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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第二十八話 統一に向けて


帝国暦 489年 7月14日   オーディン    ローエングラム元帥府   ナイトハルト・ミュラー



会議室は来たる大遠征の打ち合わせのために艦隊司令官達が集結していた。地球討伐から帰還したワーレン提督、総参謀長のフロイライン・マリーンドルフも参加している。この場に居ないのはイゼルローンのケスラー提督、フェザーンに向かっているロイエンタール、ミッターマイヤー提督の三人だけだ。正面にローエングラム公とフロイライン、両脇に艦隊司令官達、コの字型に並べられた会議卓に座っている。

「反乱軍も早急に戦力を整えようとするだろう、こちらも準備を整えているが出征は何時頃になると見る?」
ローエングラム公の問いかけにフロイライン・マリーンドルフとキルヒアイス提督が顔を見合わせたがフロイラインが一つ頷くと口を開いた。

「準備にあと四カ月はかかると思われます。出征は十一月半ばから十二月初旬になるでしょう」
彼女の言葉に艦隊司令官達の集まった会議室に小さなざわめきが起きた。殆どが同意する様な声だ。動員兵力は十五万隻を超えるだろう、これまでにない規模での出兵になる。準備は疎かにできない。ローエングラム公も同意するかのように頷いている。

「反乱軍は現状では二個艦隊だったな、キルヒアイス」
「はい、当然ですが反乱軍は戦力増強を図ると思います。しかしいくら努力しても倍の四個艦隊が良いところでしょう、三倍でも六個艦隊です」
「そうだな」
頷く公にフロイラインが話しかけた。

「戦力比は圧倒的、しかも味方はイゼルローン、フェザーン両回廊が使えます。となれば反乱軍は我々を自領奥深くに引き摺り込んでの防衛戦を挑んでくると思われます。やはり問題になるのは補給でしょう。十分な後方支援の体制が必要です」
確かにその通りだ、ローエングラム公も頷いている。となるとやはりフェザーンをどれだけ早く掌握するかだろう。

「後方支援の体制も必要ですが、劣勢な反乱軍が我々に勝とうとすればこちらの補給を断とうとするはずです。補給部隊の護衛を重視しなければ危険でしょう」
「一つ間違うと我々は二年前の反乱軍の立場になりかねません」
メックリンガー提督、ルッツ提督が護衛の重要性をローエングラム公に訴えた。これも道理だ、だが公は顔を顰めた。

「あの時は黒姫にしてやられたな」
ローエングラム公が苦い表情で呟くと皆が困ったような表情で顔を見合わせた。そしてルッツ提督はバツが悪そうな表情をしている。余計な事を言ったと思っているのだろう。

公が首を振った、気分を切り替えようとしているようだ。その様子に皆がホッとしたような表情を見せた。
「補給線をどうするかだな。フェザーンのみにするか、それともイゼルローンも使うか……。どう思うか」
さて、どうするべきか……、皆も困惑を露わにしている。イゼルローン回廊を使えとは言い辛いよな、エーリッヒにまた協力を依頼することになる。でも言わなければならん、しょうがない、俺の役目だな。

「フェザーンには後方支援に必要な能力が十分にあります。航路が一本の方が護衛もし易い、効率を考えるのなら補給はフェザーン一本で行うべきでしょう。しかし問題はフェザーンがどの程度信用できるかです。反乱軍領内に攻め込んだ後、フェザーンが混乱すれば補給に影響が出ざるを得ません。それを考えるとイゼルローンからの補給は使う使わぬは別として保険として必要ではないでしょうか」
俺が発言すると皆が頷いた。

「保険か……、確かにイゼルローンからの補給はフェザーンに比べれば効率が良くない、辺境は発展してきているとはいえ後方支援能力はフェザーンには及ばないからな……。大艦隊を率いるとなれば、やはりフェザーンだろう。しかし、保険か……、ミュラーの言う事にも一理ある……。出兵までにフェザーンを何処まで掌握できるか、それが鍵だな……」
ローエングラム公の言葉は最後は呟く様な口調になっていた。艦隊司令官達もそれぞれの表情で同意している。

理想としては補給線は多い方が良い、しかし現実には補給線が多ければそれの維持そのものに大きな負担がかかる……。エーリッヒ云々は別としてイゼルローンからの補給は効率が悪いという問題が有る。皆が考え込んでいるとTV電話の通信音が鳴った。会議室の皆が顔を見合わせた、ここに連絡を入れてくる、緊急事態の発生だろうか? フロイラインが自分の前に有るTV電話を受信した。

