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ラ=ボエーム

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第一幕その五


第一幕その五

「特に冬はね」
「ほう」
「側にいても暖かくないですし。それに神経質な女が多くて付き合っていると気苦労が絶えませんよ」
「そういえばそうですね」
「大詩人、どう思うかね」
「さてね」
 コルリーネは仲間うちで最もスタイルと顔のいいロドルフォに尋ねてきた。
「まあ痩せている人はそんなタイプが多いかな。男も女も」
「じゃあ君も危ない」
「確かに僕は女の子の浮気は嫌だね」
 そして彼もそれは認めた。
「僕も付き合っている時は一人だし」
「偶発的恋愛を必然的恋愛に変えると」
「そういうことさ。愛は純粋なものでなければいけないよ」
 そう彼の考えを述べた。
「浮気だたんて。そんな」
「やれやれ、潔癖症なことだ」
 コルリーネはそれを聞いて肩をすくめさせた。
「パリでそんなこと言うなんてね」
 ブルボン朝の時代からそうした貞操観念はフランスではあまり強くはなかった。アンリ四世にしろ太陽王ルイ十四世にしろそれはなかった。むしろ多くの愛人を持っていた。
「では今宵も」
「はい」
 ベノアはショナールの言葉に頷いた。
「行くとしましょう」
「わかりました、ではここに留まっていてはいけませんな」
「えっ!?」
 マルチェッロの言葉に思わず驚きの声をあげる。
「それでは早く」
「行かれるがよいです」
「あ、あのちょっと」 
 マルチェッロとショナールの言葉に強引に立たされた。
「あの、私は」
「さあさあ」
「あちらで貴婦人達がお待ちですぞ」
「まずは家賃を」
「気付けです」
 ショナールはまた酒を勧めた。
「うっ」
 そして半ば強制的に飲まされた。
「ついでにもう一杯」
「大家さんの健闘をお祈りしてです」
「これはまたどうも」
 飲んだのが運の尽きだった。二人の術中に嵌まった。
「勝利への杯です」
「御機嫌よう」
 こうして彼を部屋から追い出した。そして四人は閉じられた扉を見てニヤリと頷き合った。
「これでよし」
「うむ」
 四人は見事大家を追い出すことに成功したのであった。
「家賃は払ったな」
「それも三ヶ月分」
「これでよし」
「さてと、街に繰り出そうか」
「カルチェ=ラタンへ」
「僕達の約束の地へ」
「行くとするか」
 こうして四人は出ることに決まった。そして身支度を開始する。コルリーネはまた外套を着た。
「本当にその外套が好きなんだな」
「僕の親友さ」
 マルチェッロにそう言葉を返す。
「長い間のね」
「そうなのか」
「寒い時は何時でも一緒だったんだよ」
 外套を着ながらいとおしげに言う。
「いつもね。本当に頼りにしているよ」
「何者にも代え難いかい」
「ああ」
 コルリーネは頷いた。
「これなくしての冬なんてね。とても考えられないよ」
「大哲学者の無二の親友に敬礼」
 マルチェッロは悪戯っぽく敬礼してみせた。
「それじゃあ行くとしよう」
「そうだな」
「ロドルフォ、君も行くんだろう?」
 ショナールが声をかけてきた。
「いや、ちょっと待ってくれ」
「どうしたんだい?」
「ビーバー誌の原稿があるから」
 当時出ていた雑誌の一つである。今で言うところの文芸誌であろうか。当時のフランスの雑誌は文化の先端をいっているとされていた。多分にフランス人達の自画自賛であるが。
「まだ仕上げていなかったのか」
「筆が乗らなくてね」
 マルチェッロに苦笑して答える。
「どうにもね」
「そうか。早く仕上げろよ」
「五分で出来る。その間待っていてくれ」
「わかった、五分な」
「それ以上は待たないぞ」
「ああ」
「それじゃあ下の門番のところで」
 コルリーネが待ち合わせ場所を指定してきた。
「遅くなったら呼ぶからな」
「ああ、待っていてくれよ」
「ビーバーの尻尾は短く切るんだぞ」
 ショナールが部屋を出る時ふざけて言った。
「いいな」
「階段に気をつけろよ」
 マルチェッロが言う。
「暗くなってきているからな」
「えっ、もうか」
 見ればその通りであった。夜の世界がパリを急激に覆おうとしていたのであった。
「早いものだ」
「手摺りに捕まろう」
「ああ」
「おっとと」
「おいコルリーネ」
 二人が慌てた声を出す。
「うわっ!」
 そして転んだのか鈍く、それでいて派手な音が階段から聴こえてきた。
「大丈夫か、コルリーネ」
 それを耳にしたロドルフォが扉を開けて尋ねた。
「ああ、何とかな」
 階段から落ちて背中をしこたま打っているようだが無事であった。
「無事だ」
「怪我はないか?」
「とりあえず骨折はない」
 彼は暗い階段の中で立ち上がりながら答えた。
「ちょっと打っただけだ」
「そうか、不幸中の幸いだったな」
「全く。これから遊びに行くのに縁起が悪いな」
「まあそう言うな」
「気を取り直して行くとしよう」
「ああ」
 マルチェッロとショナールの言葉に頷く。そしてアパートを後にする。
 
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