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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第57話 ハルケギニアの夏休み・宴の夜

 
前書き
 第57話を更新します。
 

 
「それで。夏休み前から今まで、タバサとシノブの二人は、一体何処で何をしていたの?」

 目の前に並べられた料理の数々。そのメインは、サケとイチジク、干しブドウ、ナシなどをパイの皮で包んで焼いた物。そして多分、ラム肉……小羊の肉を使ったシチュー。パンは学院で出されている物と同じレベルの小麦を使用しているのか、少なくとも俺が口に入れても大丈夫なレベルのパンを出していた。
 それに、キュルケが注文したビール。そして、大量のソーセージとザワークラウト。
 更に、俺が呼び出したハルファスが並べた鶏の照り焼き。ポテトのフライ。冷奴。エビチリ。棒々鶏。焼売。小籠包などの料理が並ぶ。

 尚、俺とタバサの飲み物は琥珀色の液体。……と言っても、蒸留酒の類などではなく、ハルファスが準備したウーロン茶で有り、ハルファスとルイズはワインを。キュルケはビールを口にしていた。
 もっとも、現在、タバサ専属セバスチャンの俺としては、こんな得体の知れないオカ○・バーの料理など口に入れるのも問題が有るのですが、それでも、ここに何故かルイズや、そして、店の奥の方には才人も居るようなので、そんな店の売り上げに貢献するのは悪い事ではない、……と思っての行動です。

 但し、たったひとつの問題は、この場に居るルイズの指名料も当然、後に払わされる事となると言う事ですかね。
 ……仕事をした方が良いんじゃないですかね、バニーちゃん(ルイズさん)は。

 貴女の使い魔の少年も、どうせ、この店の何処か。おそらくは、洗い場の方でこき使われて居るんじゃないのですか。
 才人に出来るこの店の仕事と言ったら、どう考えても、それぐらいの事でしょうからね。

「先ず、夏休み前。キュルケ達が宝探しの冒険旅行中だった時は、リュティスのカジノでしばらく遊んでいたかな」

 タバサが上品に。しかし、獲物を狙う鷹の瞳でテーブルの上に並べられた料理を見つめている隣で、心の中で、呑気にワインを傾けながら、その生まれを隠す事の出来ない優雅な仕草で料理を摘まむバニーちゃん(ルイズ)に悪態を吐きながらも、キュルケの問いに対してそう答える俺。
 但し、暗殺者に心臓を握り潰されかけ、スカアハのゲイボルグに身体の中心を貫かれ掛け、最後は炎の邪神に消し炭にされ掛けましたが。
 まして、この事件の結果、モンマルトルの丘は崩壊しましたし、邪神召喚に因って穢された街やその他の箇所の浄化にかなりの時間が掛かりましたけどね。

「そして、戻って来たら、キュルケ達は誰もいない状態。それで暇だったので、次はガリアの東の端っこの街で大きな市が開かれていたから、その市をタバサとモンモランシーの両手に花状態で遊びがてら見て来た」

 その二人以外に、マジャール侯爵の娘のアリアも居ましたが。もっとも、実際のベレイトの街で待っていた物語(事件)は、ヘビたちの父イグとの戦いがメインでしたし、更にその後の街の浄化にも、再びメチャクチャ時間を費やして仕舞いましたね。
 人間の持って居る恨みなどの強い負の感情は、そう簡単に散じさせられる訳では有りませんから。

 実際、あの坑道に沿って地上に植えた街路樹などが、徐々に地中深くにしみ込んだ恨みを天に返してくれるのを待つ事が、一番確実に恨みの感情を失くす方法ですから。

「それで、その後に戻って来たら、学院は夏休みに入っていて、それならば家に遊びに来ないかとモンモランシーが誘ってくれたから、避暑がてらラグドリアン湖々畔のモンモランシー邸に一週間程度お邪魔していたのかな」

 そこで、夢の世界で怪奇植物トリフィドモドキと死闘を演じさせられたのは記憶に新しい事ですか。
 もっとも、湖の乙女と、彼女の友人で、俺と縁を結んだ事の有る人物との邂逅も、同じ夢の世界で行われましたけど。

「それで次は、タバサの実家と関係の有った貴族が代変わりした御披露目のパーティに出席して」

 そこで、ガリアのイザベラ姫と妖精女王ティターニアの二人とお知り合いになり、ヴェルサルティル宮殿の地下に有る大空洞で太歳星君と戦い、タバサが吸血姫へと覚醒した。
 尚、それと同時にソルジーヴィオと名乗る自称商人にも出会ったのですが……。

 あの地下に広がる大空洞……聖地の浄化にも、結構、手間が掛かりましたか。

「最後は、ラグドリアン湖の湖畔で、俺の世界の伝統行事。七夕のお祭りイベントをクリアーしてから学院に戻って来た」

 ラグドリアン湖異常増水事件。そこで、湖の乙女。崇拝される者。モンモランシーと力を合わせて、水の邪神共工を討ち倒して、この世界がミーミルの水に因って水没する危機を脱したのですか。

 俺の話を聞き終えたルイズとキュルケの間に、微妙な沈黙が流れる。いや、微妙と言う因りは、明らかに呆れ果てて居ると言う雰囲気ですか。
 そして、

「アンタたち、遊んでばっかりよね」

 ルイズが、やや抑揚に欠けた口調でそう呟く。確かに、先ほどの俺の説明では遊んでばかりのような内容に聞こえますが、実際は、戦ってばかりでしたね。

「人聞きの悪い言い方やな。これは立派な社会勉強と言う勉強だと思うのですけどね。それに最近、タバサは歌を歌うようにも成ったんですよ。これでタバサは、本ばかり読んでいる不思議ちゃんからは卒業と言う事ですからね」

