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魔術QBしろう☆マギカ~異界の極東でなんでさを叫んだつるぎ~

作者:ラック
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第2話 これだけは伝えておこうかな

 風景が不気味に歪んでいる。ありえざる光景が、周囲に満ちている。
 幾つもの通路や階段が、エッシャーの騙し絵の如く三次元の法則を無視して配置されていた。壁という壁には、抽象画の様な模様が毒々しく描かれていた。中空には、無数の意味不明な記号が浮かんでいた。

 ここは魔女の結界。絶望をもたらし、呪いをまき散らす怪物、魔女が隠れ潜む場所。魔女の分身、使い魔が無数にひしめき合い、人間をおびき寄せて餌食(えじき)とする(わざわい)の巣。
 その最奥に、赤い外套を羽織ったインキュベーターが立っていた。手、もとい耳毛に握るのは黒塗りの洋弓。紅い瞳が見据える先にいるのは、この結界の主たる存在。

 その姿は、あえて言うならばカマキリに似たシルエットをしていた。ただし、頭に当たる部位は羅針盤の様な形になっており、手に当たる部分は巨大な矢印の形をした刃。10メートルはあろうかという胴体は古びた木彫り細工の様で、黒くて針金の様に細い足が何十対も生えている。
 およそ既存の生物とは全く異なる、無機質な姿。それにもかかわらず、それは凄まじい悪意を放っている。

 それこそが魔女と呼ばれる存在。祈りと希望を見失った、魔法少女の成れの果て。人間であった頃の面影を全く残さないその怪異を、白い獣は鷹さながらに鋭い(まなこ)で捉えている。

 先に動いたのは、魔女の方だった。矢印型の剣になっている右腕が振りかぶられ、インキュベーターへと一刀が放たれる。金属的な輝きに反して鞭の様にしなやかな動きを見せるその刃は、その刀身を伸ばしながら真っ直ぐ獲物へと迫っていく。
 一方、狙われる側はその太刀筋を静かに見つめていた。そして、魔女の兇刃がインキュベーターを捕らえんとした、その刹那、インキュベーターはその身を(ひるがえ)す。それだけの動きでインキュベーターは魔女の右腕を逃れ、獲物を見失った刃は床に深々と突き刺さる。よけられたことを認めた魔女は、新たに左腕で斬り掛かった。それを赤い外套のインキュベーターは、耳毛で後ろにとんぼをきって回避する。2度も攻撃をかわされ、魔女はしゃにむに刃の腕を放つが、とんぼ返りを続けるインキュベーターを捕らえられない。

 何度目かかわしたところで、いつの間にかインキュベーターの右前足に弓が、尾には武骨な剣が握られていた。とんぼ返りの途中、耳毛を地に着けて体を上下反転させた格好で、インキュベーターは弓に矢を番えて放つ。しかし、その一矢は魔女をそれ、その足元に突き刺さった。それを気にした風もなく、鷹の眼のインキュベーターは間合いを取りながら弓を引き続け、何処から出しているのか剣の矢を飛ばし続ける。文字通りに矢継ぎ早の勢いで射られる矢は、その何れもが魔女ではなく見当違いの場所に刺さり続けた。

 その有り様に魔女は何かを思っているのか、いないのか、それまでとは違った動きを見せる。矢印型の刃を掲げたかと思えば、それをインキュベーターへと突きつける。刹那、周囲に浮いていた幾つかの記号が動き出し、矢印が指す方へ、即ちインキュベーターの方へと殺到する。弾丸もかくやという勢いで飛んでくるそれらを見て取れば、インキュベーターはとんぼ返りを止めて鋭く前を見据える。その前足と尾には弓と剣は既になく、代わりに耳毛に黒と白の中華剣を握っていた。
 そして、魔女の弾丸が赤い外套のインキュベーターを撃ち抜かんとした瞬間、インキュベーターの刃が閃きを見せる。剣舞さながらに振るわれる双剣は、記号の弾丸を易々と打ち落としていき、一切その身に寄せ付けない。魔女はその攻撃が通じないことを見て取ると、再び腕を掲げてインキュベーターに突きつける。すると、先刻同様に宙を漂う記号がまた動き出した。しかし、その規模は大きく違う。戦い合う両者の周りに浮かぶ記号、その全てが動き出したのだ。

