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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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A's編
  第三十一話 後



 まるで沈んだプールの底から水面に浮かびあがっていくような感覚だった。意識がゆっくりと浮上していくような感覚。一度沈んだ僕の意識が再び表に出ようとしていた。

 ぱちっ、と閉じられていた瞼を開けてみれば、視界を支配したのは真っ黒な暗雲だった。

 えっと……ここは? ……というか、僕はどうして寝ていたんだ?

 なんとなく目覚めたという感覚はある。つまり、僕は今まで寝ていたということである。なぜ、寝ていたのか。すぐには思い出せなかった。

 そもそも、寝ている場所が不思議である。背中から足元にかけては硬く冷たい感覚が支配しているにも関わらず、首からは上は少しだけ上がっており、頭部には暖かさを感じていた。まるでフローリングに枕だけで寝ているような感覚だった。

 だからだろう、この状況から寝る直前までの記憶がすぐに思いつかなかったのは。

 少し探れば、思い出すことは可能だっただろう。しかし、それを遮るように頭上から声がした。

「目が覚めた? ……ショウくん」

 聞こえてきたのは聞きなれた声だった。声が降ってきた方向に目を向けてみれば、そこには思っていた以上に近い位置に彼女の顔が存在していた。僕の友人の一人である高町なのはちゃんの顔が。

「なのは……ちゃん?」

「うん、なのはだよ」

 そう答えながら彼女は笑う。

 どうして、なのはちゃんがここにいるのだろうか。なのはちゃんには何も言っていなかったはずだ。今日の封印に関してもなのはちゃんにできることは何もないため、クロノさんはなにも連絡していないといっていた。

 できることがない、ということに関しては、僕も同様なのだがはやてちゃんが心細いだろうということで、僕も同伴したのだ。

「―――って、はやてちゃんはっ!?」

 未だ呆然としていた頭もいい加減に活性化しはじめ、今までの経緯を思い出していたところで僕は、記憶が途切れる直前の光景を思い出した。

 クロノさんに追いつめられ、叫んでいたはやてちゃん。彼女の気配を今の僕は感じられなかった。

 不安に駆られた僕は、寝ている状態から一気に起き上がり、現状を知っているかもしれないなのはちゃんに問うために振り返る。先ほど、僕を覗き込むように話しかけてきたなのはちゃんは、僕のすぐそばにいた。冷たい冬のコンクリートの上に聖祥大付属小学校の制服に似せたバリアジャケットで、直に女の子座りのままで。

 ―――え? あれ……えっと……もしかして……僕、なのはちゃんに膝枕されてた?

 僕が今立っている位置、先ほど感じられたぬくもり、なのはちゃんの据わり方。それらを総合して考えれば、先ほどまで、僕がどのような格好で寝ていたか想像はつく。そこにどこか気恥ずかしさを感じてしまう。

 そんな気恥ずかしさを押し込んで僕はなのはちゃんに問う。

「なのはちゃん、はやてちゃんの行方を知らない?」

 僕が先ほどまでの格好に心の中で身もだえしていることを知ってか知らずか、何事もなかったようになのはちゃんは立ち上がると視線を僕から見て右手に向けた。

 僕もつられてなのはちゃんと同じ方向に視線を向ける。

 視線の先では、まるで花火のように火花を散らしながら交差する五つの人影があった。

 火を噴き、大きなハンマーを振るい、白銀の鎖が空を舞い、翠色の光が人影を包む。そして、最後の一つの人影はそれらを捌くように紅と黒の光で相手をしていた。

「あそこにいるのが、八神はやてだよ。ショウくん」

「え? でも……あの人影は……」

 そう、はやてちゃんとは似ても似つかない人影。彼女は、あんな白髪ではないし、背中に翼のようなものを生やしていない。なにより、彼女は魔法を使えないはずだ。

 だが、僕のそんな反論をさえぎるようになのはちゃんは続ける。

「でも、間違いないよ」

 どこか確信を持ったような声。もしかしたら、なのはちゃんには何か別の方法があって彼女を識別する方法を持っているのかもしれない。

 最初は信じられなかったはやてちゃんの変化した姿だったが、よくよく考えてみると一つだけ彼女をそうさせる要素が見つかった。

 つまり『闇の書』だ。

 封印すると言っていたが、あれから僕は気を失ってしまったので、状況が把握できない。しかし、闇の書とは古いデバイスのようなことを最初の説明で言っていたこともあって、もしかしたらバリアジャケットのように姿を変化させられるのかもしれない。

