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アルジェのイタリア女

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第二幕その四


第二幕その四

 そんなやり取りはある程度はハーリーの耳にも入っていた。彼は宮殿の中の一室でそのことを思っていた。
「さて、旦那様は気付いておられるな」
 まずはそれをよしとした。
「あのイタリア女とズルマの策略に。よいことだ」
 だがここで彼は呟いた。
「しかしな」
 顎鬚をしごきながら言う。
「イタリアの女というものは闊達で頭がよく回るな。他の国の女よりも、勿論トルコの女よりも手強いな。それはよく覚えておくとしよう、今後の為に」
 そう言うと部屋を後にした。するとこそこに入れ替わりにリンドーロとタッデオがやって来た。
「上手くいきますかね」
「いくんじゃないか?」
 タッデオはとりあえずはリンドーロの言葉に頷いた。背が高くスラリとしたリンドーロに対してタッデオは小柄で太っている。それが何処かアラビア数字の一〇を思わせるものになっていた。
「イザベッラがああ言っているとなると」
「イザベッラは頭がいいですから」
「そうじゃな。どうもそれで君は徳をして」
 タッデオはリンドーロを見上げて言う。
「わしは損ばかりをしている」
「ははは」
「全く、貧乏くじばかりじゃ」
「ではここにいる花達に顔を向けられては?」
「冗談ポイよ」
 それは最初から考えになかった。
「わしが好きなのはイタリアの女じゃ。他の国の女はいらん」
「貴方もですか」
「イタリアの女こそがこの世で最もいいのじゃ」
 ここでまで言う。
「他の国の女なぞ。イタリア女の前にはどれだけの価値があるものか」
「全くです」
「そのイタリアに帰る為にも」
「ここはイザベッラの策の通りに」
「あの旦那様をはめるとしようか。よいな」
「はい、合言葉は」
 返事はこうであった。
「パッパタチ」
「パッパタチ」
「左様、全てパッパタチの為に」
「やりましょう」
 二人はいささか訳のわからないことを言いながら部屋を後にした。そしてそのままムスタファのいる部屋に向かった。見れば彼はベッドの上で横になっていた。その姿はまるで海岸に寝転がる太ったアシカのようであった。
「旦那様」
「何じゃ?」
 ムスタファは二人に声をかけられて眠そうな顔を彼等に向けてきた。どうやら本当に少し寝ていたようである。そんな惚けた顔をしていた。
「大した用でないなら控えておれ」
「それが大した用でございます」
「ローマから軍隊でも来たのか?」
 もうローマ帝国なぞないから冗談であるのがわかる。
「いえ、違います。実はですね」
「戦争ではないのだな」
「はい。お誘いに参りました」
「わしにか」
「はい」
 二人はわざと恭しく応えた。
「左様でございます」
「実はですね」
「うむ」
「今ヴェネツィアで流行っている歌と音楽の華やかな生活を送る会」
「その名もパッパタチ」
「パッパタチ!?」
 ムスタファはそのパッパタチを聞いて少し反応を示した。
「聞いたことのない名じゃのう」
「左様でございましょう。何故ならこの会は」
「選ばれた人達がそれぞれ推薦してしか入られないのですから」
「ふうむ」
 ムスタファはそれを聞いて顔を少し上げた。
「推薦だけか」
「はい、そしてこの度は」
「私達が旦那様を」
「入るには改宗しろとかは言わぬか?」
「勿論」
「そういうことは関係ありません」
 こう保障してみせた。
「そうか」
「そうでございます」
「よし、わかった」
 改宗の必要なしと聞いてムスタファはその巨体をゆっくりと起こした。
「それなら問題ない、話を聞くか」
「はい」
(やりましたね)
(うむ、いい流れじゃ)
 二人は目配せをして頷き合った。それからまたムスタファに話した。
「勿論女性にも」
「もてるとでもいうのか?」
「意中の人をその思いのままに」
「何と」
 これが彼にとっては心の琴線に触れることであった。
「それはまことか」
「はい」
 二人はにこりと笑って頷いた。
「如何でしょうか」
「それにわしが入るのじゃな」
「左様です」
「どうでしょうか」
「それにわしを誘ってくれると」
「今申し上げた通りでございます」
 にこりと笑って述べる。
「どうされますか?旦那様」
「意中の人を思い通りに」
 ムスタファの頭の中にある女性のことが思い浮かぶ。だがそれはイザベッラではない。
「悪くはないな」
「では」
「入られますか?」
「無論じゃ」
 ムスタファは満面に笑みを浮かべて言った。
 
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