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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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SAO編
  episode6 キエルヒカリ2

 「………っ」

 辿り着いた先で、俺はがっくりと膝をついた。そこにいた人間は、三人。だがそれは、俺が共に旅し、戦い、笑いあった『冒険合奏団』の三人では無かった。そこには、ファーもレミも、そしてソラも、いなかった。

 世界が、色彩を失ったように錯覚した。もう一年以上昔にプレイした他のゲームで死んだ時のような、セピア色に色褪せた視界は、まるで俺自身ももうゲームオーバーとなったように思わせた。

 いや事実、その通りだった。

 「…クク。一歩、遅かったな」
 「頑張ったほうだったんじゃねえか? 俺たち三人を相手にさ!」
 「……ヴん」

 ―――イッポ、オソカッタ。
 ―――ガンバッタホウダッタ。

 ニヤニヤと粘着質に纏わり付く声が聞こえるが、俺はその意味を理解できなかった。それは多分一種の防衛機能で、理解したら自分が壊れてしまうことが分かっていたからの思考の停止だったのだろう。

 崩れるように蹲った時には、もう俺は涙も枯れ果てていた。

 「それに、しても。あの女が、結婚、していたとは、予想外、だったな」

 声を放った人間を、俺は焦点の合わない目で見つめた。情報屋でもある俺はその男を知っていたが、それを機械的に確認しながらも何の感情も浮かばなかった。

 ぶつ切りにしたようなしゅうしゅうという声を放つ男は、『赤目のザザ』。髑髏を模した不気味なマスクの下から紅く輝く目を覗かせ、小柄な体をぼろ布のようなギリーマントで包んでいる。その裾から覗く獲物は、突き技に特化した武器である、エストック。

 「おかげでドロップアイテムが少ない少ない! まぁ、それでも流石は『攻略組』、装備品のドロップだけでも結構な金額になるぜ、こりゃあ!」

 ガキのような声が聞こえた方へと視線を移した先にいるのは、全身を真っ黒に統一した男『ジョニー・ブラック』。犯罪者のお手本のような頭陀袋をかぶった頭を始め、全身がピッチリとした黒服に包まれている。右手に握られているナイフは、なんらかの効果を有しているのだろう毒々しい薄緑に光っている。

 「…ゴろした。ヴぉ前も、ゴろす」

 最後の一人が、、くぐもった声を上げる。身長は俺よりも頭二つ高く、体重は百キロはあろうかという巨漢の男は、『潰し屋ダンカン』。黒帽子と同色のマフラーで顔の大部分を隠しているが、帽子の下の目は生気のない濁った灰白色をしているのが見える。体はランニングシャツと皮の胸鎧、そして簡素な黒ズボンで、まるでその巨体を誇示するかのよう。丸太のように太い両手に持った巨大なハンマーは、《グラン・ギガンテス》。現在確認されている最重量、最大威力を持つ武器の一つと目されているもの。

 いずれも、名の知れた凶悪な殺人者だ。
 だが、そんなことはもうどうでもよかった。

 こいつらがなんだろうと、俺にはもう戦う気は無かった。
 なぜなら俺は、ここにきてようやく気付いていたから。

 「貴様の、スピード。見せて、もらおうか」
 「ククッ、ヘッドもえげつねぇこと考えるぜ!」
 「ゴろす。ヴぃくら速くても、ゴろす」

 こいつらが『冒険合奏団』を襲った理由は、恐らく俺とソラだったのだ。

 「…どうした。『攻略組』最速を、見せてみろ」

 奴らは来るべき『攻略組』との戦争に備え、その戦力を図るための試金石として俺達を選んだ。ソラはボス戦も何回も経験している上に攻略組でも有数の戦闘力をもち、しかもその戦闘スタイルは剣、槍、投擲まで様々なタイプを他の『攻略組』から習って作り上げたもの。戦闘に慣れるという点ではこの上なく適任だ。

 そして、俺。最初に狙うべき獲物として定められたのが、俺だ。『攻略組』でも間違いなくトップクラスのスピードは、最近では『旋風』の二つ名を貰うほどだった。つまり、俺の速さに慣れてしまえば、『攻略組』の速さも怖くない。相手の剣が見えないという事態を未然に防げる。そしておあつらえ向きに俺の攻撃力は極端に低い。例え慣れるまでに数発貰っても、HPは半分も減らない。まさに練習相手として最適。

 …いや、実験台として、か。
 そう、狙われたのは、俺だった。俺が、皆を巻き込んだ、ということだった。

 そして、奴らは俺の速さに慣れるため、時間をかけて俺を嬲り殺すだろう。そう、さっきのPoHのように。そんなことをされて、『攻略組』の足を引っ張るくらいなら、俺は。

 (……もう、このまま、無抵抗に…)

 殺されてしまった方がいい。そう遠く無い未来に来るだろう、最悪の殺人者ギルド、『笑う棺桶』の討伐戦において、こいつらが『攻略組』に対して対策を取れないように、俺はここで、無抵抗のまま死んでしまえばいい。

 「Hummm…? 思ったよりアイテムが少ないな?」

 ぼんやりと霞んだ世界で、背後から艶やかな声が聞こえる。PoHのものだ。俺の後を追いかけてきたであろう奴がストレージを開き、戦利品を確認している。その声にこたえたのは、ジョニー・ブラック。

 「結婚してたんスよ! だからコイツ殺せば全部手に入りますって!」
 「それでも少ねェだろうが。オマケが二人いたろ? そいつらの分は?」
 「っ、っと、そ、それは、」
 「…ダンカンが、相手をしている時、隙を見せて」
 「ヴぉれ…」
 「……逃がしたってェのか?」
 「…っ、そ、その…」
 「……Suck」

 三人がそろって目をそらす。短く舌打ちしたPoHが、身を翻す。

 「俺は入り口で増援がこねえか見張ってる。マズい相手なら『笛』を鳴らすから、終わらせてから転移しろ。…いいな。二人みてェに逃がすなよ」

 三人が怯えたように頷く前で、PoHが左腰のポーチから一つの小さなホイッスルを取りだす。俺も見るのは初めての激レアアイテム、《フレンド・ホイッスル》。登録した者に笛の音を届けるという有りがちなものだが、この世界ではダンジョン内で仲間とタイムラグ無しで連絡を取れる手段で、利便性は高い。

 ランダムドロップのそれをどうやって手に入れたかは、知りたくも無い。

 「ちゃんと、殺す」
 「了解っスよヘッド!」
 「…ゴろす」

 その声が、俯いた俺の脳に、きりりと響いた。だが、俺はもう、抵抗する気は無かった。そんなものは、もうとっくに圧し折られてしまっていた。俯いたまま、無意識に右手を振ってメニューを呼びだす。

 思えば。

 このとき、俺はなぜメニューを開いたのだろう。
 そんな必要など、全く無かったにも関わらず。完全な無意識のままで。

 だからそれは、俺では無い、別の誰かの、意思だったのかもしれない。或いは、遺志か。
 無音で開くストレージ。その中に、俺は見た。

 まるで浮き上がる様に力を放つ一行。
 片手用グローブ、《カタストロフ》。


 
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