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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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A's編
  第三十一話 前




 はやてちゃんの家が襲撃されてから一週間が過ぎようとしていた。結局、あの事件の詳細をクロノさんが、口にすることはなかった。ただ、彼らの言い方とクロノさんの難しそうな顔と事件の次の日に頭を下げて謝ってくれたことから、大体の事情を察することはできた。

 クロノさんが事情を言わないのか、言えないのか、僕にはわからない。しかし、どっちでもいいとは思っている。悪いのは彼らであり、クロノさんではない。たとえ、相手が元同じ職場の人間だったとしても、クロノさんに責はないのだから。あれから護衛の数を増やしたらしいが、それも無駄に終わりそうだった。僕としては無駄に終わってくれたほうがありがたい。

 一方、クロノさんとなのはちゃんのほうも順調らしい。計画通りに進んでいるらしく、このままならスケジュール通りに消化できるらしい。そうすると、はやてちゃんを蝕んでいる闇の書は、クリスマスまでには封印できるようである。

 僕としては、喜ばしいことだが、はやてちゃんにその話をすると、なぜか少しだけ暗い顔をするのだ。理由を聞いても教えてくれない。いったい、何が彼女にそんな顔をさせるのだろうか。理由はなんとなく想像がつく。おそらく、まだシグナムさんたちのことが心のどこかに引っかかっているのだろう。

 当たり前だ。いくら、知らないと言われたとはいえ、彼女にとって彼らは大事な家族なのだから。しかも、よくよく話を聞けば、彼らはもともと闇の書の守護騎士。彼らに何が起きたか、僕にもはやてちゃんにもわからないが、闇の書が封印される以上、彼らも封印されるとみて間違いないだろう。

 だから、暗い顔をしているのだと僕は思っている。そんなはやてちゃんに僕は何も言えなかった。まさか、シグナムさんたちを助けるために闇の書を封印するな、とは言えない。なぜなら、そのままにしておくとはやてちゃんは死んでしまうからだ。これは最初に説明されたことだから知っている。

 それに加えて、さらに闇の書には転生機能があり、次の場所へ転移し、破壊を繰り返す。その結果がわかっているからこそ、はやてちゃんは封印にも納得したのだろう。もちろん、闇の書を復活させることも意識しているようだが。

 さて、何にしても残り一週間―――12月24日、クリスマスイブにはすべてに片が付きそうだ、とクロノさんも言っていたし、それまで何事もないことを祈るばかりである。

 しかしながら、そんなことを考えながら登校したのがまずかったのか、まるで僕の祈りをせせら笑うような出来事が待ち構えていた。

 僕は、登校した後、いつも通りに下足場から上履きを取るために靴箱を開き―――閉じた。

 目の前の光景が信じられなくて、いや、信じたくなくて。だから、事実を確かめるために僕はもう一度、目をこすり、寝ぼけていないことを確認してからもう一度靴箱を開いた。

 そこに広がる光景は変わっていなかった。昨日の帰宅時と同様にちょこんとおいてある僕の上履き。それは何も変わらない。変わっているのは、まるで上履きをさえぎるように立ててある一枚の封筒であった。

 A4サイズの紙を公共の機関に送るような無骨な茶封筒ではない。手紙をやり取りするときのような薄いピンク色の封筒。可愛い犬のシールで手紙は封がされていた。

 手紙用の封筒などペンフレンドでもいれば、持っているのだろうが、生憎ながらメールでほとんどのことが住んでしまう世の中になってしまった以上、僕たちが多用することは少ないのではないだろうか。

 そんな珍しい代物が僕の目の前にあった。それを青春時代の一ページに明るい記憶を付け加えるための招待状か、あるいは笑い話にもならないページを付け加えるための招待状と勘違いしてしまうのは、僕が小学生しからぬ思考回路を持っているからだろうか。

 そのどちらにしても、この下足場で上履きもとらずに立ち止まっているのは視線を集めてしまう。今も徐々に僕にチラチラと視線を向けてくる生徒がいる以上、これ以上立ち止まっていてはいらぬ関心を呼んでしまうだろう。

 僕は、上履きに立てかけられるように置かれていた手紙を誰にも見られぬようにカバンの中に突っ込むと、下足場から上履きを取出し、下ばきと履き替えて何食わぬ顔でその場を後にした。

