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とある誤解の超能力者(マインドシーカー)

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第2話 合格発表の会場で

牧石は、高校入試の合格発表の会場にいた。

牧石はこの高校を受験すると発言したときに、担任の先生や親から強い反対を受けた。

牧石の内申書の成績は、合格水準にかろうじて届く程度であったこと、牧石の模試のテストの結果が毎回大きく上下していることから、教師たちは、「ひとつ水準を落として確実に合格を目指せばいいのでは」と牧石を説得した。

しかし、牧石は受験校を変更することは無かった。
牧石が受験校を決めた最大の理由は、彼の視線の先にいる一人の少女に関係していた。

まっすぐに流れるような黒い髪。
綺麗と言うよりも、かわいいと言った表現のほうが似合う、小さな丸い顔。
体型も小柄で、まだ少女から女性への変貌は見せていない。

とりたてて、美少女ではないけれど、中学2年の時に同じクラスになったとき、牧石は彼女冴嶋(さえじま)佳奈(かな)に一目惚れをした。

彼女はおとなしい性格で、あまり人に話しかけることもなかった。
牧石も、あまり女性と話すことが苦手であるため、こちらから話しかけることもほとんどなかった。

彼女と話す機会は少なかったが、その中でも理性的で回転の速い頭脳は、会話の中で読みとれた。
牧石は、いつのまにか、彼女の方に視線をむけていることに気がついた。
結局、自分から話しかけるきっかけをつかむことなく、3年生となり、牧石と冴嶋とは別のクラスとなった。

彼女と話す機会は失ったが、それでも彼女への想いは変わることは無かった。

彼女が県内一の公立進学校を志望校にしていることは、中学校3年からクラスメイトになった、瑞穂(みずほ)一樹(かずき)から聞いた。
瑞穂は、広範で膨大な知識を有しており、穏和な性格も合わさって、生徒のみならず、教師からも敬意を払われていた。

瑞穂は、ほかのクラスメイト達とは一定の距離をとって接していたが、牧石に対してだけは、親しく話しかけていた。
牧石は、当初そのことを疑問に感じていたが、いつしか気にしなくなった。

瑞穂は牧石が冴嶋に好意を寄せていることを、牧石から聞き出すと、小学校が同じことを理由に、牧石に対して冴嶋の情報を提供するようになった。

ちなみに、瑞穂もその学校への進学を望んでおり、牧石は瑞穂と一緒に受験することにしたのだ。


牧石は瑞穂と一緒に、腕時計を見ながら、正午の合格発表を待ち続けていた。
「牧石、覚悟を決めたか?」
「ああ、テストでは死力を尽くした。
悔いはない」
牧石は、この高校にしか受験していない。
不合格なら、2次募集を行う学校を受験するしかない。
そうなれば、二度と彼女と会うこともないだろう。



正午のチャイムが、目の前の校舎から鳴り響き、教師と思われる人たちが、手にしていた丸めた紙を広げ、即席の掲示板に張り付けた。
掲示板に人が集まり、多くの歓喜の声が聞こえる。

牧石は、決意を胸にして、たった今張り出されたばかりの掲示板に、自分の受験番号があるかどうかを確認する。
「良かったな、牧石。合格おめでとう」
瑞穂は牧石の肩に手を置いてもう片方の手で、掲示板の一点を指し示す。

「420番」
牧石の受験番号だ。
もう一度、自分が手にしている受験票の番号を確認する。
「420番」
間違いなく、牧石自身の受験番号だった。

牧石は瑞穂の手を振り払うと、瑞穂に向き合う。
「おめでとう、牧石」
瑞穂はもう一度祝ってくれた。
「瑞穂は?」
「一つ上を見てみろ」
420番の一つ上は419番であった。
瑞穂は牧石の受験した席の、一つ前の席で受験していた。
「……おめでとう、瑞穂」
「まあ、当然の結果だ。
・・・・・・弟子が合格して、師匠が不合格などというオチは不要だ」
瑞穂は牧石にとって勉強の師匠であった。



受験に向けて、牧石は瑞穂と一緒に勉強をしていたが、実際に受験勉強をしていたのは牧石だけで、瑞穂は牧石を相手にして、人に物事を教える勉強をしていた。

瑞穂の話では、牧石の最大の欠点として、「早とちり」を指摘していた。
「設問を誤解すれば、誤った答えしか出ない。点数が大きく上下する理由はこれだ」
「そうか」
「裏を返せば、適切な推測さえできれば、いわゆる「一を聞いて十を知る」状態になるので、君の方法を全て否定するわけではない」

瑞穂は牧石を見つめると、
「逆に、解答速度の向上という面では、必要不可欠だ。あとは、正しい解答を得るためには何が必要で何が不要かを見極めればいい。それは、人生経験を積むしかないだろうがな」
瑞穂は、眺めていた本を閉じると話を続ける。

