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外伝 ドラゴンクエストⅢ 勇者ではないアーベルの冒険

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ムッツリさんの最後の戦い 帰還編

 3 ようやく、思い出したよ。 いいダメージだったな。



私たちがたどり着いた場所は、ドラゴンクエスト3の世界のようです。
このことについては、ある程度推測されていました。
お姉ちゃん達がよく一緒になって遊んでいたゲームだからです。
一番上のカナお姉ちゃんはFC版を、2番目のナミお姉ちゃんはSFC版を、3番目のミカお姉ちゃんはGBC版で遊んでいました。

私たちは、事前に斑鳩さんから、お姉ちゃん達の共通の趣味とか質問されていました。
斑鳩さんは私たちの話を聞いて、いろいろと異世界に関連するであろう資料を用意してもらいました。
ドラゴンクエスト3の攻略本とか、週刊少年マンガ誌で長期に連載されていた、アメフトを題材にしたマンガとかです。


「実は、ドラクエ3と異世界移動とは、親和性が高いと考えている」
私たちと夕食を一緒に食べるために、缶詰状態から脱走した斑鳩さんが言いました。
「そんなことだから、缶詰状態にされるのに」と呆れた顔を見せる綾池さんを無視して、斑鳩さんは説明を続けます。
「君たちは、SFC版を一度は遊んだことがあるようだね。
だったら、やまたのおろちを倒したあとのジパングの事は覚えているかな?」
「まあね」
クリスお姉ちゃんは返事をして、私もうなずきます。

「ジパングにいた神父さんがおかしいと思わなかったかな?」
「どういうこと?」
クリスお姉ちゃんは疑惑の表情を、斑鳩さんに向けます。
「神父はジパングの住民に「みんしゅしゅぎ」というものを、教えている」
「何か、問題でも?」
「ではあの世界で、民主主義を掲げていた国があったかな?」
「・・・」
クリスお姉ちゃんは黙ったままで、私は首を横に振ります。
「でも、国王が権威のみを持っているとか・・・」
「それならば、どうして兵士達は城内に多いのかな?
守るべき相手が国民であれば、城よりも町の周辺に配置していないとおかしいよね。
だから、あの神父は、別の世界の神様が派遣したのかもしれないね」
全員がおとなしく、斑鳩さんの話をきいていました。
「なんてね。
本当のことはわからない。
まあ、君たちが確認してくれると助かるよ」
斑鳩さんは、ルートビアを飲みながら冗談っぽく笑いました。


斑鳩さんは、ドラクエ3の世界がいいなといっていました。
「どうしてですか?」
「それは、もちろん・・・」
「ぱふぱふですか、嫌らしい!」
一緒に話を聞いていた綾池さんが、斑鳩さんの答えをさえぎると、顔を赤くして怒り出しました。

「私の胸が小さいから、現実よりも二次元が良いというのですね。
でも、どんなに大きく見えても、2次元は平面。まな板ですよ、絶壁なのですよ!だまされないでください!」
綾池さんは、綾池さん自身や私のコンプレックスを突く言葉を叫びながら、人差し指を斑鳩さんの前に突き出します。


「と、とりあえず、落ち着こう」
斑鳩さんは綾池さんをなだめます。
「私が求めているのは、蘇生呪文だよ」
「・・・。ひょっとして、母さんのためなの」
斑鳩さんは少し恥ずかしそうにうなずきます。
「ありがとう。お父さん」
綾池さんは、斑鳩さんに抱きつきました。
「お母さんが戻ったら、また3人で、ね?」
綾池さんは、いたずらっぽい表情を見せました。



私たちは、ランシールの町で暮らしています。
私たちは冒険者ではありませんので、外にでることができません。
噂では魔王バラモスが倒されたそうですが、町の周辺には今でもモンスターが徘徊しています。

私とクリスお姉ちゃんは、町の特産品であるきえさりそうの栽培を手伝いながらお金を貯め、ダーマにある神殿で僧侶に就職する事を考えています。
僧侶になれば、パーティに誘われやすくなります。
お姉ちゃん達の行方を調べることができるかもしれません。

