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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第七章 銀の降臨祭
  第一話 わたしが……まもる

 
前書き
ルイズ 「会議を始めます」
シエスタ・キュルケ・ロングビルその他大勢 『始めます』
士郎  「いや、これは……」
ルイズ 「議題は、『この女ったらしをどう躾けるか』についてッ!!?」
士郎  「ちょっッッと待てぇええええええええええええええええええ!!!?」
ルイズ・シエスタその他大勢 『黙れ』
士郎  「はい」


 唐突に始まった会議を前に、士郎は己の(自由)が風前の灯火だと知る。

 しかし逃げることは出来ない……いや、逃げられない……逃がしてくれない……ッッ!?

 さあ、士郎よ! 
 
 覚悟を決めろ!!

 次回「縛られる運命」

 絡まりし細腕! 逃げきれるか士郎!!?

  

 
「「「「「乾杯!!」」」」」

 ガツンと木製のコップを勢い良く叩きつけ合う音が響く。コップの縁から泡混じりのエールが溢れ、コップを持つ手を濡らすが、互いにそれを気にすることはない。ただただ互いに笑い合うだけ。
 満点の星空の下。酒を飲み合うのは、ルイズが成功させた、陽動作戦の護衛をした竜騎士隊の少年たちだった。

「いや~しかし本当にすごかったなあの魔法ッ!!」
「ああ! 本当にそこに艦隊があるかと思ったよ!」

 酒席は随分と長く続いているのだろう。皆の顔色は揃いも揃って真っ赤だ。酒のつまみと話題に上るのは同じことについて。彼らが十日前成し遂げた成果についてだ。

「ういっく……それで、そのご本人たちは何処にいるんだ?」
「あ~……あれ? そう言えば何処にいるんだ?」

 話題の中心物である、ルイズたちの姿を見つけようと、キョロキョロと顔を見渡すが、何処にもその姿は見つからない。暫らく辺りを探していた竜騎士隊の少年たちだったが、その内探すことに飽きたのか、酒を飲み始める。

「こんだけ毎晩毎晩酒盛りが続けばそりゃ飽きるってもんだっ!!」
「シロウさんのことだ! こんな男だらけの酒盛りから逃げて、ミス・ヴァリエールとよろしくやってんじゃねえのか!? ……オレも彼女がいればなぁ……」
「ぎゃはははっ! 確かにそうだ! ……はぁ……」
「「「…………」」」

 酒宴の席に、沈黙が落ちる。

「「「「……はぁ」」」」

 酒臭いため息が、示し合わせたかのように同時に漏れる。
 何となく皆が顔を上げると、満天の星空が目に眩しい。
 皆の目の端から、つぅっと一雫の涙が頬を流れる。

「「「「「何だか……虚しい……な……」」」」」











 竜騎士隊が星を見上げ、何とも言えない寂寥感を感じている時、その元凶たる士郎は、尋問が行われている天幕の中にいた。

「さっさと吐け! 貴様たちを助けた者は誰だ!!」
「本当に分からないんだ……あの赤い光りが爆発した時から記憶が曖昧なんだ……本当に……分からないんだ」
「……クソッ。連れていけ」

 椅子の上に縛られた男を尋問していた男が、悪態をつきながら後ろに控えていた部下に命令する。命令を受けた部下は、男を縛っていた縄を解くと、天幕の外に連れ出す。部下が男を連れ出すのを確認した尋問をしていた男は、天幕の奥まで下がると、椅子に座って尋問の様子を見ていた男たち――将校たちの前で頭を下げた。

「やはり嘘は言ってはいないようです」
「記憶がない……か。お前の言うことが本当ならば、奴らは死んでもおかしくない怪我をしている筈だな」
「そのはずです」

 眼鏡を掛けた将校の一人が、天幕の壁の端に立つ、赤い甲冑を着た男に話しかける。話しかけられた男は、微かに顎を引いて頷く。

「だが。捕らえた奴らは、全員怪我一つない」
「…………」
「別にお前が嘘をついているとは思ってはいない。お前たちについて行った竜騎士隊も、同じ様なことを言っていたからな。示し合わせていたとしても、それをする意味もない」
「となると、奴らを助けた者がいるということですな」