 流石にその数を捌くことは無理だと判断したのか、インキュベーターはすぐさま身を翻し、魔女から離れんと走り出す。間をおかず、その小さな体を追うようにして記号の群れが飛び出す。脱兎のごとく駆けていくインキュベーターは、進行方向から来る弾を潜り抜けたものの、窮地を脱していない。よけた記号は途中で反転し、インキュベーターを追う弾丸の群れに加わってしまうためだ。そして、いつの間にか魔女の凶弾は、全てが赤い外套の背を追う形になっていた。それを確認すると、インキュベーターはおもむろに振り返り、耳毛を突き出す。
I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)――」
 その口が言霊を紡ぎだした時、その奇跡は形を成し、顕現した。
「“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”!」
 刹那、巨大な赤い花が咲く。突き出された耳毛から7枚の赤い花弁が壁の様に展開され、インキュベーターを守護する盾となった。魔女の放った無数の魔弾は、花弁の盾に阻まれて1発たりとも通り抜けることができない。
「ふむ、他に攻撃手段はないようだな」
 確認するように、鷹の眼のインキュベーターが呟いた。鉄の刃の如き無機質で冷たい眼差しを向け、一言口にする。

壊れた幻想(ブロークンファンタズム)
 その言葉が放たれた瞬間、空気が変わった。紅い外套のインキュベーターが放った矢、魔女を囲むように突き刺さっていた剣が、一斉に爆発したのだ。耳をつんざく轟音と高熱を帯びた爆風が虚空を震わせ、その威力は魔女に噛みついていく。
 甲高い悲鳴が上げられた。苦痛に満ちた声が、爆音を覆わんばかりに鳴り響く。それを認めるが早いか、インキュベーターはまた黒塗りの弓と2振りの剣を耳毛に握り、矢として射る。

 すると、先程は全く当たっていなかった矢は見事に魔女の両腕を捕らえた。その狙いの正確さは、明らかにそれが偶然でなく実力によるものであることを告げている。先程までの狙撃は、当たらなかったのではなく魔女に当てるつもりがなかったのだ。魔女への牽制のため、そして罠を仕掛けるために。
 そして、それを放ったインキュベーター自身は魔女へと駆け出し、跳躍する。
壊れた幻想(ブロークンファンタズム)
 そして、先程と同じ言葉が告げられ、魔女に刺さった剣が爆発した。その爆風をパラシュートの如くインキュベーターの外套が受け、その跳躍を更に高める。

「―― I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)
 魔女の頭上5メートル辺りを舞うインキュベーターが、耳毛に新たな剣を握る。螺旋状に捻じれた、大振りの歪な西洋剣。魔女を眼下に見据えながら、それが弓につがえられる。途端、強大な威力がその剣に集中していった。
「“偽・螺旋剣(カラドボルグ)”!」
 言葉とともに、矢が射られた。烈しい雷電をまといながら、放たれた剣は魔女へと一直線に突き進む。魔女にそれを防ぐ手段はなく、螺旋状の刃は魔女の頭を突き破った。
 荒れ狂う雷は魔女の身体を噛み千切り、着弾の衝撃は魔女の血肉を吹き飛ばしていく。そして、魔女の身体を貫いていく刃がその体の中心に達すれば、その刀身が爆ぜた。大爆発により魔女を粉微塵に砕け散り、主を失った結界も揺らいで消えていく。その揺らぎが収まった時、周囲は何の変哲もない夜の公園へと変わっていた。

