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失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】

作者:月下美人
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第七話「紅髪の少女 × 金髪の少女 = 相互反発」



 女しかいない学院に男が一人放り込まれるとどうなるか、答えは単純かつ明確である。


「あれがリシャルト君か~」


「なんでも男の精霊使いですって」


「少し怖いけど、ワイルドで素敵……」


「あっ、こっち見た!」


 教室の外では俺を一目見ようと生徒が群がっていた。まるで動物園のパンダの気分だ。


 クラスの人たちも遠巻きにこちらを眺めているだけで、あなた行きなさいよと互いに譲り合い、膠着状態が続いていた。


 ――落ち着かないな。


 視界の端にはこちらに接近してくるお嬢様が二人。言わずもがな、クレアとリンスレットである。


 また契約精霊がどうのこうのと、ろくな目に合わないのは目に見えているので、早々に退室することにしよう。


 席を立ち廊下に出ようとして――出入口を人が壁のように立ち塞がっているのを見て回れ右。窓を開けて、そのまま飛び降りた。


 頭上で悲鳴が聞こえたが、十数メートルの高さなどたかが知れている。危なげなく着々した俺は人気のない場所を探して歩き出した。


 中庭から離れたところでちょうど木陰となる場所を見つけ、芝生の上で仰向けになる。曇り一つない青い空を見上げ、これまでとこれからのことに思いを馳せる。


 俺はどうやらカミトポジションにいるようだ。


 俺が覚えている範囲の原作は本来この世界には主人公であるカゼハヤ・カミトがいるはずだった。男の精霊使いであるカミトはグレイワースの婆さんに呼び出され、このアレイシア精霊学院に編入することになる。


 学院に向かう途中で偶然知り合ったクレア・ルージュ。カミトは彼女が契約をしようとしていた《封印精霊》のエストと契約してしまい、その責任を取るため、クレアに契約精霊となるように言われる。


 学院ではカミトの宿舎となる小屋をクレアが誤って燃やしてしまい、彼女の部屋に同居することになる。


 クレアとライバルであるリンスレットとのカミトの取り合い。


 騎士団のエリスとの決闘、魔精霊との戦闘。


 そして、何者かがクレアをたばかり、彼女の契約精霊であるスカーレットが暴走。暴走を抑えるためカミトが奮闘して、これを期にクレアの契約精霊となることを認める。確かこの時期にエストが覚醒するんだったな。


 ――大体このくらいか、覚えている範囲での原作は。


 何の因果か、この並行世界ではカミトは登場しないようだ。


 本来カミトが契約するはずだったエストは俺と契約してしまい、クレアからは契約精霊になるように言い寄られる始末。


 やはり、俺がカミトポジション、だよな。


 別にクレアは嫌いではない。小柄だが美人だし、怒りっぽいところもあるが根は優しい子だと思う。しかし、だからと言って彼女の契約精霊にならなければならない理由にはならない。