 まさか本当の事を言う訳にも行かないので、そう軽口めいた台詞で最後を締めくくる俺。但し、それは鎮魂(たましずめ)の術を覚える為の前段階。彼女が趣味で歌を歌うようになった訳では有りません。

 俺の語った内容に対して、少し疑わしげな視線で俺を見つめる事によって答えと為したキュルケとルイズ。そして、我関せずとばかりに食事を続けるタバサと、ただひたすらアルコールを口に運ぶハルファス。
 尚、よくよく考えて見ると、これって所謂、ハーレム状態。巨乳好きにはハルファスとキュルケ。反対サイドならルイズとタバサと言う組み合わせ。もっとも、俺自身が好かれて居るから現状で周りに女性が集まって来ている訳ではないので、浮かれ過ぎてもまったく意味は無いのですが。

 まして、俺の周りに集まって来るのは、どうやら生物学的には人間に近い種類の存在ばかりで、間違いなく人間で有るルイズやキュルケはその範疇に入る事はないでしょう。
 人外からは色々な意味で人気者みたいな雰囲気なのですが。

 敵とするにしても、また、味方とするにしてもね。

「それなら、一曲、歌って見るか、タバサ」

 取り敢えず、俺の人間の男性としての魅力に関しては何処か遠くに放り出して、タバサに対してそう問い掛ける俺。それにタバサの声は綺麗ですし、歌も下手ではないので、人前で歌ったとしても恥ずかしくはないはずです。
 現状で、相手……聞き手の魂を揺さぶる歌を歌う事が出来るかどうかは判りませんが。

 俺の問い掛けに対して、少しの逡巡の後、小さく首肯くタバサ。これは肯定。
 良し、それならば、

「ハルファス。ギターを出して貰えるか」

 彼女の歌の伴奏用の楽器の調達を依頼する俺。尚、これは技術を教える職能を持ったハゲンチに因って付け焼刃で覚えた技能ですから、横笛のように相手の魂を揺さぶる事が出来る訳では有りません。しかし、それでも、何の伴奏も無しに歌うよりは、タバサの方も歌い易いはずです。
 それに、練習の時は何時もこのパターンで練習して居ますからね。

「普通のアコースティック・ギターで良いのだな、シノブくん」

 そう問い返して来るハルファスに対して、無言で首肯く俺。それに、ここで欲張って、高いギターを用意して貰ったとしても意味は有りません。
 そして、次の瞬間。俺の目の前に、ハルファスの調達技能に因って準備された、何の変哲もないアコースティック・ギターが現れていた。

 そう。俺の目から見ると、ごく普通のアコースティック・ギター。……なのですが、彼女らからすると、珍しい六弦のギターとなるギターを見つめるキュルケとルイズの二人。尚、このハルケギニア世界にも四弦、五弦のクラッシック・ギターは存在するようなのですが、六弦のギターは未だ発明されていないか、それか発明されていたとしても、未だ一般的ではないかのどちらかなのでしょう。少なくとも、タバサの知識の中に六弦のギターと言う物は存在していませんでした。

 軽く、弦を爪弾いてみる俺。大丈夫。少なくとも、俺の耳が捉えている音からは、音階の狂いのような物を感じる事は有りません。

 ギターの奏でる音の具合を確認中の俺をタバサが、その晴れ渡った冬の氷空に等しい瞳に映して静かに首肯く。これは、何時演奏を初めても良いと言う合図。そして、それと同時にシルフを起動させ、外……つまり、酒場内の雑音のカットを行う俺。但し、タバサの歌声と、俺のギターの音色は外。つまり、酒場の従業員や客たちに聞こえるようにする為の結界を施す。
 酒場内の客層は……。男性が九割。そして、ここトリステインの世情から想像が付くように、軍人が多く居る事から考えると、これから歌う歌は少し問題が有るのですが……。

 もっとも、それも練習ですか。

 再び、軽く弦を爪弾いてみる。
 刹那。周りのテーブルの雰囲気が少し変わった。確かに、それまで会話を行っていた少女たちが、突然、楽器を奏で始めたのですから、興味を持たれて当然なのですが。

 非音楽的な喧騒と雑音に支配された世界(店内)に、ゆっくりと波紋を広げて行くが如き雰囲気で拡散して行く前奏。アコーステッィック・ギターの優しい音色が旋律を奏で、高く、そして低く、情感を伴いつつ酒場内を満たせて行く。
 次の瞬間。タバサが歌を紡ぎ始めた。普段の彼女とは違う、情感豊かに響く歌声は聞く者の耳に心地良く届き……。
 そしてそれは、ひとつの物語を画き上げ始めた。この国に昔から存在する昔話を……。



 必ず戻って来る。青年はそう優しく告げて、扉から出て行った。
 黙って、ただ彼の背中を見送った少女。
 春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ。再び、出会った季節が巡り来る。

 誰の元にも訪れるように、少女の元にも夜の帳がそっと降りる。
 どんなに離れていたとしても、一日で一度だけ出会う事が許された短い逢瀬の時。
 懐かしい思い出の中の彼は、何時でも、そう笑っていた。

 彼の名を呼んだ瞬間、少女は目を覚ました。
 短い逢瀬の別れの時。
 しかし、その日の朝。自らの右手が握りしめていた光を見つけた瞬間、自らの元に別れた恋人が戻って来た事を知る。
 そして、もう二度と巡り合う事が出来ない事も……。

 彼女は今も眠り続ける。
 消えた恋の背中に再び出会うその日まで。
 彼の残した蒼い宝石を抱きしめたままで……。



 眠る者の表情で余韻を表現する蒼き少女。その姿は、待ち続ける為に眠る事を選んだ少女の為に神に祈りを捧げる聖女そのもの。

 そして………………。
 それまで、猥雑な騒ぎに満ちていた酒場に、夜明け前の如き静寂が広がる。
 しかし、次の瞬間。一瞬の静寂が次なる喧騒の為の助走に過ぎなかった事が証明された。