 そのまま、僕が向かった先は教室―――ではなく、屋上へと続く階段の踊り場だ。しかも、教室がある校舎ではなく音楽室や美術室などがある特別校舎の屋上への階段の踊り場だ。実は、教室がある校舎の屋上は開放されているが特別校舎のほうは開放されておらず、結果として人が少ない。だからこそ、こういう内緒ごとをするにはピッタリな場所なのだ。

 いつも通りというべきだろうか、僕が目的地としていた階段の踊り場には誰もいなかった。もっとも、季節が冬であることを考えるともともと誰かがいる可能性はゼロに等しいのだが。

 誰もいないことを確認した僕は、早速カバンの中に放り入れた手紙を取り出した。薄いピンク色の封筒は適当に放り込んだ割にはまがったところはなく、そのままの姿だった。実は、放り込んだ後、ずいぶん適当だったということを思い出してくしゃくしゃになっていないだろうか、と心配になったのだが、幸いにして杞憂で済んだようだった、

 まずは封筒の封を開けずに裏と表を見てみる。この手紙にはありがちなように『蔵元翔太様へ』という一文はあったが、差出人の名前はどこにもなかった。その形式美というものが、もしかして、という期待と一緒に僕の胸を高鳴らせる。

 どこかの漫画にしかないようなシチュエーションだが、一種の浪漫も感じるではないか。さすがに平時には過去の経験も合わせて冷静に対処できる自信はあるが、生憎ながらこの手の手紙に関する経験はこれが初めてだった。

 僕はドキドキと胸を高鳴らせながら犬のシールをはいで、中に入っている便箋を取り出す。それも花があしらわれた可愛らしい便箋だった。どんな内容が書かれているのだろうか、と目を走らせてみたが、その行為は一瞬で終わった。

 なぜなら、そこに記された文章はたった一文しかなかったからだ。

『あなたに会いたいです。』

 そして、その下には本日の日付と場所と時間だけが記されていた。ここにも差出人の名前はない。便箋の裏も見てみたが、そこには真っ白な裏面を見せるだけで何も書かれていなかった。

 ……まさか、あぶりだしとかじゃないよね?

 そんな漫画のようなシチュエーションに対して漫画のような対処法が必要なのか、と一瞬だけ頭をひねらせた後、丁寧に便箋をたたむと入っていた封筒に取り出した時と同様に封筒に仕舞うと今度はくしゃくしゃにならないようにノートの間に挟んでカバンの中に仕舞い込んで、階段の踊り場を後にした。

 階段の踊り場から今度こそ教室へと向かう。僕はもともと授業開始の30分前には学校に来ているからこの程度の寄り道ならば、問題はないが、そこで考えている余裕はなさそうだ。だから、とりあえず教室へと向かう。

 教室に入った僕は、タイミング的には珍しく遅いこともあってか、いつもよりも多くのクラスメイトに朝の挨拶と遅くなった理由を聞かれながら自分の席へと向かう。冬場の寒さをしのぐためのコートもこの教室の中では無用の長物。脱いだコートを椅子にひっかけて座る。

 いつもなら、はやてちゃんの家から借りてきた本の読書に入るのだが、今日はそんな気分ではない。頬杖をついて思考に陥る。もちろん、内容は先ほどの手紙のことである。

 たった一文。だが、その内容を考えればあれがラブレターに近いものであることは一目瞭然だった。僕だってそう信じていただろう。ここが小学校でなければ。これが中学校や高校であればわかる。しかしながら、ここは聖祥大付属小学校なのだ。ラブレターが行き来するような場所ではない……と思う。

 いやいや、小学校も5年生や6年生ならありえるかもしれない。男の子はともかく、女の子はそういったことには早熟だから。もともと、成長の度合いで言えば、中学校を卒業する間際までは、女の子のほうが早いのだから。心も身体も。ゆえに高学年ならばありえないわけではない。

 ならば、この手紙が高学年の女の子から僕に来たものか? と言われると首を傾げざるを得ない。彼らとは2年か3年程度の年齢差しかないとはいえ、僕たちの年代の2、3年は非常に大きな大きな壁である。その差を乗り越えてくるとは到底考えにくい。これが大人の女性でちょっと性的嗜好が特殊であれば話は別だ。もっとも、そんな輩を僕は相手にしたくない。

