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機動6課副部隊長の憂鬱な日々

作者:hyuki
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第107話:当直生活


地球から帰ってきた翌日、俺は一人で普段より1時間早く家を出た。
隣になのはを乗せる普段よりも1割増しの速度で港湾地区に向かって
車を走らせた結果、普段よりも10分ほど短い時間でアースラの前に着いた。
車を降りると強い風にあおられ、コートの裾がはためく。
冬になると港湾地区は冷たく強い風が吹き抜けるので非常に寒い。
コートのポケットに手を突っ込んで、少し背を丸めてアースラに向かって歩く。
メインハッチに上がるスロープの下には、警備の人員が立っているのだが
彼らも寒そうに足踏みしている。
俺が近づいていくと、彼らは背をピシッと伸ばした。

「おはようございます。副部隊長」

「おはよう。寒い中ご苦労さん」

「いえ。副部隊長も当直御苦労さまです」

「まあ、年末はずいぶん休ませてもらったからな。
 これくらいはやっておかないと部隊長にブッ飛ばされるさ。じゃあな」
 
俺は彼らに軽く手を振ってスロープを上がる。
メインハッチをくぐると、暖房が効いていて暑いくらいだった。
通路を通って副長室に行くと、コートをハンガーにかけて席に着く。
端末を立ち上げると、大量のメールが届いていた。
俺は小さくため息をつくと、端末を抱えて艦橋へと向かった。
副長室から艦橋へは目と鼻の先の距離にあって、ゆっくり歩いても
1分もかからない。
俺はすぐに艦橋に着くと、ドアを開けて中に入った。
艦橋には何人かのスタッフが席についていたが、戦闘中のように
目の前の装置にかじりつくような様子は見られない。
人員も索敵と通信、そして艦内環境維持に必要な最低限の人員しか
配置されておらず、その数少ない人員も、時折自分の前にあるモニタを
目を向けながら、何か別のことをしているようだ。

俺はそんな光景を横目で見ながら、艦橋の中で最後方にある艦長席へと
歩を向ける。
艦長席には難しい顔で端末を睨むはやてが座っていた。

「よう、はやて。おはよう」

俺がそう声をかけると、はやては俺の方をちらっと見る。

「ん、おはよう。早いやん」

「まあな。一人で来るから身軽だし」

「ふーん」

はやては端末に目を向けたまま、生返事を返してくる。
俺がその場に突っ立っていると、はやてが端末をパタンと閉じて、
俺の方に顔を向ける。

「何をボーっと立ってんねんな」

「当直の引き継ぎは?」

「昼までは私もおるし、午前中にはやるから、もうちょっと待って」

「了解。ならそこらへんで適当に仕事するわ」

「そうして。ほんならね」

はやてはそう言うと、再び端末を開いた。
俺は近くの空いているオペレータ席に腰を下ろすと、端末を開いて
溜まったメールを処理し始める。
30分ほど作業を続けていると、数人が艦橋に入ってくる。

