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こうもり

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4部分:第一幕その四


第一幕その四

 その彼がダークブラウンの服を着た黒い髪で黒い目の面長の男に対してあれこれと言っていた。どうやら先程からの喧騒はこれであるらしい。
「全く何ということだ」
 伯爵はカリカリしたまま言葉を発していた。
「おかげで踏んだり蹴ったりだ」
「あなた」
「おお、妻よ」
 伯爵はここで奥方に気付いた。
「只今」
「お帰りなさいませ。どうされたのですか?」
「どうしたもこうしたもない」
 彼は妻に対しても怒りを爆発させてきた。
「いいかね」
「はい」
 奥方は静かに彼の話を聞きはじめた。ストレスを吐き出させて怒りを収めるつもりであった。
「話が悪化した」
「悪化したとは」
「彼のせいだ」
 その面長の男を指差して言った。
「それも全てだ」
「お待ち下さい」
 しかし細面の男は抗議してきた。
「このブリントは」
「全部君のせいではないか」
 伯爵は彼に言わせようとしない。
「違うかね?」
「誤解です」
 ブリント弁護士はそう主張する。
「まずは私自身の弁護をしましょう」
「不要だ」
 伯爵はそれを切り捨てようとする。
「いらんお世話だ」
「何を仰いますか」
「君自身への弁護なぞ不要ということだ」
「何を言われるか」
 彼はそれに抗議する。
「全くもって不愉快ですぞ」
「不愉快ならそれはそれでいい」
 伯爵はムキになった顔で言い返す。
「鳥のように喋られても鬱陶しいだけだ」
「あの」
 いい加減見苦しいので奥方が声をかけてきた。
「何をそう興奮されているのですか?」
 怪訝な顔をして夫に尋ねてきた。
「一体どうされて」
「これが怒らずにいられるか」
 彼はその言葉にも抗議する。
「同じことばかり言うこの鶏頭の彼に対して」
「失礼ですが伯爵」
「しかも雄鶏みたいに声を張り上げ」
「それは地声です」
「そんなことは知ったことではない」
 伯爵はその主張にも言い返す。
「いいかね」
「私が雄鶏というのなら」
 ブリントはどういうわけか雄鶏に例えられてかなり立腹しているようであった。彼もまたムキになっていた。
「貴方は七面鳥だ」
「それはどういう意味かね」
「いつも熱病のように怒られて」
「七面鳥がいつも怒っているかしら」
 奥方はその言葉を聞いて首を傾げる。それにアデーレが囁いてきた。
「只の罵り合いですから意味はないのではないでしょうか」
「そうかしら」
「そうですよ。お互い疲れるまで放っておかれては?」
「そうね」
 ここはメイドの言葉に従うことにした。下手に止めてもどうしようもなさそうだったからだ。
 それでここは放置することにした。二人はまだ言い合っている。
「では君は肝油だな」
 伯爵はまた訳のわからない罵倒文句を出してきた。
「嫌な奴だ。しかも風見鶏みたいに落ち着きがない」
「風見鶏ですと」
「そうだ。もう君の顔は見たくない」
「御言葉ですが伯爵」
 ここで遂に言葉を詰まらせてきた。いい加減言葉がなくなったのであろうか。
「それは」
「今ですよ」
 それを見てアデーレが奥方に囁いてきた。
「収めるのは」
「そうね。あの」
 アデーレの言葉に頷いてから彼等に声をかけてきた。
「ブリントさん、お帰りになられた方が」
「奥様」
「そうだな。戸口も開いている」
 伯爵も少し怒りが収まってきた。それでブリントに対して言う。
「帰り給え。いいな」
「ではそうしましょう」
 ブリントは憮然としてそれに従ってきた。
「ではこれで」 
 そして彼は姿を消した。これで一安心だとロザリンデはやれやれといった様子で胸を撫で下ろした。それから夫に顔を向けてきた。
「やっぱり判決を受けたのね」
「うむ」
 伯爵は不機嫌な顔で妻に答えた。
「残念ながら」
「けれどたった五日ですよね」
 彼女は刑期について問うた。
「それでしたら」
「馬鹿を言ってはいけない」
「えっ!?」
 夫の不機嫌そのものの言葉に思わず声をあげる。
「あの、それはどういう」
「八日になった」
 彼は言った。
「伸びたのだよ」
「どうして」
「だから怒っているのだ。全てはあの男のせいだ」
 ブリントが去った戸口を見て忌々しげに述べた。
「全く。不愉快極まる」
「そうだったのですか」
「そうだ、今日にも行かないとお迎えが来る。そうなれば全ては終わりだ」
「はあ」
 これには流石に一瞬言葉を失った。
「伸びたのですか」
「裁判の場で出鱈目言いまくってくれてな。あげくには言わんでもいいことまでとち狂って喚き出して話を滅茶苦茶にしてくれたのだ」
 実際にそうした愚か者はいる。世の中は悪い意味でも広い。
 
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