 ――取り合えずは様子見か。


 原作通りに事が運べば、クレアを誘惑する怪しい者が現れるだろう。俺の中ではクレアはもう友達だし、助けないという選択肢はない。


 何事もないのが一番なんだがな、波乱な人生になりそうだ。


 頭の後ろで手を組んで目を閉じ、吹き抜ける風を肌で感じ取る。自然と一体になる感覚を掴めと師匠によく言われたな。


 今は何をしているんだろうか。遠い場所にいる恩師を思い出していると、ザッと草を踏む音が頭上からした。


「何をしているんですの?」


 目を開くと、逆さまのお嬢様が自分の顔を覗き込んでいた。ここまで接近を許すなんて気を弛みすぎた。


 まだまだ修行不足だな、と胸の中で苦笑しながら体を起こす。


「良い天気だからな、日向ぼっこをしていただけだよ。そういう君はなにを?」


「リンスレット・フローガルフですわ。リンスレットで構いません」


「わかった、なら俺もリシャルトでいい。それで、リンスレットは何を?」


「ええ、それでしたら――」


「お嬢様ー!」


 リンスレットの視線の先、俺の背後からバスケットを持ったメイド服姿の女性がこちらに向かって走っていた。


 お嬢様ー、と手を振りながら長いスカートを翻したその女性は安定した走りを見せ――盛大に転けた。


「きゃあっ」


「おっと」


 縮地で女性の元に向かい、腰を支えることで転倒を防ぐ。手放したバスケットも回収済みだ。


「危ないところだったな。もう少し気を付けろ」


「は、はひっ! あ、あああありがとうございましゅ!」


 メイド服姿の女性――もうメイドでいいか――は顔を真っ赤にしてわたわたと手を動かした。


「――? まあ、次からは気を付けろ。どこか挫いたりしてないか?」


「は、はい! 大丈夫です!」


「そうか、ならよかった」


「キャロル!」


 後ろからリンスレットが息を切らせてやってきた。余程心配したのか、ペタペタとメイドの体を擦り痛くないかと確認している。


「――ふぅ、よかったですわ。もう、キャロルはドジなのだからあれほど走ってはいけないと行ったではありませんか!」


「あぅ、申し訳ございません、お嬢様」


 リンスレットは俺に向き直ると頭を下げた。


「キャロルを助けていただいて感謝しますわ、リシャルト様」


 リシャルト“様”? まあ、良家の子女だから様呼ばわりするのは仕方がない、か?