 後には、勝者たる鷹の眼のインキュベーターと、そして黒く、絶望の気配を漂わせる結晶の様なものが残される。そして、インキュベーターはその結晶を耳毛で拾い上げた。その丸く、下側に針状の棘、上側に取っ手の様なものが付いた結晶、“グリーフシード”を見て、インキュベーターは僅かな憐憫の色を瞳に浮かべられる。しかし、それも一瞬。すぐにその眼は鷹の様なそれに切り替わる。
同調、開始(トレース・オン)
 短く告げられた言葉とともに、グリーフシードの放つ気配が変わった。そこに秘められた絶望の深さとでも呼ぶべきものが、より強まっている。

「あー!?」
 耳毛の中のグリーフシードの変化をインキュベーターが確かめていると、彼の背後に新たな影が現れた。
「もう、また先越されちゃった」
 それは、1人の少女だ。10代前半と思わしき、ドレスと軍服の中間の様な格好をした少女が、憮然とインキュベーターに駆け寄ってくる。少女とインキュベーターの距離が縮まる中で、少女の服が俄かに光に包まれだした。やがて、少女が外套のインキュベーターのすぐ傍まで来ると、彼女の服は何処かの学校の制服らしきものに変わっており、その手には卵型の宝石が握られていた。魔法少女の証たるその宝石、“ソウルジェム”を握りながら、少女はインキュベーターに恨めし気な視線を送る。それに対し、赤い外套のインキュベーターは肩ならぬ耳毛をすくめて見せた。

「別に競争しているわけではないと思うがね?」
「そうだけど、苦労して使い魔倒してきたと思ったら、ボスはもう倒されてるんだよ? 釈然としないじゃない」
「くっ、それは悪かったな」
 少女は腹立たしげに言うものの、インキュベーターは獣の顔にシニカルな笑みを浮かべることで応じるだけだ。そして、先程手に入れたグリーフシードを少女へ差し出す。
「では、お詫びとして進呈しよう」
「もう、ならありがたく受け取っておきますよ」
 暖簾に腕押しの様なインキュベーターの態度に、少女は溜息を吐きながら苦笑した。そして、彼女がソウルジェムにグリーフシードを近づけると、ソウルジェムから濁りの様なものが抜け出て、グリーフシードに吸い込まれていく。すると、ソウルジェムは眩いばかりに輝き、逆にグリーフシードは僅かに暗い気配を濃くさせた。その両者を、少女はしげしげと見比べる。
「いつも思うんだけど、何で貴方からもらうグリーフシードだと穢れがよく取れるの?」
「企業秘密、と言わせてもらおう」
「ケチ」
 インキュベーターのはぐらかしに、少女は不満げな声を上げた。それから、少女は何処か躊躇うような表情を見せる。

「あのさ」
「む?」
「実は私、引っ越すことになったんだ。お父さんの転勤で」
 神妙な態度で言う少女に、インキュベーターは感情をうかがわせない顔になる。
「そうか」
「そうかって、それだけ?」
「それだけとは?」
「だけとはって……もっと、ほら、寂しくなるなとか、何かないの?」
 そこまで言うと、少女の表情はしまったと言わんばかりのものに変わる。
「ほう? つまり、私に何か言ってほしかったということか」
 そして、インキュベーターは眉毛のない顔ながら表情を意地悪く歪めた。一方で、少女はその頬に赤みを差す。
「そ、そういうわけじゃなくてね」
「くっ、君が私との別れを惜しんでくれるとはな」
「もうっ、違うって言ってるでしょ!?」
 少女の憤慨を受け流し、インキュベーターは表情を引き締める。