 長い髭をしごきながら、年老いた将校が会話に加わる。

「それもかなりの水の使い手のようですが。それが敵だとしたら……少し厄介なことになりますのぅ。どうされますかド・ポワチエ殿?」

 並べられた椅子の中央に座る男。ド・ポワチエは顎を手で撫でている。

「ふむ……捕らえた竜騎士は何人だったかな?」
「二十七人です」
「……確か、貴様が落とした竜騎士の数は、百程だと言っていたな」
「はい」

 無表情に小さく答えた士郎を、疑わしげな目でド・ポワチエが見上げる。 

「ふんっ。本当は二十七人だったんじゃないのか」
「……」
「ちっ……まあいい。全員が全員記憶がないと言っているそうだな」
「そのようですな」

 興味を失ったかのように、ド・ポワチエは士郎から視線を外すと、隣に座る長い髭を持つ将校に顔を向ける。

「奴らを助けた者が、敵だとしたら、味方のはずのアルビオンの竜騎士が知らないはずがない。ならば、奴らを助けた者が、必ずしも敵とは限らんだろう」
「ならばどうしますか?」

 将校たちの視線が、ド・ポワチエに集まる。
 視線が集まるのを感じたド・ポワチエは、にやけようとする顔を押し止めながら、重々しく頷くと、口を開く。

「放っておけばいい。水の使い手がいくらいたとしても、こちらには『虚無』殿がいるからな。どれだけ優秀な水の使い手がいたとしても、原型も止めないほど吹き飛ばせば回復の仕様もないだろう」
「それもそうですな」
「確かに! 回復する身体がなければ意味はない」
「…………」

 はははははっ!! と笑い合う将校たちの傍で、士郎は表情を浮かべることなく立っている。将校たちの話す内容に、興味がわかないという訳ではない。ただ、その胸中で渦巻く激しい怒りを抑えるのに必死なだけであった。グッと結ばれた口元では、鈍い歯ぎしりが響き。握り締められた手には、自身の指が折れるほどの力が込められている。

「竜騎士どもは、何かの交渉に使えるかもしれん。一応それなりに丁重な扱いをしておけ」
「了解いたしました」

 アルビオンの竜騎士の処遇が決定し、将校たちは天幕から出て行くため椅子から立ち上がり始める。
 同じように、天幕から出ようとした士郎だが、不意に耳に入ってきた言葉に足を止めた。

「そう言えば、奴らが言っていた金色の妖精とは一体何だったのだろうかな?」
「…………金色の妖精?」

 士郎は金色の妖精と口にした将校に話し掛けようとしたが、振り返った時には既にその若い将校は、天幕から出て行くところだった。士郎は、素早く天幕から出ると、若い将校の後を追う。

「待ってください」
「君は……『虚無』の使い魔か」

 若いと言っても、それは将校としてはだ。
 士郎が声を掛けた将校は、少し頭に白いものが混じっている男であった。
 士郎に声を掛けられた若い将校は、士郎に気付くと訝しげに顔を捻らせる。

「はい。少しお聞きしたいのですが、金色の妖精とは?」
「ん? 聞こえていたのか」
「はい」

 若い将校は、恥ずかしそうに指で頬を掻くと、苦笑を浮かべた。

「まあ、君ならいいだろう。私は直接彼らから話を聞いたんだが、その中で何人かが変なことを言っていたんだ」
「変な?」
「『金色の妖精に助けられた』と」
「金色の妖精……?」

 士郎が訝しげな顔をすると、それを見ていた若い将校の苦笑が深くなる。

「その妖精は、信じられないほどに美しい女だったそうだ。特に金に輝く髪が美しかったと。まるで金を溶かして出来ているかのようだったとも言っていたよ」
「……金色の」

 士郎が口の中で、金色の髪……美しい女……とぶつぶつと呟き、まさかと思った時、若い将校の声が届く。

「あと胸が凄かったと言う者もいたな」
「凄い?」
「えらく大きかったそうだ」
「なら違うか」
「? どうかしたか?」

 若い将校に「なんでもありません」と首を振ってみせると、士郎は頭を下げ、去っていく。
 士郎の姿が見えなくなると、若い将校も歩き出そうとしたが、不意にあっと声を上げると、しまったなと顔を歪めた。

