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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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泥棒撃退マニュアル 安全な所で大声を上げて騒ぎましょう。

 高速戦艦が何でやっかいなのか?
 その理由は、コスト度外視による大型化によって生み出されたエンジン出力の大きさに他ならない。
 当たり前だが、宇宙は基本的に抵抗は存在しない。
 という事は慣性の法則に従い続けて、大エネルギーで突っ走り続けるという訳で。
 ましてや、こちらは反転した事によって速度が落ちている。
 追いつかれて撃破されるのはある意味当然の未来であった。
 それをさせない為には、策を弄さねばいけない。

「戦術長。
 機雷とミサイルを全部射出。
 ミサイルは指定座標を打ち込むように」

「了解」

 ヤンの声に戦術長であるアッテンボローもいつもの陽気な声でなく緊張した声でコンソールと格闘し続ける。
 機雷は置いていても無駄だからばら撒いてしまおうという考えで、少しでも邪魔できたら御の字という程度。
 だが、指定座標を組み込まれたミサイルはこの作戦の切り札となるはずであった。

「准尉。
 機雷およびミサイル射出と同時に、最大出力で敵センサーにジャミングをかけてくれ」
 デコイの準備は?」

「できています。艦長。
 ジャミングと同時に集結座標に向けて放射線状に八つデコイをばら撒きます」

 デコイはジャミングを継続させて、センサーから隠れようとする雰囲気を演出させる。
 その隙に本艦はジャミングを切ってミサイルと一緒に航路から外れようとする作戦である。

「航海長。
 航路座標変更。
 本艦は集結座標からすれた航路座標を取る。
 カウント開始は今から五分後」

「了解。
 3.2.1.カウント開始します」

 ここまでならば、ある程度成功率が高いだろうとヤンは考えていた。
 問題はこの先で、巡航戦艦率いるフェザーン船団と帝国の高速戦艦があたる場合である。
 足の速い巡航戦艦ならば高速戦艦から逃げ切る可能性は高いが、あの船団には輸送船もついていた。
 輸送船を見捨てて逃げた場合、責任を問われる事は必然で、政治的には死んだも同然である。
 もちろん、生命だけ助けると解釈する事で見捨てても構わないのだが、味方を見捨てるなんて事はヤンの精神衛生上良くないし、『艦長期待しています』視線を隠そうとしない准尉のワンコみたいな瞳がまともに見れなくなる。
 そして、緊急事態なのに睡眠タンクの仮眠前に「アルコール分解できるから」と頼み込んでチャン・タオ上等兵が呆れ顔で入れたブランデー入り紅茶の香りと味を思い出した事も含まれるだろう。
 シロン茶葉の最高級品とその年最高級賞を受賞したブランデーをワレンコフ代将相当官から分けてもらっていたからだ。
 このあたり、女を断った事で別の嗜好品をチョイスし命と信頼の値段をよく知っていたワレンコフ代将相当官の作戦勝ちと言った所だろうか。

「さてと、あの船団にあったブランデーと紅茶葉を宇宙の塵に変えるのは惜しいから手を打たないといけないのだが……」

「何かあるんですか?
 艦長?」

 こういう時のパトリチェフ副長はあえて何もしない事で、トラブル時に備えている。
 艦内で被弾による応急処置などは副長の仕事になっているが、艦によっては艦長と副長の仕事が逆の所もある。
 要は、艦長と副長でオフェンスとディフェンスを分けて行っているという所が大事なのだ。

「准尉。
 現状の戦力で、帝国高速戦艦とフェザーン船団が交戦した場合のシミュレーションを出してくれ」

 自分達が生き延びるカウントが始まっているのに、タイムロスなしで先の事をモニターに出せるあたりはアンドロイドだなとなんとなくヤンは思いながらモニターを眺める。
 八割以上の確率でフェザーン船団の全滅が予想され、残り二割は輸送船全滅の果てに巡航戦艦が逃げ延びた場合であった。

「ジャミングが行われた後で、こっちに来る船は駆逐艦が一隻あるかないか。
 フェザーン船団にも駆逐艦がついていたからこれ以上はさけないはずだ。
 逆に言えば、こっちにどれだけ駆逐艦を引き寄せるかで、フェザーン船団の生存率が変わる」