「どうしたの、アリスちゃん?」
今朝ほど挨拶したおじさんから声をかけられました。
「なんでもありません」
「それなら、よかった。
暑いので気をつけてね」
ムッツリさんは、そう答えると隣の畑に向かっていきました。

ムッツリさんは、もともとこの町の人ではありません。
ムッツリさんは、町の入り口に倒れていたそうです。
全身がぼろぼろで、右手に金色のお面のようなものを握っていたそうです。

それでも、宿屋でゆっくり休むと、数日で元気になりました。
ただ、ムッツリさんは、これまでの記憶を喪失したそうです。

ムッツリさんは、かなりのお金を持っていたので、当面の生活には困らないようでしたが、身体を動かした方がいいといって、畑作業の手伝いを始めました。

ちなみに、ムッツリさんという名前は、ムッツリさんの看病を手伝ったクリスお姉ちゃんが、名付けました。
ムッツリさんが残した数少ない持ち物のなかに、一冊の本が入っていました。
「女僧侶にいたずらするホイミスライム。かなりマニアックね。
ムッツリすけべそうだから、ムッツリさんと呼ぶわ」
「俺は、そんな名前じゃない!」
「だったら、早く思い出すことね、ムッツリさん」
クリスお姉ちゃんは、自分よりかなり年上であろうムッツリさんの背中を、右手でバシバシたたきながら、にこやかにほほえみました。


お昼になったので、作業の手を休めて昼食をとります。
「いただきます」
「よく食べるわね、ムッツリさん」
ムッツリさんは、私とクリスお姉ちゃんが作ったお弁当(通常の約3倍)を美味しそうに食べています。
「・・・。食べられるときに、食べないとね。
それに、2人が作ってくれたお弁当は美味しいし」
ムッツリさんは、クリスお姉ちゃんからムッツリさんとよばれたことに少し気分を害したようですが、そのまま食事を続けています。


「それにしても、いい身体しているわね」
クリスお姉ちゃんは、食事をしているムッツリさんの身体をいろいろ触りまわっています。

クリスお姉ちゃんは、男女問わず人の体を触るのが好きで、特に筋肉に興味があります。
好意を持っていると勘違いされて困ったことも何回もあるのに、クリスお姉ちゃんの癖は直りません。

ムッツリさんも、最初は驚いていましたが、すぐに慣れてしまいました。
「くすぐりでなければ、問題ない」
そうです。
「くすぐりは、お姉ちゃんたちの領域だからね」
私はうなずきます。

そう、お姉ちゃんたちのくすぐり能力は恐ろしく高く、「拷問」のレベルに達しています。
「妹には使えない技がある」といって、私はその技を見たことがありませんが、お姉ちゃん達に、叱られたときに私たちに行う技でも、私には耐えることができません。

直接確認したわけではありませんが、お姉ちゃん達が事故にあうまでに「拷問」を受けた犠牲者は、両手では足らないと思います。
この世界でも犠牲者がいなければいいのだけど・・・。

「アリスちゃん。何を考えているのかな?」
「!」
クリスお姉ちゃんは、私のおなか周りを触ってきました。
「やめて、クリスお姉ちゃん!」
「いやあ、アリスちゃんは、あいかわらずスリムだねぇ」
クリスお姉ちゃんは、いつのまにかムッツリさんの身体からはなれると、いやらしい笑みを浮かべながら触り続けます。
「クリスお姉ちゃんと、変わらないわよ!」
「自分の身体じゃないから、良いのよ」
必死に身体を動かしながら抗議する私の言葉に、意味不明な反論をしてきます。
「ムッツリさんも、なんとかして助けてよ!」
私は視線を、ムッツリさんに動かします。