「何か有りましたか? こちらは今会議中ですが」
『申し訳ありません、黒姫の頭領から通信が入っています。かけ直すように伝えますか』
オペレータの言葉でエーリッヒからの連絡だと分かった。エーリッヒは今フェザーンに居るはずだ、五時間ほど前にフェザーン制圧に入ると連絡が有った。どういう状況なのか、皆の顔が緊張した。

フロイラインがローエングラム公に視線を向けると公が頷いて“正面のスクリーンに繋いでくれ”と言った。フロイラインが操作するとスクリーンにエーリッヒが映る。エーリッヒは常に変わらぬ笑みを浮かべていた、僚友達がロキの微笑みと名付けた笑みだ。本心からではなく心を隠す微笑み。そこまで言わなくてもと俺は思うんだが……。

『ヴァレンシュタインです、皆さんお揃いのようですね』
「会議中だ、そちらはどういう状況なのだ」
『自治領主府、自由惑星同盟高等弁務官府、航路局、公共放送センター、中央通信局、宇宙港を六ヶ所、軌道エレベータ、物資流通センター、治安警察本部、 地上交通制御センター、水素動力センター、エネルギー公団を押さえました』
エーリッヒの答えに会議室に安堵の声が上がった。制圧は順調に進んでいるようだ。

「ルビンスキーは?」
『残念ながら逃げました。今、ウチの人間が追っています』
今度は溜息だ。やはり一筋縄ではいかない……。
「卿でも失敗する事が有るのだな」
幾分皮肉交じりの公の言葉にエーリッヒが苦笑を洩らした。

『当然でしょう。神様だって失敗するんです、私が失敗しても不思議じゃありません。……閣下、嬉しそうですね』
「そんな事は無い、卿の誤解だ」
『誤解ですか、映りが良くないのかな。どういうわけか私には元帥閣下がとても喜んでいるように見えます』

「オーディンとフェザーンは遠いからな、映りが悪いのだろう」
皆、呆れた様な表情で顔を見合わせている。実際俺には公が喜んでいるようにしか見えない。おそらく皆にも同じように見えているだろう、つまりエーリッヒにもそう見えているはずだ。

『代わりと言っては何ですが長老委員会のメンバーを拘束しました』
「長老委員会?」
ローエングラム公が不思議そうな声を出した。心当たりがないようだ、俺も同じだ。一体何なのか……。

『自治領主を選ぶのが長老委員会です。地球教はこの委員会を通して自分達の代理人を選んでいました。オーディンに送りますので調べてください。色々と面白い話が聞けると思います』
「なるほど」
失点挽回か、ローエングラム公は少し面白くなさそうだ。

『ところで自治領主府の地下から妙な物を見つけました』
「妙な物?」
公が訝しそうな表情をした。妙な物? 何だろう、地球教に関する何かだろうか……。もしそうなら捜査が進むとアントンも喜ぶ、いやまた先を越されたと顔を顰めるかもしれんな……。

『時価総額で一兆帝国マルクは下らないと思われる貴金属です』
「何?」
ローエングラム公が不思議そうな表情でスクリーンを見ている。そして視線を俺達の方に向けた。良く分からない、お前達は分かったか? そんな表情だ。俺も良く分からない、時価総額で一兆帝国マルクは下らない貴金属? 何だそれは?

『金、プラチナが主体ですが、他にもダイヤ、ルビーの宝石類、それに絵画ですね。随分と貯め込んだものです』
言っている意味は分かるがとても俺には想像できない、おそらく皆も同じだろう。会議室の彼方此方から溜息が洩れた。

「どうするつもりだ、それを。まさか……」
『ええ、接収しました。ここに置いておくのは危険ですから』
「それは横領だろう、そんな事は許されんぞ!」
ローエングラム公が厳しい声を出すとエーリッヒは苦笑を浮かべた。まさかとは思うが“私達は海賊なんです”って言うんじゃないよな。

『誤解が有る様です、接収はしますが着服はしません。ロイエンタール、ミッターマイヤー提督がフェザーンに到着すれば我々はオーディンに向かいます。帝国政府に全てお渡ししますよ。フェザーンは地球教にとっては地球に次ぐ拠点ですからね、ここに置いておきたくないんです』
「……」
公が納得していないと見たのだろう、エーリッヒの苦笑が更に大きくなった。

『自治領主府内部に彼らの協力者が居ないとも限りません。彼らの活動資金にされては困る、そう言っています』
「……なるほど、活動資金か……。地球を失った今、彼らが次の根拠地に選ぶのはフェザーンの可能性が高い、必要になるのは金か……」
ローエングラム公が合点がいったという面持ちで頷く。

『ようやく御理解いただけたようですね。それにしても我々を手癖の悪いコソ泥扱いとは……。いささか心外です、もう少し信用していただいているのだと思っていました……』
皮肉混じりの口調にローエングラム公が幾分バツの悪そうな表情を見せた。