「決して、膝を屈するな」
「え?」
 唐突なインキュベーターの言葉に、少女は虚を突かれた声を上げた。
「新しい土地では、その土地や近辺で活動している魔法少女もいるだろう。日常においても、新しい環境には戸惑いがつきものだ。だが、決してそれに挫けるな」
 真摯な態度で言葉を続けるインキュベーターに、少女もまた真面目な顔で聞き入る。
「だが、どうしても進むべき道を見失ってしまうのなら、一度自分の原点を振り返ってみるといい」
「原点?」
「そうだ。もし今の自分の姿に絶望することになったのなら、今ではない過去にも、一度目を向けてみればいい。それで過去の己の無知に苛立つこともあるだろう、自己嫌悪も覚えるはずだ」
 しかし、とインキュベーターは続けた。
「無知であるからこそ、かつての自分の姿に何かを見出せることもある。きっと忘れていた何かを、答を得られるかもしれんぞ?」
 そう言って締め括ったインキュベーターの言葉を受け、少女は頷く。
「うん、解ってる」
 そう言った少女の表情は、力強い笑顔だった。

「私は、魔女から皆を守る魔法少女だもの。絶望なんかに、負けたりしない」
「ふ、ならばいいのだがね」
「もう、ちょっとは信用してよ!」
 不満気に少女は言うが、やはりインキュベーターが返すのは皮肉気な言葉だ。
「いや、なに。なんだかんだで君の戦闘経験は多いとは言えんし、色々と不安なのでね」
「もう! それはいっつも先回りして魔女倒しちゃうからでしょ!」
 そう彼女が怒ると、一転してインキュベーターは優しい目を向けてくる。
「だが、君は強い。私の指導にも、挫けずについてきた。君なら、何処へ行ってもそうそう後れを取ることはあるまい」
「え?」
 不意打ちの賞賛に、少女の紅潮した頬が更に熱を持つ。
「も、もう! そう思ってるなら、いちいち皮肉言わなくてもいいのに!」
「いやなに、これからは私が手助けするわけにもいかんのだからね。あまり甘やかすことばかり言うわけにもいくまい?」
「まったく、もう……」
 諦めたような溜息を吐きながらも、少女が浮かべるのは笑顔だった。そして、少女は踵を返しながら外套のインキュベーターに別れを告げる。
「それじゃあ、元気でね、しろう。あんまりキュゥべえと喧嘩しちゃダメだよ?」



投影開始(トレース・オン)
 呪文を詠んだしろうの耳毛に、一振りの剣が現れる。黄金色に輝く、下方に同じ長をした三叉の短い刃を、上方に中心だけ長く伸びたやはり三叉の刃を持つ剣。その銘は“倶利迦羅剣(くりからけん)”。仏道における明王の中心、不動明王が持つという諸悪魔を降伏(ごうぶく)し、一切衆生を煩悩より救うという降魔(ごうま)の利剣。本来は仏尊、神霊に近い存在が持つ剣だが、信仰の伝承上は人間に使われることもあるとされる。そのため、魔力は比較的多めに使うものの投影は可能だった。

 その人々を苦しみから救うという特性から、正義の味方に絶望していた頃には使う気になれなかった剣だが、今は特に抵抗なく手にできる。答えを見つけてからは、我ながら色々なところで変わったものだと思う。微笑を口許に浮かべながら、しろうはその霊剣を振りかぶった。刹那、倶利迦羅剣の刀身が炎に包まれる。それがこの剣の能力の1つ。不動明王の光背である火炎、迦楼羅焔(かるらえん)を宿し、魔に属するものや悪しき存在を焼き払うことができるのだ。

 そして、しろうはその燃え盛る霊剣を以って――薪に火をつけた。

 瞬間、4リットルの空き缶に詰まった木材の破片が、激しく燃え上がる。仏教において最強クラスの霊剣を100円チャッカマン扱いできるところが魔術使いの神経である。何処かであかいあくまの咆哮が聞こえるのは、気のせいだと思いたい。そして、その中に投影した粘土と山地まで行って採ってきた蓮の葉で隙間なく包んだ、ハトの肉を入れる。そうすることで、粘土に覆われた鶏肉が蒸し焼きされるのだ。