「ご、ごちそうさま。
も、もうすぐ午後の作業をはじめるよ」
ムッツリさんは、私たちに向けていた視線をあわててそらすと、立ち上がって畑に向かっていった。


「やっぱり、ムッツリさんね。
じろじろと、アリスの身体を眺めていたわよ」
「クリスお姉ちゃんが、いたずらするからでしょう!」
私は顔を赤くして、反論します。
「ムッツリさんは、私よりアリスちゃんのほうがタイプのようね。くやしいわ」
「そんなことはないわよ」
私は首を振りますが、なぜかすこし残念な感情を浮かべました。

「アリスも、ムッツリさんのことが好きなのね?」
「クリスお姉ちゃん・・・」
私は、クリスお姉ちゃんを眺めました。
クリスお姉ちゃんは、男女問わずに人気がありました。
けれども、誰かとつきあったことはありません。
どんな人が好みか聞いたことがあります。
「いいからだをして、やさしいひと」
ムッツリさんがクリスお姉ちゃんの好みに合うかよくわかりません。
「アリスはどうするの?
いいの、私が奪っても?」
「クリスお姉ちゃん・・・」
私は考えてしまいました。

私は、これまでつきあった相手はいません。
かっこいいとか、思ったひともいましたが、心が動かされたり「つきあってもいいな」と思える相手もいたりしませんでした。

ムッツリさんのことも、特に引かれているわけではありません。
やさしい笑顔や、鍛え上げられた筋肉はすばらしいですが、この町には同じようなひともいます。
ただ、クリスお姉ちゃんと楽しそうに会話している姿を見ると少しだけ胸が苦しくなります。
「嫉妬かなぁ」
けれども、その嫉妬の相手がクリスお姉ちゃんなのか、ムッツリさんに対してなのかわかりません。
それに、私はムッツリさんに対して、恋心ではなく、別の気持ちを持ったかもしれません。

物心ついたときから存在しない、父親に対する思いなのかもしれません。
お姉ちゃんたちがいたので、寂しくはありませんでしたが、父親の存在にあこがれるのは仕方がないことかもしれません。
私はため息をついて、午後からの作業を再開しました。
「今日も暑くなりそうね」
羽根付き帽子をかぶると作業を始めました。



「ようやく、涼しくなりましたね」
「そうですね」
私とムッツリさんは、あたりを見渡しながらゆっくりと歩いています。
ムッツリさんは私たちの事を心配してくれて、いろいろと話しかけてくれています。

私とクリスお姉ちゃんは、この町にたどり着いたときに、「記憶を失った」とウソを言っています。
この町や世界での習慣を知らずに誤ったことを行った場合の予防線として、斑鳩さんから教えて貰いました。
「ドラクエ3の世界なら、オルテガの例もある。
記憶喪失で通用するだろう」
ということでした。
ムッツリさんも、記憶喪失ということでしたので、親近感を覚えたのでしょうか、私たちに気軽に声を掛けてくれています。

私たちはウソを言っているので、少し心が痛みます。
私は、気付かれないようムッツリさんと話をしています。
今日は、町の外に出かけています。


最近、世界各地では、モンスター達に奪われた土地を奪還するために、動いています。
中心はロマリア王国ですが、このランシールの近くにあるアリアハン王国でも取り組まれていて、アリアハン王国の協力のもと、ランシールの東にある海岸にあったグラッドスという港町の復活を計画しています。

今回は、町の指導者と兵士さんそして、荷物の運搬等を手伝う為の住民が、動員されました。
私たちは、お金を入手するためと、モンスターとの戦闘を間近で観察することで得られる経験を積むために、手伝いに参加しました。
とはいえ、クリスお姉ちゃんは、参加できなくなりました。
「こっちの世界でも、二日目は動けないようね。
アリス、気をつけてね」
クリスお姉ちゃんは、ベッドから苦しい表情で、私に声をかけました。


昔作られた港町の廃墟に到着するのに問題はありませんでした。
道中、一度だけモンスターが出現しましたが、兵士さん達に追い払われました。
ムッツリさんは、兵士さんから借りた鉄の槍を振り回していましたが、モンスターにダメージを与えることができませんでした。

廃墟に到着すると、しばらく休憩をとってから作業を始めることになり、港の跡地の周辺で、兵士さんたちが話をしていました。
もうすぐしたら支援に到着する、アリアハンの兵士さんたちの話題でした。