「そう言えば言い忘れたことがあったな」

 捕虜の中で、一人だけ違うことを言っていた男がいた。

「まあ……問題はないか」

 捕虜の男は言っていた。

「……妖精は二人いる……か」












「……いい加減出てきたらどうだ」

 若い将校から話を聞きだした士郎は、尋問が行われた天幕から遠く離れた森の中にいた。
 空に見える満天の星空の明かりは、生い茂る木々の葉によって隠され。森の中は闇に満ちていた。誰かが木々の陰に隠れていたとしても、その姿を見つけることなど出来はしないだろう。しかし、士郎はそんな不可視の闇の中、何者かが隠れていることを確信した声で、その誰かに呼びかけた。

「……引きずり出されることが望みならば、そうするとしようか」

 士郎が一歩足を踏み出そうとすると、闇の中から、一人の男が姿を現した。
 土を踏みしめる音を響かせながら近づいてきた男は、葉の隙間から僅かに差し込んできた月明かりにその姿を見せる。

「……何者だ貴様は」
「そう殺気だたないで欲しいな。安心しなよ。敵じゃない」

 透き通るような美しい声と共に現れたのは、一人の少年だった。しかし、只の少年ではない。僅かな星明かりに照らされたその姿は、美しいとしか言い様のないものだった。
 か細い明かりでさえ、燦然とした煌きを魅せる金の髪。透き通るような白い肌。微かに香るのは、花の香りを纏う香水の匂い。美しい少女の如く整った顔立ちは、息を呑むほどと言っても過言ではないだろう。
 士郎の前まで歩いてきた少年は、その美しい顔を綻ばせながら、話しかけてくる。

「人間の使い魔がいるって聞いて、是非話してみたいと思っていたんだ。それで君を見つけたのはいいけど、話しかける機会を伺っていたらこんなところまでついてきてしまったんだ。不快にしてしまったらすまない」

 小鹿の革の白い手袋を嵌めた手で髪を掻きながら、少年は苦笑を浮かべる。
 少年はそのまま士郎に更に近づくと、右手を差し出してきた。

「ぼくはジュリオ・チェザーレ。ロマリアの神官だ。まっ、今は一時的な還俗の上で、第三竜騎士中隊の隊長をしているよ」
「ロマリア……確かハルケギニアの寺院を束ねる『宗教庁』がある国だったか」
「……よく知っているね」
「知らない方が可笑しいのでは」
「確かにそうだね。すまない、変なことを言って」
「いや、構わないが」

 士郎も右手を差し出すと、握手を交わし合う。
 触り心地のいい小鹿の革の感触の下には、鍛えられ、硬くなった男の手の平の感触が感じられた。
 線の細い外見とは違い、随分と鍛えられていると感じられたが、それ以上に気になるものを、士郎は目にし、思わず口にしてしまう。

「オッドアイか」
「ん? ああ、この目かい? 珍しいだろう。虹彩の異常らしくて、左右で違うんだ」

 ジュリオの言葉通り。彼の左右の目の色は違っていた。左目はルイズと同じ様な鳶色であったが、右目は透き通るような碧眼であったのだ。

「それで、君が噂の使い魔の……」
「ああ、衛宮士郎だ」
「エミヤシロウさんですね」
「シロウでいい」
「わかった」

 士郎は手を離すと、ジュリオから一歩下がり、その姿を再度改めて見直す。
 今も酒盛りをしているだろう、護衛の第二竜騎士中隊の少年たちと同じ様な格好をしている。細かい違いはあるのはあるが、特に変わったというところはない。ただ一つ。挙げるとすればある。

「竜騎士隊と言うの本当のようだが。もしかして君はメイジではないのか?」
「ええ。ぼくはメイジじゃないですよ。ただ、竜の扱いは誰よりも上手いですけど」

 第二竜騎士中隊の皆の腰には、魔法を使用するための杖が差していたが、ジュリオの腰には、剣しか差されてはいなかった。

「メイジでもないのに竜騎士隊の隊長とは、それほど竜の扱いが上手いということか。それで、俺と話してみたいと言っていたが、何か聞きたいことでもあるのか?」
「特にそういう訳ではなかったんですよ。ただ、ちょっとどういう人なのか話してみたと思っていただけで」

 はははと、笑うジュリオを見た士郎は、欠片も笑う様子は見せずに、口を開いた。

「では俺から少し聞きたいことがある」
「……何かな」

 ジュリオは浮かべていた笑みを、微かに硬くする。

「……アルビオンの竜騎士隊を捕らえたのは君か」
「……何故それを」
「彼らを捕らえた者のことを聞いたんだが、どうも嫌な顔をされるだけで教えてくれなくてな。君と話していてその理由がわかった」
「それは……怒っていいのかな?」