 だからといって、これが僕たちの学年のものとは考えにくい。確かにそういったことに興味を持っている女の子はいるかもしれない。男の子も女の子も僕たちの年齢ぐらいからは、男の子と女の子を区別し始める年齢だからだ。しかしながら、ここまでの考えに至るとは考えにくい。

 つまり、結論から言うと誰から来たものかは、放課後に指定された場所に行ってみるまでわからないということである。

 ちなみに、中学生ぐらいでありそうな男からの悪戯という線は消している。あれは、期待と不安に胸を躍らせる哀れな生贄の羊―――あるいは、道化をせせら笑うことが目的であり、小学生が思いつく悪戯ではないと思うからだ。その感情が理解できない以上、その手のいたずらは実行しても面白いものではない。

 放課後まではわからない。そうとはわかっていても気になる。

 結局、今日の授業はいつもほど集中することができず、珍しく担任の先生からは「おいおい、蔵元珍しいな」とからからと笑われてしまった。その様子を見て、夏樹ちゃんや桃花ちゃん、アリシアちゃん、すずかちゃん、アリサちゃんが心配そうに様子をうかがいに来たが、僕は愛想笑いで大丈夫だよ、と返すしかなかった。

 事情を隠したのは、僕が男の子だったからだろうか。なんとなく気恥ずかしい上に、この年代であればラブレターという言葉を知っているため、下手に知られてしまえば騒がれる可能性があったからだ。

 そんな風に一日、僕をやきもきさせながらついに指定された時間になった。

 指定された時間は、放課後よりも30分ずれていた。放課後は授業が終われば、おしまいというわけではない。そこから掃除とSHRがあるため、終了時間は不規則なのだ。特にSHRは、その日の連絡事項や担任の気分によって時間が変わる。もっとも、1組の担任はSHRが短いことで有名だが。

 30分というのはそれらの遅れを吸収するための時間だろう。放課後、一人ではやてちゃんの家から借りてきた本を読みながら時間をつぶした。幾人かはいつもすぐに教室から去ってしまう僕が珍しく残っているのを見てサッカーに誘ってきたが、それは断った。放課後は参加していないが、昼休みは参加しているため僕の立場が男子たちの間で悪くなることはないだろう。それに最近は寒いこともあって、あまりサッカーは人気がないことも幸いしていた。

 ちなみに、放課後の用事であるはやてちゃんの護衛に関してはすでにクロノさんとはやてちゃんに連絡済みである。はやてちゃんに用事で遅くなることを伝えると「はよ、帰ってきてな」と言われてしまった。僕としてはそんなに遅くなるつもりはないから、「うん、できるだけ早く行くよ」と返しておいたが。

「さて、行こうかな」

 もう、誰も残っていない教室に一人残っていた僕はパタンと本を閉じると、椅子にひっかけていたコートを羽織りカバンを持つと教室を後にした。もちろん、向かう先は手紙で書かれた待ち合わせ場所である。

 手紙で示された待ち合わせ場所は、聖祥大付属小学校の中でも人気のない場所だった。もしも、少し悪い学校にでも行けば教師に隠れて煙草を吸っている生徒がたまり場にしそうな場所である。もっとも、聖祥大付属小では校風から鑑みるにありえない場所ではあるが。

 その場所は特殊校舎の裏側であり、玄関やグラウンドからは離れている。よって、このあたりに人気がないのは自然なことであった。さらに寒さが拍車をかける。今年は、西高東低の気圧配置の影響でずいぶん寒くなるようであり、今年のクリスマスはホワイトクリスマスになるかもしれない、と天気予報が言っていた。

 その中を僕は歩き続け、ついに曲がり角を曲がれば、待ち合わせ場所というところまできた。

 その手前で一度立ち止まってすぅ、と大きく深呼吸をする。この先を曲がれば嫌でも相手が目に入る。そうなれば落ち着いてなどいられない。向こうも僕に気付くだろうから、こんなことをしている余裕はないだろう。だからこそ、この場でドキドキと高鳴る胸を少しでも抑えるために深呼吸をしたのだ。

 さて、と覚悟を決めた僕は、その一歩を踏み出し、曲がり角をまがった。

 ―――最初に目に入ってきたのは、流れるような金髪だった。彼女は、まるで天気を気にするように手を仰いでいた。その瞳は、どこか寂しそうで、怯えるように、不安そうに揺れていた。