「まあ、君の解答速度なら、全ての問題を解いてから問題を読み直しても、問題ないだろう」
「瑞穂の速度には、かなわないけどね」

瑞穂は試験の時間はいつも半分の時間で終わらせて、残された時間はいつも寝ていた。
それは高校入試の時も変わらなかった。
「まあ、俺の事は気にするな。
牧石には、牧石の目的を果たせばいい」
「ありがとう瑞穂」
「お礼なら、合格してみせる事で応えてくれ」
「ああ、そうだな」
牧石は、瑞穂の指導を受けながら勉強を続けた。
それは、合格という結果で報われた。



「師匠か。そうだな、瑞穂」
「そういうことだ。それに」
瑞穂は視線を、牧石の右側に移す。

「佳奈も合格している」
視線の先には、冴嶋佳奈がいた。
彼女は、喜びに満ちた表情で、牧石たちを見ていた。
「かずき~。
どうだった?」
牧石は、冴嶋の話し方に驚愕する。

冴嶋は、クラスで親しい友人にもそのような話し方をしたところを、聞いたことがない。
しかし、彼女の表情はこれまでに無く、生き生きとして、瑞穂に見せるまぶしい笑顔は、牧石に新たな衝撃を受けた。
恋に落ちる瞬間だった。
想いを寄せる相手を、さらに好きになるなんて。



「合格だ」
瑞穂は彼女の口調の変化に驚くことなく、いつもの表情で答えていた。
「おめでとう、かずき!
まあ、当然か。
私は一樹の、お、……お、お師匠さんですから」
冴嶋は、会話の途中で、瑞穂が冷酷表情に豹変した事に気づくと、急に言葉をとめ、言い直した。
瑞穂は、一瞬だけ表情を厳しくしていたが、すぐにいつものやさしそうな表情に戻していた。
「そうだったな。
まあ、今日は良いけど、高校でも、これまでどおりに接してくれ」
「えー、いいじゃない、かずき」

冴嶋は、瑞穂の腕をつかんで組み付くと、不満そうに、口をへの字にする。
「だめだ、小学校のときのように、いろいろと巻き込まれるのはごめんだ」
「かずきのケチ……」
彼女は瑞穂の腕を組んだまま、不満をもらすが、瑞穂は彼女を無視して牧石の方に視線を動かし話しかける。
「牧石。
合格したのだから、あらためて佳奈を紹介しよう」
冴嶋は、牧石の方を眺めると、頬を染めて瑞穂に絡めていた腕をふりほどく。


「必要ない」
牧石は、瑞穂をにらみつけ、断言する。

「……」
牧石の表情や言葉の変化にいち早く気がついた瑞穂は、急に押し黙る。

「……そうか、瑞穂。
ようやくわかったよ」
牧石は、目の前で見せたふたりのやりとりで確信した。
「?」
「何を言っているのだ」
牧石の言葉に、冴嶋は困惑の表情をみせ、瑞穂は、僕に質問する。

牧石は二人にかまわず、自説を披露する。
「なるほどね。
絶望させるためには、一度持ち上げてからたたき落とすのが効果的だと、誰かが言っていたが、これほどひどいとは思わなかったよ」
「なんの話だ?」
瑞穂は、端正な表情をゆがませる。
「合格した喜びを、一緒に通学できる希望を与えておきながら、仲の良さを見せつけて地獄につき落とす。
すばらしい、シナリオだ。
さすが、一樹だ!」

牧石の表情は、憎悪にゆがんでいただろう。
しかし、牧石は瑞穂に指摘しなければ、この先生きることはできないと確信していた。
牧石が必死になって目指していたものは、すでに友人だと思っていた人の手に渡り、その人は牧石の気持ちを知りながら、がんばっている姿を裏で笑っていたに違いない。
牧石は、そう判断を下した。


「おい、待て。
早とちりだ!」
瑞穂は、牧石の考えを読みとったのか、両腕を牧石の肩において、説得を試みた。

「何が違うのだ、」
牧石は、瑞穂の手をふりほどき背を向ける。
「だから、だから俺たちは、お……」

牧石は、瑞穂の説明を聞くことなく、校門の方へ駆け出す。
言い訳なんて聞きたくない。
牧石は他の高校を受験していない。
牧石は二人のことを意識しながら、学校に通うことになる。
どう考えても、これからの高校生活に明るい希望など何もないのだ。

牧石は、校門を走り出してすぐ、右側から強い衝撃を受けた。
体が、急に宙を舞う中で、牧石の視線が衝撃を与えた対象に動いていた。
「トラックか……」

牧石の意識はここで途絶えた。



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牧石は、前の世界での最後の記憶から、目の前の扉に意識を戻す。
「……」
牧石の目の前にある扉は、一向に開く気配を見せないでいる。
「……」
牧石は、未だに開錠されることのない扉を開けることを意識しながら、意識が回復したあとの事を思い出していた。 
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