 拍手。喝采。賞賛。表現方法は人それぞれ。しかし、酒場内の評価は概ね好評と言う感じですか。
 今回は、俺のギターに因る伴奏に関しては、一切の霊力を籠めるようなマネは為して居ません。つまり、この評価はタバサの歌に対する純然たる評価。

 この雰囲気ならば、タバサは魂振りも、そして、魂鎮めも両方こなせるようになるのに、そう時間は掛からないでしょう。

「タバサに歌の才能が有ったなんて、知らなかったわ」

 自らの親友の隠れた才に感心したかのような雰囲気を発したキュルケが、タバサを抱きしめながら、そう言った。
 もっとも、何時も通りの透明な表情を浮かべたままのタバサと、彼女を抱きしめたまま、満面の笑みに彩られた表情を浮かべるキュルケと言う、非常にシュールな光景が目の前で展開していたのですが。

「タバサも意外にやるじゃない」

 そしてこちらは、何か良く判らない賞賛を向けるルイズ。何故ならば、そもそも、何と比べて意外なのか判りませんから。普通に考えると自らと比べたと考えるべきですが、ルイズが歌ったトコロを知らない俺としては、この言葉に関しては何とも答えようがない内容ですからね。
 もっとも、少なくとも、この魅惑の妖精亭内に居る大部分の人間が、この俄かの歌姫を肯定してくれて居ると言う事は、全ての人物が、今、ルイズが口にした感想に近い答えを得たのだと思いますが。

 しかし……。

「貴様ら。アルビオンとの戦が近いこの重要な時に、その様な軟弱な歌を歌っても良いと思っているのか!」

 俺達と違い、魅惑の妖精亭の広いフロアー内の真ん中で騒いでいた若い貴族たちの集団。皆、揃いのマントにつばの広い羽飾りの着いた帽子を持ち、軍杖と呼ばれるサーベル状の魔法使いの杖を持つトコロから、トリステイン王国軍の士官たちと言う事なのでしょう。
 しかし、つばの広い帽子の意味は上空から降って来る汚物対策の物ですし、その道化師じみた服装は俺の趣味ではないので、こいつらを見たトコロで格好が良いとは、俺には到底思えない連中なのですが。

 その一団の内、三人が俺達のテーブルにまでわざわざ近付いて来て、クダラナイ、殆んど言い掛かりに等しい台詞を、真ん中の一人が一歩前に出た形で俺の前に立ち口にした。
 まるで、旧日本軍の憲兵や特高に所属した連中のような物言い。実際に、見た目から青年だとは思いますが、カイゼル髭で、瞳もかなりキツイ感じの瞳。どうも万人に愛されるタイプのイケメンと言う訳では有りません。

 その言葉に対してキュルケは無視。こんなアホを相手にしたくないのでしょう。同じくタバサも無視。この三人に関しては彼女が興味を示すような相手とは思えませんので、この対応は当然だと思います。この二人に関しては問題有りませんね。
 それならば、

「これは、王軍の士官の方々とは思えない御言葉ですね」

 最後に残ったピンク色の少女が口を開いて、状況をややこしくする前にそう答える俺。但し、俺としても、この正面に現れた三人組に関してはあまり好きなタイプの相手では有りませんので、少し挑発……とまでは言いませんが、それでも揶揄するようなニュアンスも感じる事の出来る口調でそう告げて仕舞ったのですが。
 そう。どうやら俺は、おエライ方々が贅沢は敵だ、と言っている隣で贅沢は素敵だ、と言うタイプの人間のようで、そう言う相手。……近視眼的で、競馬馬並みの視界しか持たない人間とは度々意見が対立した覚えが有るのですよね。

 もっとも、この性格を直す心算はまったく有りませんが。

「貴様、我らを愚弄する心算か!」

 何故か、簡単に激高するトリステイン王国軍の士官。いや、確かにそう言う口調で話はしましたが、それでもそんなにあっさり挑発されてどうするのです。冷静で無ければ軍の士官など出来ないと思うのですが。

 その瞬間に、ルイズの頬がぴくりと動く。その際に、明らかに爆発寸前のイメージが俺に伝わって来た。しかし、この程度の事で表情が動くような性格で、彼女、よくこんなサービス業に従事する気に成りましたね。
 この手の客商売の場合、こんな低レベルの客などいくらでも居るでしょうに。

 もっとも、ルイズは、本来ならば公爵家の姫君ですから、御小遣いが欲しいからアルバイトに精を出す、……と言う訳でもないでしょう。そう冷静に考えてみるのならば、この魔法学院が夏休みの間に、こんなトコロで働いている理由は、また伝説の魔法の系統絡みの話でお水の御仕事をやる事に成った可能性が高いんじゃないのでしょうか。
 少なくとも、彼女に向いているアルバイトでない事だけは確かだと思いますから。

「いえ、そのような心算は有りませんよ」

 そんな爆発寸前のルイズと、明らかにインネンを吹っ掛けて来た側のトリステイン王軍士官との間に立って、それまでと変わらないごく穏やかな雰囲気及び口調で、そう答える俺。
 それに、一応、この店に迷惑が掛かる可能性が有るので挑発をする意図は有りませんでしたから。まして、タバサが歌う事が決まった段階で、このようなツッコミが入る可能性は有る程度、想定して居ましたからね。
 先ほどの曲は、どう考えても反戦歌の色合いが濃い内容ですから。