 しかし、ここでわからないのは、なぜ彼女たちが戦っているか、だ。

「どうして、はやてちゃんは守護騎士の人たちと戦ってるの?」

 そう、目をよく凝らしてみれ見れば、戦っている人たちも僕は見覚えがあった。あの襲撃のときに自らを守護騎士と名乗っていた人たちのことである。そして、同時にはやてちゃんの家族でもある。

 名前は、シグナムさん、ヴィータさん、シャマルさん、ザフィーラさんだっただろうか。

 彼女を護るならわかる。だが、彼女たちは今、間違いなくはやてちゃんと思しき人物に攻撃をしているようにも見える。

「……力の暴走だよ。今のあの人は、封印が解かれて、有り余る力で暴走してるみたい」

「それは……」

「レイジングハートが教えてくれたよ」

 どうして、レイジングハートはそんなことを知っているのだろうか。

 いや、それよりも問題は、闇の書が暴走しているという一点だ。つまり、クロノさんたちは封印に失敗したことになる。いや、僕が記憶を失う直前の言動からすれば、失敗させたということになるのだろうか。いや、だが、それはどういうことだ? クロノさんたちは封印させるために動いていたんじゃないのか? 僕を騙してまで暴走させる意味は……?

 わからない。持っている手札があまりに少なすぎて。管理局―――クロノさんたちのいうことを信じて動いてきた僕には、裏切られたかも、という疑念がある以上、何の答えも出せなかった。

「―――ショウ君はどうしたい?」

「え?」

 僕はなのはちゃんに問われて、思わずなのはちゃんのほうを向いた。

 彼女はまっすぐに僕を見ており、その瞳はすべてを映すように澄んでいた。まるで僕の考えがそのまま映る鏡のように。

「あの子のこと」

 あの子、とは今、目の前で暴走している闇の書とはやてちゃんのことだろう。

 そうだ。僕がクロノさんたちに騙されたかもしれないなんてことは後で考えればいいことだ。今は、はやてちゃんをどうするか、だ。

「止めたい。うん、僕は彼女を止めないと……」

 もしも、はやてちゃんが、闇の書に取り込まれて暴走しているなら止めないといけない。

 はやてちゃんが、暴走による破壊を望んでいるとは思えない。どうしてこうなっているかわからないが。何をおいても現状に対応するのが先だろう。

 こういう時に出てきそうな時空管理局のクロノさんたちがいないのは気にかかるが。いや、そもそも暴走させたのがクロノさんたちだったとするといるはずもないのだが。

 そして、僕の答えを聞いたなのはちゃんは―――笑った。

 にこっ、とどこか安心したように。しかし、少しだけ陰りが見えるようなそんな笑みを浮かべた。

「うん、そうだね。ショウくんなら絶対そういうと思っていたよ」

 そういうとなのはちゃんは、白い靴に自らの魔力光である桃色の羽をつけて、空を飛ぶ。

 今は僕の倍ぐらいの位置に立って、僕を見下ろしながらいう。

「あの子を止めてくるね」

 まるで学校に行く、というような感じで気軽な声でなのはちゃんはいう。しかし、それが簡単なことではないことは容易に想像できる。今でさえ4対1なのに、はやてちゃんを止められる様子は見えない。あの襲撃者たちを一人で一蹴した守護騎士たちが、だ。

「ちょっと待って! 僕も―――っ!」

 だから、思わず今にも飛び立とうとしているなのはちゃんを呼び止めて、自ら参戦しようと思っていたのだが、途中でなのはちゃんに首を横に振られて、自らの力量に気付いた。

 一人で参戦しようとしているなのはちゃんに思わず反応して、僕も参戦しようと思っていたが、よくよく考えれば襲撃者にも対応できなかった僕が、参戦したところで戦力になるどころか邪魔ものだ。

 だから、なのはちゃんも首を横に振ったのだ。

「でも……」

 それでも、と思ってしまうのは、僕の精神年齢が高いからだろうか。小学生のなのはちゃんに行かせて、大人の仲間入りをしようとしている年代の僕が見ていることしかできないからだろうか。