「―――アリサちゃん?」

 その声に含まれていたのは、驚きだろうか? あるいは、どうして彼女がここに? という疑問だろうか。僕にはよくわからなかった。彼女の特徴ともいえる金髪と顔とその表情を確認した時に自然とこぼれてきたのだから確認できるわけがない。

 たとえ、自然とこぼれたものであっても口から出た以上、音となり相手に伝わる。僕の呼び声に反応したのか、天を仰いでいたアリサちゃんの視線がこちらに向いた。

「あ、ショウ! 遅いじゃない!!」

「―――時間通りだよ」

 いつもと変わらないアリサちゃんの声が僕の耳を打ち、自然と緊張が解けていた。もしも、これに緊張やほかの色が見えたりしたら、僕も万が一を想像してしまうのだが、あまりにいつも通りのアリサちゃんの様子のそんな想像は、僕の頭から葬り去られることになった。

 ここまでの時間を見て、余裕をもってここに来たのだ。時間から遅れているわけがない、と思いながら僕はアリサちゃんに近づいた。僕が気付いたのはまがってすぐだったため、待ち合わせ場所からは離れていたのだ。

 僕が近づくと改めて彼女と視線を合わせる。アリサちゃんは、僕と同じく聖祥大付属小の制服の上から指定のコートを羽織っていた。最近は寒さが強いこともあってか可愛らしいピンクのミトンもしていた。

「それで……こうやって僕を呼び出した理由は何?」

 アリサちゃんが出したんでしょう? と確認するように手紙を取り出しながら言う。アリサちゃんは、僕が指示した手紙を別段否定するわけではなく、僕から少しだけ視線をそらすと、頬を染める。

 え? なに、その反応。

 アリサちゃんの思わない反応に驚いた。彼女の様子からして、その可能性を捨ててしまっていたからだ。いわば、不意打ちだろう。だから、彼女を意識しているしていないにかかわらず反応してしまった、という言い方が正しいのだろうか。

「だって……ショウと最近……ゆっくり話してなかったから……」

 ぼそぼそと聞こえるか、聞こえないかぎりぎりの声音でアリサちゃんは告げる。

 彼女の口から告げられたのが、僕が想像した類のものではないことに安堵―――万が一そうであれば、僕はどう答えればいいのかわからない―――し、同時にそういえば、アリサちゃんは長いこと、具体的にはあの遊園地を断って以来、きちんと話した日はなかったと思う。挨拶やちょっとした会話ぐらいはあったかもしれないが。

 すずかちゃんの話だと、落ち着くまでは、という話だったけど……この展開からすると彼女は落ち着けたのだろうか。ならば、僕も彼女に直接伝えるべきだろう。

「ごめんね、アリサちゃん。遊園地行けなくて」

 はやてちゃんのことがあったとはいえ、はやてちゃんを優先させると決めたのは僕だ。だから、何かしらの事情があったとはいえ、僕は一言謝るべきだと思ったのだ。だから、僕はアリサちゃんに頭を下げていた。

 だが、その様子を見て、アリサちゃんは慌てていた。

「い、いいわよ。ショウにも何か用事があったんでしょう? だったら仕方ないわよ……」

 どうやら落ち着いたというのは本当らしい。今までのアリサちゃんなら、強く言い返してきたはずだから。このことに関しては彼女の中で何か決着がついていると考えていいだろう。

「本当にごめんね。今度、何か埋め合わせするから」

 翠屋でシュークリームぐらいが妥当だろうか? アリシアちゃんのように『蔵元翔太フリー券』を渡すか? とも思ったが、あれは家族の間だから有効であって、さすがにアリサちゃんには渡せない。

「うん、楽しみにしてるわっ!」

 本当に楽しみにしてくれるのだろう。アリサちゃんはこの場に来て、初めて笑った。彼女の笑顔を見て、僕もようやく安堵できた。アリサちゃんと仲がこじれているとはこの二週間考えていなかったが、それでもしこりの様に残っていたから。はやてちゃんの事件が終われば、ゆっくり話をするつもりだったが、彼女から動いてくれて助かったのかもしれない。