「それにしても、アリアハンが手を出すとはね、どういう風の吹き回しだろう?」
「特に、アリアハンに対する費用負担がないなんて、怪しいよな」
「キセノン商会がらみじゃないの?
港町を最初に整備することから」
「ありうるねぇ」
「俺、本物のキセノンと話したことあるぞ」
「嘘くせぇ~」


「どうやら、アリアハンからのお客さんのようだ」
兵士さんの一人が、剣と鎧を装備した一団と遭遇すると、声を上げました。
「ようやく、来たか」
他の兵士さん達も、声に反応してゆっくりと立ち上がります。


「ベギラマ!」
私たちに向かってくる人たちが呪文を唱えると、炎の嵐が吹き荒れます。
「危ない!伏せて」
私の前にムッツリさんが立ちふさがり、炎の嵐を受け入れます。

「うぼーお!」
「ぐっ」
私たちの周囲にいた兵士さん達は、急な呪文の連続攻撃を受けて、次々と倒れたり、うずくまったりしています。

私たちに急襲した兵士達は、ロシア語のように話をしているようです。
会話の内容はわかりませんが、武器を持ち直したことから、私たちをしとめるようです。
ここで殺されたら、どうなるのでしょう?
見送ってくれた青年の言葉を思い出しましたが、青年の言葉が正しいのかどうかはわかりません。

「待て!」
ムッツリさんは、立ち上がりました。
「これくらいなら、ベホイミ!」
ムッツリさんは呪文を唱えると、ムッツリさんのキズが癒えてきました。
「ようやく、思い出したよ。
いいダメージだったな」



 4 合っているけど、違うから!



「ようやく、思い出したよ。
いいダメージだったな」
ムッツリさんはつぶやきます。

ムッツリさんは周囲を見渡して、状況を把握してから、私たちに襲いかかってきた人達に話しかけます。
「さて、何故襲われたのかよくわからないが、おまえ達が敵だということがわかった」
ムッツリさんは、私の方に視線を移して話しかけます。
「逃げなさい、アリスちゃん。
あとは、なんとかするから」
「でも、・・・」
私は、先ほどの戦闘を思い出してしまいました。
兵士さんたちが簡単に倒したモンスターにダメージを与えられないのに、目の前の敵になんとかすうことができるのでしょうか。
「大丈夫だよ、行きなさい」
そういって、ムッツリさんは、手にしていた鉄の槍を投擲しました。

私はゆっくりと後ずさりながら、槍の行方を確認しました。
槍は、兵士の先に飛んでいました。

「!」
兵士達が槍の行方を眺めた一瞬の隙を突いて、ムッツリさんは、兵士に飛びかかりました。
ムッツリさんは、武器を持たずに襲いかかりましたが、攻撃を受けた兵士はムッツリさんの一撃をうけ、膝をくずして、苦悶の表情を浮かべています。

ムッツリさんは、残りの兵士達が驚愕の表情を浮かべているうちに、次々と兵士を倒していきます。
「あと、3人!」
ムッツリさんが優勢に戦いを進めていましたが、急に体の動きがとまりました。
「ラリホーか・・・」
「ムッツリさん!」
倒れてゆくムッツリさんに叫びましたが、足は震えてうごきません。
兵士は、ゆっくりとこちらに向かってきます。
私は自分の最後を覚悟しました。


「あら、争いが始まっているけどなぜかしら?
やっぱり、集合時間に遅れるといけないわね。
お嬢ちゃん。あの人達は?」
私の背後から、明るい声が聞こえてきます。
鞭を手にした妙齢の女性が、こちらに近づいてきます。

「敵です!」
私は大きな声で叫んでいました。
「あらそう?」
女性は、少し首をかしげながら、
「相手の話を聞かないとわからないけど、とりあえず攻撃を仕掛ける相手なら、一度倒さないといけないね」
女性は妖艶な笑みを浮かべると、鞭を持ちなおしました。



