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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第三十話 テオドラ

帝国暦 489年 7月14日   オーディン    ローエングラム元帥府   エルネスト・メックリンガー



会議室では皆が皆が溜息を吐き困惑した表情を浮かべている。問題になっているのが軍事ではなく経済ということで戸惑いも有るのだろう、私自身困惑を禁じ得ない。帝国、フェザーン、反乱軍、その三国の優良企業を黒姫が手に入れた。これが何を意味するのか……。

いや、先ずはフェザーンだ。フェザーンはその影響力を失ったとボルテックは言っていた。フェザーンは武器を失ったと言う事だろう、他者から利用される危険は無くなった、少なくなったと言う事だ。武器を持っているのは帝国と黒姫、そして帝国はフェザーンに遷都する……。やはり問題は帝国と黒姫の関係か、そこに行きつくな……。

「黒姫の頭領が得た株を帝国に譲渡させる事は出来ないのかな。……いや、その、個人に集中させるのは良くないと思うのだが……」
ケンプ提督が周囲を見回しながら恐る恐ると言った口調で話しだした。何人かが顔を見合わせている。
「それは危険ではないかな、黒姫の頭領が信用できないと言っているように聞こえるが……」
「ワーレン提督、そうではない、一般論として言ったのだが……」

ケンプ提督が困った様に口籠っている。黒姫は何度もローエングラム公に協力し多大な功を上げた、公の命の恩人でもある。根拠も無しに誹謗じみた事を言うのは許されない。ワーレン提督はその事を注意したのだろう、責めるのではなく気遣う様な表情をしている。ケンプ提督が口籠ったのもそれが分かったからに違いない。心の中はどうであれ黒姫の事を話すときには細心の注意が要るのだ。気まずい空気が流れたがファーレンハイト提督が咳払いをして話し始めた。

「帝国に譲渡させるという事は国営企業にするという事になるな。帝国、フェザーンの企業は良いが反乱軍の企業はどうだろう、反乱軍がそれを許すとも思えん。連中、株の所有は無効だと言いだすだろうな。多分、いや間違いなく所有した株は無意味なものになるだろう」
ファーレンハイト提督の言葉に皆がまた溜息を吐いた。ファーレンハイト提督は家が貧しかった所為だろう、この手の経済問題には詳しそうだ。

「黒姫の頭領が持っている分には問題が無いのか? ファーレンハイト提督」
ルッツ提督の問いかけにファーレンハイト提督が考える様な表情を浮かべた。
「さて、あそこは反乱軍とヴァンフリート割譲条約を結んでいる。交易も盛んなようだし反乱軍は黒姫の頭領を単純に敵とは認識していないと思う。やり方次第では所有を認める可能性は有るのではないかな。帝国、フェザーンの分はともかく反乱軍の分は株の所有を認めた方が得かもしれん」
何人かが頷いている。ローエングラム公も不得要領な表情ではあるが頷いていた。

「詳しいな、ファーレンハイト」
公の問いかけにファーレンハイト提督が苦笑を浮かべた。
「金では随分と苦労しております、嫌でも詳しくなりました」
「なるほど」
ローエングラム公とファーレンハイト提督の会話に一瞬だが会議室の空気が和んだ。彼方此方で苦笑めいた笑みが漏れている。

「問題はもう一つあるな。株を譲渡させた場合、黒姫の頭領に対して何を以って代償として与えるかだ。何も無しというわけにはいくまい」
ビッテンフェルト提督の言葉に皆が気まずそうにローエングラム公を見た。公は顔を顰めている。フェザーン回廊とフェザーン、それに一兆帝国マルク相当の貴金属、国債が約十二兆帝国マルクと約十五兆ディナール、譲渡させた株、アドリアン・ルビンスキー、長老委員会……。溜息が出そうだ。