「そういうわけではない。ただ物が物だ、心配になっただけだ」
エーリッヒがクスクスと笑い声を上げる、公の表情が益々渋くなった。また公の機嫌が悪くなるな。エーリッヒ、その辺にしておけ、後で苦労するのは俺達なんだ。フロイライン・マリーンドルフも切なそうな表情をしている。宥めるのが大変だと思っているのかもしれない。

『それとフェザーンが所有していた国債も名義変更しました、これも危ないですからね』
「国債?」
公がキョトンとしている、いや公だけじゃない、皆も同じだ。
『帝国政府が発行した国債、約十二兆帝国マルク。それと同盟政府が発行した国債、約十五兆ディナール。ちなみに償還期限を超えたものですが帝国が三千億帝国マルク、同盟が五千億ディナール有ります。いや、凄いものです』

いや、凄いものですって、何だよそれは……。帝国だけで十二兆帝国マルク? 周囲を見たが皆度胆を抜かれている。
『既に名義変更されているかと思いましたが大丈夫だったようです。地球教はあまりルビンスキーを信用していなかったようですね、それこそ横領するとでも思ったかな。或いはルビンスキーが指示を受けてもそれを無視したか……』
エーリッヒが笑い声を上げた。

「それを、どうするつもりだ」
公の声が掠れている。
『ご安心を、オーディンに戻りましたら全て帝国政府に名義変更します。私はそんなものには興味は有りませんので』
今度はフフフ、とエーリッヒが笑った。ご安心をと言われても全然安心できない、俺だけじゃない、皆不安そうな表情をしている。

「何も要らないと言うのか?」
ローエングラム公が不信感丸出しで問い掛けた。気持ちは分かるがその不信感をもう少しオブラートに包めないものかな。エーリッヒは味方なんだから……。
『そうは言いません。欲しいものはちゃんと頂きました』
エーリッヒがまたフフフと笑う。益々嫌な予感がする。

「何だ、それは」
『内緒です。誤解しないで頂きたいのですが私個人の利益のためではありません、ご安心ください』
「……」
そんな嬉しそうに言うな。ますます安心出来ないだろう……、皆の不安そうな表情が卿には見えないのか?

俺の不安を他所にエーリッヒがローエングラム公に話しかけた。
『ところで一つ確認したいのですが……』
「何だ」
『銀河統一後の事ですが通貨の統一について考えていらっしゃいますか?』
「通貨の統一?」

呟いた後、公が“あ”っと声を上げてフロイラインと顔を見合わせた。フロイラインも虚を突かれたような表情をしている。
『フェザーン、自由惑星同盟を軍事的に征服した後、それを政治的、経済的に帝国と統合し一つの国家にしなければなりません。通貨の統一は避けては通れませんよ』
「……」
エーリッヒの言葉にローエングラム公の顔が悔しそうに歪んだ。またしてやられた、そう思っているのだろうな。

『帝国マルクとディナール、フェザーン・マルクとの交換比率を決めなければなりませんし、決めた後はそれに従って通貨を変換する必要が有ります。これは現物だけでなく電子も同様です。通貨の発行量がどの程度になるのか……。膨大な作業になりますがやらなければなりません。そして失敗は許されない、失敗すれば大変な混乱が発生します』

聞いてるだけで頭が痛くなってきた。通貨の統一? 軍人の俺には到底分からない事だが大変な問題だという事は分かる。周囲の提督達も困惑したような表情を見せている。
「黒姫の頭領、良いお考えが有りますか?」
問い掛けたのはフロイラインだった。公が幾分彼女を睨み気味だが気にすることなくエーリッヒを見ている。

『やはりフェザーン人を使うのが一番でしょう』
「具体的には」
『ボルテック弁務官を利用する事です。彼は帝国、同盟、両方の国家財政、経済状態について詳しい。彼を責任者としてチームを作り対応させる、それが最善だと思います』
会議室にざわめきが起こった。ボルテックは今国家保安庁で取り調べを受けている。それを利用?

「しかしボルテックは取り調べを受けているが」
ローエングラム公がそれを指摘するとエーリッヒが微かに笑みを見せた。
『彼に選ばせては如何でしょう。このまま犯罪者として扱われるか、それとも帝国に協力し栄達するか』
「……」

『通貨統一を成功させた暁には新たに帝国の通商を管轄する省庁を作りその責任者に任命する、そう提案するのです。彼が受けてくれれば地球教についても積極的に話してくれるでしょう。一石二鳥ですよ』
「なるほど」
なるほど、上手い手だな、敵ではなく味方に取り込むか……。ローエングラム公も頷いている、どうやらこの案は採用だな……。




 
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