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レンズ越しのセイレーン

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Report
  Report3-2 アキレウス/ハイライト

 
前書き
 わたしが新しく知ったアナタのこと 

 
 路地裏を出たところで、アルヴィンとばったり会った。

「何してるの?」
「商人らしく行商中。おたくは?」

 ユティは白猫をずい、とアルヴィンの鼻先に突きつけた。

「レイアがマクスバードで逃がした猫。無事げっと」
「マクスバードからこんなとこまではるばる旅してきたのかー。自由求めすぎだろ」

 アルヴィンが白猫をぐしぐしと撫でた。
 それが終わってから、ユティは白猫を肩にぶら下げた。白猫は心得たもので、カーディガンにぐわしと爪を立ててバランスを取った。

「今から飼い主に届けに行く。この街のマルクスっていう慈善事業家のおじいちゃんだって聞いた。アナタも来る?」
「行く行く。商売の手を広げるチャンスだかんな」
「言うと思った。お仕事はいいの?」
「事情話せばOKしてくれるようなイイ奴が相方だからね」

 アルヴィンはGHSを取り出すと、短縮ボタンでどこかに電話をかけ始めた。

「もしもし、ユルゲンス? 俺。アルヴィン。――――。実は知り合いにバッタリ会っちまってさ。―――。――――。ああ、そいつ、迷い猫探ししてたんだよ。で、今見つけて、飼い主んとこに届けに行くんだと。若い女の子一人じゃ、この辺心配だから、送ってこうと思って。―――――。悪ぃな。せっかくドヴォールまで来たのに。――――――。お前の前向きさにはほんと頭が下がるよ。じゃ、また後で」

 通話が終わる。

「……お前の前向きさが好きだよ、って言ってほしかったな」

 アルヴィンが盛大に噴き出した。

「のぁ、なぁっ!? いいい、いい歳したおっさん同士で、んなこっ恥ずかしいこと言えっか!」
「とーさまとおじさま方は言ってた」
「俺はまだその境地には達してません! ほら、行くぞ」
「あぅ」

 ユティの首根っこはアルヴィンに少々乱暴に引きずって行かれた。

「で、どこ行きゃいいんだ」

 ユティはユリウスから聞いた住所を告げる。アルヴィンは地理を把握しているのか、番地だけで場所を把握したらしい。

「ほれ」

 アルヴィンが腕を差し出した。ユティは首を傾げながらもアルヴィンのエスコートに任せて歩き出した。

「どうして?」
「そういうのってやる前に聞くもんだと思うんだけどなあ。ドヴォールは治安がよくない。はぐれると大変だからさ」
「アナタのそういう、さりげない気遣いができるとこ、スキだよ」

 目を丸くしたアルヴィンを見上げ、ごく小さく笑む。

「お手本。次は頑張って」
「……善処シマス」




 マルクス老人の家は、豪邸でもないが標準の一軒家でもない、そこそこお金持ち感のある屋敷だった。訪問するとお手伝いさんが対応に出たところからも、裕福さが窺える。

 交渉にはアルヴィンが立ってくれた。未成年女子のユティより、風体は怪しくとも成人で商会を持つアルヴィンのほうが相手の信用を得やすいからだ。

「申し訳ありません。大旦那様は今お出かけ中でございまして。よろしければお預かりしますが」
「申し出は大変ありがたいんですが、彼女が、拾った人間からマルクス氏に言伝を頼まれていましてね。できればマルクス氏に直接お渡しした上で伝えたいと――」
「お願いします」

 ユティは白猫を抱いて一歩前に進み出た。

「本当に、本当に大事な伝言、マルクスさんの大事な人から、預かってるんです。マルクスさんに直接届けさせてください。お願いします」

 ユティは腰を直角に曲げた。

 お手伝いさんはついに折れて、ユティとアルヴィンを屋敷の中に上げてくれた。
 二人(と一匹)は応接間らしき部屋に通され、茶と茶請けの菓子を頂きながら待つことになった。