 それは、助かった自分達が再度虎穴に入る事を意味している。
 だが、それをパトリチェフは笑ってこう言ってのけた。

「姫君を守る為に盗賊たちの前に出る騎士。
 浪漫ですな」

 古来から船は船乗り達の間で女性として扱われてきた。
 絶対窮地に飛び込む事が命令とはいえ、こんな冗談をこんな時に飛ばせる神経の図太さはパトリチェフ副長の才能と言って良いだろう。

「あいにく、御伽話よろしく騎士が盗賊を退治できないけどね。
 せいぜい邪魔してやる事だけさ」

 パトリチェフ副長が何か返そうとするのをモニター上のカウンターが邪魔をする。
 そして、誰もが黙り込み、アルテナ航海長の読み上げる声だけが響いた。

「カウント残り15秒。
 10秒……5.4.3.2.1.0!
 航路座標変更します!!!」

 艦が一番大きいために、最初に動いても変化が現れるのは最後になる。
 ソヨカゼV39の艦が既定進路から外れる前に、准尉の声が響く。

「ジャミング開始します!!
 デコイ射出!」

 既定進路上および、その放射線状にデコイがばら撒かれる。
 ほぼ同時にアッテンボロー戦術長が叫びながらボタンを押した。

「機雷およびミサイル射出!」

 発射されたミサイルは二百発。
 ビーム兵器がメインとなっている戦場では、ミサイルは敵に到達するまで遅すぎるのだ。
 とはいえ、このミサイルが廃れないのはワルキューレなどの単座戦闘艇対策とその誘導性の便利さにあり、故人となった人形師はこのミサイルによる遅延攻撃の名手だった。
 特に巡航戦艦などの高速艦艇を主体とした少数艦艇で帝国軍前に陣取ってさっさと逃げ出し、追撃に移った帝国軍艦艇をミサイルの殺し間に誘導する『ステガマリ』戦術は現在でも帝国軍を恐れさせるぐらい。
 だが、この『ステガマリ』がどういう意味なのかは故人となった人形師以外には知る者はいない。
 更にばらまかれた機雷だが、ある程度の移動性を持っており自動的に薄く広がるように設定されている。

「ジャミング解除!」

「了解。
 ジャミング解除します」

 准尉の声で一連の作業が終わると、敵高速戦艦のモニターには広がりつつある機雷原と敵のいない方向に発射されたミサイルと、ジャミングを継続しているらしい何か分からない八つのものが映っているはすである。
 進路がそれてミサイルと共にずれていくソヨカゼV39はこれで敵の応対を見極めないといけない。
 待つには長い、長い時間が過ぎた。
 六時間と少したった時、ヤンの取った策の結果が露になる。

「敵高速戦艦機雷原に接触しました!
 敵駆逐艦と共に砲撃によって機雷原を突破してゆきます!」

 こういう時に疲れを知らないアンドロイドは便利だと思いながら、准尉の声で交代で休憩に入っていたクルー達も直ちに持ち場に戻る。

「准尉。
 状況を」

 艦長席についたヤンのモニターに即座に状況が移される。
 砲撃数と破壊された偵察衛星のデータから、帝国軍は高速戦艦一隻に駆逐艦八隻。
 思った以上に多いとヤンは思いながら、ヤンは指示を出す。

「戦術長。
 ミサイル反転。
 機雷原に向けて飛ばすんだ。
 准尉。
 全方位、全回線で敵戦力のデータを発信し続けろ」

「了解!」
「了解」

 これが、ヤンがパトリチェフに言った嫌がらせの正体である。
 何の事はない。
 泥棒に向けて、安全な場所に向けて「泥棒!」と近所に叫ぶのとさして変わらないのだ。
 だが、泥棒にとってこれほどいやな手は存在しない。
 当たり前だが、泥棒はものを狙うのが仕事なので、ばれたら身の安全を図る為に遁走するのだ。
 問題は、相手が泥棒ではなく暗殺者であった場合で、あくまでワレンコフ代将相当官を狙うかという所だが、それも低いとヤンは見ていた。

