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椿姫

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第三幕その四


第三幕その四

「ではまずこれだけ」
 そう言いながら札束を出す。
「コインに換えて下さい」
「わかりました」
 ディーラーが言われるままその札束をコインに換える。こうして彼の前にコインの柱が何本も立った。黄金色に光るそれはまるで天界の灯火のようであった。
「では賭けるか。ジェルモン君」
「はい」
 アルフレードは自分の名が呼ばれて彼に顔を向けてきた。
「いいかね」
「こちらは何時でも」
 彼は不敵に笑ってこう返した。
「いいですよ。それではやりますか」
「うむ。まずはこれだけ」
 そう言いながら柱を三本程前に出す。
「これでどうですかな」
「願ったり適ったりです」
 彼は笑いながらこう返した。
「これで暫くは生活には困らない」
「御二人でですかな?」
「まさか」
 彼はこれにはシニカルに笑った。
「一人でですよ。不実な女のことなんて」
 彼は笑いながら言う。
「どうだっていいですよ、もうね」
「そうですか」
 彼はあえてこれ以上突っ込もうとはしなかった。
「それではいいです。ではまずは私から」
「はい」
 彼はカードを交換した。続いてアルフレードが。
「私はいいです」
 男爵は自分のカードを見てこう言った。
「もういいのですか」
「はい」
 表情を変えずにこう答える。
「貴方は」
「僕は引かせてもらいましょう」
 だがアルフレードはまだ引いた。
「運が来るように」
「わかりました」
 こうして二枚引いた。そのうえで彼は言った。
「僕もこれで」
「わかりました。それでは」
 まずは男爵がカードを見せた。
「フルハウスです」
「おおっ」
 客達はそれを見て声をあげた。
「男爵の勝ちかな」
「アルフレードも遂に運の尽きかな」
 そんな話をしていた。だがアルフレードは一人笑っていた。
「フルハウスですか」
「ええ。それが何か」
「それでは僕の勝ちです」
 そう言いながら自分のカードを見せた。ストレートフラッシュであった。
「何と」
 客達はそれを見てまた驚きの声をあげた。
「またアルフレードが勝った」
「神の御加護か」
「振られた男には神の御加護があるようですね」
「それはどうでしょうか」
 だが男爵はそれには懐疑的に返した。
「そうともばかり言えませんぞ」
「おや」
 アルフレードはその言葉に挑発的なものを含めて返す。
「そうですかね」
「少なくともそこには誠意がなくては」
「誠意がない相手ならば」
「よく見極めてから言われるのですな」
 そう忠告してきた。
「案外見えていないものがあるかも知れません」
「それは確かに」
 認めるふうな言葉をここで出してきた。
「ですがそれは悪いものもあるでしょう」
「勘違いでは、それは」
「そうともばかり言えませんよ」
 その口調がさらにシニカルなものとなった。
「元々そうした人であったならばね」
「それは侮辱ですかな?」
「ほう、誰に対する?」
 男爵は次第に怒りがこみあげてくるのを感じていた。そのうえでこう言ってきたのだ。
「宜しければお話して頂きたいのですが」
「わかりました」
 売り言葉に買い言葉であった。彼も言い返した。
「それでは」
「皆さん」
 だがここで全面的な衝突とはならなかった。フローラの執事の声がしてきたのである。
「お夜食の準備が整いましたが」
「おお」
 客達はそれを聞いて声をあげた。
「今日はヒラメをメインにしましたが」
「ヒラメですか」
「とびきり活きのいいのがふんだんに手に入りましたので。シェフが腕を振るいました」
「それは楽しみですな」
「ええ」
 フランス人の美食好きはこの時でもそうであった。かつてメディチ家から嫁いできたカトリーヌ=ド=メディチが広め、そして美食王とまで謳われたルイ十四世の時に確立されたと言ってもよい。もっともナポレオンはあまり味わうタイプではなく異様なまでの早食いであったらしいがそこは人それぞれであった。
「では行きましょう、そのヒラメに会いに」
「マダム、期待しておりますぞ」
「是非御期待あれ」
 こうして客達はフローラに案内され多くが奥の部屋に入って行った。宴の場には僅かな客達だけが残った。その中にはアルフレードと男爵もいた。
 
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