 あるいは、女の子に行かせて、男の僕が見ていることしかできないというある種のフェミニズムからだろうか。

 どちらにしても僕が無力だからだ。魔力ランクAであろうとも、この場では僕は魔法も知らない素人となんら変わりはなかった。

「だったら………」

 え? と僕は彼女を見送ることしかできないことを悔しく思いうつむいている状態から顔を上げた。

「だったら、ショウくんが応援してよ。頑張れって。それだけで私はきっと強くなれるから」

 笑って彼女は言う。僕の一言がきっかけで戦うなんて野蛮な戦地へと送る僕に笑顔で彼女は応援してくれ、という。ならば、僕はこれ以上格好悪くならないために、ぐだぐだと嘆く前にやらなければならないだろう。

「なのはちゃん、頑張って!」

 ごめん、とは言わなかった。それは彼女の決意を無駄にしそうだったから。

 最低限の応援しか言えなかったけれども、彼女は僕の応援を聞くとぱぁ、と向日葵が咲いたように笑い、うんっ! と本当に遠足に行くような返事をして、その身を翻して、まっすぐと守護騎士とはやてちゃんたちが戦っている方向へと飛んで行った。

 僕は……僕は、それをただ見送ることしかできなかった。



  ◇  ◇  ◇



 廃ビルとなっている屋上にフェンスが設置されたままなのは、まだここにテナントや会社が入っているときの名残だろうか。もしかしたら、ドラマのように屋上でバレーボールに興じるOLさんもいたのかもしれない。

 それは、もはや想像の向こう側だ。仮に今でもそんな光景が残っていたとしても、こんな曇り空で、地獄絵図が広がる中、バレーボールに興じる強者はいないだろう。

 そう、なのはちゃんが戦いの場へと向かってから状況は悪化していた。道路のアスファルトを割って飛び出した火柱。初めて見る女性(闇の書なのだろうか?)から発せられる魔力は異様で、異質で、強大なものだった。魔法を習っているとはいえ、まだまだ素人である僕でさえ途方もないとわかる魔力を持つ女性。それが闇の書だった。

 そんな闇の書と戦っているのがなのはちゃんだ。

 戦況は僕にはよくわからない。だが、最初に戦っていたシグナムさんたちと協力しているようだ。なのはちゃんが向こうに行ってから少しの時間は、なのはちゃんの魔力光しか見えなかったが、五分もすると前のようにシグナムさんたちの炎やハンマーが乱舞し始めていた。

 心なしか威力やハンマーの大きさがなのはちゃんが向かう前よりも大きくなっているように感じられるのは気のせいだろうか。

 僕にはそんな戦況をフェンスにしがみついたまま見ることしかできない。

 応援してくれ、と言ってくれたなのはちゃんだが、見送る時の応援がせいぜいだ。聞こえないのであれば、あとは心の中で祈るしかない。もっとも、その祈りさえも届くかどうかはわからないが。

 戦況も僕が見ている限りでは一進一退というところだろうか。ここからどうやって戦況が動くのか僕には全く分からない。大きな動きでもなければ、体力の続く限り戦うのではないだろうか、と疑念を抱き始めたときだった。

「……うそ……だろう」

 僕は呆然とつぶやいてしまった。

 なぜなら、僕が見詰めていたその視界の先に見えたのは、まるでカラスのように黒い影。しかし、カラスというにはあまりに大きすぎる。しかも、目を凝らしてみてみれば、その姿が次第に見えてくる。

 その姿は、地球にはありえないもので。想像と物語の中にしか存在しないはずの存在。大きすぎる翼をもち、何物も貫けない鱗を持ち、口から生える牙はすべてを砕きそうな硬さを誇り、その真紅の粗暴は鋭く空の王者としての風格を兼ね備えた存在。

 僕の想像が間違っていなければ、その存在は―――竜だった。

 しかも、一匹ではない。空を埋め尽くすほど無数の竜。それが海鳴市の空を支配していた。

 どうしてそんなことができるのか、僕にはわからない。ただ、目の前の現象を端的にあらわすならば、本当に竜が現れた、としか言いようがないのだ。

 さすがにこれはまずいだろう、と思って、僕はなのはちゃんに念話を送って逃げるように言おうと思ったが、直前で切り上げた。なぜなら、念話をしながら戦闘することが危険だと思ったからだ。魔法を使えている時点で並列思考ができることはわかっているが、それでも魔法のために労力をさいたほうが戦いやすいはずだ。