「ところで、誰からこの方法を聞いたの?」

 僕は、手紙を改めて示しながら聞いた。これは問いただしたいのではなく、純粋な興味だ。

 この行為が何かしらの意味を持つことにアリサちゃんは気付いていないようだ。ならば、誰かからの入れ知恵があると思ったからだ。犯人探しのつもりはないが、こんな愉快なことをする人のことを知りたかった。

 しかしながら、返ってきた答えは意外な人物名だった。

「ママよ。ショウと話したかったら、この方法が確実だからって」

 梓さんか……。

 アリサちゃんからその名前が出てきて、僕はどこか納得していた。あの人がお茶目な一面があることは知っていたが、まさかこんな方法をとってくるとは。梓さんのことだから、僕が気付くこともなんとなく想像できているのだろう。あるいは、気付かなくても、将来、笑いネタにできる思い出に、程度には考えていたのだろう。

 つまり、僕とアリサちゃんは梓さんの掌の上で踊っていたのだ。

 僕は、その考えに至って、大きくため息を吐いてしまった。

「あ、あのっ! ショウ!!」

「ん? なに?」

 どこか、あわてた様子で僕に話しかけてくるアリサちゃん。彼女がこの方法をとってまで僕と話したかった理由を考えると僕が大きくため息を吐いたのを見て不安になったのかもしれない。しまった、とは内心思いながらも僕は、あわてて笑みを作り彼女に応える。

 僕の想像が正しかったのか、彼女は僕の笑みを見てほっとしたような表情をして、その口を開いた。

「埋め合わせなんだけど、クリスマスの予定は空いてるんでしょうね?」

「―――うん、今のところ空いてるよ」

 闇の書はイヴの夜には封印できるらしいので、クリスマスの25日は空いていると言えば空いているだろう。我が家は日本人らしくクリスマスにはケーキも食べるし、初もうでにも行く。クリスマスを特別に重視ししてるわけではないので、何か用事を入れることは可能だ。

「だったら、あたしの家のクリスマスパーティーに来なさいよっ!」

「……いいの?」

 僕は彼女の提案に思わず聞き返していた。

 彼女の父親―――デイビットさんは、アメリカ人だ。クリスマスはミサに行ったり、家族水入らずで過ごしたりすると聞いていたのだが違っただろうか? 一年生と二年生のクリスマスは、秋人のことがあったりしたため遠慮したのだ。

「大丈夫よっ! パパもママも大歓迎よっ!」

 あ、そうだ、アリシアと秋人とショウのパパとママも呼ぶといいわ、と笑顔で続けるアリサちゃん。親父や母さんはともかく、僕がパーティに参加する程度で遊園地の埋め合わせができるなら安いものである。父さんたちはどう答えるかな? 聞いてみるのが早いだろう。何よりアリシアちゃんは、僕たちの家に来て初めてのクリスマスだ。どうせなら、本場のパーティに参加させてあげたい。

「うん、わかったよ。父さんと母さんはわからないけど、僕は参加するよ」

 僕がそう答えるとぱぁ、と満面の笑みを浮かべて「絶対よっ!」と念を押す。

 久しぶりに見たアリサちゃんのその笑顔が見られただけでも、埋め合わせということを抜きにして、承諾してよかったな、と思うのだった。



  ◇  ◇  ◇



「クロノさん、どこまで行くんですか?」

「その先だよ」

 不安そうにしているはやてちゃんの代わりに僕が聞く。

 僕は、今、はやてちゃんをエスコートするように手を引きながら階段を上っている。もちろん、はやてちゃんは、車椅子であり、それを補うためにクロノさんが浮遊魔法を使って車椅子を浮かせて移動しているのだ。僕が手を握っているのは車椅子が浮いているという状況に不安を抱いているはやてちゃんを安心させるためである。

 今日は、12月24日。闇の書を封印する日である。先週から一週間、無事にこの日を迎えられたわけではない。

 あの手紙の事件から三日後、一度はやてちゃんが倒れた。苦しむように胸を押さえたと思ったら意識を失ったのだ。あの時は、本当に動揺した。幸いにして上下している胸が彼女が生きていることを示してくれたが。

 アースラの担当医師によると、どうやら闇の書からの浸食の影響らしい。封印するために闇の書の完成が近づいてきたのだが、それでも十年近く闇の書から魔力を吸い取られているはやてちゃんのリンカーコアは、相当に負荷がかかっているようであり、そろそろ限界らしい。

