護者か何かなの?ちゃんと見ててよね』といった感じの恨みがましい視線を向けてくるが、あえてスルーさせて頂くことにする。
シェイリの誘い方はともかく、アスナはあのまま放っておいたら本当にソロで挑みそうな雰囲気だったし、それで死なれでもしたら後味が悪いなんてものじゃない。
この際ソロプレイヤーがどうだとか、そんなことは言っていられない。
それほどまでに……アスナの纏った雰囲気には、僕にそう思わせるような、何とも言い難い危なっかしさがあった。

───何はともあれ、これで三人。あとの一人は……

どこにいるんだろう、と辺りを見回せば。程なくして、目当ての人物を見つけ出すことができた。
組む相手がいないからだろう、慌てたような顔でおろおろと辺りを見回している、灰色コートを着た青年───いや、少年か。

「……あの、よかったら僕たちと組みませんか」
「え?」
僕がおずおずと声をかけると、彼は予想外ばかりに素っ頓狂な声を上げた。
その顔立ちはシェイリほどとはいかずとも、ネットゲーマーにしては幼く見える。恐らく年齢は14か15といったところだろう。
彼といいアスナといい、こんな人達がソロプレイヤーだなんて意外だ……。

「い、いいのか!?俺が入っても!?」
「えっ、あ、うん」
「すまん、助かる!ほんと助かる!」
彼の必死な剣幕に思わず後ずさってしまったけれど、思っていたより普通の人だったので少し安心した。
僕の誘いに一も二もなく飛びついた彼は、パーティ加入申請を快く承諾すると、しきりに感謝の言葉を述べた。

───ちょっと意外、かな?

ソロに拘るプレイヤーはもっとこう、偏屈な感じの……それこそキバオウみたいな人が多いイメージだったんだけど、彼もアスナも話してみたら割と普通、というよりむしろ接しやすい。
アスナは一見暗そうな人に見えるけど、シェイリの言う事にいちいちムキになってるあたり、本当は明るくて負けず嫌いな性格をしているんじゃないかな。
そして、灰色コートの彼───キリトは少し人見知りがちだったり、他人を自分からパーティに誘えないタイプなところが妙に親近感を覚える。

彼曰く、アスナとはちょっとした顔見知りで、誘おうと思ったところをシェイリに先を越されてしまったらしい。
それは悪いことをしたと謝ると、結果的に四人パーティになったんだから問題ない、と言って笑ってくれた。いい人だ。
アスナは相変わらずシェイリに振り回されているようで、時折『違うわよ!』『そこはこうでしょ!?』『あーもう!』などといった声が聞こえてくる。
彼女はどこか生き急いでるように見えるので、シェイリのマイペースさを足して割るくらいがちょうどいいんじゃないかと思う。

───なんにせよ、四人いれば何とかなりそうだね。

キリト以外は全員フード装着という、見た目なんとも怪しいパーティになってしまったけれど、それはまあ置いといて。
四人もいればペアで戦うより比較的安定するだろうし、ボス攻略で足手まといということもないだろう。

……と、思ったのも束の間。
何とか即席パーティを作ることに成功した僕たちは、組まれたパーティを見ながらボス戦の役割分担をしていくディアベルから『君達アブレ組は邪魔にならないよう大人しくしててね』といったニュアンスのことを言われ、遠回しに戦力外通告を受けた。

他は六人、僕たちは四人だから仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけれど……
でも僕は、僕たち四人を見て少し考え込むディアベルの様子に、何となく違和感を覚えた。
パーティリーダーとして名前を名乗った僕と、メンバーであるキリトの顔を見た時……一瞬だけ、眉を顰めたようなような気がしたからだ。

───今のは……?

ディアベルの態度に疑問を抱いた僕だったけど、それが何を意味することなのかはわからなかった。
彼は次の瞬間にはいつもの爽やかな表情に戻っており、『君達はE隊のサポートを頼んだよ』と言い残し、広場の中央へと戻っていく。

「キリト、今のって……」
「……、何だろうな。きっと、俺達アブレ組は大人しくしてろってことだろ」
キリトも疑問に思ったのか、少しだけ考え込む様子を見せていたけど……結局、わからないようだった。

ちなみに他の二人は気付かなかったようで、シェイリは相変わらずふにゃりとした顔だし、アスナはディアベルの采配に不満を示してはいたものの、特に彼の態度を不審には思わなかったようだ。
となるとディアベルのあの態度は、僕とキリトの二人に共通する“何か”に対してだということになるけど……うーん。
ディアベルとは初対面だし、僕とキリトだってついさっき知り合ったばかりだ。共通点なんてどこにあるのやら。
キリトという名前に聞き覚えがないわけじゃないけど……ゲームのハンドルネームにはありがちな名前だし、どこで聞いたかまでは覚えてない。