 もしも、僕のせいでそれが隙になって大怪我でもしようものなら目も当てられない。

 しかし、そうだとすると、僕はどうするべきだろうか。あの巨体に立ち向かえるとは到底思えない。先ほどの段階でも出て行っても無力だと思い知らされたのだ。ならば、僕は僕のできることをやるべきだ。

 たとえば、時空管理局に頼る、とか。

 いや、それもどうだろうか。僕が倒れる直前まで話していたのはクロノさんであり、僕を攻撃したのもクロノさんである。いや、よくよく考えれば言動がやや怪しかったことを考えると、本当にクロノさんだったのか、という疑念は残るものの、闇の書を持っていた以上、彼が時空管理局の一員であることは間違いないだろう。

 ならば、ここで頼ってもいいものだろうか。なにより、この大事になっているのに時空管理局の人が見当たらないのもおかしい。そのことがさらに疑念を強くさせる。いったいどうなっているのだろうか。

 誰かに連絡を……とは考えるものの誰に連絡を取るべきなんだろうか。

 そんなことを考えている間にも戦いは激しさを増していた。

 竜の襲撃を剣やハンマーで打ち払い落していくシグナムさんやヴィータさん。炎の息吹からなのはちゃんを守るように銀色の膜を張る犬耳のザフィーラさん。時折、彼ら三人の体を翡翠色の光で包むシャマルさん。そして、なのはちゃんが一番後ろに待機しながら空を切り裂く桃色の砲撃で一気に数多くの竜を落としていた。

 どちらが有利なのか僕にはわからない。ただ、わかるのはなのはちゃんが有利なようにも、闇の書が有利なようにも見えないということである。

 なぜなら、落とす一方で、次々と背後で竜が生み出されるからだ。数が減っているのか、増えているのかわからない。千日手とはこういうことをいうのだろう。この戦局を崩すためには何か一手が必要なのだろうが、僕にはその一手がわからなかった。

『…たくん、翔太くん。翔太くんっ! 聞こえる!?』

「エイミィさんっ!?」

 なのはちゃんたちの戦いを見ながら、何か手はないだろうか、と考えている途中で、念話を送ってきたのは、疑惑の時空管理局に所属するエイミィさんだった。

『よかった……つながった』

 心底安心したようなエイミィさんの声に答えていいものか僕は迷った。なぜなら、彼女も時空管理局の一員である。だが、一方で、僕としては彼女自身は信じられると、信じたいと思っていた。

「……そうですね、何とか無事ですよ」

 だから、声は硬かったかもしれないが、僕はエイミィさんの念話に答えた。そして、エイミィさんも僕の声の硬さに気づいたのだろう。少し申し訳なさそうな声を出してきた。

『翔太くん、ごめん』

 何を謝っているのか僕にはわからない。僕に危害を加えてきたことだろうか、はやてちゃんを傷つけるような発言をしたことだろうか、僕をだましたことだろうか、あるいは、そのすべてだろうか。

 だが、そんなことは今は関係なかった。エイミィさんが連絡を取ってきた理由を知るべきなのだ。

「事情は後で聞きます。それよりも、何かありましたか?」

 何かあったのか、というならば、現状が何かあった状態なのだが、エイミィさんがそれを理解していないわけがない。だからこそ、僕が無事であることを確認したのだろうか。

 ならば、時空管理局は現状に気づいているということだろう。だとしたら、どうしてこの状態を放置しているのだろうか。あるいは、何か事情があって放置していると考えるのが妥当なのだろうか。

『うん。ひとつ大変なことが起きてね。翔太くんにお願いしたいことがあるの』

「………なんでしょうか?」

 非常に怪しいことはわかっている。先ほど騙されたのに用件を聞くのは間違っているとは思っている。だが、エイミィさんの声からは、焦りの色が色濃く見えた。もしも、これが演技なら脱帽ものだが、短い付き合いからも彼女は人をからかうことは好きだが、騙すことは嫌いだということがわかっている。

