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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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食堂政談

「ですから、問題は腐敗や不正に対する監視なのです。
 少なくとも機械は腐敗や不正については無縁です」

「それこそ、考え違いもはなばなしい!
 たしかに、機械は腐敗や不正をしないだろう。
 だが、そこに関わる人間が公正であると誰がいえるのか?」

「だからこそ、機械による行政効率をあげて腐敗や不正を防止しようと言っているのです!」

「では、お尋ねしたい。
 『52番目の双子のジレンマ』はどう解消するのか?
 人間の善意による救済が現在行われているが、これは言葉を変えるとりっぱな利権になるのですぞ。
 あくまで美談であって、本質は『特定人物に行政が便宜を図った』訳で」

「それこそ詭弁です!」

 民主主義国家である自由惑星同盟は当たり前だが選挙がある。
 そして、長期間船に乗る人間の為に電子投票による不在者投票システムが整備され、投票に行った有権者は税制等である程度の優遇がもらえるようになっている。
 自分の生活が良くなれば、国政なんて忘れるのは人の常。
 最前線の辺境部に比べて首都近辺は無党派層が増えて投票に行かない者が多くなっているのだが、彼らを投票に行かせる為の餌として同盟政府は涙ぐましい努力をしていたのだった。
 民主主義国たるならば、選挙による国政参加は『権利』であって『義務』になってはならないという同盟の忘れかかっている理念がそれをさせたのだろう。
 立体TVに映し出され続けている政治屋どもの詭弁を聞きながら、ヤンは食堂であくびをした。
 彼とてこんな詭弁の放送を見たくは無いが、政治屋より下の無能どもが政権を取ったという社会実験の顛末を知っているだけに、山奥の賢者を気取らずに最低限の義務を果たそうという意識感から見続けているに過ぎない。
 ちなみに、今回の同盟評議会選挙最大の争点は行政改革で、その具体政策はアンドロイドやドロイド等の機械による行政効率化の推進だったりする。
 政治屋どもが口にしていた『52番目の双子のジレンマ』は、アンドロイドやドロイドを生み出した人形師が提唱した思考実験なのだが、商業国家で経済効率で物事を考えるフェザーンでは似たようなケースが頻発して社会問題として取り上げられていた。
 民主主義というのは、究極的な所『51人によって49人が泣きを見る』システムであり、どうやってその51人に入るかというのがその共同体における課題となる。
 だが、共同体の構成比を見ると、民主主義国家の場合その中央部である40-60人あたりはほとんど差異が無い為、9人は同じ11人の為に泣きを見る羽目になる。
 で、人間による行政の場合、義理人情や恩や社会の意思などのしがらみによって60人を助け、40人に泣きをみてもらうが同時に本来の51人にも9人を助けるために少しずつ負担をしてもらおうという形になる。
 ここに腐敗や不正の温床があり、えてして1人の為に99人が泣きをみたりなんて分かりやすい不正なんて中々出てこずに、社会から広く薄くしぼりった利権をこっそりと吸いすぎてばれるケースが後を絶たない。
 これを避ける為に機械で効率よく51人を選んでしまえばいいのだが、51番目と52番目が双子だった場合、何の比もないのに片方が助からない事になる。
 実を言うと銀河帝国の開祖ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの風潮を色濃く残しているのは、商業国家ゆえに激烈な競争社会であるフェザーンであるという笑えないオチに史学専攻生だったヤンは乾いた笑いしか出てこなかった覚えがある。