「あ、あの、助けていただいてありがとうございます! 私、お嬢様の専属メイドのキャロルです!」


「リシャルト・ファルファーだ。リシャルトでいい。別に感謝されるほどのことをしたわけではないから、頭を上げてくれ」


 頭を上げたリンスレットは俺の顔をまじまじと見つめた。


「それにしてもどうやってキャロルの元に? 十メートルはありましたのに。全然見えませんでしたわ」


「そうです! 気がついたら目の前にいてビックリしました!」


 好奇心に満ちた目を向けてくる。苦笑して簡単な説明だけをした。


「俺の修めた武術の技だ。簡単に説明すると距離を一瞬にして詰める歩方だな」


「へぇ~、そんな技があるんですかー」


「リシャルト様、武術を嗜んでますの?」


「まあな」


 そうですかと頷くリンスレットにキャロルがバスケットを差し出した。


「お昼にしましょうよ、お嬢様。私もうお腹ペコペコです」


「そうですわね。リシャルト様もいかがですか? わたくしの下僕になると誓うのでしたら、恵んで差し上げてもよろしくてよ」


 何、その選択肢。あるようで無いし。


「なら遠慮しておこう。君たちはゆっくりしていくといい」


「ま、待ちなさい! クレア・ルージュには尻尾を振ったのに何故わたくしはダメなのですか!」


「べつに尻尾を振った覚えはない。クレアの契約精霊云々を言うのなら、あれはアイツが勝手に言い出したことだ。まったくの事実無根」


 予想していた返答と異なっていたのか、リンスレットは目を丸くした。


「そうなのですか?」


「そうなんだ。第一、人間である俺が精霊契約できるわけがないだろう」


 精霊契約とはその名の通り、人間と精霊間で結ばれるものだ。クレアは何を考えてあんなことを言っているのやら。


「そうですか……」


「あのあの、リシャルトさん! リシャルトさんはどちらに泊まられるんですか?」


 軽く俯いて黙考しているリンスレットの隣でハイハイ、と手を上げるキャロル。


「ああ、それなら――あれだ」


「え?」


 視界の隅にひっそりと佇んでいた建物を指差す。


 キャロルはその建物を見て首を傾げ、どこにあるんですか、と視線を向けてきた。


 頭に『?』が乱舞しているな……。


 もう一度指を差し頷くと、漸く理解したのか驚愕の表情を浮かべた。


「――? どうしたんですの?」


「お、お嬢様……リシャルトさんのお家なのですが――」


 俺の家があの今にも崩れそうな手作り満載の木造建築の家だと言うと、リンスレットは信じられないものを見るような目を向けてきた。


「あ、あなた……あんな家畜小屋で寝泊まりするんですの?」


「……不本意ながらな」


「……」


「いや、そんな哀れむような目で見るのは止めてくれ。意外と胸にくるから」


 本気で引いているリンスレットに予想外な精神的ダメージを受けた。


「あんなところに住むくらいでしたら、わたくしの部屋においでなさいな。特別に使用人として雇って差し上げますわよ」


「あ、執事服なんかきっと似合うと思いますよ、お嬢様」


 キャロルがニッコリ笑って追随する。


 執事か……旅をしている時に一度だけ経験しているが、あれは苦い思い出だ。出来ればもうやりたくないな。


「心遣いはありがたいが、辞退する。折角、造ってくれた人がいるんだ。無下にはしたくない。……それに執事なんて冗談ではないわ」


「そうですの。意外とお優しいのですね……」


「一度決めたことだ。相応のことがない限り曲げたくはない」


 一度決めたことは決して曲げるな。けれど柔軟な思考も持ち合わせろ。固執は成長の妨げにしかならない。これも師匠の教えの一つだ。


 ふと視線を感じた。見るとリンスレットが惚けた表情で俺の顔を眺めている。なんだ、なにもしてないぞ?


 リンスレットの後ろではキャロルが口元を手で押さえ、クスクスと笑っていた。解せぬ……。


「まあ、使用人になることは出来ないが、友人にはなれるぞ?」


「えっ?」


 キョトンとするリンスレット。自分からこういうことを口にするのは初めてで、少し照れくさいが、スッと右手を差し出した。


「こっちに来てからまだ日が浅くてね。よければ友達になってくれないか」


 パァっと顔を輝かせたリンスレットは差し出したてを両手で掴んだ。


「ほ、本当ですのっ!? ――ハッ」


 急に態度を豹変させたリンスレットは正気に戻ると、掴んでいた手をパッと手を離した。


「と、友達がいないのは可哀想そうですからね、仕方なく――そう! 仕方なく! 友達になって差し上げますわ!」


 素直じゃないな。


 リンスレットの態度に苦笑しながら俺は改めて名乗った。


「リシャルト・ファルファーだ。夕凪流古武術第三十八代目継承者にして男の精霊使いでもある。これからよろしく頼む」


「リンスレット・ローレンフロスト。名門ローレンフロスト家の長女で精霊使いですの。こちらこそよろしくお願いしますわ」


 改めて握手をする。リンスレットの後ろでキャロルがパチパチパチと手を叩いて喜んでいた。


「リンスレット・ローレンフロスト!」


 と、そこへ聞き慣れつつある声が聞こえてきた。


 紅いツインテールの髪を靡かせたクレアが怒濤の勢いでこちらに向かって走ってくる。


「人の契約精霊をなに誘惑してるのよっ、この泥棒犬!」


「だ、だだ、誰が泥棒犬ですか! それに誘惑だなんてしてませんわ!」


「そうだぞ、クレア。なにか勘違いしてないか? ただ友達になっただけだ」


「アンタは黙ってな――と、友達ですって!? あ、あたしでさえまだなのに……」


 なぜか絶句するクレア。後半の方はもごもごしていて聞き取れなかった。


 クレアには会う度に勘違いをされているような気がするな。心労が耐えん。


 この世界に胃薬ってあったかな、と現実から目を反らしていると。


「やっぱり泥棒犬は泥棒犬ね……リシャルトもリシャルトよ。あたしを差し置いてリンスレットと友達になるなんて……」


 フフフ、と低い声で笑うクレアからは言い知れない恐ろしさを感じた。


「そうよね……いつも甘い顔をしているから悪いんだわ。ここはどちらが主人か、一度キッチリ教育しないと。ついでにそこの泥棒犬にもリシャルトが誰のものなのか教えてあげないとね……」