 ハッキリと笑みを硬くしたジュリオに、士郎は訝しげな顔を向けた。

「ん? 何でだ? 俺はメイジじゃない君が、手柄を得たことに周りの貴族どもが嫉妬したんじゃないかと思ったんだが」
「……そう言う意味ですか……」

 肩を落とすジュリオを不思議そうな顔で見下ろしていた士郎は、気になっていたことを問いただす。

「君があの竜騎士たちを捕らえた時の状況を教えてはくれないか」
「別にいいですけど。まあ、特に話すようなことはないですよ」
「ないのか?」
「ええ。哨戒中彼らを見付けたんですよ。攻撃することも、逃げることもせずただ飛んでるだけで変だと思って近づいてみると、ほとんど意識がないような状態だったんで、彼らを乗せていた竜たちを手懐けて、ここまて連れてきただけなんですよ」
「そう……か」

 黙り込んで考え込みだす士郎。
 ジュリオはその様子を、探るような視線で眺めている。

「どうかしましたか?」
「いや。何でもない。ありがとう、話してくれて」
「このくらい何でもありませんよ」 

 片手を顔の前で振るジュリオを見て、ふむと、一度頷いてみせる。

「すまないが一つ頼みがあるんだが?」
「何をです?」
「俺を彼らを見付けた場所まで連れて行ってくれないか?」
「別に構いませんが、どうしてですか?」
「少し気になることがあってな」

 顎に手を当て、士郎は一度目を伏せる。 

「明日、許可を取ってみる」
「では、それまでぼくは竜騎士大隊本部で待っていますね」
「ああ、頼む」

 ジュリオに背を向けた士郎は、そろそろ酒盛りを終えた第二竜騎士中隊が眠る天幕に向かって歩き出す。夜が深まり、ますます闇が濃くなる森に消える士郎の背を、ジュリオは見えなくなるまで最後まで見つめていた。 

「……君は一体何者なんだ……ガンダールヴ」














 トリステインとゲルマニアの連合軍が上陸した先は、港町ロサイス。そこは、アルビオンの首都であるロンディウムの南方三百リーグに位置にあった。
 上陸した連合軍は、始めアルビオン軍からの反撃を予想し、ロサイスを中心にした円陣を築いていたのだが、予想に反し、アルビオンからの攻撃はなかった。
 侵攻軍の首脳部は頭を抱えてしまう。この場での決戦の後、そのままロンディウムに進軍する作戦を立てていたのだが、それが潰れてしまったからだ。
 連合軍は総勢六万もの大所帯だ。それを維持するのには、大量の兵糧を消費する。食料だけでなく、他にも様々なものを消費する。そのために、首脳陣は出来るだけ短期間で勝敗を決したかったが、それが無理になってしまった。
 連合軍には、現在補給物資が六週間しか残っていない。
 そのため、首脳陣は今後の指針を、早急に決定しなければならなかった。そして今、ロサイスの空軍基地において、その指針を決定するための、首脳陣たるトリステインとゲルマニアの将校たちによる、喧々諤々の軍儀を開いていた。
 その軍儀の結果により、これからの方針が決定される。

 そんな大事な軍議とは全く関わり合いはないが、その同時刻、軍儀が開かれている建物から離れた一角において、一人の男が窮地におちいっていた。
 窮地に追いやられている男の名は衛宮士郎。
 追い詰めている者の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
 その理由は、