 つまり、本当にこれは彼女たちに予想外のことだったと考えるべきだろう。

『今、その空間は封時結界で包まれているんだけど、その中に取り残されちゃった人がいるの』

「まさか、僕に助けに行けって言うんですか?」

 僕の問いにエイミィさんは無言だった。ここでの無言は肯定と捉えてもいいだろう。

 しかし、おかしい話である。どうして、僕に頼むのだろうか。僕が戦力外で手が空いているというのは確かに事実かもしれないが。

「それは時空管理局のお仕事じゃないですか」

『そうなんだけど、今、そっちに手が回せる人員がいないのっ! だから、ごめん。翔太くん、お願いできないかな?』

 これをうそと見るとか、真実と見るか、僕には判断がつけられなかった。僕が持っている情報が少なすぎるのだ。心情的には、一度騙されている以上、嘘だという可能性が排除できない。しかし、もしも、本当だったら……いや、もしも本当だとしても、それ自体が罠だったりしたら。

 僕の状態が疑心暗鬼であり、まずい状態だということはわかっている。しかし、それでも疑ってしまうのは仕方ないだろう。

『それに、言いにくいんだけど、取り残されているのは……アリシアちゃんとその友達みたいなんだよ』

「うそでしょっ!?」

 思わず驚きの声を上げてしまった。

 くそっ! と僕は心の中で舌打ちした。なぜなら、アリシアちゃんと彼女の友人というのであれば、巻き込まれたのが誰だか判断できたからだ。今日は塾がない日だ。そういう時は大体、アリシアちゃんはアリサちゃんとすずかちゃんと一緒に帰っている。ならば、アリシアちゃんが確認できたなら、巻き込まれた友人というのはきっとその二人だ。

 これでは、エイミィさんの言葉が嘘か真実かなどとを考えている暇はない。これが罠だとか考えている暇はない。彼女たちがこの空間にいる以上、僕が動かないわけが行かなかった。これも策略か、と時空管理局への疑念は強くなってしまったが。

「エイミィさん、場所を教えてくださいっ!!」

『ありがとうっ! 今、S2Uに座標を送ったから。出口までの転送はこっちからサポートするよっ!』

 僕はコートのポケットに入れていたクロノさんから借りているS2Uを取り出した。

「S2Uっ! セットアップ!」

 僕の声に反応してS2Uは黒いバリアジャケットを展開する。バリアジャケットの形はクロノさんのをそのまま受け継ぐ形になってしまい、僕としても万が一を考えていなかったため、そのままにしている。

 クロノさんが装着していた黒いバリアジャケットを身にまとった僕はS2Uに対して、アリシアちゃんたちが取り残されたであろう場所を示すように命じた。

「ここか……」

 その場所は、いつもの帰り道だ。どうやら、そこから動いていないことを考えると、突然放り込まれた状況に呆然として動けないというところだろうか。理由はよくわからないが、動かないのであれば、幸いである。

「間に合ってよ」

 僕は祈るような気持ちでビルの屋上から飛び立った。

 しかし、間の悪いことに僕の飛行魔法は、『飛ぶ』というほど速度が出ない。少し早歩きをしている程度だろうか。それでも一直線に向こうに向かえるから早いのだけれども。

 僕は一直線にアリシアちゃんたちのほうへ向かいながら考えていた。

 どうして、エイミィさんたちは、僕に助けを求めたのだろうか、と。アースラは時空航行艦であり、転移魔法だって使えるはずだ。つまり、救助するためには僕の手助けは必要ないはずだった。それが、エイミィさんは、僕に向かってくれ、と言った。それ以上の何かがあるのだろうか。

「エイミィさんっ! どうして、アリシアちゃんたちを転移させないんですか?」

『私たちも避難させたいんだけど、その領域は私たちの領域じゃないの。あのなのはちゃんが戦っている闇の書が展開した領域なの。だから、私たちの魔法もそう簡単に届かないの』

 カタカタとキーボードを連続で叩くような音を立ててエイミィさんが答える。おそらく、その通りなのだろう。エイミィさんが作業しているのは、救うための手立てだと思いたい。