 それでも、

「士官殿は、軍人の本分は何処に有ると思いますか」

 未だ、気の弱い人間ならば逃げ出して仕舞いそうな瞳で俺を睨み付けている王国軍士官に対して、そう問い掛ける俺。
 もっとも、いくら睨み付けて来て居るとは言っても、所詮は精霊を支配出来ない系統魔法使い。まして人間レベルの剣技。更に、固定化でサーベルを強化して有ったとしても、木克土で無力化するのは容易い。この程度の相手なら、千人単位を相手にしたとしても俺は負ける気はしないのですが。

「それは当然、戦場で敵を倒し活躍する事」

 予想通り真っ先に突っ込んで行って、最初に討ち死にするタイプの人間の台詞を口にするトリステイン王国軍の青年士官。
 但し、俺の少ない経験から導き出される答えでは、こう言う勇ましい言葉を口にする人間ほど、実際は人の後ろに隠れている物なのですが。

「いえ。私は生き残る事だと思いますね」

 しかし、先ほど、王国軍士官が口にした台詞と正反対。かなりチキンな意見を口にする俺。
 そう。そもそも、俺は戦場になど出たくはないのですが、無理にでも連れ出されるのならば、俺の目的はこれに成るのは確実です。

「貴様、その様な軟弱な意志だから、先ほどのような歌を歌う事が出来るのだ!」

 益々怒り出す王国軍の士官。確かに、先ほどタバサが歌った内容は反戦フォークそのもの。そして、反戦フォークと言う曲を歌う人間は軟弱者の典型のような物ですか。
 戦時色が強く成っているトリステインでは嫌われる物でしょう。

 そう思いながら、少し。半歩分、左斜め前に自然な形で身体を進めるようにして、青年士官たちの前に移動する俺。
 そう。その高圧的な台詞が青年士官たちから発せられた瞬間、今は俺の左肩の後ろに居るピンクのバニーちゃん姿のルイズから、少し物騒な気が発生し掛かったのです。具体的には、右手の魔法使いの杖を握る手に魔力(ちから)が籠められ、左手は、胸の前の銀の十字架に指を当てる。
 これはいい加減にしないと、本当に爆発しかねない雰囲気を発していますから、彼女。それに彼女の場合は、本当に伝説の爆発魔法の使い手ですから、この三人の青年士官など瞬殺される可能性も有ります。

 そう成ったら、この店に掛ける迷惑も半端な物じゃなくなるでしょうが。
 尚、自然な形で、俺の左肩の後ろに回されたルイズは、それまで我が愛すべき戦友のタバサと同じように、我関せずの態度でワインを飲んでいた金髪碧眼の女性に因って、テーブルに着かされ仕舞いましたが。

 良し。これで、ルイズが余計なもめ事を起こす可能性も低く成ったな。そうしたら、

「生き残らなければ、それ以上、戦場で敵を倒す機会を得る事は出来ないでしょう。その上、それ以後は戦場で活躍する事も出来なくなる」

 そもそも、国が必要だと考えて居るのは、その国に依存している連中だけ。このトリステインの税は貴族や神官には掛けられていない為に、国を運営する予算は、すべて国王の直轄地の平民より賄われているはずです。
 簡単な計算式で言うのなら、農奴は十の収穫の内、六、もしくは七までは税として取り立てられている計算のはずですから、国民に取っては、自らを支配する国など、アルビオンで有ろうが、トリステインで有ろうが関係はないはずですから。
 尚、その税の内、教会の取り分は一。全収穫の内、十分の一は無条件で教会に納める仕組みと成っていると言う事ですか。
 殆んど、何もしていない教会に……。

 おっと、今はそんな事を追及すべき時では有りませんか。無理矢理、軌道修正っと。

「確かに、貴様の言う事にも一理は有る」

 俺の思考が、何処か他所の世界に行き掛かっていた事などに気付く事もなく、意外に物分りの良い態度で俺の意見を受け入れた青年士官。しかし、更に続けて、

「しかし、だからと言って、先ほどの歌のような軟弱な歌を認める訳には行かない」

 ……と言った。
 前言撤回。頭が固い部分はまるで変わっていない。こいつ、魔術や魔法の基本がまるで理解出来て居ない。

「王国軍の士官の方々ならば、現在は来たるべきアルビオンとの戦に向けて日夜、厳しい訓練に励んで居られるとお見受け致しますが、どうでしょうか?」

 心の中でのみ肩をすくめて、呆れた表情を浮かべた俺が、それでも礼儀を弁えた態度を崩す事もなく、少しこれまでの会話の内容からは遠い内容の問いを行った。
 そう。それならば仕方が有りません。確かに、少々余計な時間は掛かりますが、それでも判っていないのならば、最初から説明するしかないですからね。
 それにしても、こんな事も知らないのか、それとも、単に俺達にインネンを吹っかけたいだけなのか、は判らないのですが。

 其処まで考えてから、俺は、タバサ、キュルケ、ルイズの三人の姿を順番に頭に思い浮かべ、そして、その結果、非常にシンプルな結論に達したのですが……。
 まさか、と思うのは簡単ですが、可能性のひとつぐらいには考えて置いても良いですかね。

「その通り。日々苦しい訓練に身を置き、国の為に戦う準備を行っている」

 そんな自分たちと比べて、学生の身分でこんな店に出入りして、更に美少女を侍らせている貴様が気に入らない、と言わんばかりの口調、及び雰囲気でそう言って来るトリステイン王国軍士官。
 但し、俺が喜んでこんな立場に居ると思ったら大きな間違いなのですが。俺としては、蒼い少女(タバサ)一人居てくれたら十分で、他の紅とピンクはオマケ。最後の金髪碧眼巨乳のおねいさんは、俺の式神(人外)ですから。