「退屈そうに見ていますね。艦長」

 コップがテーブルに置かれる音と共に紅茶の香ばしい香りがヤンの鼻をくすぐる。
 このあたりの気配の消し方といい、タイミングの計り方といい、出される紅茶の味といい、チャン・タオ上等兵は従兵を極めていた。
 今の航海である点検整備の為のバラート星系行きの後兵長に昇進して退役する事が決まっており、退役後はハイネセンポリスで喫茶店をする事にしているらしい。
 なお、准尉が必死にチャン・タオ上等兵の味を極めようとして極めきれず、お姉さまに泣きついて彼の店に一人アンドロイドを派遣する事になり、そのデータによってアパチャー・サイエンス・テクノロジー社製造アンドロイド『リトルメイド』シリーズの上位派生バージョン『瀟洒』が出る事になるのだが、専制貴族国家である銀河帝国に馬鹿受けしてフェザーン経由で販売されるという笑い話のオチとなる。
 閑話休題。

「実際退屈だよ。
 とはいえ、見ておかないとどんな馬鹿が出るか分からないからね」

 友愛党政権時代、彼らが国内政策において不正腐敗の一掃と行政効率化の推進を掲げて国防予算の仕分けを行い、その仕分け対象に『人を殺す技術のみ教えればいい』という放言の元、士官学校の史学研究科の廃止を提案したのを知っていたら、いやでも政治を見なければいけないとヤンも悟らざるを得ない。
 これらの仕分けは国防族議員と同盟政府官僚の必死の抵抗と、理念しかない友愛党議員の無能と、これらをはじめとした国政混乱による弱体化を喜んだ銀河帝国の侵攻によって完膚なきまでに粉砕される事になるがそれは別の話。
 ヤンは紅茶を味わいながら、気分転換にチャン・タオ上等兵にとりとめのない話を振って見る事にした。

「そういえば、何で我等のご先祖様は銀河連邦を名乗らなかったんだろうね。
 宇宙暦まで復活させたのに」

「私はそんな難しい事はわかりませんな」

 そういうと思ったと続けようとしたヤンの声をさえぎったのは、女性の声だった。

「おもしろそうな話をしていますね。艦長。
 ここ、よろしいですか?」

 アルテナ航海長が今後の航路予定表を持ってヤンの正面の席に座る。
 軍は、軍閥を恐れて特に士官は長くても数年単位で人事異動に晒される。
 それはヤン達も同じで、ヤンはこの航海の後統合作戦本部へ移動となり、アッテンボロー戦術長とアルテナ航海長は大尉昇進の後ヤンと同じく自由惑星同盟防衛大学校において戦略研究科にて勉強し、卒業後に少佐に昇進する事になるだろう。
 パトリチェフ副長は少佐に昇進してこの船の艦長となり、オペレータである准尉と共にこの船に残る事になる。
 出会いがあるなら別れもあるのだが、戦争をしている軍隊において別れがそのまま永久の別れになる事も多々ある。
 事実、ヤンと同期の士官学校卒業生の内既に5%が戦死や行方不明になって永久の別れを済ませていた。

「構わないよ。
 少し早いけど、私の下でよく尽くしてくれた。
 上層部はきっと君に期待しているんだよ」

「艦長みたいにですか?
 それよりも、よろしければ、先ほどの話を続きをお聞かせ願えないでしょうか」

 すっとチャン・タオ上等兵が差し出した紅茶を嗜みながらアルテナ航海長が話の続きを促す。
 なお、ヤンが見たアルテナ航海長の経歴データだと家庭の事情(父親の希望)で士官学校は戦略研究科と書いてあったので、彼女は本来別の学科に行きたかったのかもと思いながらとりとめのない話の続きを口にした。 

「そうだね。
 どうして自由惑星同盟と名乗ったのかって事さ。
 新銀河連邦と名乗っても良かったのにね」 

 名は体を現す。
 自由惑星同盟という国家は、「自由」な「惑星」の「同盟」という意味で、国家形態から言うと、連邦国家に当たる。
 その為、同盟政府と同時に星系政府の自治権がかなり強くなっている。
 まぁ、恒星間国家なんて広大な距離がある以上、中央集権国家なんて作れる訳も無く。
 その点においては貴族を置いて領主とする銀河帝国とさして変わってはいない。