「それにしてもビビったわ」
「なぁに?」
「おたくがあこまで熱心になるとこ、初めてだったからさ。言伝頼んだ奴、知り合いだったり?」
「熱、心。ワタシ、が」

 ユティはティーカップをソーサーに置き、戸惑った。ユリウスにも「顔に不満が出ている」と指摘された。

(ここのとこ表情筋コントロールに障害を来すような出来事はなかったはずだけど。まだ正史の環境に慣れてないからかしら。いずれにせよ、一日に間を空けず二人もの人間に指摘されたデータからそれは真実。気をつけなくちゃ。ぼーっとして拘りが分からない、それがユースティア・レイシィのキャラクターなんだから)

 ドアのノック音。ふり返る。お手伝いさんがドアを開けて、一人の老人に道を譲った。側頭部だけに白髪が残った禿頭、黒いサングラス。

(あのおじいちゃんが、お前のご主人様?)
(ニャー♪)

 アルヴィンが立ち上がる。ユティも立とうとしたが、白猫が膝に載っていてきなかった。

「勝手に上り込んですみません」
「いえいえ。我が家の猫を連れてきてくださった方々ですな?」
「はい。『ユルゲンス=アルフレド商会』のアルフレド・ヴィント・スヴェントです。あちらはユースティア・レイシィ。お会いできて光栄です」

 アルヴィンとマルクスは和やかに握手を交わしてから、それぞれソファーに座った。お手伝いさんがマルクスの分のお茶と茶請けを置いて出て行った。

 するとユティの膝に陣取っていた白猫が起き上がった。白猫はユティの手を一舐めすると、正面に座るマルクスのもとへ行って足にすり寄った。

「おお、ユリウス。やっと帰って来てくれたか」
「一度はご依頼通り『デイリートリグラフ』の記者が見つけたんですが、当方のミスで逃がしてしまいまして、お届けするのが遅れてしまいました。本当に申し訳ありません」

 アルヴィンが殊勝に頭を下げた。ユティも真似をする。

(商談中のアルおじさま、カッコイイ。役得)

「束縛される生活がイヤで逃げ出したらしいですよ。動物の生態に詳しい知り合いが言ってました。たまには自由にさせてやったほうがいいかと」

(イバルの獣隷術でって言わない辺りは、さすが。エレンピオス人には馴染みのない、もしくは忌避されうる技術を無暗に口にしない。彼はエレンピオスとリーゼ・マクシアの距離感を心得てる)

「そうでしたか……すまなかった、ユリウス。これからは自由に出歩いていいよ。ワシのもとに帰ってきてさえすれば、な」

 白猫はご機嫌な鳴き声を上げた。

「いやはや、お恥ずかしい。猫だけが生き甲斐の年寄りなのですよ。20年ほど前に娘二人を立て続けに亡くして以来――」
「ご愁傷様です」
「孤独な年寄りですが、わずかばかりの資産もコネクションもあります。お礼を差し上げましょう」
「いえいえ、結構ですよ。そういうつもりで来たんじゃありませんから」
「そういうわけには。そういえば貴方もご自身の商会をお持ちとか。どうでしょう、謝礼の代わりに一つ商売の話でも」

 アルヴィンとマルクスの商売談義が始まった。アルヴィンとユルゲンスの「リーゼ・マクシアとエレンピオスの架け橋を目指す」という社訓(?)が慈善事業に通じるところがあったのか、話は弾んだ。