「借金だけでも十二兆帝国マルクと十五兆ディナールが減ったわけだからな」
「十五兆ディナール? 反乱軍の国債もカウントするのか?」
ルッツ提督がファーレンハイト提督の言葉に驚いたように問いかけるとファーレンハイト提督が“そうだ”と頷いた。

「反乱軍を滅ぼし新帝国を作る、当然だが反乱軍が発行した国債は新帝国が責任を持って償還しなければならんだろう。国債だけじゃない、遺族年金も同様だ、全て新帝国が保障する。そうでなければ占領地はあっという間に生活苦に陥る人間で溢れる事になる。金が無いのは辛いぞ、あれは人の心を荒ませるからな」
ファーレンハイト提督の口調は苦い、皆言葉も無く黙って聞いている。

「黒姫の頭領が通貨の統一、交換比率を決めろと言ったのもそれが有るからだろう。現物だけではなく電子も対応しろと言っていたからな。そうじゃないかな、ボルテック弁務官」
ファーレンハイト提督の言葉にボルテックが大きく頷いた。

「ファーレンハイト提督の言う通りです。これは良い悪いの問題ではありません、やらなければ占領地は貧困者で溢れる事になります。あっという間に同盟市民は帝国に対し反政府活動を始めるでしょう。一つ間違うと征服しなかった方が良かった、そんな事になりかねません」

皆が顔を見合わせている、何度めだろう。しかも回を重ねるごとに疲れた様な表情になっていく。宇宙統一はそれほど難しくないと思っていた。しかしそれは軍事的にはだ。戦争だけで統一出来るわけではないという事だな、問題は山積みだ。そしてその問題を黒姫は誰よりも認識しているようだ。

「つまり十五兆ディナールの国債は有難い贈り物か、借金を払わなくて済むのだからな」
「その通りです。十二兆帝国マルクも同様です、その分だけ帝国の財政負担が少なくて済みます」
ローエングラム公が面白くなさそうに問いかけるとボルテックが生真面目に頷いた。公の表情が益々渋いものになった。

「小官は積極的に株の所有を認めるべきだと思います」
「!」
私の言葉に皆が驚いた様に視線を向けてきた、ローエングラム公もだ。これほどまでに注目された事は一度も無い、突き刺さる様な視線が痛い、だが言わねばならんだろう。

「以前、イゼルローン要塞のケスラー提督と話した事が有ります。黒姫の頭領はヴァンフリート割譲条約によって辺境星域と反乱軍を経済的に結び付けて一つの経済圏を作ろうとしているのではないかと。それによって辺境星域を発展させようとしているのではないかと……」
私の言葉に皆が頷いた。この事は皆も知っている事だ。

「しかし認識が甘かった、いや黒姫の頭領を過小評価していたのかもしれません」
「どういう事だ、メックリンガー」
ローエングラム公が問いかけてきた。口調も厳しいが視線も厳しい、何ともやり辛い事だ。

「彼はローエングラム公による宇宙の統一を強く進めています。政治的な国境を無くそうとしているのでしょう。そして彼自身は経済的な面での国境を無くそうとしているのではないかと思うのです。彼の真の狙いは帝国、フェザーン、反乱軍の経済を一つに繋げ、それによって経済面で宇宙の統一を図ろうとしているのではないでしょうか。その大きな流れの中で辺境星域を発展させようとしている……」
彼方此方で唸り声が、“なるほど”という声が聞こえた。ローエングラム公も何度か頷いている。

「経済的な利が有れば敵対していても協力は出来る、ヴァンフリート割譲条約を見ればそれが分かります。黒姫の頭領は宇宙の統一は政治的な統一だけでは不十分で経済的な統一により利を生みだす事が必要と見た、小官にはそのように見えます」
「……」
皆が黙って聞いている。ケスラー提督、卿と話した事は無駄ではなかった。卿の見識が今の私の発言になっている。出来れば今此処で卿と話したいものだ。