「銀河連邦と名乗らずにですか。
 考えた事もありませんでした」

 このあたりの理屈を考えて探るのが史学の面白さなんだよなぁなんて思いながら、ヤンは自分が昔調べた事を楽しそうに口にする。
 やはり、艦長やるよりもこうやって誰かの為に無駄な学問を教えるのも悪くは無いなと思いつつ。

「自由惑星同盟はその設立当初の人口数から実質的な都市国家でしかなかったのさ。
 何しろ設立時人口十六万人しか居なかったんだからね。
 それが、まがりなりにも恒星間国家としての体を整えるようになったのは、銀河帝国との接触と今まで続く交戦からだ。
 その為、同盟政府は最初は調停機関として始まったんだよ。
 建国市民と後から来た市民の間を取り持つ形でね」

 そこから複数星系を支配する恒星間国家に自由惑星同盟はなってゆくのだが、その時にはじめて同盟政府は連邦政府の側面を持ってゆくようになり、同時に第二のルドルフを出さないように権力の分散も図られる事になる。
 それを主導したのが730年マフィアで、ウォリス・ウォーリック、人形師の二代に渡って統治機構の弄り直しに奔走する事になった。
 当時の同盟の問題点はハイネセンを中心としたバーラト星系一極集中と、名ばかりの星系政府に議会より行政が強いなど問題が山積していた。
 そして、730年マフィアは長い権力闘争と軍事的名声と平和の配当に自らの政治権力を消費する事で、やっと同盟憲章の改正に踏み切る。
 彼らは与えられた政治資産を保身と権力強化に使わず、かつての銀河連邦が陥った独裁という劇薬を飲まない事によって歴史に名を残す事になる。
 もっとも、こんな言葉が残っていたら、その評価も変わっていたのかもしれないが。

「使い捨ての操り人形である事を分かっていて、誰が人形として踊るんだ?
 もちろん、権力は魅力だが、あいにく俺はアッシュビーを超えられなかったのに、ルドルフになれる訳無いだろう?」

「酒も金も女も堪能できるのに、永久に統治するなんて責任負わされてたまるか!
 少なくとも、俺の政治によって同盟が滅んだなんて歴史は見たくない」

 なお、この二人の発言は当時の国防委員長のファン・チューリンが親しい者に語ったとされるが、その真偽は不明となっている。
 話がそれたが二代に渡る評議長の椅子を生贄に捧げた同盟憲章改正によって、権力の分散が飛躍的に強化された。
 軍事予算を削減して目指していた十二個艦隊制を放棄して十個艦隊に留め、その二個艦隊の予算で星系政府に警備艦隊を設置。
 さらに補助金と権限移行で地方分権に舵を切る事で、民主共和制から連法制への移行によって民主主義の芽を各星系に受えつけた。
 なお、星系政府に警備艦隊をつけた上で同盟離脱の権利も与えた事が道化師失脚の一因となるのだが、原作の無防備都市宣言なんて彼からすれば国家の無策にしか見えなかったので強引に押し通し失脚したという裏話もある。
 で、彼の後に出てきたのが友愛党政権なのだから、一時彼は本気で民主主義に固執した事を後悔したとかしなかったとか。
 こうして、各星系政府の力が付いてきた上で、各星系政府間の調停を目的とする評議会を選出し、星系政府から一人ずつ評議員を選出し、そこの投票によって行政府の長である同盟評議長が選出される形に切り替えたのだ。
 これが上院となり下院となる同盟議会は星系の人口比によって議員定数と配分が決められ、立法および予算編成に優越が与えられている。
 評議長は連邦政府行政機関を率いて省庁となる各種委員会を運営するのだが、この委員達の3/5が同盟議会議員によって選ばれ、残りは官僚によって占められる。
 そして評議長は憲法である同盟憲章の番人である同盟最高裁判事を指名するのだが、この最高裁判事の可否は上院たる評議会の承認によって決められる。
 また、同盟にとっての最重要課題である同盟外交安全保障は、評議長が議長を務め議長を除く定数の四人全員が評議員によって構成され、同盟議会によって承認される同盟外交安全保障会議によって決められ、全会一致を原則としていた。
 なお、国防委員は行政機関である国防委員会に所属しており、同盟外交安全保障会議とは別物である事に留意してほしい。

