| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

SAO編
  episode6 ケジメ2

 俺のHPが一割前弱減るごとに、ザザのエストックが一本砕ける。

 その一種の均衡状態が崩れたのは、『攻略組』から突然聞こえた悲鳴、そしてそれに続く、モンスターのそれとは違って甲高い響きを放つ、ポリゴンの爆散音だった。何度聞いても決して慣れることの無い、あの音。

 プレイヤーの、爆散音。

 直後、盛大な哄笑が洞窟に響く。『攻略組』の怒声、止めるような悲鳴が聞こえ、エフェクトフラッシュが光る。そしてまた、ポリゴンが砕ける不吉な音。上がる金切り声。

 「……っ」

 言うまでもなく、どちらか…あるいは双方に、死者の出た証拠だった。確かにそれは俺の心に鈍い痛みをもたらしたが、体が動かなくなるほどではなく、相対するザザに隙を見せることもしなかった。戦局を揺るがすことになったのは。

 「きさまああああああっ!!!」
 「ハアハハハッハハ!!!」
 「ぶっ殺してやる!!!」
 「ハハッ、死ねっ、死ねえっ!!!」

 完全な、戦線の崩壊。

 ほぼ全員が程度の差はあれ混乱…恐慌状態へと陥っていたのだ。ラフコフの面々に関して言うなら、それはあるいは「狂乱」と呼ぶべきだったか。今まで維持されていた戦線…つまりは『攻略組』とラフコフの境界が崩れ、完全な乱戦となったのだ。

 「っ、らあっ!」
 「……クク、ククッ!!!」

 俺もザザも、この乱戦の中では互いだけを狙い続けることはできない。

 だが、乱戦は俺の最も得意とする戦闘だ。横から切りかかってきた男の剣を軽くいなし、その横腹を《スライス》の手刀で打つ。《カタストロフ》の恐るべき武器破壊ボーナスによって剣は一撃であっさりと砕け、男はそのまま走り抜けて混戦の中へと消える。すぐにザザへ目線を戻すと、奴のエストックが『攻略組』の男の鎧の隙間を貫いているところだった。凄まじい勢いで減少していくHPに男が悲鳴を上げる。

 「ザザぁっ!!!」

 咄嗟に走り込み、ザザのエストックの根元に、《エンブレイサー》の貫手を放つ。既にあらかた削っていた耐久値がゼロになり武器が爆散、と同時に解放された『攻略組』の男が震えながら逃げていく。ザザが、恨めしそうに俺を見る。右手が素早くストレージから次のエストックを抜き放つ。

 「…チィッ…」

 だがその剣は、俺より先に脇から斬りかかった、別の男へと突き刺さった。この隙に再び飛びかかろうとするが、背後に気配を感じて咄嗟に横に転がり、放たれた長大なランスを回避する。その回転の遠心力を乗せた《ゲイルナックル》で打ち、耐久値を削ったところで再びザザに向き直る。

 いける。

 確かに奴もかなり乱戦に慣れているようで、闇雲に斬りかかられていてもなおHPは殆ど減っていない。だが、その戦闘センスは、このSAO開始以来ずっと乱戦を続けてきた、俺を上回るものではな
い。乱戦状態に入ってから、俺の拳と手刀がエストックを砕いていくペースが上がっている。

 そして。
 何本目だったか、記憶が曖昧になる頃。

 俺のHPが赤の危険域に落ちるかというところで、赤黒く輝く地金を持つエストックを砕く。その瞬間、俺は見た。素早くストレージを見た奴の真っ赤に染まった双眸に、僅かな、ほんの僅かな、動揺が走ったのを。