「帝国、フェザーン、反乱軍の企業を手に入れたのもそれらの企業を使って交易を推し進めようと考えているのでしょう。黒姫の頭領が利を生み出せばそれに続くものが必ず現れる、新帝国内で帝国、反乱軍、フェザーンの経済交流が活発になれば新帝国が経済的に一つに繋がる、そう考えているのではないかと思うのです」
「……」

「統一後には通商を管轄する省庁を作りボルテック弁務官を担当者にすべしと進言した事もその表れだと思います。……ボルテック弁務官、卿がその立場に就いた時、経済界で最も頼りになる人物は誰かな、黒姫の頭領ではないかな?」
私の問いかけにボルテック弁務官が苦笑を浮かべた。

「確かにそうですな。彼には色々としてやられています、思う所は有りますが頼りにはなるでしょう。メックリンガー提督の言う通りです、彼との協力関係が必要不可欠になると思います」
「安心して良い、してやられているのは卿だけではない、我々も同じだ。つまり卿と我々は有る一点を通じて仲間だと言う事だな。そう思うと妙に親近感が湧くよ」
私の言葉に会議室に笑い声が満ちた。皆が苦笑をしている。

「幸い彼はローエングラム公に協力的です、敵対しているわけではない。今度の戦いでも共に戦うと言っている。彼を積極的に受け入れ新帝国を安定させるために利用すべきです」
「……彼が危険だとは思わないのか、メックリンガー」
ローエングラム公が顔を顰めながら問いかけてきた。

「大変危険です、何と言っても宇宙一の根性悪でロクデナシなのです。しかし愚かではありません。こちらと敵対すれば損だという事は理解しているはずです。我々にとっても彼を敵に回す事は得策ではない、そして協力し合えばお互いに利が有る事も分かっています。協力は出来るでしょう……」
扱いは難しいだろう、飢えたトラ並みに危険だし年老いた狐のように狡猾だ。だが扱いを間違えなければ問題は無いはずだ……、溜息が出た、何故だろう……。



帝国暦 489年 7月14日   フェザーン    アルツール・スウィトナー



ぞろぞろと十人ほどの男達が連れられてきた、全員後ろ手にされ手錠をかけられている。そしてその両脇を黒姫一家の男達が警備していた。捕えられた男達の表情が冴えないのは落胆の他に催涙ガスを吸った事による影響も有るだろう。あれを吸うと咳、くしゃみ、涙、嘔吐が酷いからな。とてもじゃないが抵抗など出来ん。

最後尾には恰幅の良い中年の男の姿が見えた。あれがルビンスキーか……、写真では見た事が有るが実物は初めてだ。精彩は欠いているが抜け目なさそうな表情をしている、油断ならない顔つきの男だ。これで精気に満ちていればふてぶてしい印象の男になるだろう。こっちを見たな、おやおや表情が厳しくなった、気付いたか……。

それにしても旨い所に隠れたもんだ。政府所有の秘密地下シェルターのさらに下に隠れ家を用意するとは……。黒狐の巣籠りか、もっとも隠れてどうするんだって話も有るな。安全かもしれんが表には出られない、影響力は限定されるだろう。素直に降伏して協力する、それによって影響力を残す、そうは考えられなかったものかね……。

目の前にルビンスキーが来た。
「ルビンスキー自治領主、いや自治領はもう無いから元自治領主かな。お初に御目にかかる、黒姫一家、アルツール・スウィトナーだ」
「……」
おいおい、無視かよ。相変わらず表情は厳しいな、答える余裕もない、そんなところか。

「私を裏切ったのか、ドミニク。先にルパートを裏切り今度は私を裏切ったのか」
「裏切ったんじゃないわ、見限ったのよ」
男の声は熱を帯びていたが女の声は気だるげだった。どうでも良い、そんな感じだな。相手に対する関心など微塵も感じられねえ。

「自分より劣る人間の事は理解できるって言っていたけど、そうでもないみたいね。もしかすると貴方は自分で思っている程賢く無いのかもしれない……。どちらかしら?」
「貴様……」
嘲笑しているわけではない。しかしルビンスキーにとっては嘲笑を受けるより屈辱だろう。身体が小刻みに震えている。