 乞食鶏(こじきどり)という中華料理の技法で昼食を作りながら、しろうは自分の現状に思いを馳せる。
 この肉体に押し込められてから、既に2年以上経っていた。そのため大分この身体の使い方にも慣れてきたが、やはり筋力やストライドなどの点で英霊の肉体よりも大きく見劣りする。しかし、その一方で自分の現状を引き起こした張本人、マギカの抑止力にしてみれば、こうするより他になかっただろうことも解っていた。

 通常、英霊の現界には膨大な魔力を要する。幾ら抑止力といっても、私的なことでその膨大な魔力を用意することはできなかったのだろう。しかし、英霊を押し込める器があるとすれば話は別だ。ギルガメッシュが受肉したこと、つまり現世で活動するための殻を手に入れたことで現界を続けられたように、霊体でない現実的な身体さえあれば英霊を長期間現世で維持することは不可能でない。聖杯戦争のマスターの様な外部の依代(よりしろ)ではなく、完全にその内部へ英霊を宿す新たな肉体。そのような器の条件として、このインキュベーターという生物はぴったりだった。生き物でありながら、種族全体で1つの意思を共有しているために個々の魂が希薄なこの生物は、新たなる魂を肉体に上書きすることが比較的容易だったと思われる。

 そして、しろうはこの小動物じみた身体で新たな生を受けた。今では、耳毛だけでなく尾まで器用に手の代わりとして使える。何か元人間として大事なものを失くしているような気がするのは、そっと目を背けた。嗚呼、血潮は鉄でも心は硝子。それはともかくとして、インキュベーターの肉体に慣れてきた一方、しろうはこの身体のある機能だけは使えずにいた。それは、魔法少女との契約だ。英霊の魂という異物が込められたせいか、魔術回路をむりやり植えつけた影響なのか、あるいはマギカの抑止力が改造したのか、しろうは何故か人間の少女と契約する能力を発動できなかった。

 もっとも、それで何か不都合があるわけではないので、特段問題視もしていない。少女たちにいつか魔女と化す運命を負わせるつもりはない上に、宇宙人の技術というわけのわからない代物で第三魔法を魔術に貶めたりしたら、それこそ某遠坂家6代目当主に殺されかねない。そのついでに、今の自分の姿をどれだけ笑われることだろうか。

 横道にそれかけた思考を軌道修正して、しろうは今日までの戦いを思い返す。ある程度まで戦闘用の動きができるようになってからは、しろうは魔女との戦いに赴いていった。初めの内は使い魔との小競り合いで経験を積んでいき、それから大した間を空けることなく魔女そのものとも戦うようになった。あまりに多種多様で脈絡のない能力を持つ者が多い魔女たちとの戦闘は楽なものではなかったが、投影宝具が魔女に対して十分に有効だったため不利な戦いは多くなかった。

 その上、幸いだったことが1つある。それは、投影した宝具にほとんど劣化が見られないことだ。これは、恐らくこの世界に魔術が存在しないことに起因しているのだろう。しろうの投影した魔術には、どうしても世界の修正力が働く。魔力により無から新たな物体が生み出されることによる修正力に加え、宝具という規格外の代物が2つ存在するという矛盾から更に大きな修正力が掛かる。そのため、しろうの投影する宝具はどうしてもランクが最低1つ落ちてしまうのだ。

 しかし、この世界に魔術のような神秘はなく、英雄たちの伝説は本当の意味で伝説でしかない。そのため、そもそも宝具の真作というものが存在しないのだ。それはつまり、しろうの投影する宝具が唯一無二の真作となることを意味する。元々宝具は人間の幻想により作り上げられ、人間の信仰を力とする武装。真作がない以上、宝具ごとの知名度に応じただけの信仰を、しろうの投影品は独占することができるのだろう。それ故に、この世界でしろうの投影品に掛かる修正力は最低限のものにとどまっており、真作と比べてほぼ遜色のない性能を発揮できるのだ。