「ねえシロウ? あなた昨日誰と会っていたの?」
「ルイズ落ち着け。だから将校の方と会っていたと言っているだろう」

 優しく微笑みながら迫るルイズを、両手を前に出して落ち着かせようとする。
 ルイズは突き出される手を優しく両手で包むと、それを自身の胸に導いた。

「るっ、ルイズ?!」
「……感じる? わたしは今とっても冷静よ。だから安心して言っていいのよ……」

 微かにだが柔らかい感触と、落ち着いた鼓動を手の平に感じながら驚愕の声を上げる士郎に、ルイズは優しく慈母の如き微笑みを浮かべ。

「新しい女の名前を――ッ!!」
「だから違うって言ってんだろおおおおおおおッ!!?」













「ついて来たら分かるって……どこまで行くのよ?」
「いいから来れば分かる」

 昨晩、何時の間にか竜騎士隊の少年たちの酒宴から、士郎がいなくなっていることに気付いたルイズは、一晩中基地の周りを探し回っていた。ルイズが士郎を見つけたのは、日が昇った朝方。今は侵攻作戦の軍儀が行われている建物から、のこのこと出て来た士郎を見つけたのだ。それを見て怒鳴りつけようとしたルイズだが、掴みかかった士郎から微かに香った香水の臭いに、怒りながらもやっと会えた喜びに綻びそうになる顔が固まった。
 ルイズはこれまでの経験から、また士郎に新しい女でも出来たのではないかと考え――それからは所謂嵐の如く――いや、どちらかと言えば、静かに燃える火炎と言ったほうがいいのか……。
 ルイズが何故怒っているのか分からず、呆然とする士郎の耳を引っ張りながら、天幕の影まで連れ込み。ルイズは士郎を責め立てた。
 静かにだが、触れれば消し炭になるかのような怒りの炎を燃やすルイズを何とか鎮火させることに成功した士郎は、今、ルイズを連れ誤解の元凶の下へと向かっている。

「着いたぞ」
「……ここって」

 士郎が立ち止まった先を見て、ルイズは戸惑ったような声を上げた。
 他の部隊の天幕から離れた先のポツンと取り残されたように張られた天幕は、竜騎士大隊本部のものだ。何故竜騎士大隊本部の天幕だけが離れて貼られている理由は、遠く離れていてもうるさい程の風竜の声が原因だろう。

「……あそこか。ルイズこっちだ」
「シロウ?」

 シロウは天幕の周りに繋がれている風竜の世話をしている人物を見つけると、ルイズを促し、目的の人物の下まで歩いていく。

「ジュリオ」
「ん? ああ、シロウさん」

 飼葉桶に顔を突っ込み、必死に餌を食べている風竜の首筋を優しく撫でながら微笑んでいたジュリオは、後ろから掛けられた士郎の声に笑いながら振り向く。

「わ……ぁ……」

 優しく微笑みながら振り向いたジュリオの顔を見たルイズは、その余りの美しさに息を呑む。
 ジュリオは士郎の横で呆然と立ち尽くすルイズに気付くと、笑みをさらに濃くする。軽く数度竜の首を叩くと、ジュリオは歩き始めた。その行く先は、士郎……ではなく、ルイズの下。

「あなたがミス・ヴァリエールですね。噂以上にお美しい!」
「あっ」

 ジュリオは大げさな仕草でルイズの美しさを称えると、その手を取り、口づけようとするが、

「――何をやっている」
「シロウ……」
「……シロウさん?」

 ルイズの手の甲に、その唇が触れる直前。士郎の大きな手がジュリオの顔を掴み、その動きを封じ込めていた。
 ルイズが驚きながらも、何処か嬉しそうな表情で士郎を見上げる。そして士郎の手によって顔を掴まれたジュリオは、ひくついた顔で士郎を見上げていた。士郎はそんなルイズたちから顔を逸らしながら、ジュリオの顔を掴む手を振り、ルイズから遠ざける。