 ユティは話の切れ目を見つけるべく、耳を研ぎ澄ませていた。そして来たその瞬間、この席で彼女は初めて声を上げた。

「その猫を見つけてくれた人から、伝言を預かってきました」

 ひとつ、深呼吸をする。叶う限り、ユリウスが言葉に込めた想いがマルクスに届くよう願って。

「『心配をかけてすまない。あなたの孫は元気でやってる』」

 マルクスが大きく息を呑んだ。

「なに? じゃあこいつ見つけたのって、マルクスさんの孫!? ……偶然ってこえー」
「ワタシも今日しみじみそう思った。――マルクスさん」

 すっく。立ち上がり、カメラを持つ。上からの視点で、サングラスの奥の彼の目がどこかユリウスに似ていると気づいた。

「ワタシ、趣味で写真をやってるんです。マルクスさんさえよろしいのでしたら、一枚撮らせてくださいませんか。確かにお届けしたって、あの人に伝えるために」

 ユティは頭を下げる。マルクスがまじまじとユティを見ているのを感じる。

「……分かりました。こんな老いぼれの写真でよければ何十枚でも撮りなされ」
「ありがとうございます」

 ユティはアルヴィンを見下ろした。

「少し時間かかると思う。レイアへの報告、お願いして、い?」
「言ってなかったのかよ! それじゃレイア、ずーっと一人で猫探ししてたってことか?」
「――――」
「あー、分かった分かった! 責任持って報告しといてやるから、無言で凹むな」

 アルヴィンはマルクスに断り、GHSを取り出しながら応接間の外へ出た。しっかりとそれを見届けてから、ユティはカメラを構えた。

 マルクスが足元で寝ていた白猫を抱き上げる。

「あの人から聞きました。昔、執事さんをしてらしたって」

 シャッターを切る。まずF値を最大にしてクリアに。

「そこまで話されましたか……はい。ユリウス様がお生まれになる前から、ユリウス様の生家で娘たち共々働かせていただきました」
「ユリウス、こうも言いました。俺の気持ちを分かってくれたのは爺やだけだった、って」
「そうですか…ユリウス様がそんなことを…」
「若い頃のあの人に理解者がいてくれて、よかった。ずっとひとりぼっち、じゃなかったんだって分かって、ワタシも嬉しいです」

 シャッターを切る。今度はF値を手動にして、あえてバックをボカした。

「……お嬢さん、あなたは一体」

 ユティはシャッターから指を外し、カメラを下ろした。
 そして、困惑するマルクスに対し、ただ、微笑んだ。



 こうしてユティとアルヴィンはマルクスの屋敷を後にした。

「レイア、涙声だったぞ。後でちゃんと詫びの電話入れとけよ」
「ごめんなさい」

 ドヴォール駅の駅舎に入る。大勢の利用客と、アナウンスの反響で、構内はひどく騒がしい。

「ねえ」
「何だ」
「家族、いる?」
「自称親戚ならたーくさんいるぜ。おたくは?」

 ユティは無言で首を振った。アルヴィンはそれ以上尋ねて来なかった。代わりにぽつっと「俺もだ」と答えた。

 トリグラフ行きの列車がホームに走り込む。列車に乗る直前、ユティは一度だけふり返った。

(猫ユリウスと一緒に、いつまでも元気で長生きしてね。ひいお祖父ちゃま) 
 

 
後書き
 今回はユリウスとアルヴィンのEPでした。本当はユリウスだけのつもりが、アルヴィンとの本編での絡みが少ない気がして急きょ後編を追加しました。なので分割がおかしいです。すみません。
 アルヴィンの仕事=「エレンピオスとリーゼ・マクシアの架け橋を目指す」
 マルクスの仕事=慈善事業
 あれコレ噛み合うんじゃね? と思ってアレコレ詰め込んだら後編が大変な長さに。実に申し訳ありません<(_ _)>。

【アキレウス】
 ホメロスの叙事詩『イリアス』の主人公。幼い頃に冥界の河に浸されて不死を得るが、かかとを浸けそこねて、不完全な不死となる。その死には諸説ありどれが明確な死因かは定まっていない。
 踵からふくらはぎにかけての腱であるアキレス腱はこのエピソードが元。転じて、「強い者にとっての泣き所」という意味も持つ。 
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