 そして取りだされるのは、エストックでは無かった。
 見間違えようも無い。見間違えるはずもない。

 赤く燃えるような薄い光を放つ、細身の細剣(レイピア)
 その柄には、虹に音符を模った、『冒険合奏団(クエストシンフォニア)』のエンブレム。

 それは俺の、ソラの、思い出が言い表せないほど詰まった宝物。
 《フラッシュフレア》。

 その美しき紅き刃が俺の頬を霞めるように突きだされ、俺のHPゲージがついに赤く染まる。

 だがもう、そんなことは、何の意味も無かった。
 追い続けたその剣を前に、俺はその体を踊らせ、真正面からザザへと突進する。

 俺の、もう限界だと思っていた脳が更に加速する。対してザザは焦りが隠せない。その動きの正確さには、さっきまでのキレが無い。繰り出される剣戟は、俺の加速した体には届かない。引き寄せられる剣の腹を、右手で打つごとに、激しい光が…火焔のように赤い火花が散り、その耐久度が目に見えて削られていく。

 「……クッ、クソッ…!」

 ザザの顔が、苦々しく歪む。

 焦りはこの混戦の中で、その判断を誤らせる。結果生じるのは、致命的なミス。手にした剣に、赤紫のライトエフェクトが宿る。放たれる剣戟は『細剣』スキルの上位技である刺突の連続攻撃、《スタースプラッシュ》。

 凄まじいスピードの連続刺突。繰り出されるその紅い閃光が、俺の頬を掠め、左手の手甲に刺さり、俺のHPをじりじりと削っていく。だが、それはブロックの上から生じるわずかな削りダメージに過ぎないず、俺のHPを削りきることは無い。

 そして最後の一撃を回避。ザザに訪れる、上位スキル特有の長い硬直時間。
 焦りが生み出した、決定的な空白。

 その時間があれば、俺は、この剣を砕ける。
 振う手刀は、遠心力をたっぷり乗せた、《スライス・ブラスト》。

 これが当たれば、あの剣は。

 あの剣は。

 「……っ…!」

 瞬間、俺の意識が、激しくスパークする。脳裏に、ソラの笑顔が宿る。
 だが、この手を止める訳にはいかない。そうすれば、今度決定的空白を作るのは俺自身。

 ならば。

 「っおおおおおっ!!!」

 振り抜かれる、白銀の閃光。
 《カタストロフ》を纏う手刀は、標的を過たずに斬り飛ばした。

 宙に舞うのは、ザザの、右手首。
 ぎりぎりで成功した《部位欠損ダメージ》に、ザザががっくりと崩れ落ちた。





 結果。
 討伐戦は、惨憺たる結果となった。
 死者は、三十人を超えた。

 その一因は、間違いなく俺だったろう。本来は『武器破壊』を俺とキリトで連発し、敵を無力化するという作戦だった。勿論、『閃光』は前もって俺に、乱戦となれば自身の裁量で動いていいとは言っていたが、俺がザザを追い続けたのがこの惨劇の理由の一つなのは、言うまでも無かった。

 奴らの持っていたアイテムは、全て回収された。

 その中には、リズベットの最高傑作だったと思われる、ソラが装備していた金属鎧もあった。そして、ぼろぼろになってしまった、しかしそれでも途方も無く美しいと思える、一本も細剣も。だが俺
は、それらをすべて『攻略組』に任せた。俺はもう戦後処理の間のその話に語るのも億劫だったし、なにより俺には、これを手にする資格があるとは思えなかったから。
 そして結婚指輪たる《ブラッド・ティア》は、誰のアイテムにも見当たらなかった。

 HPゲージを真っ赤に染め、脳の酷使で明滅する意識を保ちながら、力尽きて転がった床の上で俺は思った。俺はソラに、何ほどのことができただろうかと。ソラの願いを、俺は果たすことができただろうかと。ソラの、ソラにとっての『勇者』として、俺はふさわしい役目を出来ただろうかと。

 いいや。俺は、出来なかった。

 この戦闘で、ラフコフから二十一人もの死者が出た中で、俺はただの一人も殺せなかった。
 俺の非力なアバターでは…いやそれ以前に、「奴らを殺す」という意志が足りなかったのだろう。

 俺は、奴らを一人だって殺せなかった。
 ソラの仇を、一人だって取ることができなかった。

 ぐるぐると回る思考が闇に落ちる直前、頬にもう枯れたと思っていた涙が伝うのを感じた。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