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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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SAO編
  episode7 忘れ得ぬ想い


 アインクラッドの外周から覗く、美しい空。
 今は、沈みゆく太陽が徐々に大きくなる、俺の最も好きな時間…いわゆる「逢魔が時」。

 俺が森を抜け、黄泉への入り口と噂される大河へと辿り着いたのは、ちょうどそんな時間だった。

 「…にしても、ね…」

 周囲にMobのポップが無いのを確認して、ハイポーションを煽る。幸い喰らった攻撃はアバター末端に数発で、怯むほどのダメージも受けなかったので切り抜けられたが、合計すれば馬鹿にならないダメージ量だ。回復しておくにこしたことはない。

 「すげえ景色だな、こりゃ…」

 その大河は、途方もなく美しかった。
 生と死の境界となる三途の川にしては、贅沢なほどに。

 外周を沿うように流れ、しかしその端には水平線が見える。夕暮れの太陽はその水面に反射して、金色の光を散乱させる。その幻想的な美しさは、ここの名称、『境界』…生と死の境界を思わせるに十分なものだった。

 「……ここなら、なにかが起こるかもな」

 そんなことが起こるはずはないと知りながらつぶやき、それに気付いて苦笑する。

 死んだ人は、生き返らない。
 それは、絶対のルールだ。もとの現実でも…この世界でも。

 手甲の嵌った左腕を翳して夕陽を遮り、右手に握ったクエストフラグとなるアクセサリー…《思い出のブローチ》を水面へと投げ込む。夕陽を跳ね返した銀細工が、水面に入って一瞬だけ煌く。まるで
この行為に感謝を示すかのように。それを合図にクエストログが進行、無事にシステムにこの行動が認識されたことが告げられる。

 「さって、と……」

 右手を振ってメニューを呼び出す。取りだすのは、結構昔に手に入れて、今も使い続けている意外と便利なアイテム、《試行結晶》。効果は単純、結晶が使えるかどうかを確認するだけだ。だがソロプレイで『盗賊』としても活動する俺にとっては、実は使う機会は多い。

 「……使える、な」

 使用した結晶は、全結晶使用可能を示す緑の輝き。ということは、転移で帰ることも可能だ。つまりは、クエストのバトルはここまでの道のりの段階で終了だったというわけだ。何も全てのクエストにボスがいるわけでもないが、少々物足りない感は否めない。

 まあ、いい。
 もう帰るか。


 そう思って腰のポーチに入った転移結晶に手をかけようとして…その時、閃くものがあった。
 ポーチの中に入ったあるアイテムが、俺の手に当たったからだ。

 取りだしたそのアイテムは。

 「《ブラッド・ティア》…」

 今は亡きソラとの、結婚指輪だった。

 途端、俺の頭を駆け巡る推察。一般常識…もとの世界の常識で考えればありえないものだが、ここの名称である『黄昏の境界林』、そして黄泉の国への入り口と言われるこの大河の噂と、ここがゲームの世界であることを考えれば、意味が無いと断言はできない。

 いやむしろ、その可能性は高くすらあるだろう。このゲームのクエストは数限りなく多く、それをこなしてきた俺の勘は「ここでの分岐点」…裏ボスの存在を告げている。

 (…だが……)

 もしこの推理が間違いだった場合、失うのは、この指輪。
 もう二度と取り返すことのできない、かけがえのない品。

 (……どうする…)

 鼓動が、速くなる。

 (……どうする…)

 呼吸が、苦しくなる。

 クエストの始まりの言葉を思い出す。


 ―――大切な人の思い出の品を投げ込むと、もう一度会える…


 俺は。俺は。
 俺の左手が、ゆっくりと動き、ポーチから取り出すのは。


 ―――もう一度、会える…


 二人の思い出のアイテム…結婚指輪、《ブラッド・ティア》。ラフコフ討伐戦の後、ソラの指輪は見つからなかった。おそらくあの場に居らず、その後の行方の知れないPoHが持ち去ったのだろう。だから、これは俺の分の結婚指輪だ。

 これを。
 これを、投げ込めば…

 死者は、蘇らない。そんなことは分かってる。それが出来るなら、そもそもこの世界は存在しえないのだから。一年ほど前のクリスマス、一部のプレイヤーの間で囁かれた《蘇生アイテム》が存在しなかったことで、それは確定とされた。今更それを否定する気はない。

 これを投げ込んだとして、どうなるというのか。

 俺の頭の一方で、理性をつかさどる部分が冷静に語りかける。
 このアイテムを思い出に、これから先に進んでいくべきだ、と。

 その瞬間、俺の頭のもう片方で、感情を司る部分が圧倒的な大音量で叫ぶ。
 ソラに会いたくないのか、と。

 左手が、動く。

 ああ、そうだ。
 俺は、ソラの死から立ち直ってなんかいなかった。

 ソラが死んで、ラフコフを討って。
 ほとんどの知り合い達は俺が元の、ソロプレイだった頃の俺に戻ったと思っていた。

 俺自身も、戻れた…戻ってしまったのだと思っていた。
 終わったなどと言いながらも、ソラの死を悼みつつも、今までの俺に戻ったのだと。

 だが、そんなこと、出来無かった。
 忘れるなんて、俺には出来るはずが無かったんだ。

 今更思い知った。

 そうだ。俺は今、神様とやらが現れて、百人の命と引き換えにソラを生き返らせてやろうといったら、迷うことなくそれに従うだろう。百人が千人でも、一万人でも、…俺の命でも、同じことだ。何だって差し出すだろう。

 たとえ、この指輪だって。
 迷いは、ない。

 意志を固めた瞬間、左手は鋭く振り抜かれ。
 鮮血の涙の名を持つ指輪が、妖艶な黄金色に輝く水面へと吸い込まれていった。


 
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