『でも、翔太くんに助けに行ってもらえば、S2Uを介して魔法が届くから避難もできるの。だから、急いでっ! 翔太くんっ!』

「わかりました。できるだけ急いでみます」

 事情を聴けば、なんとなく納得できる理由だ。しかしながら、この領域が封時結界に包まれていることは理解できていたが、まさかそれが闇の書によるものだとは気付けなかった。先ほどの疑念は正しかったということだろう。しかし、まさかクロノさんから借りたS2Uが万が一の護衛用以上に役立つとは思わなかった。

 ともかく、それをエイミィさんから聞いた以上は急ぐしかない。

 僕は前を見て、さらに速度を上げた。もっとも、早歩きの状態からジョギングになった程度だが。

『―――っ!? 翔太くんっ! ごめん、急いでっ! 闇の書の攻撃がそっちにっ!』

 突然、急いでいる僕に入ってくる物騒な念話。まさかっ!? と思って振り返ってみれば、確かに闇の書が今まで以上にありえない攻撃をしていた。

 直径が2メートルはあろうかという炎の球を投げつけるという攻撃方法だ。それらは流れ弾となって近くのビルにぶつかり、コンクリートでできていたビルを融解させる。

 少なくともその炎の球がコンロなんかで用意できる簡易的なものでないことが簡単に証明されたわけだが、嬉しいわけがない。むしろ、危険極まりないことであり、言いようのない危機感を持っていた。

「―――っ!」

 このままでは、いつアリシアちゃんたちが巻き込まれるかわからない。それを言えば、なのはちゃんも心配だが、それ以上にやはり彼女たちが心配だ。

 急げ、急げ、急げ、と僕は自分自身を叱咤する。しかし、その程度で速度が上がれば苦労はしない。

 気持ちだけが逸り、しかし、速度は上がらない。近づいているのだろうが、しかし、それでも気持ちだけは逸ってしまうのだ。僕ができるんことは想像している最悪が起きらないことを祈るだけなのだが―――どうやら、あまり信心深くない僕は運には見放されたようだった。

 闇の書が投げていた炎の球が僕が目的地としていた場所へ向かって数個飛んでいくことを確認した。もちろん、直撃ではないだろうが、それでもその付近に落ちただけでアリシアちゃんたちが危ないのは明白だ。

 急げっ! 急げっ! 急げよっ!

 危機が現実のものとなって、僕はさらに自分の身体に鞭を入れるように心の中で叫ぶ。

 次の瞬間、歩くような速度で変化していた景色がまるで新幹線に乗った時のように一瞬で変化するようになった。

 ―――え?

 自分自身でも現状を理解できない。気が付いたら僕の飛行速度が上がっていたのだ。少し落ち着いた後で原因を探ってみれば、不自然に上がった魔力量ともいえるだろう。僕が感じている魔力量は僕が常に感じている魔力量よりも大幅に上がっている。

 だから、飛行魔法に使える魔力量も上がっている。唯一不安だった魔力制御だが、それもS2Uが支えてくれるため問題がないようだ。

「S2U、どうして僕の魔力が上がったかわかる?」

『Sorry.I can't understand』

 だろうな、と僕は思った。まさか、危機的状況に僕の中に眠っていた封印された力が目覚めた、なんてどこかの友人のようなことは考えない。

 原因がわからない変調というのは不安で仕方ないが、しかし、この状況的は利用できる。いや、利用しなければならないだろう。

「S2Uっ! 急ごうっ!」

『Yes, Boss』

 制御は、S2Uに任せて、僕は空を飛ぶ。

 僕がアリシアちゃんたちの場所に到着したのは、数秒後だった。

「お兄ちゃんっ!?」

 空から降りてきた僕を最初に出迎えてくれたのは、聖祥大付属小学校指定のコートに身を包まれたアリシアちゃんだった。目を真ん丸にして僕を見ていた。

 それは、程度は異なるが、アリシアちゃんの左右にいたアリサちゃんとすずかちゃんも同様だ。

「あんた、なによその恰好。それに今……空から降りてきたような……」

 呆然とした中で情報を集めたのだろう。情報を整理するように言葉を発するアリサちゃん。僕だって、その気持ちはわかる。僕だって、もしも何も知らずにこんな状況に突っ込まれたらひどく動揺するだろうから。