「お久しぶりね」
「・・・。そうですね、ソフィアさん」
ムッツリさんは、目が覚めると、助けてくれた女性に声をかけました。
ムッツリさんは、眠ってからの状況をソフィアさんから聞いていました。
ソフィアさんの鞭の一撃で、兵士達が倒れたこと。
倒れた兵士達は、体の内部から光のエフェクトが発生し、体がガラスの破片のように飛び散ってあとには何も残りませんでした。
ソフィアさんは、最近出現する妙な言葉を使う人々と、その消失方法が特異であることから、この世界に干渉している別の世界からの存在を推測していました。
ムッツリさんは、ソフィアの話を聞き終わってもしばらく黙ったままでした。


ソフィアさんは、ムッツリさんに、別の話を切り出しました。
「アーベルからは、死んだと聞いていたけど?」
「先ほど記憶が戻ったばかりで、よく覚えていませんが、こいつの隠された力のおかげで爆風をそらすことができて、助かったようです」
ムッツリさんは、袋から金色のお面のようなものを取り出して、ソフィアさんに手渡します。
「ロマリア王家に伝わる財宝も、無惨なものね・・・」
「すいません」
「いいのよ、私のものじゃないし。それに、ただ保管するよりは、役にたったのでしょ?
さらにいえば、隠された力がどういったものかわかったし」
「そうですね、アーベルさんには感謝の言葉がありません」
「何をいっているの、私のアーベル達を逃がしたのは、あなたのおかげよ。
こっちこそ、ありがとうね」
ムッツリさんと、ソフィアさんが楽しそうに話をしています。
「・・・」
私は、助かったことへの喜びよりも、目の前にいる二人の楽しそうな会話に、何故か不満の表情を示しています。
ソフィアさんからあらかじめ、ムッツリさんが、自分の息子と一緒に冒険をしていたことを教えてくれました。
私はそのことを思い出しましたが、何故か冷静になることができません。


「セレンちゃんに、逢いに来ない?」
ソフィアさんは、いたずらっぽくムッツリさんに提案します。
「かなり、心配していたわよ。
ひょっとしたら、上手くいくかもしれないわよ?」
「それはないと思いますよ。
それに、あれだけのことを言ったのに、今さら逢わせる顔もありません」
「ふーん、そうなの」
ソフィアさんは、視線を私とムッツリさんとの間を交互に動かします。

「わかったわ、セレンちゃんには上手く話して置くから」
ソフィアさんは、何かを理解した表情で頷きました。
「ありがとうございます」
「献身的に看病して貰った相手に、情が移ったと話しておくわ」
ソフィアさんは理解ではなく、誤解しているようです。
「看病したのは、クリスお姉ちゃんですから」
「それは大変そうね」
ソフィアさんは、何故かムッツリさんに同情の視線を送りました。


ソフィアさんは、本来の仕事に向かうと言って、ランシールの兵士さん達と一緒に港の跡地に向かいました。
残っているのは、私とムッツリさんだけです。

ムッツリさんは、私の顔をみながら話を切り出します。
「俺は、今度は君の為に生きるよ。
だから一緒にいて欲しい」
「今度はって、何?」
私は顔を赤くしながら、それでも余分な一言に文句を言いました。
ムッツリさんは、私の文句に対して、私を強く抱きしめることで応えました。
男性に抱きしめられたのは、初めてですが、何故か懐かしい安心感のようなものが、ムッツリさんから伝わってきます。
「ムッツリさん・・・」
「俺の名前は、」
「!」
ムッツリさんの言葉の途中で、私の体が、突然光に包まれました。
「ごめんなさい、実は私も・・・」
別の世界から来たのです。という一言が口から出ませんでした。
「そうか、でもかまわない。
俺は待っている。待っているぞ」
ムッツリさんは、私の頭をなでながらしっかりした声で私に応えてくれました。
「はい」
私は光に包まれながら、意識を失いました。



