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東方調酒録

作者:コチョウ
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第一夜 博麗霊夢は支払わない

 博麗神社から人の里に向かう道の途中、命蓮寺を香霖堂の方面に曲がった先にある橋の向こうに『バッカス』という名のバーがあった。西洋風のレンガ造りで、木製の重そうな扉をしている建物である。扉には英語でバッカスと書かれた小さな金属のプレートが付いていた。店内は四人座れるテーブル席が二つとカウンター席のみの狭いものである。ここの主は二十代後半の無精ひげの男性である。服装は着崩したワイシャツとジーンズでとてもバーテンダーに見えないものであったが、幻想郷のファッションセンスにおいてそれを気にするものはまずいなかった。店主の名を月見里 悠(やまなし ゆう)といった。
 このバーの営業時間は暮れ五つ(午後8時)から暮れの七つ(午前4時)迄であり、店を開けて三十分ぐらいは客足が全くない。悠はカウンター内の椅子に腰掛け、氷の入ったグラスにバーボンを注いだ。一口飲んだあたりで扉が開いて、巫女服の女性が入ってきた。脇を露出した赤と白の巫女服に肩までかかる黒い髪をした美人であった。博麗霊夢である。
「いらっしゃい」
バーらしくない気さくな挨拶である。
「うん、なんかちょうだい」
そう言いながら霊夢は悠の前の席に座った。
悠は立ち上がり、ボンベイサファイアとライムを取り出した。
「これが、この前言っていた照明ってやつ?」
霊夢がライトを指差しながら聞いた。
「ああ、河童達がこの近くの川を利用した水力発電施設を作ってくれてね」
そう言って悠はライムを切っていた果物ナイフで窓の方を指した。窓からは回る水車が見えていた。
「あれでどうにか必要最低限の電力が確保できたよ」
しかし、あんな水量で発電できるとは河童の技術は大したもんだ――そう呟きながら悠はシェークし始めた。静かな店内にシャカ、シャカと音がする。
「蝋燭の方が楽でいいでしょ? それにほとんど妖怪しか来ないこの店にはやっぱり蝋燭の方がいいわよ、 きっと新しい怪談として語り継かれるわよ」
ギムレットだ。と言いながらカクテルグラスを差し出した悠はついでに、ひどいこと言うな。とも付け加えた。
「妖怪でもお金を払えばお客だよ」
「払ってもらえてるの?」
「三割ぐらいはね、 七割はツケだ」
悠はバーボンをあおった。
「あらら、ひどいものね」
他人事のように言っているが、ツケの筆頭はもちろんこの方である。
「でも、もともとバーはハイドアウトでギャングの隠れ家であったから……ああ、ギャングってのはヤクザみたいなものだ。 その意味で妖怪が集まる店であっても間違いではないかもしれんな」
「ヤクザと妖怪は違うでしょに?」
「僕にはヤクザの方が恐ろしいけどね……」

――「このギムレットってのもなかなかおいしいわね」
霊夢は基本的に度数の高いお酒が好きだ。
「霊夢さんに合う酒だよ。ギムレットはハードボイルドのイメージが一般的だ。 味の切れが鋭く、度が強い。さらにライムを直接搾っているから味や香りはしっかりしている。 しかし砂糖が入ってないそれをおいしいと感じるとはさすが霊夢さんだ。 これで煙草をくわえてくれれば、まさにフィリップ・マーロウだぜ」
悠が銃を構えるポーズをした。
「誰よそれ? それよりいつものね」
霊夢がギムレットを飲み干し次を要求した。
「アースクエイクですね」
霊夢のよく飲むカクテルである。ドライ・ジン、アブサン、ウィスキーと度数の高い酒で作られる飲むと地震にあったように体が揺れると言われるカクテルだ。霊夢はボウモア、ペルノアブサン、ボンベイサファイアの組み合わせを好む。味がとんでもないことになっているが、これを5杯は飲みほす。
「アースクエイクにはアブサンが入っているから結構好き嫌いが分かれるんだよ、魔理沙さんは一口でむせて、味が混沌だー、カオスが生まれてるってよく分からないこと口走ってたな」
「あの娘は意外と乙女だからね」
「マルガリータの話にも感動して、ここに来るとよく注文してるな。 お金も毎回ちゃんと払ってくれるし、いい娘だよ」
本人が聞いたら、カオスが生まれる話である。
 霊夢はその後、4杯ほどアースクエイクを飲んだ。悠は椅子に座ってアイスピックで自分用ランプオブアイスという丸い氷を作っていた。
「じゃあ、 そろそろ帰るわ、 ごちそうさま」
「ああ、おそまつさま」
霊夢はドアを開けてそのまま帰って行った。明日もきっと来るのだろう。悠はまた料金を貰えてないことに気がついた。話の中でお金のことにちょくちょくとふれたがやっぱり意味はなかった。霊夢はお金のことに対して執着があまりないらしい、その為お金を支払うことにも執着しないようである。霊夢のみでなく幻想郷全体がそんな感じである。悠はそれがとても気に入っている。
 時間は暮れの九つを超えた。これから忙しくなってくる時間帯である。
 
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