 お馴染みの炎の鞭を取り出し、ビシッと地面に叩きつける。


「ですから、誰が泥棒犬ですかっ!」


「なによ、あんたの家の家紋は犬じゃない」


「なっ――ローレンフロスト家の家紋は誇り高き白狼ですわ!」


「白狼? チワワの間違いなんじゃないの?」


「――っ! 言ってくれますわね……」


 低い声で呻いたリンスレットの辺りに霧のようなものが立ち込める。それに伴い空気の温度が一気に下がった。


「そういうあなたはリシャルト様を契約精霊だと言いますけど、ご本人は違うと仰っていましてよ?」


「そ、それは! リシャルトが認めないだけで――」


「あら、なら精霊契約は結びましたの? 精霊刻印は?」


「うっ」


 当然の質問にたじたじとなる。リンスレットは追い討ちをかけるように言葉を続けた。


「そもそも人間を相手に精霊契約というのが可笑しな話ですわよね」


 ついにクレアの表情が固まった。怒気に呼応して紅い髪が逆立つ。


「これ以上の話し合いは無駄のようね」


「そのようですわね」


 風が渦巻き、リンスレットの髪が舞い上がった。


 ――凍てつく氷牙の獣よ、冷徹なる森の狩人よ!


 ――いまこそ血の契約に従い、我が下に馳せ参じ給え!


 リンスレットが召喚式を唱えると、激しい氷の嵐が吹き荒れる。渦巻く氷の嵐の中から顕現したのは一頭の狼。


 白銀の毛並みをした美しい狼は全身から凍えるような冷気を発していた。


「あれが、リンスレットの契約精霊か……」


「はい。リンスレットお嬢様の契約精霊、魔氷精霊のフェンリルですわ」


 キャロルの言葉に頷く。原作にも出てきたな、あの狼。


 しかしまた大層な名前を付けたものだ。


 フェンリルといったら、北欧神話に登場する悪神ロキと巨人族のアングルボザとの間に生まれた巨狼だ。北欧神話最大の怪物と言われ、神々でさえ一時しか捕縛できず、ついにはラグナロクで主神オーディンを呑みこんでしまう。


 まあ、狼の中ではメジャーな部類だからな。しかしこの世界に神話ってあるのだろいか?


