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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第四十一話

 俺が《リズベット武具店》から飛びだして依頼人の元へ向かって一時間もしない内に、俺は何故だか現在の最前線の層である74層のダンジョンにいた。
今回の傭兵《銀ノ月》の依頼は、第一層と黒鉄宮を治める通称《軍》からの依頼だった。

 なんとかギリギリ時間より少し早く依頼人との集合場所に着いた俺は、何十人と整列して身じろぎしない鎧装備の人間と、そのリーダー格であろう三十代前半の、かなり長身の人物が俺を出迎えた。

「私は《アインクラッド解放軍》のコーバッツ中佐である」

 そんな自己紹介から依頼の相談は始まったが、相談の前に俺は違和感を感じたことを聞いた。

「《軍》っていうのは正式名称じゃなかったと思ったが、こっちの思い違いか?」

「それは……貴君には関係ない」

 ……ああ、そうですか。
一瞬だけ答えづらそうに言葉を濁らせたため、何やら事情はあるのだろう。
だが、それこそコーバッツの言う通り俺には関係のないことであるので、気にはなるが追求はしないこととする。

「それで、依頼っていうのは?」

 リズとした晩飯との約束もあるのだ、出来る限りさっさと終わらせる為にいきなり本題を切り出すが、相手もそのつもりだったのだろう、嫌な顔はせずに本題に入った。

「我々《軍》は、不本意ながら第二十五層のボス攻略以降はボス攻略には参加していない。だが、この74層から再び参加することとなったのだ」

 今でもかなりの人数を誇り、その構成員の数は少数精鋭を旨としている節がある《血盟騎士団》はもちろんのこと、《聖竜連合》でさえもその数は及ばない。
そんな《軍》が攻略に参加してくれれば、頼もしいことこの上ないのだが……問題は、その質だろうか。

「……第一層にいる《軍》が、いきなり最前線に来て大丈夫なのか?」

「ご心配はもっともだが、その心配は実戦で証明しよう。貴君に頼みたいこととは、ダンジョンの水先案内人だ」

 水先案内人。
つまり、モンスターとの戦闘等には参加することは望まないが、ダンジョンの地図や罠などのデータを確認しながら一緒にダンジョンを踏破して欲しい、ということだろう。

 74層のダンジョンのデータは、ボスモンスターがいる部屋の前まではマッピングしてあるし、《軍》のプレイヤー達が攻略に参加してくれるなら願ったり叶ったりだ。

「了解、その依頼受けよう」

「感謝する」

 横柄なコーバッツからは感謝の意など微塵も感じないが、まあ別に断るような理由も全く無いし、なにしろここで断って《軍》のメンバーが一人でも死んだ、ということになってしまっては目覚めが悪い。

 別に《軍》のメンバーがピンチになった時、その時は助けに入れば良い話なのだから。



 その俺の心配は、不要と言えば不要であったが、不要ではないと言えば不要ではなかった。
コーバッツを含めた十二人の《アインクラッド解放軍》のメンバーは、コーバッツの言う通り良く訓練をしているようで、高レベルモンスターである《リザートマンロード》をコンビネーションとコーバッツの指揮で易々と仕留めていた。

 レベルも充分以上に高く、全員のコンビネーションを駆使した訓練も良い成果を残している――だが、このような最前線での実戦経験が無いに等しいのか、モンスターの防御相手にもたつくことがしばしばある。
それに加えて、疲れていることが鎧装備の見えている目から、疲れていることがまじまじと解り、そこをカバーするのが俺のこのパーティーでの仕事だった。

 ……まあ、カバーする度にコーバッツから『我々にはそのような助けは必要ない』とでも言いたげな視線が俺を貫くのだが、それはそれ。
……実際に、疲れたメンバーのカバーをしなければ命に関わるという訳ではないのだが、ダンジョンで安全であれば安全であるに越したことはないだろう。

「コーバッツ。そろそろ安全エリアだ。そろそろ休まないか?」

 もちろん本来の依頼である水先案内人の仕事も忘れずに、かなり疲れきっているメンバーの為にも休息の提案を出す。
コーバッツとはさっき出会ったばかりの短い付き合いだが、かなりの石頭・かつ自分に自信を持った頑固者という、厄介な性格であるということはまざまざと見せつけられてきた。