───ま、いいか……。

あれ以降ディアベルの様子に不審な点はないし、僕の気にしすぎなのかもしれない。
まあ見た目的にかなり怪しい……下手すればPK集団にでも間違えられそうなパーティだし、それが気になったのかもしれない。
そう思い、僕はそれ以上考えることはしなかった。


────────────


そんなわけで。
少し気になる点はあったものの、会議は概ね良好に進行していた。

七組のパーティはAからGまでナンバリングされ、それぞれ壁《タンク》役、攻撃役、取り巻きの殲滅役といったように役割分担されていく。
そんな中、人数が半端な僕たち四人はナンバリングなし───これといって重要な役割を与えられていなかった。
形だけはキバオウ率いる取り巻き殲滅部隊・E隊のサポートに回れと言われているものの、要はおまけのようなものだろう。
その証拠に、さっきからキバオウが『おまえたちの出番はないぜ』と言わんばかりの挑発的な顔でこちらをガン見してきて───ア、アスナ落ち着いて!ここで揉めたらまずいって!

キバオウのあからさまな挑発に今にもマジギレしそうなアスナを窘め、ここで口論になることは回避できた。
取り巻きはボスのHPバーが一本減るごとに三体ずつ、計12体召喚されるため、どのみちE隊だけでは相手にしきれない数だ。
要するに、相手が文句を言えなくなるような戦いぶりを見せればいい。
接近戦が苦手な僕はともかく、シェイリは両手斧を用いた重攻撃型だし、キリトとアスナはソロで迷宮区に篭れる程のプレイヤーだ。僕たち四人が他の六人パーティに比べて劣るということはないだろう。
僕たち四人がキバオウ率いるE隊よりも成果を出せば、彼もあんな態度は取れなくなるはずだ。

そこまで言うと、アスナはようやく怒りを鎮めてくれたようだった。
それでも全部が全部納得できたわけではないらしく、フードの奥から剣呑な雰囲気が伝わってくる。

───アスナ、意外と怒りっぽい……?

口に出したら僕まで睨まれそうなので、その疑問は心の奥にしまっておくことにした。


最後に、ボスや取り巻きがドロップしたお金は46人全員で自動均等割り、アイテムは手に入れた人のもの(SAOのドロップアイテムは、ランダムで戦闘に参加した人のアイテムストレージに自動収納される)ということで話がまとまった。
これならドロップアイテムの分配を巡るトラブルは起こらないだろう。ボスのドロップともなればレアな物が多いため、話し合いで決めるとなると余計なトラブルを起こしかねないからだ。
パーティを仕切るのに慣れているであろうディアベルも、それを考慮してこういった形式をとったのだと思う。正直、そういった話し合いについてはいい思い出がないため、この形式はありがたい。

「以上で、ボス攻略会議を終了とする!みんな、明日は───」
そして、午後5時半。
昨日と同じように『頑張ろうぜ!』『オー!』のシメで解散となり、集団は三々五々ばらけて酒場やレストランに呑み込まれていく───はずだった。

───はずだったんだけど、ね……。

「ディアベルくん、質問ー!」
「何かな?」
一通りの打ち合わせが終了し、さあ解散だという場面になって、シェイリがディアベルの言葉を遮った。
どう見てもディアベルのほうが年上なのに『ディアベルくん』というのはどうなんだろう、と僕がまったく関係のないことを考えていると、

「それってベータの時の話だよね?ほんとに大丈夫なの?」

ピキッ!と。
その場の空気が凍りついた音が聞こえた気がした。
いい感じに士気高揚としていた周りのプレイヤー達が、シェイリの一言によって一瞬で押し黙り、僕たち四人に注目が集まる。
テキパキと事を進めていたディアベルに対し、ぽっと出のプレイヤー(しかもアブレ組)が突然こんなことを言い出したのだから、『おまえ何ケチつけてんだよ』くらいのことを思っているのかもしれない。

「……というと?」
「だからー、ボスの強さとか、使ってくる技とかー……」
「!!」
一丸となったムードを完膚なきまでにブレイクしたシェイリに訝しげな顔で聞き返したディアベルは、その言葉を聞いてハッとしたように表情を凍りつかせた。
次いで、凍りついた表情のまま『アルゴの攻略本・第1層ボス編』の裏表紙に目をやる。
そこには真っ赤なフォントで書かれた、『情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります』という文字が───

───そうか、その可能性もあるのか……!