「ならば戦を前にして何故、厳しい訓練を繰り返すか判りますか?」

 その士官の答えを聞いた後、ほぼ意味不明の問い掛けを行う俺。いや、問いの意味は判るでしょうけど、このタイミングで何故、この質問が出て来るかが判るかどうかが微妙だと言う事です。

「戦の際に一矢乱れぬ動きを行う為。命令通りに動けるように身体に覚え込ませる為」

 そんな俺の質問の意図にまったく気付いていないのか、至極真っ当な答えを返して来る青年士官。
 しかし、

「その程度の事ならば、殊更厳しい訓練を課す必要は有りませんよ。貴男方は優秀な貴族出身の士官。平民とは頭の出来も人間としての格も違い過ぎます。
 おそらく、口頭で説明を受けただけで、その程度の事ならば直ぐに為せるでしょう」

 こいつらが士官ならば、ですが。ただ、この国には常備軍がない以上、雑兵は秋の収穫時期の前のこの季節に徴兵は出来ませんから、今訓練に励んでいるのは士官や傭兵たち。そんな連中が命令一下、統率された動きが出来ない方がどうかしているとは思いますけどね。

 そして、更に続けて、

「それでも尚、厳しい訓練が課せられるのは、実戦時に置いて諦めない為。辛い訓練を潜り抜けて来たのだから、この程度の事ならば大丈夫だと思う心を作り上げる為」

 ……と、普段の俺ならば絶対に口にしない類の台詞を口にする俺。
 そう。これは、所謂、精神論と言うヤツです。
 但し、矢張り、最後の最期。これ以上どうしようも無くなった時には、諦めるか、諦めないかの差は大きいはずですから。その、簡単に折れない心を作る為に、厳しい訓練と言う物は課せられているのだと思います。

 まして、このハルケギニア世界は魔法が支配する世界。魔法が支配する世界の精神論は馬鹿に出来ない物でしょう。
 高が精神論。されど、精神論と言う感じですか。

「先ほどの歌に歌い上げられていたのも同じ事です。故郷に誰かを待たせて居るのなら、その人間は簡単に諦めたりはしませんからね」

 結局、最後は諦めの悪い人間が生き残る。そう言う事。
 もっとも、本当の戦争とは圧倒的な物量で相手を呑み込んだ方が勝利する物なのですが。まして、トリステインは完全に頭上を取られているから非常に不利な戦いに成るような気もしますけどね。

 物理的に、上空から大質量の物を落としてやるだけで、街のひとつぐらい壊滅させる事は簡単なはずですから。

 納得したような、納得していないような雰囲気のトリステイン王国軍の若い士官たち。ただ、インネンを吹っかけた心算が軽くいなされて仕舞ったので、心の中のもやもやとした物を持って行く先が無くなっただけなのでしょう。
 もっとも、そんなトコロまで俺がアフター・ケアをしてやる義理はないのですが。

「さて。それでは、私の長い話に付き合って貰えた御礼に、皆様に酒を一杯、おごらせて貰いましょうか。
 有名な、……炎の家系で有名な赤毛の一族と、風の家系として有名な蒼い髪の一族。それに、止む事なき家柄の姫さま達から、国と民を護る皆様への細やかな御礼です」

 そう俺が告げた瞬間、やけに横柄な態度だった三人の青年士官たちの脳裏に、何か思い当たる家の名前が有ったのか、一瞬、動きが止まり、俺の後ろで、既に食事を開始していた二人の紅と蒼の少女と、そして、俺の後ろのピンク色の髪の毛の少女に順番に視線を移す。その刹那、何時の間にか彼らの背後に立って居たスカロン(オカマの)店長が、三人を背後から抱きしめた。

「!」

 声に成らない声、意味の無い呻きのような物を上げる青年士官たち。そして、そのまま、引き摺るように、自らの仲間たちの座るテーブルへと連れ去られて仕舞う。
 それも三人纏めて……。

 そうしたら、あの連中に関しては、スカロン店長に任して置けば問題ないでしょう。あの店長は、俺の腕を取って放さなかった人間(オカマ)です。あの程度の下士官どもなど適当にあしらってくれるでしょう。
 もっとも、あのテーブルに着いている連中には、男性として別の危機が迫っている可能性も存在するとは思いますが。ただ、それも一種の社会勉強ですか。

 少なくとも、俺は知りたくはない世界で有る事は確かですが。

「そうしたら、ルイズ。あの席のアホどもが飲み食いした分は俺が払うから、このテーブルの飲食代に上乗せして置いてくれるか」

 無駄な出費ですが、それも仕方がない事ですかね。それに、ここは庶民が訪れる店のはずですから、そう高い価格ではないとも思いますから。
 俺にはハゲンチやノームと言う式神が存在していますので、お金に困る事は有りませんからね。
 そう思いながら、振り返ってルイズに対して告げる俺。

 しかし、

「なんで、あんな連中に奢る必要が有るのよ。あの程度の連中だったら、アンタ一人で店から叩き出す事だって簡単でしょう?」

 かなり不満げな口調で、そう言うルイズ。確かに、あの連中の相手など簡単な事。まさに赤子の手を捻るように為す事が出来ますが。

 しかし、どう説明しましょう――――――――。

「あのね、ルイズ。シノブは貴女の為に、穏便に事を済ませたのよ」

 どう説明したら、彼女、ルイズの顔を立て、その上で恩に着せるような結果に成らないかを、考え始めた俺の意図を完全に吹っ飛ばしてくれるキュルケ。
 確かに、俺の考えが其処に有ったのは事実ですが、それを直球で伝えてどうしますか。