「わっ、とと……何をするんですかシロウさん」
「それはこっちのセリフだ。何をしようとしたお前は」
「何って? 美しい女性に挨拶をと思いまして」

 金髪をさらりと揺らしながら肩を竦めて見せるジュリオの姿に溜め息を吐いた士郎は、眉間に出来た皺を揉みほぐしながら、隣りで機嫌よく笑っているルイズを見下ろした。

「それで、だな。昨日の夜、最後にこいつに会ってな。多分だが、その時こいつ香水が移ったんだろうな」
「えっ?」
「どうかしたのかい?」

 ルイズが驚愕の声を上げ、ジュリオは怪訝な顔を浮かべる。

「ルイズがお前の香水の移り香を、女の移り香と勘違いしてな。それ――」
「シロウって男もイケたのッ??!!」
「違うッ!!!!」

 とんでもない勘違いをするルイズの頭を叩きながら大声で怒鳴る。ルイズは叩かれた頭を両手で抑えながら涙に滲む目で、恨みがましく士郎を睨む。

「冗談じゃない。そんな本気にしないでよ」
「……冗談でもそういうのは勘弁してくれ」
「ぼくもそういうのは遠慮してほしいな」

 本気で嫌そうな顔をする士郎の顔を見て、仕方ないわねと小さく呟いたルイズは、同じよう嫌な顔を浮かべるジュリオに顔を向ける。

「で? シロウはこの色男さんに何を頼んだのよ」
「ああ、それはだな」

 士郎の視線を受けたジュリオは、士郎が何を言わんとするのか思い至ったのか、ぎこちなくも笑みを元に戻す。

「許可は貰えたみたいですね」
「今朝方許可をもらった。まあ……その直後に見ての通りこいつに捕まって、今に至ると言ったところなんだが」
「何? 何か文句でもあるの」
「……イイエメッソウモアリマセン」

 ニッコリといい笑顔で笑いかけてくるルイズに、士郎は無表情で首を振る。その様子を見たジュリオは、一歩後ずさると、士郎に話しかけた。

「で、今から行きますか?」
「そうだな」

 これ幸いとばかりにジュリオの言葉に頷いてみせた士郎は、一匹の風竜に向かって歩き出した。
 ルイズは士郎の隣りを並んで歩いていく。

「あれ? ぼくが乗せて行くんじゃないんですか?」
「いや。風竜の操り方は竜騎士隊の者に教えてもらったからな。いい機会だ。風竜の一匹を借りる許可も受けたから自分で行く」
「二人で勝手に話を進めないでよ。一体何の話をしているのよ」

 二人の話に強引に割り込んだルイズは、話しが見えないことに少々苛立ちながら文句を口にする。
 士郎は苛立ちを見せるルイズの頭を、落ち着かせるように優しく撫でた。

「何よ……もうっ」

 むくれながらも、どことなく嬉しげな様子を見せるルイズに微笑みかける。

「三日ほど前、アルビオンの竜騎士隊を捕らえたという話は聞いていないか? このジュリオがその竜騎士を捕まえたそうでな。気になることがあったから、その場所まで案内してもらおうとしているんだ」
「ふ~ん、そうなの」
「で……話は済んだのかい?」

 何処か呆れた様子を見せるジュリオに苦笑いを向けた士郎は、ルイズの肩を軽く。

「さてルイズ。そろそろ俺は行くが。お前はどうする?」
「そんなのもちろん行くに決まってるじゃない」

 当然と言う顔をして士郎を見上げるルイズ。

「まあ、別にいいが。じゃあどっちの竜に乗るんだ? ジュリオの方が確実に竜の扱いは上手いが」
「? 何言ってんのよ? シロウしかいないじゃない?」
「いや、ジュリオもいるんだが?」
「え?」
「ん?」
「…………もういいですからさっさと行きましょう」

 士郎がルイズの言葉に首を傾げ、ルイズも士郎の言葉に首を傾げる。互いに首を傾げ合う二人の姿に、その端正な顔に浮かぶ笑みをヒクつかせると、ジュリオは自分の風竜に向かう。











 将校等から聞き出した話により、捕虜を捕まえた大体の位置は知っていた士郎だったが、正確な場所まではわからなかった。そのため、目的地までは、ジュリオが先導する形となっていた。最初は素人同然と思われる士郎に配慮し、ジュリオはゆっくりとした速度で風竜を飛ばしていたが、正規兵の竜騎士並の腕前を見せた士郎の姿に、段々と速度を早めていった結果。ジュリオが駆る風竜と、士郎が駆るルイズを乗せた風竜は、一時間ほどで目的の場所まで辿り着いた。

「ここです」
「ここか?」

 右手を上げ、後ろにいる士郎に止まるよう指示を出したジュリオに従い、士郎は空中で留まる。 

「ええ、ぼくが彼らを見つけたのがこのあたりですね」
「……近くには何かあるのか?」

 辺りを見渡しながら尋ねる士郎に、ジュリオは自分たちが向かっていた進行方向に指を向ける。

「あのまま真っ直ぐ行くと、サウスゴータがあるね」
「確か、古都として有名な観光地だったな」
「とても綺麗な街だって聞いたことがあるわ。見てみたいわね……ねぇシロウ?」
「……敵地だぞ。今の俺の腕じゃ逃げきれる自信がない」
「それじゃあ。逃げきれる自信が出来たら行きましょうか」
「行くことは確定なのかっ!?」
「? 当たり前でしょ? 何言ってるの?」
「…………あなたたちはここに何しに来たんですか」