私たちが意識を取り戻すと、部屋の様子が大きく変わったことに気づきます。
「アリスお姉ちゃん!」
「アリス!」
すぐそばに、サリナとエリナがいました。
そして、クリスお姉ちゃんも異世界に行く前の服装で私の近くにいました。
クリスお姉ちゃんはかなり苦しそうにしていましたが、私の心配そうな表情に気づくと、「二日目だから」と小さな声で教えてくれました。
そこまでは普通でしたが、周囲の壁に大きな穴が開いていたり、ヒビが入っていたりしています。

「いやあ、大変だったよ」
斑鳩さんが、私に近づきながら声をかけてきました。
「斑鳩さん」
「無事だったようだね。ええと・・・」
斑鳩さんの視線は宙に浮いていました。
「・・・。アリスです」
「そう、アリスちゃん。
まさか、研究所が襲撃を受けるとは思わなかったよ。
この研究所なら、警備も万全だと思っていたのに・・・」
「茂市、お前のせいだ!」
「いたっ!」
斑鳩さんは、背の高い迷彩服を身につけた女性に頭を叩かれました。

「痛いじゃないですか、・・・。
って、深垣(ふかがき)先輩じゃないですか!」
「「じゃないですか!」じゃねえ!」
深垣さんと呼ばれた目の前の女性は再び、斑鳩さんの頭を叩きます。
「お前が、このガキを連れてきたせいで、こうなっただろうが!」
深垣さんは、私たちから少し離れたところでうずくまっている少女に向かって、指さします。
「!」
綾池さんでした。

「このガキは、スパイだったのだよ!」
「そんな!」
斑鳩さんは驚愕の表情をしています。
「そんなも、こんなも、無い!」
深垣さんは、簡単に経過を話しました。

今回、第7研究所が開発したシステムの前身は、佐伯グループと呼ばれる世界規模の複合企業(コングロマリット)の子会社が独断で開発しました。
その後、子会社が問題を起こしたことで、システムは第7研究所が引き取り、佐伯グループ内では闇に葬られました。

しかしながら、システム開発に関わった研究者の1人が、システムのコピーを外国に売り払ったそうです。
システムを買い取った国は、再現化を行おうとして失敗し、対応策を練っていました。
その中で、第7研究所が別のアプローチから研究を進めているという情報を入手し、第7研究所へスパイを潜り込ませ、別の場所からシステムに介入したり、場合によっては装置を奪い取ることも計画したそうです。
そのスパイが、目の前でロープに縛られている綾池さんだということです。

「まあ、私が派遣されたからには、相手の計画は失敗しかないから」
深垣さんは、胸を張って、右手の親指を手前に突き立てて宣言しました。

「そうですね・・・。
深垣先輩なら・・・、そうですね・・・」
斑鳩さんは、悲しそうな表情をしています。
私は深垣さんの過去を知りたかったですが、斑鳩さんは黙ったままでした。


「茂市よ、お前がもてるなんて、あり得ないから」
深垣さんは、口ではひどいことをいっていますが、斑鳩さんを慰めようとしています。
「ひどいですよ先輩」
斑鳩さんは顔をあげると、落ち着いた表情を深垣さんに見せました。
「まあ、なんだ。
お前のもらい手が無いようだったら、私がもらっても・・・」
「すいません先輩。
年上には興味ありません」
斑鳩さんは、非常に申し訳無い表情でしたが、即答しました。

「茂市、お前という奴は、本当にお前という奴は!」
深垣さんは、両肩を、いえ、全身を震わせています。
「私よりも、こんなガキのハニートラップのほうがいいのか!」
深垣さんは、今にも襲いかかりそうな表情で、斑鳩さんを睨んでいます。


「ハニートラップ?
ありえない!
私たちはお互いに頬についた蜂蜜を指ですくって、なめあうだけで・・・」
斑鳩さんは、急に何かを思い出して頭をかきます。
「すまない。
確かにハニートラップだな。
君の言うとおりだ・・・」

斑鳩さんを囲んでいた人たちは全員、なんとも言えない表情をしています。
ただ、これだけは、言えます。
「合っているけど、違うから!」
と、誰もが思っているということを。
 
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