 少し驚いたように。そして、矢張り不満げに俺を見つめるルイズ。
 やれやれ。それでも、知られて仕舞ったのなら仕方がないですか。それならば、

「あの手の連中は根に持つ可能性が高いからな。もし、ここで俺やタバサ。それにキュルケの三人でアイツらを追い払ったとしても、今度は人数を増やして御礼参りにやって来る可能性が大きい」

 あの、如何にも貴族然としていて、更に、頭の固い典型的な軍人の三人組に対して、何故、穏便に事を運ぼうとしたのかの理由の説明を行う俺。

 もっとも、ここを二百三高地にして、俺達がステッセリ中将役となり、やつらが日本陸軍の第三軍役と成る覚悟が有るのなら簡単なのですが。
 但しこの戦闘は、彼女の働く魅惑の妖精亭にかなりの迷惑を掛ける事は間違い有りませんから、流石に為す訳には行かないのですけどね。

「まして、俺は別に好戦的な性格ではないからな」

 そう言いながら、元々の席。タバサの隣に腰を下ろす俺。それに、どうやら俄か吟遊詩人役は一曲だけで良さそうな雰囲気なので、この余裕のある態度と成っているのですが。
 歌い手のタバサは、俺と、トリステイン王国軍士官どものやり取りを気にする事もなく、既に自らの席に着いて御食事を開始して居ますから。

 しかし、

「ちょっと待ちなさいよ。落ち着いて、しかも、このわたしの許可も得ずに、何を勝手に席に着こうとしているのよ」

 先ほどの説明で納得した、と思っていたルイズが、矢張り、少し不満げに俺を見つめながら、首から下げた銀製の十字架に指を当てる。
 尚、この世界には十字架をシンボルとする宗教はないはずなのですが、この行為は彼女に取って精神を落ち着かせる意味が有るようです。

 もっとも、これ以上、俺に出来る事もないですし、それに、

「飯を食いに来て、飯を食わずに何をしろと言うのですか、貴女は」

 少し呆れたような台詞を口にした俺は、そのまま、テーブルの上に並べられた焼売を口に放り込む。まして、ここにはルイズの顔を見に来た訳では無く、飯を食いに来たのですから、これは当然の行為ですからね。
 ……………………。
 あれ、そう言えば、この店には飯を食いに来た訳でもなく、キュルケに連れられて、人生の真実とやらを探す為に、来たような記憶も有るのですが。

 そんな、キュルケの口から出まかせの台詞を頭の中で反芻しながらも、口の中では少し大きめの焼売の咀嚼を続ける。
 うむ。矢張り、日本人の俺としては、サケのパイ包み焼きよりは、チープですが焼売の方が口には合いますね。身体や栄養価的に言うと、色々な材料を使用しているパイ包み焼きの方がずっと良い料理なのですが。

「アンタに楽器を扱う才が有るのなら、今度はわたしの為に伴奏をしなさいよ」

 腰に手を当て、やけに威張ったような素振りの、上から目線で俺にそう命令するルイズ。
 そう言えば、キュルケはラ・ロシェールの街で俺の鎮魂(たましずめ)の笛を聞いた事が有りましたけど、ルイズに関しては今晩が初めてでしたか。

 しかし、それでも……。

「おいおい、ルイズ。俺は、即興で歌い手に合わせて音楽を奏でられる程の音楽的才能に溢れている訳やないで」

 そもそも、俺はジャズピアニストじゃ有りませんから。
 それに、俺が連れている式神はハゲンチで、こいつの能力は手技や芸妓の伝授で有って、音楽的な能力専用の職能と言う訳では有りません。その手の能力で有名な悪魔は、『悪魔のトリル』で有名なソロモン七十二魔将の一柱、魔将アムドゥシアスでしょうね。
 俺の式神には、残念ながら、天上や魔界の楽士と呼ばれる連中は存在して居ませんから。

 その俺の答えを聞いて、非常に不機嫌そうな瞳で睨め付けるルイズ。そして、

「そんな事、やってみなくちゃ判らないじゃないのよ。何事も、やる気さえ有ればなんとか成るんでしょう?」

 かなり、無茶な台詞を口にする。但し、先ほどの会話の意味は、生か死のぎりぎりの場面で差が出ると言うだけの事で有って、俺が即興で伴奏が出来るなどと言う限りなく不可能に近い事を為せる、などと言う事ではないのですが。

 そんな、ルイズの無茶な要求に対して、どう切り返そうかと考え始めたその刹那。傍ら……。何時の間にか俺の傍に立っていたキュルケから何を思ったのか、先ほど、タバサが歌った時に伴奏に使用していたアコースティック・ギターが渡された。

 何の気なしにそのギターを受け取って仕舞う俺。尚、後から考えて見ると、この瞬間に勝負は決しているとは思います。
 そして、

「珍しいわね、ルイズ。あたしもその意見には賛同させて貰うわ」

 酷く、人の悪い笑みを浮かべるキュルケ。そして、この瞬間に、俺は、完全に詰んで居る事に気付かされたのでした。


☆★☆★☆


 そして、深夜。
 最早、カラオケ機械と成り果てた俺が、短いフレーズなどから類推出来るヨーロッパの民謡の曲名をダンダリオンに教えて貰い、その曲名からハルファスに調達して貰った地球世界の似た曲の楽譜を使用して弾きまくった曲数は二十曲以上。最後の方は、カラオケ・パブと言うと言うよりも、妙な歌声喫茶と言う雰囲気の空間となり、キュルケやルイズ以外にも、魅惑の妖精亭の客や従業員たちも歌っている、と言う空間と成って居ましたが。

 矢張り、故郷の曲と言うのは、郷愁を誘うと言う事ですか。
 それに……。
 それに、人はパンのみにて生きて行くに非ず、だと言う事なのでしょう。



 俺の右横には、何時も通り、ただ黙々と和漢の書物を読み耽る蒼き吸血姫。
 左隣には、大量の飲酒と歌い続ける事に因って疲れた果てたピンク色のバニーちゃんと、紅い少女が仲良く肩を寄せ合って安らかな寝息を立てる。