 しかし、問題がないわけではない。しろうの頼みにしている宝具の1つである“赤原猟犬(フルンディング)”が、魔女との戦いでは通じないのだ。元々、赤原猟犬はベオウルフ叙事詩に語られる剣である。叙事詩に曰く、怪物グレンデルを倒した英雄ベオウルフにデネの王フロースガールが赤原猟犬を下賜し、それを携えてベオウルフはグレンデルの母親である水魔との戦いに赴いた。しかし、水魔にはこの名剣が全く通用しなかったのだ。赤原猟犬が戦いにおいて役に立たなかったのは、この時が初めてだったという。

 この伝説が、赤原猟犬のネックになっていた。太陽剣グラムがファフニール竜を退治した逸話から竜殺しの概念を帯びたのとは逆に、水魔との戦いでダメージを与えられなかった赤原猟犬は怪物が相手だと攻撃力が著しく下がるのだ。その上、グレンデルもその母親も世界最初の殺人者であるカインの末裔、即ち人間にその起源を持つ。人間から変異した怪物である魔女との相性は、ますます悪いだろう。事実、矢として赤原猟犬を放った際には、ほとんど傷つけることができなかった。

 強力な武器を1つ失い、英霊であった頃はおろか衛宮士郎であった頃と比べてさえ遥かに脆弱な身体で、しろうは戦わなければいけなかった。正直に言って、宝具が真作並の力を見せてくれなければ既に死んでいたかもしれない。そうして戦い続けるうちに、しろうは幾人かの魔法少女と出会うことになった。最初に降り立った見滝原をはじめ、隣町の風見野といった周辺地域で魔女を狩り続けるうちに、遭遇していったのだ。

 彼女たちには、自らを“しろう”と名乗っている。別にエミヤやアーチャーでもよかったのかもしれないが、インキュベーターたちが魔法少女に名乗っている名である“キュゥべえ”に合わせた方が受け入られやすいかと思い、その名を選んだ。そのせいで、どうやら自分が四男でキュゥべえが九男の兄弟だと思われているらしい。漢字にすると“士郎”であって“四郎”ではないのだが。

 そして、出会った魔法少女たちにはせめて自分の戦闘技術を伝えるようにしてきた。しろうには彼女たちを元の人間に戻す術はない。ならば、せめて生き残る可能性を高めてあげたかった。そして、自身が魔女を狩り、グリーフシードを手に入れたときは、それを魔法少女たちに譲渡している。グリーフシードは絶望を糧とする魔女の卵であると同時に、その特性によってソウルジェムの穢れを吸い取ってくれる。しろうはその絶望を吸収するという概念を強化の魔術で強め、より多く、より長期間穢れを吸ってくれるようにしたものを渡してきた。そのことから、しろうは皮肉屋なところを多少嫌がられているものの、魔法少女たちからは比較的好意を持たれている。

 そんな風に、魔法少女たちと交流しながら戦い続けているが、未だしろうはマギカの抑止力の言った救ってほしい者たちが誰か解らずにいた。溜息まじりで肉に火が通るのを待っていると、不意に背後から気配を感じる。
「何の用だ?」
 振り返らずに、後方にいる存在へ声を掛けた。間をおかず、明るさの割に無感動な声が返される。
「君にも教えておこうと思ってね」
 背後の相手、キュゥべえの言葉に、しろうは振り返った。

「この町の魔法少女がもうすぐいなくなることは、君も知っているだろう?」
「父親の転勤だと、昨夜聞いた」
 短くしろうが答えれば、キュゥべえは言葉を続ける。
「そのこともあって、新しく魔法少女と契約することにしたんだよ。なかなか素質がありそうな子が見つかってね」
「必要ない。この町の魔女ならば私だけで対処できる」
 しろうにぴしゃりと言い放たれ、キュゥべえが溜息を吐いてきた。
「僕たちの目的は、魔女を狩ることじゃないだろう?」
 キュゥべえの言葉に、しろうは視線を鋭くする。