 僕は完成まで病院で見てくれ、と懇願したのだが、それは相談したクロノさんにも首を振られてしまった。

 理由は、病院でも打つ手がないからだ。対策としては闇の書を完成させるしかない。そのため病院にいてもしょうがない。むしろ、環境を変えることでさらに心身に不安を与えることが怖いのだとクロノさんは語った。

「むしろ、君が手を握ったほうが彼女は安心するんじゃないか?」

 とクロノさんらしからぬ冗談を口にしたものだから、僕は逆に驚かされてしまった。もっとも、その話を聞いていたのか聞いていなかったのか、ちょっとだけ意識を取り戻したはやてちゃんが、僕の名前を呼んで、手を握ってとうわごとのように言われてしまれば、握らないわけにはいかない。

 しかも、その効果は、直後にはやてちゃんが安眠するほどなのだからいかほどだろうか。確かに手当という言葉には本当に患部に手を当てることで痛みが和らぐことから来るとは聞いたことがある。そのため、人と人の接触には何か効果があるのだろうが。はやてちゃんにとって僕は安定剤か何かだろうか。

 しかしながら、その様子を見ていたクロノさんの意地の悪い笑みがひどくイラッとさせた。

 さて、それから三日。すっかり体力的には回復したはやてちゃん。僕も今日の最後の始業式を終えてはやてちゃんの家にお邪魔した時にはすでにクロノさんがいた。いよいよ、闇の書を封印する、ということを告げるために。

 そして、案内されているのはどこにもテナントが入っていない廃ビルともいうべき建物である。そこに無断で入った僕たちは屋上を目指して階段を上っている。許可なく建物に入っている罪悪感と何も説明されずに向かっているという不安からはやてちゃんの表情が曇っているのを確認した僕は安心させるように手を握り、一歩一歩屋上へ向けて歩いていた。

 そして、六階分の階段を上った先には鉄の扉があった。もちろん、誰も使っていない以上、悪用されないように施錠はされていたのだろうが、そんなものは魔法の前には無意味だった。

 ぎぃ、という鉄がきしむ音がして屋上への扉が開かれる。

 地上よりも空に近いその場所は、コンクリートとフェンス以外何もなく、空は天気予報が告げたように今にも天気を崩しそうな曇り空が広がっていた。

 僕たちが先に屋上に入り、クロノさんがドアを背にして対峙する形となっていた。

「クロノさん、そろそろ教えてくれませんか? これからどうやって闇の書を封印するんですか?」

 クロノさんが右手に抱えている闇の書を見ながら、クロノさんに問う。今日の目的はそれの封印のはずだ。今までそのために僕は協力してきたのだから。ちなみに、僕は具体的な方法は聞いていない。昨日、「明日決行だよ」としか聞いていない。

「うん、そうだね、説明しないといけない―――ねっ!」

 その瞬間、クロノさんの右手が動いた。魔導書という言葉に恥じず、空中で制止する闇の書。そのページが自動的に開かれる。パラパラとめくられるページ。だが、あともう少しというところでぴたりと止まる。そのページにはおかしいことに何も書かれていない。今までのページには読めないが、何かかが書かれていたというのに。

「クロノさん……それはいった―――うっ!!」

 突然、胸に走る激痛。しかし、僕がそれで胸を抑えることはできなかった。なぜなら、同時に僕はクロノさんのバインドによって縛られいたからだ。

「ショウくんっ!?」

 はやてちゃんの驚いた声が聞こえる。しかし、激痛のあまり、何も返事することはできない。やがて、僕の胸から白い水晶のようなものが輝きながら飛び出してきた。これがリンカーコア? と思ったのは僕の直観だ。それを認識した直後、リンカーコアから闇の書に向かった何かが流れ込む。

「ぐぁぁぁぁぁぁっ!」

 そのときの激痛は筆舌にしがたい。何せ、内部からいじられるのだ。しかも、現実味のある臓器ではない。魔法という架空の臓器だ。全身から痛みが走るようで、胸に鈍痛が走るようでもある。

 それがどれだけ続いただろうか。長かったような、短かったようなよくわからない時間間隔だ。しかし、不意にプツンと痛みの連続が切れたと思うと、バインドから解放され、もはや立つ気力もなかった僕は、バタンと倒れこんでしまった。下がコンクリートなだけに痛かったが、それよりも外部によって冷やされたコンクリートの冷たさが気持ちよかった。

「ショウくん! 大丈夫―――ひっ!?」

 はやてちゃんが駆け寄ってこようとしたのだろう。だが、その直後に悲鳴のようなものを上げていた。生憎ながら、僕は立ち上がることができずに地面しか顔を横に向けるぐらいしかできないため、彼女が何におびえているかわからない。

「さて、翔太くんの魔力も無事に取り出せたことだし。八神はやてさん……そろそろ、この世からのお別れを済まそうか」

 ―――それはどういう意味だ?