「本当に、後始末をさせられる俺の身にもなって欲しいよ」

 そして、モップを片手に、閉店後の店内の清掃を続ける伝説の使い魔。平賀才人がぶつくさと文句を言いながら、しかし、慣れた手際で床を、そして、テーブルを磨き上げて行く。
 但し、口調や言葉の内容ほど不機嫌と言う訳ではない事は、彼が発して居る雰囲気が物語っているのですが。

 おそらく、才人自身が身体を動かす事は嫌いではないのでしょう。

「まぁ、そう言うなって。キュルケにしても、ルイズにしても、少しうっぷんが溜まっていたんだろうからな」

 一応、そうやってフォローを入れて置く俺。
 そう。ルイズがこんな店で、似合わない格好をしてまで働いている理由については定かでは有りませんが、それでも、この魅惑の妖精亭で働かなければならない理由が有ったのでしょう。
 そして、キュルケにしても、タバサが戻って来るまで学院の方で待って居てくれたのです。夏休み直前に、学院全体が異界化して仕舞うような異常事態に見舞われた、更に、戦時下のイメージが濃くなって行くトリステイン魔法学院に。

 いや、戦時下の様相が濃くなっているのは、魔法学院だけでは有りませんか。このトリステイン。いや、多分、この中世ヨーロッパに似た大陸すべてが、キナ臭い雰囲気に包まれつつ有るのは間違い有りませんからね。

「忍やタバサが何をしていたのか聞いても良いか?」

 ルイズやキュルケの寝息を聞きながら、そんな事を考えていた俺に対して、最後に残った俺達のテーブルを綺麗に磨き上げながら、才人がそう聞いて来た。
 少し、不意打ちに等しいタイミングで。
 但し、それは正直に答える訳には行かない問い掛け。いくら、公然の秘密とは言え、タバサがガリア王家所縁の者で、今は勲功爵。つまり、ガリアのシュヴァリエに任じられて居て、騎士としての仕事に従事させられている、と言う事を教える訳には行きません。

「色々やな。色々なトコロに行って、色々な人に出会って。割と楽しい四、五、六、七月を経験させて貰ったで」

 向こうの世界でも、そんなに違わない生活を営んでいたのですから、生命の危険に関して問題は有りません。板子一枚下は地獄。これは、何も船乗りの生活だけを表現する言葉では有りませんから。
 世界の裏側には魔法が存在していて、俺が知って居るだけでも、俺が生まれてから今までの間に、世界が崩壊するような危機に陥る邪神や魔神が現界しようとした事が、最低でも二度は有りましたから。

 まして、その内の一度は、俺も当事者でしたからね。

 日常と言う世界の裏側。薄い舟板一枚下には荒れ狂う異界が存在していて、その一枚の舟板が俺達のような存在だったのです。俺が生まれてから、十六年間暮らして来た世界と言うトコロは。

 そんな事を考えながら、俺は、懐から数枚の呪符と、青玉製のタイピンを取り出す。
 そして、それらを才人が磨き終わったテーブルの上に並べた。

「新しい護符(タリスマン)や。前に渡した分は、そろそろ効果が切れている可能性が有るからな」

 これでしばらくの間、才人は龍の属性を持ち、呪符の枚数分の魔法や物理攻撃を反射する事が出来る、……と言う事に成ります。
 但し、

「前にも言ったけど、護符も呪符も万能やない。何時かは効果を失い、相手にその効能を知られたら、その護符や呪符を無力化する方法やって有ると言う事は理解して置いて欲しい」

 何事にも絶対はない。その事を理解して、そして生きて帰って来てくれたら。いや、最悪、死亡してから間のない死体だけでも俺の傍に帰って来てくれたのなら、蘇生させる事は不可能ではないのですが……。
 ………………。

 ほんの少しの沈黙に、妙に不吉なイメージが重なって浮かんだ思考を、右手で顔に掛かって来て居た髪の毛を掻き上げる仕草で振り払う俺。

 そう。どうやら少し考えが悪い方向に進んでいる様な雰囲気ですから。そもそも、ルイズや才人がアルビオンとの戦争に参加すると決まった訳では有りません。まして、ルイズは三女とは言え、トリステインの公爵家の姫。そんな人間が前線に……。

 そう言う少し甘い考えが頭に浮かんだ瞬間、俺の隣で、蒼き少女が紐解く和漢の書籍のページを捲る音が、ヤケに大きな音として深夜の店内に響いた。

 そう。元は付くけど、大公家の姫が最前線に立たされる例も有る。まして、ルイズの魔法の属性は伝説の魔法の系統。そして、才人は伝説の使い魔。
 更に、才人は、剣と魔法のファンタジー世界で、零戦と言う未来の飛行機械を操る事が出来る人間でも有る。

 彼と彼女が、戦場に赴かない理由を探す方が難しいですか。

「俺とルイズが、何故、こんな店で働いているのか、その理由は聞かないのか」

 テーブルの上に並べられた護符や呪符に手を出す事もなく、才人は先にそう聞いて来る。彼が発して居る気は陰。隠し事が有る人間が放っている事の多い雰囲気。

「公爵家の姫君が就くべき仕事ではないな。社会勉強。庶民の暮らしを知る為の行いだったとしても、もう少しお上品な仕事と言う物が有る」

 少なくとも、タバサが同じような任務に就く事を、俺ならば断固拒絶するだろうと言う職業。確かに職業に貴賤は有りません。しかし、それでも、この任務をガリアが命じて来たのなら、俺は彼女と彼女の母親を連れて逃げ出します。そして、その点は才人もあまり変わらないでしょうから、それでも尚、ここで彼女が働かなければならない、とするのなら、宿屋兼酒場のここでなければならない任務と言うのが有るのでしょう。