「年端もいかない少女たちを甘言で躍らせ、消耗品にすることが目的だというのなら、尚更賛成できんな」
「まるでこの星の人類の様な台詞だね」
 そう返したキュゥべえの言葉は、感情が感じられないにもかかわらず不可解さが滲んでいた。
「僕たちは奇跡の代償に魔法少女になってくれと、きちんとお願いしているよ? 実際の姿がどういうものかは説明を省略しているけれど、別に知らなくても不都合のあることじゃないと思うな」
「戦闘によるものならばともかく、たかだか感情の浮き沈みが命に直結する身体にされることが、省略すべき些事だというつもりか?」
 声に怒りがこもる。今目の前に座り込んでいる相手にとって、事実それは些事にすぎないのだろう。60億人以上という膨大な数の内の一個体の生命が失われる可能性が高まることなど、この生物にとっては大した問題ではないのだ。そもそも、魔法少女にした時点で相手に自ら死刑宣告の判を押させているのだから。

「人類は絶望して自分から生命活動を放棄する者が大勢いるだろう? そんな習性を持っていることを鑑みれば、ソウルジェムが絶望で濁れば死ぬことに特別説明の必要があるのかい?」
「人間は、自らの選択を尊ぶ。その選択の権利を剥奪され、絶望したというだけで命を奪われていい道理などない」
 守護者として、選択の余地なく殺戮を強いられてきたしろうだからこそ、その言葉には強い感情が乗せられる。確かに、世界との契約を選択したのは自分だ。しかし、自分が自分でないものとして戦い続ける運命を強要されるとは、あの時は思っていなかった。自分が浅はかだったといえばそれまでだが、それでも納得する気にはなれない。そうだからこそ、しろうは魔法少女たちに魔女という代償を隠して奇跡を売り歩くキュゥべえの姿が認められなかった。

「君の言うことは、本当に理解に苦しむな。ただの精神疾患とは思えない、まるでこの星の人類と話しているようだよ」
 実はその通りなのだが、それを話してやる義理はない。
「私も、虫に理解してもらおうとは思わん」
 苦々しく吐き捨てる。その“虫”という呼び方は、なにも単なる侮辱として言ったわけではない。実際に、このインキュベーターという生物の精神構造は、地球の生物の中では虫に類似点が多いと思えるのだ。群体で1つの意識を共有しているところはアリやハチ等と似通っているし、契約相手をあっさりと犠牲にする冷淡さは交接相手さえ捕食するカマキリに通じるところがある。感情的な行動を見せず、生存本能のみで動いているその様は、正しく知恵のある虫という表現がぴったりだった。

「そうかい」
 虫呼ばわりにもやはり思うことはないらしく、キュゥべえが淡々と立ち上がった。
「それじゃあ、最後にこれだけは伝えておこうかな」
 次の魔法少女候補の名前なんだけどね、と、踵を返しながらもキュゥべえは話し続ける。
(ともえ)マミっていうんだ」

~続く~ 
 

 
後書き
 以上、今回はここまでです。

 と、いうわけで、今回はほとんど状況説明になってしまいました。冒頭に出てきた魔女は、完全にオリジナルです。自分がまどマギポータブル持っていないもので、アニメ本編以外の魔女をあまり知らないもので……他にもオリジナル魔女が出てくると思いますが、ご容赦を。

 フルンディングが怪物に効かないというのはFate本編では言及されておりませんが、そう的外れな考えではないと思っております。多分、ライダー相手だとあまり通じなかったでしょうね、赤原猟犬。また、オリジナル宝具の倶利迦羅剣は多分焚火関係以外では出番ないかもしれません。

 最後の最後でキュゥべえ以外の原作キャラの名前がようやく出てきました。マミがまだ契約前である通り、この時点だとアニメ本編より数年前だったりします。

2013/04/13 一部修正

 次回は幼マミ登場です。 
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