「あ、副部隊長じゃないですか。おはようございます」

背後から声を掛けられて振り返ると、ルキノが立っていた。

「おはよう。ルキノも当直か」

「そうですよ。副部隊長みたいに3日連続じゃないですけどね」

「・・・言うな。気持ちが折れるから」

「この時期にまとまった休みを取ったらそうなりますって。自業自得ですよ」

「やかましい。さっさと仕事しろ」

「はーい、了解です」

ルキノが自分の席に戻ったところで、はやてがつかつかとやってくる。

「お待たせや。引き継ぎやろっか」

俺が頷くと、はやてはくるっと向きを変えて艦橋を出る。
はやての背中を追って、副長室の隣にある艦長室に入ると、
俺はソファに腰を下ろした。

「ほんなら、とりあえず当直の引き継ぎやね」

はやてはそう言いながら俺の向かいに腰をおろし、
端末を開いて何かを確認する。

「まぁ、引き継ぎっていうほど引き継ぎ事項なんかあらへんけどね」

はやてはそう言いながらも、律義に配置人員や直近2日間の出来事などの
連絡事項を淡々と述べていく。

「・・・っちゅうとこやね。質問はある?」

「いや、大丈夫だ」

「ほんなら、3日間頼むで」

「了解」

そう言ってはやてに向かって頷くと、俺はソファから腰を上げようとした。

「あ、ゴメン。まだ話は終わりやないねん」

はやてがそう言って俺を引きとめるので、浮かせた腰を
もう一度ソファに降ろす。

「なんだよ? 引き継ぎは終わりだろ」

「引き継ぎやなくて、人事の話やねん。6課は3月で解散になるから
 4月以降の所属を決めなあかんのは知ってるわな」

「まあな。そのための希望も出したし」

「うん。その希望がちょっと問題やねん」

はやてはそう言うと、端末に目を走らせて渋い顔をする。

「えーっと、ゲオルグくんは士官学校の教官が希望やったよね。
 で、士官学校に打診してみたら二つ返事で了承してもらえたんやけどね」
 
「けど・・・なんだよ」

「後見人のお一人から異論が出てしもうてん。
 ”ゲオルグは最前線に置いてこそ役に立つ人間だから、
  士官学校の教官なんて認められない”ってな」
 
「クロノさんか・・・。そうだろ?」

「まあ、正解や。で、私としてはゲオルグくんの意思を優先したいんやけど
 士官学校の教官を希望する理由を教えてほしいねん」

「決まってるだろ。俺ももうすぐ結婚するし、子供だっている。
 いつまでも最前線で戦うのはゴメンだよ。
 管理局に入ってからこれまで最前線に立ち続けてきたんだから、
 そろそろゆっくりさせてくれ、ってのが偽らざる俺の気持ちだ」

俺が話し終えると、はやては大きく息を吐いてしばらく天井を見つめた後、
俺の方に目を向ける。

「なるほどな。まあ、ゲオルグくんの気持ちも判らんではないわ。
 そやけど、私としてはゲオルグくんには現場におってほしいねん。
 ゲオルグくんほど頼りになる陸戦指揮官はあんまりおらんし、
 気心も知れとるからね」

俺の方を窺うように見ながら言うはやてに向かって、俺は首を横に振る。

「悪いけど、ちょっと先のことはともかく、4月からは一旦現場を
 離れさせてくれ。この1年、俺もなのはも文字通り命を張って
 戦ってきたんだ。しばらく休ませてくれ」