 前に、アルビオンに向かった時のような、トリステイン王家の密命を帯びた任務と言う物が。

「ある程度の察しは付くから無理に話して貰う必要はないし、聞き出そうとも思わない。少なくとも簡単に話せる内容なら、歌を歌っている間にルイズの方から話してくれたはずやからな」

 しかし、現実にはルイズはこの店で働いている理由について語る事は有りませんでした。
 更に、タバサはもちろんの事、キュルケの方も、その理由について問いただす事も有りませんでした。

 タバサとルイズの立場は、ほぼ同じ。それならば状況を類推する事は簡単です。そしてキュルケは、かなりの観察眼を持つ洞察力に優れた頭の良い女性ですから、ルイズの状況を想像する事も難しくはないでしょう。
 もっとも、ルイズの魔法の系統や、才人が伝説の使い魔だ、などと言う部分にまで、彼女の想像が辿り着いているか、どうかに付いては判らないのですが。

「その内に。すべてに決着がついたら、この時期に何をしていたのか、話して貰える時も来るんやろう?」

 すべてが終了するのが何時に成るか判らないけど、それでも、何時までもこの状況が続く訳は有りません。そして、その時に全員が生き残っていたら、笑い有って話をする事が出来るでしょう。
 今、自分たちが巻き込まれている厄介事に関して。

「せやから、その時まで、絶対に死ぬなよ」

 俺がそう告げた瞬間、タバサがそれまで目で追っていた活字から視線を上げ、そして、和漢の書物を閉じた。
 成るほど。それならば、

 俺が立ち上がり、キュルケを抱き上げようとするのを、タバサが目で制する。そして、彼女のトレードマークと化している自らの身長よりも大きな魔法使いの杖をキュルケに翳した瞬間、
 重さのない存在の如く、宙に浮き上がるキュルケ。

 尚、これは元々、彼女の使っていたハルケギニアの魔法などではなく、精霊を友と為して行使している魔法。故に、俺の目には、キュルケを持ち上げている小さな風の精霊たちの姿が映り、自らに仕事を与えて貰える喜びの歌が耳に届いています。

「もう、帰っちまうのか?」

 少し名残惜しげにそう聞いて来る才人。確かに、しばらくぶりに出会ったのは事実ですが、それでも、

「俺には、帰ってから、今、コルベール先生のトコロで預かっている女の子に食事を作ってやる約束が有るからな。ここで泊って行く訳には行かないんや」

 そう、事情の説明を行う俺。

 流石に魃姫には、特殊な調理方で用意した神饌しか口にして貰えないみたいですから。それに、さっさと彼女に帰って貰わない事には、世界に与える悪影響が大きく成り過ぎ、想定以上の歪みが世界に与えられた場合…。ましてこの事態がもし、俺達が水の邪神共工を滅ぼした影響に因る反動のような物の場合は、俺とタバサに因って魃姫を元々居た世界に帰す必要が有りますから。

 もう、少し遅い……。今年の凶作は既に決定事項の可能性も少なくはないのですが。

「そうしたら、機会が有ったら、また寄らせて貰うな」

 俺が、別れの挨拶を才人に対して行う。

「おう。気を付けて帰れよ」

 そう言って、片手を上げて挨拶を返して来る才人。
 但し、矢張り、才人は最後まで、ここ。魅惑の妖精亭で、何時まで働いているのかを教えてくれる事は有りませんでしたが……。


 
 

 
後書き
 予想通り、そんなに酷い状況に成る事は無かった第57話でした。
 それでも、偶には日常パートを書きたい時も有ると言う事です。偶には、こう言う戦闘のない話を混ぜないと、煮詰まって仕舞いますから。

 もっとも、私の場合、日常描写に関してはあまり得意としている訳では有りませんし、デレデレした表現は苦手で、ましてキャラに似合っていませんから。
 それに、キュルケにしても、ルイズにしても、主人公の事を別に何とも思っていないので……。
 ここまでは、タバサの独り勝ち状態ですから。

 尚、何やら社会制度。税制度などについて多少、言及している個所が存在していますが。どうですかねぇ。これから先は、少しずつ、こう言う部分にも関わる事と成りますかね。
 まして、厳密に言うと主人公やタバサの所為ではないのですが、共工、魃姫が顕われた事により、このハルケギニア世界に色々な問題が起きつつ有りますから。

 それでは、次回タイトルは『水の契約者』です。

 独り勝ち状態に終止符が打たれるのか?

 もっとも、この物語のタバサはゼロ魔原作のタバサよりもしたたかですから……。

 追記。悩んでいる事。
 タグに『クトゥルフ神話』を足すか、止めて置くか。
 実際、関係はして居ます。
 しかし、触手がウネウネ。邪神がアンギャー。などと言う部類の関わり方でないので、非常に判り辛い。
 まして、明白な方法で邪神を登場させると、非常に陳腐な内容に成りますから。

 どうしましょうかねぇ。

 オマケ。
 そろそろ、ジョゼフ王の呼び名を考える必要が有りますか。
 ……などと、白々しい事を言ってみたりして。
 何故ならば、私はここに至るまで、一度もジョゼフの事を、『無能王』とは表現して居ませんから。
 それは、明らかに敵と思われる連中。東薔薇騎士団の連中も、使って居なかった事からも察しは付いて居るとは思いますけどね。

 神話に詳しい人ならば、何処に繋がる名前か、直ぐに判る呼び名を用意して有りますよ。

 追記。
 ぐはぁ。またもやミスを発見。 
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