「たしか人形師の退任の台詞でしたか。
 『私は議員諸君に石もて追われる事になるが、一つだけ議員諸君に誇ってこの席を去りたいと思う。
 私を含め、730年マフィアは誰一人ルドルフにはならなかった』でしたっけ。
 あの演説によって道化師の評価が確定し、友愛党の失政によって、その再評価も始まっているとかなんとか」

 ヤンの長い説明をまとめたのは空気を呼んだチャン・タオ上等兵だった。
 事実、この国家組織による権力分散によって、道化師はルドルフにならなかったし、友愛党の失政においても政府組織が機能していたのはこの分散された権力によってなのは間違いが無い。
 そこまで黙って聞いていたアルテナ航海長が、ぽつりと自分の考えを口にした。

「もしかして、ルドルフを生み出した銀河連邦の名前を嫌ったから?」

 ヤンはアルテナの答えに笑顔を見せながら、カップに残っていた紅茶を全部飲み干した。

「そこは誰もわからないさ。
 ただ、そんな可能性も否定できない。
 そして、そんな可能性を口に出しても誰も罰する事ができないこの自由惑星同盟を、私はそれなりに気に入っているんだよ」

 その顔が不機嫌になったのは、同盟議会議員から評議員選挙に立候補したヨブ・トリューニヒト氏が映ったからだろう。
 それに気づいて、アルテナが苦笑しながら立体TVのヨブ・トリューニヒト氏を指差した。

「彼、国防族のプリンスとして、730年マフィア以来の国防族議員の評議長の椅子を狙っているそうですよ。
 この選挙に勝利したら、どこかの委員長だそうで」

 ヨブ・トリューニヒト氏は長身で姿勢の良い美男子で、服装や動作は洗練され、行動力と弁舌に優れ、国立中央自治大学を主席卒業した秀才。
 その在学中に、予備役将校訓練課程を受け卒業後軍務につき、ここでも優れた成績を収める。
 自由惑星同盟防衛大学校へ誘われたが、大尉にて退役。
 人形師の政策秘書として政治に参加し、国防族若手として同盟議会選挙に出馬、国防族票を手堅くまとめて当選し国防委員として活躍。現在に至る。

「帝国やフェザーンとの間も怪しくなっているし、人々は英雄を求めているのかもしれませんね」

 アルテナの言葉に、チャン・タオは曖昧に頷いたが、ヤンはそれに頷く事はしなかった。
 立体TVに映るヨブ・トリューニヒト氏の後ろに移る緑髪の政策秘書の姿を見つけたからに他ならない。
 人形師の政策秘書だった彼が彼の愛娘である人形達の支援を受けるのは別に問題は無いだろう。
 では、英雄に祭り上げられる彼が目指す未来とは何だ?
 友愛党政権時代から続いた帝国の侵攻は先の惑星カプチェランカ放棄によってほぼ失敗に終わっているが、きな臭くなっているのは自治領主が変わって路線変更を企んでいるフェザーンの方だとヤンは思っていた。
 その考えは、バラート星系に到着して確信する事になる。
 選挙で埋め尽くされたメディアに飛び込んだのはヘルクスハイマー伯の亡命騒動で、フェザーン回廊側で海賊と交戦し撃退した護衛の艦隊母艦コンロンを指揮していた女性はヨブ・トリューニヒト氏の政策秘書をしていた女性と同じ顔と緑の髪を靡かせていた。
 
 

 
後書き
原作を読み直して、思った以上に同盟の政治形態の記述が少なくてびっくり。 
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