 頭を抱える士郎と、それに不思議そうな顔を向けるルイズ。ジュリオは疲れた様子が伺える顔で、士郎たちに注意する。

「わかった、わかったから。必ず連れて行ってやるから、だから今はそれは置いておけ。ジュリオも呆れているだろうが。――済まんな。そうか……それ以外に何かないか?」
「そう……だね。いや、やっぱり何もないですね。後は、小さな村が点在するぐらいと……精々この下に見える広大な森ぐらいですか」

 ジュリオは、風竜の上から地上に広がる広大な森を見下ろす。
 士郎は一度眼下の森を見渡す。次に風竜に指示し、暫らく辺りを飛び回っていたが、何もないことがわかると、ジュリオの隣まで戻る。

「……何もないな」
「そうですね。そろそろ戻りますか? 敵が来るかもしれませんし」
「……そうだな……戻るか……」

 ジュリオの言葉に頷いた士郎は、もう一度、眼下の広大な森林を見下ろす。

「……やはり……勘違いか…………元々……ありえないことだしな……」
「……シロウ」

 森を見下ろしながら、寂しげに……悲しげに呟くシロウの姿に、ルイズは胸を締め付けられるような思いに囚われる。そのまま士郎が森の中に落ちていくような気がしたルイズは、士郎の背に回した腕にギュッと力を込めた。

 それは、士郎が落ちていかないように。
 留めるために。
 ……自分の下から離れていかないように。

「どうしたルイズ?」
「……ううん……何でもない」

 自身の腰に回されたルイズの腕に手を添えると、肩越しに何時もと変わらない笑みを向けてくる士郎。ルイズはそんな何時もと同じ(・・・・・・)笑みを向けてくる士郎の様子に、何故か不安が込み上げてくる。それを押し殺すように歯を食いしばると、淡い笑みを浮かべ小さく首を振った。

「すまない。不安にさせたか」

 ルイズの淡い笑を見た士郎は、不安にさせたかと自分を戒めるかのように一度強く目を閉じると、少し困ったような苦笑を浮かべ、ルイズの頭を撫でた。

「…………ばか」
「ああ……確かに馬鹿だな」

 ルイズは頭を撫でられながら、顔を士郎の背に押し付ける。

 それは恥ずかしいから? 

 それとも嬉しいから?

 それとも……泣き顔を見られないために……。

 違う。

 全然違う。

 ただ……今士郎を見たら箍が外れそうだからだ。

 士郎がいなくなるような気がして。

 そんなありえない不安に流されるまま……。

 行かないでと。

 置いていかないでと。

 一緒にいてと……みっともなく泣いて、叫んで、縋り付いてしまいそうになるからだ。

 そんなのは絶対に嫌だ。

 そんな……ただの女みたいなのは……嫌……。

 例えそんなことをやってしまっても、士郎はきっと、笑うだけ。

 何時もと同じ、困ったような笑顔でわたしの頭を撫でながら、「大丈夫だ」って言って……。

 だけど、しない……そんなのはわたしじゃないから。

 泣いて……叫んで……縋り付いて……そんな情けないのは嫌だ。

 士郎は気にしなくても、わたし()嫌なんだ。




 
 あ……そっか……違った。

 ……違った……んだ。

 ……『わたし()嫌』じゃない……そう……『わたし()嫌』……なんだ……。

 わたしらしくないから……じゃない。

 ただの女みたいになるのが、わたしらしくないからじゃないんだ。

 ただ……ただ…………そんなただの女が……士郎に相応しくないから。

 そんな普通の女が……士郎を守れるはずがないから……。

 士郎を支えられないから。

 士郎の……傍にいられないから……だ。

 きっと……ううん……絶対士郎はそんなことを気にしない。

 そう……士郎は気にしない……。

 ただ……わたしが気にするんだ。

 ……士郎を守れない、ただの女に成り下がるのが……絶対に……絶対に嫌だから……。  




 みんなを守る…………正義の味方…………。




 自らを顧みない…………馬鹿な……正義の味方…………。




 だから……ね……士郎……。




 わたしが……あなたを守る。




 守れる自分に……なるの…………………………。









    
 

 
後書き
 次回は、ヒロインズが集まる予定ですが……それが一体どんなことを引き起こすかは……読んでのお楽しみ。


 それでは感想ご指摘お待ちしております。 
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