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椿姫

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第一幕その四


第一幕その四

「喜びがなくしてはこの世というものは何の意味もありません。この儚い世も楽しみがなければなりません」
「そう、その通り」
「愛の喜びもまた束の間のこと、素早く飛び去ってしまいます」
「愛とは儚いもの」
「それは咲いては萎む花です」
 ヴィオレッタはここで自分の胸にある椿を見た。
「その美しさを長く楽しむことはできません。しかし今は楽しみましょう」
「貴女と共に」
「有り難うございます」
 ヴィオレッタはそれに応えた。ここでアルフレードがヴィオレッタに歩み寄り声をかけてきた。
「マドモアゼル」
「はい」
「命は何処にあるのでしょう」
「それは喜びの中にあります」
 ヴィオレッタはにこりと笑ってそう答えた。
「愛という喜びの中にこそ」
「そうなのですか」
 アルフレードはそれを聞いて考えた。ヴィオレッタを見詰めながら。それからまた言った。
「愛し合うことをまだ知らない時にはどうなるのでしょう」
「それは私にもわかりません」
 彼女はそう返した。
「私は愛を知りませんから。そして」
 ふと一瞬アルフレードから視線を離した。それからすぐに元に戻して言った。
「貴方のこともまだよく知りませんし」
「それでもいいです」
 だがアルフレードはそう返した。
「私は今までこうしたことがよくありましたから」
「まあ」
「それが私の宿命なのですよ」
 そう言いながら熱くヴィオレッタを見ていた。だがそんな二人に気付く者はここにはいなかった。歌は続いていた。
「楽しみと微笑みで全てを包み込みましょう。そこからこの楽園で新しい日が生まれるのですから」
「マドモアゼル、貴女も」
「はい」
「ムッシュも」
「わかりました」
 ヴィオレッタとアルフレードもその中に入った。そして宴はさらに盛り上がってきた。そして歌が終わったところでヴィオレッタは言った。
「皆さん」
「何でしょうか」
「ダンスを楽しみませんか。歌もあったことですし」
「ダンスですか」
 多くの者がそれを聞いてにこやかに応えた。
「はい、どうでしょうか」
「いいですね」
「それでは行きましょう」
「はい」
 ヴィオレッタも向かおうとした。だがここでその顔が急激に蒼ざめだした。
「ああっ」
 そう言ってテーブルに手を着いた。
「どうしました?」
「いえ、ちょっと」
 そう言って誤魔化そうとする。
「お酒を飲み過ぎたようで。暫くここにいて宜しいでしょうか」
「仕方ありませんから」
「それでは私達だけで」
「はい。お先に」
 こう言って客達を先に行かせた。彼女一人を残して皆舞踏の間に向かった。やがてそこから華やかな音楽が聴こえてきた。
「ふう」
 ヴィオレッタは座って一息ついた。暫くして側にあった鏡を手に取った。それで自分の顔を見た。
「何て肌の色なの」
 見てまず愕然とした。蒼白であったのだ。
「まるで雪の様。かっては赤くてかえって恥ずかしかった程だというのに」
 そう言って落胆する。そこでアルフレードが側にやって来た。
「あの」
「はい」
 それに応えて顔を彼に向けた。
「大丈夫ですか」
「ええ、まあ」
 にこりと笑顔を作ってそれに応じた。
「元気になりましたわ。お気遣い有り難うございます」
「それは何よりです。ところで」
「何でしょうか」
「いつもこうして夜遅くまで宴を開いているのですか?」
「そうですけれど」
 これは彼女の仕事でもあった。娼婦は夜の世界の住人である。だから夜にこうした場を設ける。そして客の相手もするのである。
「あえて申し上げますがお身体には」
「わかっております」
 ヴィオレッタはそう答えて頷いた。
「では何故」
「私のことは御存知でしょうか」
 彼女はそれでも問おうとするアルフレードに対してそう言った。
「それはどうなのでしょうか」
「はい・・・・・・」
 さらに問うとアルフレードは頷いた。
「勿論です。そのうえでこちらにお伺いしたのですから」
「ではもうおわかりですね」
「はい」
 だが彼はそれでも言った。
「けれど若し貴女が」
「私が・・・・・・何か」
 ヴィオレッタは顔を見上げた。
「僕のものならこのようなことは」
「させないとでも仰るのでしょうか」
「駄目でしょうか」
「面白い方ですわね」
「面白い」
「ええ。私はこの様な立場に身を置いております。そのような私に対して仰るとは」
「それが何か」
 だがアルフレードはそれにも臆しはしなかった。
「この世に貴女を愛さない者なぞおりはしません」
「誰一人としてでしょうか」
 冗談めかしてそう問うてみた。まさかとは思った。
「はい」
 しかし彼は本気で頷いたのであった。これはヴィオレッタの予想外であった。
「・・・・・・・・・」
「僕もそうですから」
「本当に面白い方だこと」
 一瞬沈黙してしまったがすぐにそう返した。
「そんなことを仰るだなんて」
「お笑いになられるのですか?」
「それが何か」
 真摯な態度のアルフレードに対してヴィオレッタのそれは何処か大人のものであった。だがその心の中はまた別であった。揺れていたのである。しかしそれは決して見せはしない。
 
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