「そっか・・・。ま、しゃあないわな。クロノくんには私から話しとくわ」

「悪いな。恩に着るよ」

「ええって。私とゲオルグくんの仲やんか」

はやてはにっこり笑って、ひらひらと手を振った。

「ところで、年末年始はなのはちゃんの実家に行ってたんやろ?
 どうやった?」

「なのはの家族は俺もヴィヴィオも快く受け入れてくれたよ。
 あと、ヴィヴィオは士郎さんの作るケーキに首ったけだったな」

「あー、翠屋のスイーツは絶品やからね。私も大好きやもん。
 なんかそんな話をしてたら、翠屋のケーキが食べたくなってきたわ」

「はやては帰らないのか?」

そう尋ねるとはやてはわずかに眉間にしわを寄せる。

「うーん。ま、帰るんやけどな・・・。帰ったところで、待っとる家族が
 居るわけやないしなぁ」

「それでも、友達とかはいるだろ?」

「そら居るよ。そやけど一番仲がええんは、なのはちゃんと
 フェイトちゃんやしねぇ」

「あの2人は仕事上の付き合いの方が多いだろ。
 はやても時には仕事から完全に離れて休養することが大事だと思うぞ」

「そらどうも。まあ、3日間は向こうにおるつもりやから、
 久々にゆっくり羽を伸ばさせてもらうわ」

はやてはそう言ってソファの背に体重を預け、グッと伸びをした。
その拍子に眠気が誘発されたのか大きなあくびをする。

「あ!ほおいへば!」

急に手を打つと、はやては真剣な表情で俺の方に顔を寄せる。

「どうも、4月からの管理局の新しい体制について、
 大枠が固まってきたらしいわ」

「そうなのか?」

管理局に所属している以上、俺も新体制については興味がある。
なので、少し身を乗り出してはやての方に近づく。

「なんや、食いつきええなあ」

「そうか?まあ、自分の所属する組織だしな。それで?」

「うん。私も詳しいことは聞いてへんねんけど、中央の権限を強化して、
 地上本部と本局を一括管理下に置く体制になるみたいやわ」

「中央集権化か・・・。でも、これまでだって名目上はそうだったろ?」

「そらそうやけど、実際には中央の上に最高評議会が君臨してたから、
 中央の権限なんか無きに等しかったやん。それが、実質的に
 権限を持つっちゅう話らしいわ。でな、どうも名前を変えるらしいねん」

「名前?」

「うん。中央が本局、地上本部はそのままやけど、本局は次元航行艦隊司令部
 っちゅう名称になるらしいわ」

「要は、旧地上本部と旧本局には実戦部隊としての機能だけが残るってことか」

「そやね。そやから、その一環として捜査部とか情報部は、新しい本局の
 所属になるみたいやで」

「となると、はやては中央所属か・・・」

「ま、捜査部に戻されるっぽいから、そうなるやろうね。
 ちなみに、士官学校も新しい本局の下になるらしいで」
 
「あそこはもともと中央の所属だったから、変更なしってことだな」

「そうやったっけ?私は出てへんから、よう判らんけど」

「中央所属じゃなきゃ、地上本部と本局の両方に人員を供給できないだろ」

「そっか。そらそうやね」

はやては頬を掻きながら、バツが悪そうに笑うと、一度咳払いをして
真剣な表情へと戻る。

「ま、それはそれとしてや、4月からのことも気になるけど、当面は
 隊舎の工事が完了したあとのことやね。
 ウチもテロ対応なんかに引っ張り出されることになるし」

「それだけど、本当なのか?
 隊舎の工事完了後だと6課解散まであと2カ月ないぞ。
 そんな解散寸前の部隊を前線に投入するか?」

以前にはやてからそんな話があると聞かされて以降、
ずっと半信半疑に思っていた俺は、そんな疑問をはやてにぶつける。

「それぐらい、ミッドの状況は悪いらしいわ。
 最近、ニュースになってる分だけでもテロの類が増えたやろ?
 実は、管理局の方で報道せえへんように押さえてる分がかなりあるらしいわ。
 実際、地上本部のミッド駐留部隊は連日の出動で、えらいことになってるし」

「そうなのか・・・。確かに、JS事件の時にゲイズ中将が逮捕されたために
 地上本部の上層部はほとんど機能してないとは聞いたけど・・・」

「そうやねん。そやから、中央が体制変更を急いでるんやと思うわ。
 で、ゲオルグくんに聞いときたいんやけど、隊舎の工事っていつごろまで
 かかりそう?」
 
「そうだな・・・ちょっと待てよ」

俺はそう言って、手元の端末を操作して工事計画書を確認する。
日程表によれば、年始早々には建物そのものの建てこみが終了し、
1月末には内装工事も含めたすべての工事が完了する予定になっている。
年末最後に確認した工事状況と合わせて、工事の進捗をシミュレートしてみる。

「2月の頭には完工確認も含めて完了してるはずだ。何もなければな」

「そっか・・・」

俺の答えを聞いたはやては、顎に手を当てて考え込み始めた。
長くなりそうな気配を感じ、俺ははやての部屋のポットから
カップにコーヒーを注ぐ。
ちょうど、テーブルの上に2つのカップを置いたときに、
はやてが目を上げた。