「第十偵察隊司令部より返信!
 『近隣艦艇を集結させて迎撃せよ。
 近隣艦艇の最上位者であるワレンコフ代将相当官に一時的に指揮権を付与する』そうです!」

 実は、この宙域にいる艦艇数を比較すると、同盟側は戦艦一隻、巡航艦二隻、駆逐艦240隻に、フェザーン側の巡航戦艦一隻、巡航艦二隻、駆逐艦二十隻、輸送船二十隻が加わる。
 という事は、戦艦一隻、巡航戦艦一隻、巡航艦四隻、駆逐艦260隻、輸送船二十隻という約300隻の艦艇がいるのだ。
 いくら高速戦艦といえども、この数には勝てない。

「フェザーン船団、ワレンコフ代将相当官より近隣艦艇に向けて通信。
 『臨時指揮を取る事になったワレンコフ代将相当官である。
 我が方は巡航戦艦一隻および巡航艦二隻、駆逐艦二十隻を擁して敵戦艦に対して攻撃に映る。
 近隣艦艇はこれに合流されたし』」

 この通信が全方位でされた事で、ヤンは勝利を確信した。
 暗殺者はそれゆえに身軽でないと暗殺行為が行えないからだ。
 同盟衛星網を回避したにもかかわらず、単独偵察航行していた駆逐艦を排除した事で、敵艦の数が多くない事はヤンの予測の範囲内にあった。
 だから、こちらの手札を晒せば彼らは撤退すると踏んだのである。

「ワレンコフ代将相当官も中々できるお方みたいですな。
 フェザーン船団はまだ集結し終えてないでしょうし」

 敵センサー外からの全回線通信だからこそ、このはったりには効果がある。
 そして、それに気づいたヤンが手札をレイズする。

「准尉。
 フェザーン船団に全回線で通信。
 『第十偵察隊司令部の命により、貴官の指揮下に入る』と」

「了解。
 他の艦も次々と指揮下に入る通信を送っています。
 送ったのは現在巡航艦一隻と駆逐艦八隻」

 これで、敵には巡航戦艦一隻、巡航艦三隻、駆逐艦二十八隻に見えるはすだ。
 最新鋭の高速戦艦でもこれには勝てない。
 そして、このハッタリに帝国軍は降りた。

「敵高速戦艦反転しました!
 それとは別に、敵駆逐艦三隻がこっちに向かってきます!」

「帰りがけの駄賃代わりという所か」

 准尉の報告にヤンがぼやく。
 おそらく、向こうのセンサー内にいるこの船が単艦であるのを感づいて排除を命じたという所だろうか。
 だが、それはモニター上のソヨカゼV39正面に現れた二百発の交点によって失敗に終わるだろうと確信していた。

「前方の味方駆逐艦より通信。
 『こちら、駆逐艦アッカド99艦長ラン・ホー少佐。
  貴艦を支援する』以上です」

 単艦行動していたという事は左右に哨戒線があった訳で、この船が襲われたという事は左右どちらかの哨戒線の船が襲われていないと事を意味する。
 ジャミング時にヤンははなから残っている味方の船のほうに船を向けていたからこそ、今の支援がある。
 その効果は敵駆逐艦が駆逐艦アッカド99のミサイルを捕らえた時にてきめんに現れた。
 包囲される前にと敵駆逐艦三隻も転進し逃走に移ったからだ。

「どうやら、峠は超えたようですな」

 パトリチェフ副長の声に、全員から安堵のため息が漏れる。
 ヤンが帽子を脱いで頭をかきながら戦闘体制解除を告げた。

「第一種戦闘体制解除。
 警戒しつつ、第十偵察隊の合流ポイントに向かう」

「了解しました」

 アルテナ航海長がほっとした声で進路を元に戻す。
 気が抜けたのか、アッテンボロー戦術長がぼやく。

「いいんですかね。
 俺たちがした事は、泥棒と叫んだ事ぐらいですよ」

「軍なんてそんなものさ。
 一将の功に万骨鳴ると。
 華々しい会戦の裏には、こんな功績にもならない日常が繰り返される訳だ。
 何よりも‥‥‥」

 皆が見つめている事に気づいて、ヤンは一息ついて本音を漏らす。

「敵も味方も殺さずにすんだ。
 それを喜ぼうじゃないか」

 多分、艦橋のスタッフがヤンの人となりを知って、ヤンを認めたのはこの時だったのだろう。
 それは、艦内にもゆっくりと伝わり、ヤンが将兵全員から艦長と認められるきっかけとなる。
 こうして、歴史に残る事はない小さな小さな戦いはその幕を下ろす。
 
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