 一人首を捻っている中で事態は着々と進んでいった。


「ふん、相変わらず毛並みだけは立派な犬ね」


「ま、また犬って言いましたわねっ、この残念胸! ローレンフロスト家の侮辱だけは絶対に許しませんわっ!」


「誰が残念胸よ! ――来なさいスカーレット!」


 クレアが地面を叩くと、渦巻く炎の中から火猫が現れた。


「フェンリル!」


 リンスレットの声に応えるように咆哮し、スカーレットに飛びかかる。スカーレットも迎撃するため低く身構えた。


「……いつもこうなのか? このお嬢様たちは」


「はい、お二人は大変、仲好しなんですよ」


「仲良しね……」


 二匹の精霊は跳躍し、空中で激突する。相反する属性同士がぶつかり合い、周囲は激しい嵐となって吹き荒れた。


「まったく、血気盛んなお嬢様たちだ……」


 さすがにこのまま見学するという訳にもいかず、俺はため息とともに飛び出した。丁度そこはフェンリルとスカーレットの激突地点。


「ちょっ」


「えっ」


「きゃっ」


 クレア、リンスレット、キャロルが声にならない声を上げた。


 既に攻撃体制に入っていた精霊たちは攻撃を中止することも軌道を反らすことも出来ず、フェンリルは鋭い牙を、スカーレットは燃え盛る爪を振るった。


 俺は冷静にそれらを見据える、リンスレットには右手を、フェンリルには左手を差し向けて脳内に凍結保存していた圧縮呪文を唱えた。


「――凍結解放、〈対物障壁〉展開」


 両の平から直径一メートル程の魔方陣が展開され、スカーレットたちを弾いた。神威供給を遮断して魔方陣を消し、ジト目でお嬢様方を見据える。


「喧嘩するのはいいが、もう少し考えてやれ。周りに被害が出るところだったぞ」


「だって、この泥棒犬が……っ」


「でしたら、この残念胸が……っ」


「なによっ」


「なんですのっ」


「いい加減にしろ!」


 この期に及んで言い訳する二人を睨むと、ビクッと肩を震わせた。


「幼児か君たちは! 言い訳なんぞ見苦しいマネはするんじゃない! 自分の非は素直に認めろっ」


 少しは罪悪感があったのか、二人はしゅんと肩を落とした。


「うん、ゴメン……」


「申し訳ありませんわ……」


「まったく、今後はもう少し考えて行動しろ」


 まあ本人たちも少しは反省しているようだから、説教はこのくらいにするか。


 先が思いやられるな、と最近癖になりつつある溜め息をつくと、中庭の方から複数の足音が聞こえた。


 駆けつけてきたのは銀の胸当てを身に付けたエリス。その後ろから同じ格好をした少女が二人。どうやら胸当てのアレは騎士団の制服らしい。


 エリスを見たクレアとリンスレットは露骨に顔を顰めた。


「こちらで争いがあったとの連絡があった。学園内での私闘は禁じられているぞ!」


 エリスはじろっとクレアとリンスレットに視線を向けると納得したように溜め息をついた。


「……なるほど、いつものお前たちか。よくも毎回懲りずに問題を起こすものだな」


「あら、いつものとはご挨拶ですわね、騎士団長」


「いつもの、だろう? レイブン教室の問題児」


 リンスレットがキッとエリスを睨み返す。


 エリスの背後にいた少女たちも遅れて到着した。片や三つ編みの茶髪の少女と、片や黒髪のボーイッシュな髪型の少女。


 少女たちもクレアたちを見ると、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「火猫のクレア! 氷魔のリンスレット!」


「またなにかやらかしたのか、劣等なレイブン教室が」


 少女たちの目にはあからさまな侮蔑の色が浮かんでいた。


 それにしても『劣等』とは穏やかじゃないな。どうやらうちのクラスは問題視扱いされているようだ。


 クレラとリンスレットも剣呑な目で二人を睨んだ。


「……なんですって」


「いま、なんと仰いまして?」


 だが、少女たちは二人を無視して俺の方に顔を向けた。


「あんたか、編入してきたっていう、例の男の精霊使いは」


「へぇ、悪くないわね。けっこう格好良いんじゃないの?」


 三つ編みの少女が値踏みするような目を向けてくる。居心地は悪いが、素知らぬ顔で受け流した。


「ちょっと、こいつはあたしの契約精霊よ!」


「リシャルト様はわたくしが手懐けた下僕ですわ!」


 クレアとリンスレットが見も蓋もないことを言いはじめた。


 三つ編みの少女はふんと鼻を鳴らす。


「あら、だれにもチームに入れてもらえないからって編入生を色仕掛けでたぶらかすなんて、さすが辺境の田舎貴族だわ。やることがせこいわね」


「へ、辺境の田舎貴族ですって……ッ!」


 途端、リンスレットの顔が引きつる。地雷を踏んだようだな。


「ローレンフロスト家なんて、家柄だけがご自慢じゃない。他になにか取り柄でもあるの?」


「な、なな――」


「お、お嬢様、落ち着いて!」


「ふ、ふふふ、お、落ち着いていますわよ、キャロル?」


 リンスレットよ、笑顔がぎこちなくてとてもそうは見えないぞ。


 黒髪の少女がクレアの方を向き、嘲るように言った。


「はっ、クレア・ルージュに至っては、貴族どころか反逆者の妹じゃないか。まったく、学院はどうしてこんな奴の入学を決めたのやら――」


「黙りなさい、消し炭にするわよ」


 クレアが鞭で地面を叩く。感情の抑えが利かないのか手は震え、紅い瞳は静かな怒りを燃やしていた。


 ――反逆者の妹、か。


 空気が変わったのを察したのか、エリスが二人をたしなめる。


「お前たち、言い過ぎだ」


 しかしまだ言い足りないのか、不満な顔で少女は抗議した。


「ですが、団長!」


「そこまでにしたらどうだ?」


 流石にこれ以上は見過ごせない。二人を庇うように前に出た俺は風王騎士団を正面から見据える。


「さっきから黙って聞いていれば、人の中傷しか口にしない。ここに通う子女たちは礼儀正しく、心優しい生徒だと聞いていたのだが、どうやら認識を改めなければならないようだ」