「ん、ありがとう」

「どういたしまして。それで、何を考えてたんだ?」

「いつごろから任務を受けられるって回答しようかなぁ、って考えとったんよ。
 で、私としては2月の中頃からは大丈夫って言うつもりにしたとこ」

「そうか。まあ、中頃ならさすがに隊の状況も落ち着いてるだろうしな。
 いいんじゃないか?」

「そらおおきに。ほんなら、地球から帰ったら返答を出すことにするわ」

それから、30分ほどコーヒーを飲みながら雑談をしたあと、
はやてはソファから立ち上がる。

「さてと、ほんならそろそろブリッジに戻らんとな」

「いいよ、俺が行くから。はやては帰る準備でもしてろって」

「ええの? ほんなら、お言葉に甘えさせてもらうわ。
 おおきにな、ゲオルグくん」

はやてはそう言って俺に向かってニコッと笑った。

「じゃあ、俺は行くな」

そう言ってソファから立ち上がり、艦長室のドアに向かおうとすると、
はやてに呼び止められた。

「そういえば、4月からのゲオルグくんの配置についてなんやけど、
 私のほうから上には話をするけれども、上がそれで納得するとは限らんから
 それだけは理解しといてや」

「わかってるよ。そのときは諦めるさ」

俺ははやてに向かって手を振ると、艦長室を後にした。





・・・2日後。

まだ夜も明けきらない時間、俺は副長室のベッドで目を覚ました。
生あくびを噛み殺して、ベッドから降り、着たまま寝たためについた
制服のしわを伸ばす。
クローゼットを開け、上着を取り出して羽織ると、扉についた鏡で
身だしなみを整える。

部屋を出て艦橋に向かうと、途中で大きなあくびをしている
アルトに出くわした。

「ふぁ・・・。あ、ゲオルグさんじゃないですか。これから当直ですか?」

「おう。アルトはこれから仮眠だな」

「はい。じゃあ、寝させてもらいますね」

「ん、ゆっくり休めよ。お休み」

「ありがとうございます。じゃあ、失礼します」

最後にもう一度大きなあくびをして、アルトは居住区の方に向かった。
一方俺は、眠い目をこすりながら、艦橋へと入る。
照明が最低限まで落とされている艦橋はうす暗く、そんな中で
ところどころのディスプレイが光を放ち、少し幻想的な光景にも見えた。

艦長席には、昨夜から今朝にかけての当直士官だったグリフィスが座っている。

「グリフィス。ご苦労さん」

「あ、ゲオルグさん。おはようございます」

グリフィスはそう言って、俺に向かって頭を軽く下げると、
艦長席から飛び降りる。

「どうだ? 何かあったか?」

「この辺は平穏でしたね。 ですが、クラナガン北部で
 人質事件が発生したとの通信が入りました」

「・・・そうか。 解決は?」

「人質は無事保護され、犯人も逮捕されたようです」

「そりゃよかった。だけどホントに多いな、この種の事件」

「そうですね。 地上本部の弱体化がここまで効いてくるとは・・・」

「そうだな。ただ、それだけの火種は前からあったってことだから、
 問題を根本から解決することを考えないと」

「そうですね・・・」

グリフィスはそう言って考え始めたのだが、眠そうにあくびをかみ殺した。

「まあ、それはともかく、今はゆっくり休めよ」

「そうですね。そうさせていただきます。それでは」

「おう、お休み」

グリフィスが艦橋を出た後、俺はこれまでと同じように艦長席に座り、
自分の作業に没頭することにした。

艦橋にいる全員が交替で朝食をとり終わって、1時間ほどたったころ、
通信を知らせる音が鳴った。
俺が通信をつなぐと、目の前に現れたディスプレイには
俺にとって頭の上がらない人の一人である男性の顔が映っていた。

「やあ、ゲオルグ」

「クロノさんじゃないですか。おはようございます」

「おはよう。どうだ? 当直3日目の調子は?」

「ま、普通ですね。それなりに寝てますし、6課は緊急対応を
 求められているわけでもないですしね」

「そうか。それは何よりだな」

「どうも。それで、今日は何の御用ですか?」

俺が尋ねると、クロノさんは急に真面目な表情になった。

「ゲオルグ」

「はい?」

「急なんだが、今夜飲みにいかないか?」

「はい!?」

思いもよらないクロノさんの言葉に、俺の声はひっくり返った。

 
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