 もしかすると、休息を断るような事態もあるかもしれない、と思ったが……

「ふむ……確かに君が疲れてしまってはこれからに支障が出るな。十分ほど休憩しよう」

 疲れてるのは俺じゃねーよ、とコーバッツに危うくツッコんでしまうところだったが、俺がそう言ったが最後コーバッツは休憩を中止してそのままダンジョンの進行を開始するだろう。

 しょうがない、とため息をついてその風評被害を甘んじて受け入れると、休憩と聞いて盛大に音を鳴らしながら座った鎧装備のメンバーに、『悪いな』と言いそうなジェスチャーをされたので、『気にするな』と返しておく。

「……ショウキ?」

 ボスモンスターがいる部屋へと続く階段の近くから発せられた、呼びかけられた声に反応して行ってみると、珍しく顔なじみが全員集合しているパーティーがたむろしていた。

「キリトにアスナ、風林火山……珍しいな」

 特にソロのキリトが、こんな中型パーティーを組んでダンジョンにいるとは特に珍しい。

「キリト、何かあったのか?」

「あのなぁ……俺だってたまにはパーティーぐらい……」

 心なしか肩を落としながらキリトが反論してくるが、こいつはもしかして日頃の自分のことが解ってなかったりするのか? そんな俺の微妙な表情がキリトに伝わったのか、どこかばつの悪そうに言葉を出し始めた。

「……昨日コイツにいきなり誘われたんだ。それより、お前こそ《軍》の連中なんかとどうしたんだ?」

 キリトが指を指した横にいて風林火山の連中に囲まれている人物――つまり、アスナ関係のことだと大体察すると、キリトの露骨な話題そらしに乗ってやった。

「依頼さ。《軍》の連中が攻略に復帰するらしいから、最前線のダンジョンの水先案内人だと」

 へぇ、とキリトが感心したような声を出す……《軍》どころかその前身である者たちと、第一層の頃から共に戦い続けていた者として感慨深いものがあるのだろうか。

「おーうショウキ、お前も久しぶりじゃあねぇか!」

 アスナを囲んでいた《風林火山》のギルドメンバーから一人抜けだした二十四歳独身のバンダナ男が、俺に肩をかけて親しげに話しかけて来た。
こう見えても、攻略組ギルドのリーダーであるこの男――クラインは、その野武士面を必要以上に見せつけてくる。

「いやー久しぶりすぎてこんな悪趣味なバンダナをした奴の顔は忘れたなー」

「思う存分棒読みだなオイ!」

 この男を見ると、なんだかからかいたくなるのは自分だけではあるまい。

「で、最近どうなんだよ、お前?」

「ボチボチだよ。マイホームに帰るってのにようやく慣れたとこだ……そっちこそ、なんか変わったことは」

「休憩終了! 貴様らさっさと立て!」

 なんだかんだで最前線にいつもいるクラインたちやキリトならば、毎回毎回面白い話や情報をくれるのだが、背後にいる依頼人の野太い声で話は中断されてしまった。
さっさと立てと言われた部下たちは、いきなり発せられた怒声に困惑しながらも、一応の休憩は出来たようでガチャガチャと音をたてて陣形をとる。

「まるで、どっかの《狂戦士》様みた……痛っ!」

 自身の鍛え上げた敏捷度と反射神経を駆使し、俺が最後まで言葉を口にする前に足を踏みつけて俺の口を閉じた……何もかもを無駄遣いしすぎだろアスナ。

「……何か言った?」

「何でもありません」

 細剣の柄に片手をつけた笑顔のアスナ相手に物申すのは、俺には荷が重いのでアスナ関係はキリトに任せて俺は俺の仕事をしよう。

 行進を開始した《軍》のメンバーの中の、俺のポジションである先頭にいるコーバッツの横につく。
コーバッツはキリトたちには何の反応も示さず、まるでそこにいないかのように進んでいき、安全エリアの出口となっている上層部となっている階段に足をかけた。