「なんだと! 貴様っ」


 三つ編みの少女が激昂して前に出る。


「なにか場違いなことでも言ったか? 人を平気で罵る者が礼儀正しい、ましてや心優しいとでも言えると? 学院の風紀を任される者がその調子では困るな」


 肩を竦めて挑発すると案の定、歯軋りをした三つ編みの少女は憤怒の目で俺を睨んだ。


「……言ってくれるじゃない。男の精霊使いだからっていい気になってんじゃないわよ」


「ふむ、俺の目には君の方が風王騎士団を笠に着ているように見えるのだが?」


「貴様……それ以上は騎士団への侮辱と見做すぞ」


 ここに来てエリスも前に出て剣を抜く。その目は鋭く、射るような目を俺に向けていた。傍らの少女たちも腰の剣を抜き、切っ先をこちらに向けた。


「その言葉、そっくりそのままお返ししよう。先に侮辱をしたのはそちらだ。俺もそこまで人間ができている訳ではないのでね。友の侮辱は俺に対する侮辱だと知れ」


「そうね、あたしへの侮辱は好きにしなさい。けど、姉様への侮辱だけは絶対に許さない。――決闘を申し込むわ、エリスファーレンガルト。そこの二人も」


 クレアはいま一度、地面を鞭で叩き、エリスに指を突きつけた。


「わたくしもですわ、クレア・ルージュ。ローレンフロスト家を愚弄する者には復讐の牙を――我が家の家訓ですの」


 プラチナブロンドの髪をかきあげ不敵に微笑むリンスレット。


 二人の口上を聞いたエリスは剣の切っ先を俺からクレアたちに向けた。


「いいだろう。逃げたと言われてはそれこそ誇りある風王騎士団の名折れ。その決闘の申し出、受けてやる。正直、君たちレイブン教室の狼藉は目にあまると思っていたところだ」


「学院内での私闘は禁じられているのでは?」


 ん? 学院内?


「学院内での私闘はな。むろん、ここでやりあうつもりはない」


 なるほど、学院外ならOKということか。私闘そのものを禁じたら必ずどこかで暴動が生じる。なら、あらかじめ制約を設けることでガス抜きをしようということか。誰が考えたのやら、この決まりは。


 脳裏に不敵に笑う婆さんの姿を思い描いていると、エリスはクレアに向き直った。


「時刻は今日の深夜二時。場所は〈門〉の前だ。対戦形式はそちらで決めろ」


「なら三人制でどう?」


「……いいだろう」


 エリスはチラッとこちらに視線を向けると大仰に頷いた。剣を収め、踵を返して去っていく。傍らの二人は俺たちを一笑してからエリスの後を追っていった。なんとも小者臭が漂う奴らだな。


「ふん、あいつら絶対に後悔させてやるんだから! とくに姉さまを侮辱したあの髪の短いやつは絶対に許さないわ!」


「いい機会ですわ、騎士団の連中は前々から気に入らなかったんですの」


「リンスレット、足手まといにならないでよ」


「あら、それは私の台詞ですわ」


 やれやれ、ここでも言い合いか。案外キャロルの言っていた、二人は仲良しという話は本当なのかもしれないな。


 苦笑しているとクレアが腰に手を当てて、ビシッと俺を指差した。


「ま、そんな訳だから、早速アンタの力を見せてもらうわよ!」


「……ああ、まあ程々に善処しよう」


 いくら風王騎士団とはいえ、相手は学院生の少女。命を懸けた本当の戦場というモノを知らない彼女たちを相手に本気を出したら、過剰防衛になってしまう。


 あ、なら枷を付けるか。それなら本気で戦えるからな。


 こと戦いではあまり手を抜きたくないため、この案はまさに天啓。早速、脳内で術式を構築しながら、俺は二人と一旦別れて帰路についた。


 大人気ないことをしてしまったと、自己嫌悪に陥るのはまた別の話である。

 
 

 
後書き
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