 だから、僕は少しでも安心させるようにいつも通りの笑みを浮かべて、落ち着かせるように静かな声で言う。

「話はあとでするから、今は僕の周りに集まってくれないかな?」

 思ったよりも炎の球が速かった。魔法に文句を言っても仕方ないのだが。

 アリシアちゃんとアリサちゃんとすずかちゃんは顔を見合わせていたが、僕を信じてくれたのか、僕の周りに集まってくれた。

 僕はそれを確認して、サークルプロテクションを展開する。僕たちの周りを白い障壁が展開される。それをアリサちゃんたちは物珍しそうな目で見ていた。

「ねぇ、ショウ、いったい何が起きてるの?」

「全部あとでまとめてでいいかな? ちょっと相手にしなくちゃいけないものがあるからね」

 それは直径が大人の身長はありそうな三発の炎の球だ。彼女たちも、それが見えたのか口をつぐんだ。直撃コースではないだろうが、近くに落ちてくることは間違いないだろう。

「ショウくん、大丈夫なんだよね?」

 すずかちゃんが恐怖に震えるような声で問いかけてくる。こんな映画の中の非日常に突っ込まれればそう思うだろう。もっとも、それをいえば、すずかちゃんも吸血鬼という非日常の一部であるような気がするのだが、言わぬが花だろう。彼女が怯えているのは事実なのだから。

「うん、大丈夫だよ。任せて」

 さっきまでの僕だったらどういえているかわからない。さっさと逃げ出したかもしれない。でも、今の僕の魔力量とS2Uの協力があれば………

「S2U、いけるよね?」

『No problem.Boss』

 S2Uのお墨付きだった。そして、そのお墨付きは間違いなかった。

 近くに落ちた赤い炎の球たちは道路をえぐり、爆風を生み出していたが、僕の張ったサークルプロテクションの中は穏やかなものだ。直撃していたらどうなっていたかわからなかったが。

 やがて、炎の球の影響が過ぎ去ったころにサークルプロテクションを解く。同時に僕は振り返って後ろに控えていた三人に話しかける。

「大丈夫だった? たぶん、何も問題ないとは思うんだけど……。あのね、今からちょっとだけ説明するんだけど―――」

「お兄ちゃんっ! 後ろっ!」

 三人に向かって説明しようと思っていたのだが、それを遮るアリシアちゃんの声。その声は、どこか焦っているようにも見え、怯えているようにも見え、その表情は三人とも一緒だった。

 何があるんだ? と思って、僕が振り返って確認できたのは、背中から羽を生やし、入れ墨を入れ、黒い服に包まれ、白い髪をなびかせた女性。間違いなくなのはちゃんと戦っていた女性だった。

「あなたがなぜっ!?」

 さっきまで間違いなくなのはちゃんたちと戦っていたはずだった。それなのに、どうして彼女がそこにいるのだろうか。だが、問いかけたところで答えが返ってくるはずもなかった。代わりに返ってきたのは、僕に向かってかざされた掌だ。

「え?」

 ぽわっ、と僕の身体が、黄色の光に包まれる。その感覚はまるで回復魔法を受けているようだが、同時に底なしの穴に落ちるような不安感も感じた。

「主が心を許した少年よ。主が求める少年よ。申し訳ないが、主とを同じ夢を見てくれないだろうか。主と同じ夢の中で過ごしてくれないだろうか。同じ闇の中で安らかな眠りを………」

 僕は彼女が何を言っているのかわからなかった。ただ、わかったのは僕が何かされたことであり、彼女が言う主がはやてちゃんだろう、ということだけで、僕自身に起きていることは何も理解できなかった。

 ただ、一つだけ理解できたのは、だんだんとこの世界で感じられていることが薄くなっていくこと、そして、だんだんとこの最中で眠くなっていることだ。

 おかしいとは思いながらも僕は、この眠気に逆らえなかった。

 ―――あ、れ? おかしい、な。ねむっちゃ、ダメ……だ。

 だが、僕の抗いもむなしく、僕の意識はまっすぐ暗闇へと落ちていく。夢の夢の世界へと。

 意識が途切れる瞬間、最後に聞いたのは、「お兄ちゃんっ!」と叫ぶアリシアちゃんの声だった。




つづく
















 
 

 
後書き
 前後共に意識を失ってフェードアウトする主人公がいただろうか。 
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