「これから十分も歩けば行き止まり……つまりボス部屋だ。もちろん、モンスターに出会わないことが前提だけどな……っと!」

 言いながら、プレイヤーたちが安全エリアを出る直後を狙う、というこのゲームの製作者の性格を顕している嫌らしいモンスター、《ヴァンパイア・バッツ》の群へとクナイによる乱れ撃ちを敢行し、生き延びた《ヴァンパイア・バッツ》はその習性から暗闇に逃げていった。

「うむ、そうか」

 《ヴァンパイア・バッツ》を倒した時の表情から察するに、コーバッツもモンスターの存在には気づいていたようで、何事もなかったかのようにそのまま部下を引き連れて探索へと戻る。

 ここまで来るとこのダンジョンの主力モンスター、《リザートマンロード》の群生はあまり見られなくなり……《血盟騎士団》の連中と来たときは、運悪く群れと遭遇したが……ボス部屋へと一直線と言ったところか。


 そして、ほどなく。

 周囲の状況にそぐわないほどに、巨大な存在感を持った――事実、扉自体が巨大だが――漆黒のボス部屋の扉へとたどり着いた。
俺も《血盟騎士団》の連中と来たのはここまでであり、部隊の消耗も考えてパーティーリーダーであったゴトフリーはボスとの戦闘を断念し、主街区まで戻ってしまったために俺もこれ以上は進んでいない。

「コーバッツ。74層のダンジョンの本道はここで終わりだ。撤収するか横道に行くか、どうする?」

 ボス部屋の前でずっと立ち止まっていてしまうと、その層に出てくるモンスターとは比べものにならないレベルのモンスターが、わんさか背後から出現するようになっている。
これは遠距離からボスをちくちく攻撃出来ないようにしたものだろうが、それを知らない時に『モンスターが出ないから』という理由で一休みをしていたところ、酷い目にあったことから記憶に鮮明に残っている。

「ご苦労だったな傭兵。依頼はここまでだ、報酬を受け取れ」

 コーバッツの言葉と共にトレードウィンドウが表示され、依頼を受ける時に取り決められた金額が表示されていたが、撤収でも踏破を続けるでもなく『依頼はここまで』というのはどういうことか。

 コーバッツが言わんとしていることについては、俺は少し察しがついていた……信じたくはないが。

「コーバッツ……今からボス攻略をする気じゃないだろうな。この疲労度や装備じゃ、ちょっと見て逃げるなんてことは出来ないぞ!?」

「それは私が判断する。たかが傭兵である貴君が判断することではない!」

 ――こいつは本気だ。
何故かなんて理由は知らないが、何を言ってもコーバッツは今からボス攻略を始めるだろう、そんな気迫に満ち満ちている。

 だが、ボス攻略を気迫だけでどうにか出来るというのであれば、俺たちはもうこの浮遊城になんていないだろう。

 メンバーの練度もスタミナも情報も足りないこの状況のまま行けば、《軍》のメンバーは必ず死ぬ。
よしんば攻撃パターンを掴むのに専念すれば、それぐらいは掴めるかもしれないが、その場合でも必ず死人が出る。

「……まだ依頼は終わってない」

 だけど、ここで《軍》のメンバーをむざむざと殺させる訳にはいかない。
恒例のクォーターポイントが近づいているこの時期に、攻略に《軍》が参加してくれることのメリットは計り知れないものがあるし、何よりも――依頼を受ける時にもそう思ったが――ここで見捨てて《軍》のメンバーが死んでしまえば、寝覚めが悪い。

「俺が受けた依頼は、『ダンジョンの水先案内人』だ。だったら、ダンジョンのこの扉の向こう側も含まれる」

 トレードウィンドウの表示の『NO』というボタンを押し、コーバッツからの報酬を受け取るのを拒む。
我ながら屁理屈だとは思ったが、残念ながらこれぐらいしか理由が思いつかなかったのだ。

「……フン、勝手にするんだな」

 一息鼻を鳴らしてこちらを一瞥した後、コーバッツはボス部屋の扉に手をかけた――
 
 

 
後書き
……特に言うことがないというか。

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