 僕はもはや動かない口を動かすことなくクロノさんの言葉の意味を問う。それははやてちゃんも同じようだ。僕と同じようなことを聞く。

「簡単な話だよ。君ごと闇の書を封印する。まあ、君が元気なままだと封印の強度もかなりの強さが必要だから、死ぬような大けがを負った状態で封印されてくれるとこちらとしては助かるんだけど」

 まるで、ドラマの筋書きを話すように愉快気に話すクロノさん。

「な、なんやそれっ!」

「……なにって、君が知りたがった真実だよ。僕たちも翔太くんも最初から闇の書だけを封印するつもりなんてなかったんだよ。君ごと一生―――いや、この場合、目覚めることはないから永久に封印するつもりだったんだよ」

 嘘だ。僕はそんなことは知らない。

「い、いややっ!」

 当たり前だ。そんなことを承諾できるはずはない。

「まあ、君が拒絶するのは勝手だけど………はい、そうですか、なんてやめるわけないよ」

 ざっ、とクロノさんの靴が動いたのがわかった。同時に一歩分、きぃとはやてちゃんの車椅子が動いたのがわかった。

「大体さ、君も愚かだよね」

 くすくす、とクロノさんが嗤う。愚か者を、道化を、ピエロを笑うように嗤う。声だけでそれがわかるほどに嗤っていた。

「家族が全員いなくなって傷心中の少女の元に、少女が持つ病気を治せる魔法をという手段を知っている少年が出会うなんて漫画か小説にしかないようなことを疑うことなく信じてるんだから」

「ど、どういう意味や?」

「君は、今までのことが全部偶然だと思っていたの? だとすれば、本当に夢見る少女だったたんだね」

 先ほどよりも嗤いを強くして、さらにはやてちゃんに近づく。はやてちゃんはもはやクロノさんから距離を取ることもできないようだ。その声には強い怯えを含んでいた。クロノさんへの最初の怯え以上の怯えを。

「ま、まさか……わたしとショウ君が出会ったんも―――」

「図書館での出会いなんてべただと思わない?」

「あの家を襲ってきた人たちも―――」

「自作自演って言葉が世の中にはあるらしいよ?」

「ショウくんのあの言葉も―――」

「彼は夢見る少女が望む言葉なんて星の数ほど諳んじれるよ」

 はやてちゃんが、一言一言問うたびに声の中に恐怖の部分は色濃くなり、クロノさんが答えれば答えるほど嗤いの色を強くする。まるで、掌で踊っている道化をあざ笑うように。夢見る少女の夢を壊すことが心底愉快であると言わんばかりにクロノさんは嗤う。

「さて、これで終わりかな? 偽りと茶番劇に満ちた一か月を十分に楽しめただろう」

 不意に声色から嗤いが消える。本当にこれから半生半死にしたはやてちゃんごと闇の書を封印するという真実味を増すには十分すぎるほどだった。

 逃げてっ! と叫びたかった。しかし、体がいうことを聞かない。それどころか、だんだんと意識があいまいになってくる。まるで眠る直前のように。これがリンカーコアから何かが抜かれた影響だろうか。

 だが、僕のそんな様子を全く無視して、クロノさんはゆっくりとはやてちゃんに近づく。僕には彼女の恐怖がいかほどか想像しかできないが、それが限界値を超える恐怖であることは容易に想像できた。

「そんなに夢の世界がよかったなら、ユメの続きは封印の中で見るといいよ。そこは永久に終わらないんだから」

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 はやてちゃんの悲鳴を最後に僕が意識を失う直前に耳に入ってきたのは、どこか機械的な『Freilassung』という言葉だけだった。




つづく


















 
 

 
後書き



この物語にA'sはなく、踊り、踊らせる道化がいるのみである。 
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