そんな男の姿を見て俺の隣に居る女が微かに苦笑を浮かべている。ドミニク・サン・ピエール、結構きついな、この女。ルビンスキーの表情が屈辱で歪んでいるぜ。この二人、元は愛人関係に有ったらしいが到底信じられん。ルビンスキーも趣味が悪いとしか言いようがないな。

「嘘じゃあないぜ、彼女が俺達の仲間になったのは一年も前の事だ。あんたは気付かなかったようだがな」
「一年……」
ルビンスキーが俺の言葉に愕然としている。哀れな奴、お前の不幸は親っさんを敵に回した事だ。

「ルビンスキー、お前さんは間違ったんだ」
「間違った?」
「ああ、間違った。俺達がフェザーンに事務所を開いた時、詰まらねえ小細工をして仕事が来ねえようにしただろう? 自分の力に大分御満悦だったそうじゃねえか」
「……」
黙り込むなよ、まあ自分の指図じゃねえなんて言うよりはましか……。

「あのなあ、親っさんはな、俺達にフェザーンで商売しろなんて一言も命じてねえんだ」
「何だと?」
「親っさんはな、俺達にお前を見張れと言ったんだ。いずれ帝国はフェザーン、同盟を滅ぼして宇宙を統一する、その日までお前を見張れってな」
「……」
俺の言葉にルビンスキーは呆然としている。

「だからな、フェザーンでの商売はお前の目を晦ます芝居だったのさ。仕事が無くても全然構わねえ、お前を油断させることが出来るならな、笑えるだろう?」
「……馬鹿な」
ルビンスキーが信じられないといった表情をしている。その顔が可笑しくてつい笑い声を上げちまった。ドミニクも一緒に笑い声を上げている。ルビンスキーの表情が益々屈辱に歪んだ。

「親っさんがお前の事をこう言っていたぜ、自分の力を見せつけ優越感を感じていないと安心できない男だってな」
「……」
「喧嘩の下手な男だとも言っていたな、今のお前なら分かるだろう?」
ルビンスキーが呻き声を上げた。

「分かったでしょう、何故貴方を見限ったか。所詮貴方は嫌がらせをするのが精一杯の男、それに比べて黒姫の頭領は宇宙の統一を考えて動いている。貴方が勝てるわけないわね」
「……貴様」
「貴方じゃ満足できないの、見ていて詰まらないのよ、御免なさいね」
そういうとドミニクは含み笑いを上げた。怖ええ女だぜ。

「ボルテックが、地球教が失敗したのはお前の所為か!」
ルビンスキーの怒声にドミニクが詰まらなさそうに苦笑した。その姿を見てルビンスキーが更に激高した。掴みかかろうとして男達に取り押さえられる。この女、男を苦しめるために生まれてきたような女だな。

「違うわ、黒姫の頭領はね、何もしなくて良いって言ったの。フェザーンを潰すその日まで何もするなって。その日が来たら迎えを出すから連絡しろって……。そうじゃなきゃ、何処かで貴方は気付いていた。そうでしょう?」
「……」
今度は声を上げて笑った。

「楽しかったわよ、貴方と黒姫の頭領の戦い。貴方の動きを的確に読んで一つ一つ潰していく。動けば動くほど貴方は追い詰められていく……。そして最後に私でチェック・メイト。冷徹で緻密で、そして意地悪……。最高よね!」
また笑った。怖い女だぜ、親っさんってこういう女にも好かれるんだ……。

「……ドミニク」
名を呼ばれて女が首を横に振った。
「テオドラよ、貴方を見限ったその日から私はテオドラなの。黒姫の頭領が最初にくれた贈り物は新しい名前、……素敵でしょう?」
「……テオドラ……」
ルビンスキーが呻き声を上げるとテオドラは楽しそうに笑い声を上げた……。


 
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