インターネットが普及している現代では、MMORPGというジャンルのゲームはさほど珍しくもない。
そしてそのほとんどのタイトルが、βテストを経て正式サービスに移行……という形を取っている。ここまではいい。
問題はβテストから正式サービスにかけて、ドロップ率やレベルの上げやすさなどといったゲームバランスに修正が入る場合が多々あるということだ。

βテストとは、その名の通りゲームを“テストする”ためのものであって、運営側も無闇やたらと無料サービスを提供しているというわけではない。
テスターの意見を取り入れ、開発側が改めて全体を見直し、不具合などがあれば修正する。
そういった一連の流れを汲み、より完璧なゲームとして完成させていくのがβテストの役目だ。

もちろん、それは敵の強さに関しても例外ではなく。
敵の見た目がβテストの時と同じでも、使ってくる技が変わっていたり、ステータスそのものが大幅強化されている……なんてことも、大して珍しいことではない。
実際に僕がSAOの前にやっていたMMOでは、β当時は最弱と呼ばれていたボスが、正式サービスでは最強モンスターへと早変わりしていたことだってある。

SAOもMMORPGというジャンルのゲームである以上、ゲームバランスの修正がきている可能性がある。
ボスの攻撃パターンや使用するスキルも、そこまで極端な変化はないにしろ、何らかの変化があってもおかしくないんだ……!

「あー……えー……その、だな……」
さすがの騎士様もその可能性は考慮していなかったらしく、視線を宙に泳がせながら言葉を探している。
僕もシェイリに言われるまでは忘れていたくらいだし、まさかこんな質問がくるとは思っていなかったのだろう。
周りのプレイヤー達からも、『修正?』『マジかよ……』『そういや前のMMOでは……』などといった声がちらほら聞こえてくる。

───まずい。昨日とは違う意味でまずい。

空気をぶち壊しにしたという意味では同じでも、利己的だったキバオウの言い分とは違い、シェイリの意見は直接の生死に関わることだ。
ここでこの意見を却下すれば、それが部隊の命運を分かつこととなってしまう場合もある。
かといって、そればっかりは実際に戦ってみるまでわからないため、ディアベルも迂闊な答えを返せない。

『アルゴの攻略本・第1層ボス編』によれば、『イルファング・ザ・コボルドロード』のHPゲージは全部で四本。
手に持った骨斧を用いて斧系スキルを使い、HPゲージが最後の一本を切った時、曲刀カテゴリのタルワールに持ち替える……というのが、βテスト当時のデータらしい。

僕がβテスト期間中にボス戦に参加するようになったのは、テスト開始後何週間か経った後の、第4層攻略戦からだ。
よって、第1層のボスであるコボルド王と実際に戦ったことはない。
4層からのボス戦には全て参加していたけど、第9層……βテスト最後のボス戦で、僕にとっては忘れられない出来事となる事件が───と、それはこの際置いておこう。

今問題となるのは、第1層ボスのデータが本当に当時のままなのか、というところだ。
この情報通りなら、ボスのステータスが大幅強化されていない限りは、斧と曲刀のソードスキルの対処法だけを頭に入れておけばさほど問題はないだろう。
だけど。シェイリの言う通り、使用するスキルが変更されていたら?
ボスの持ち替える武器が曲刀ではなく、両手剣やメイス、もしくはβでは未実装だった“まだ見ぬ武器”だったら───

「………」
「ユノくん、どうしたの?」
「……、いや、なんていうか」

空気が読めてないようでたまに的確なことを言うなぁ、と彼女の評価を改める。
もし、あのまま解散となって、βテストと同じ感覚で挑んでいたら。
シェイリの言う通りに、実際に戦ってみたら強さが違って全滅……なんてことになっていたかもしれない。

───その分、ディアベルは大変そうだけど。というかシェイリ、よく平然としていられるな……!

うーんうーんと唸りながら悩む青髪の騎士様とは対照的に、作戦の根底を覆した張本人は『なんでみんなこっちを見てるんだろう?』といった顔をしている。
広場にいるほぼ全員から注目されても顔色一つ変わらない相方に、ひょっとして将来大物になるのでは、と思わずにはいられなかった。


……ちなみにこの後、ディアベルは十数分以上悩み続けることとなる。
散々悩んだ末に彼が出した結論は、『暫く戦って様子を見て、使用するスキルが違うようなら撤退しよう』という、なんとも無難な回答だった。 
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