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ワンピース~ただ側で~

作者:をもち
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第8話『新たな高み』

 

 ハントももう18歳になった。
 ジンベエに鍛えられてもう6年。また成長したハントだったが、その姿はどう見ても元気があると表現するには生気が足りていない。
 もはや恒例海の森にて。

「……どうしようもなさそうじゃのう」 
「……」

 ジンベエの言葉に、ハントが悲しそうに肩を落とした。
 4千枚瓦までの魚人空手を習得したハントだったが、どうしても習得できないことがあった。
 それが唐草瓦正拳や鮫瓦正拳などの技。大気中の水を駆け抜けて生物の身体へと衝撃を走らせるという魚人空手特有の技だ。いや、正確にいうならばハントは唐草瓦正拳を全く習得出来ていないわけではない。
 例えば、ハントとジンベエが同等の技量、筋力、覇気で唐草瓦正拳を放ったとする。その威力自体は変わらないが、ハントのは直接対象物に放たなければ単なる空振りの拳にしかならない。言い換えるならば直接対象物に触れて、やっとその技と同等の破壊力を生み出すことはできる。

 要するにハントに出来ないことは大気中の水から衝撃を走らせるという行為だ。ハントに才能があるとかないとかそういう類の問題ではない。人間と魚人という、水という存在に向き合う生物としての、種族としての差が出た。これはそういうこと。

 何度もいうが威力は変わらない。
 完璧な唐草瓦正拳を使える魚人と大気に水を走らせることが出来ないハントが唐草瓦正拳を直接お互いの身体へと放った時、お互いが受けるダメージは同じだろう。これももちろん同じ技量、筋力、覇気と仮定しての話だが。
 ともかく人間でしかないハントの、それが限界だった。

「……」

 ハントが無言で目を閉じている。それを、ジンベエはなんともいえない気持ちで見つめていた。
 ジンベエが知っている中で、自身を除けばおそらくはどの魚人よりも輝く魚人空手の使い手になった。まだ魚人空手の全てを教えたわけではないが、それでもこんなところで思っても見なかった壁にぶち当たってしまった。

 大気中の水を走らせることも出来ない者に魚人空手の奥義を伝えることは出来ない。というか教えても習得など出来るはずがない。
 人間がここまで魚人空手を習得出来ると、いったい誰が思うだろうか。なにせジンベエ自身ほとんど無理だろうと思いながら教えていたのだから。

 泣き言を漏らしつつも、それでも決して諦めなかった。
 故郷を救いたいと、大切な人たちを守りたいと……そう願ってやまなかったハントの心は決して折れず、ついにはここまで来た。
 今この時点で、ハントは十分に強い。

 最強級の男たちと会わない限りはおそらくは『新世界』でもある程度は戦えるだろう、ジンベエはそう思っている。
 それにハントはまだ覇気も、魚人空手も伸びる。
 たとえその魚人空手が最奥へ届くないことがわかっていても、その事実は変わらない。
 まだまだ強くなれることには変わりない。そうハントを慰めようとしたジンベエだったが、その前にハントが立ち上がった。その瞳には強い光が宿っており、決して心折れた人間のソレではない。

「師匠……俺、まだ強くなりますよね」
「う、うむ……まだお前の魚人空手の伸び代はあるが――」
「いいんです、それでいいんです……俺強くなります。俺の魚人空手がその真髄にたどり着けないなら俺なりの魚人空手で別の真髄ってやつを習得してやります」

 その言葉に、ジンベエの動きが止まった。

「お前さんなりの……魚人空手?」
「はい。もちろんまだ空想上のものでしかないですけど……いつか人間が使える最強の魚人空手というやつを習得してやります」

 自分が新しい魚人空手を作ると、そう宣言した。
 それは並大抵のことではない。ここまで魚人空手を一途に学んできたのだ、ハントもそれはわかっているだろう。
 弟子の折れない心に、ジンベエはなぜか胸が熱くなるのを感じていた。

 ――立派になりおって。

 まだまだ甘えていたばかりのハントを思い出してしまう彼からすれば、強くなるために必死になるハントの姿が急に大人びて見えたのかもしれない。

「ふ、ふん! そう思うならまずは魚人空手をもっと洗練させねばならんぞ!」
「もちろんです! というわけでいざ!」
「かかってこんかい!」

 弟子が自分の可能性を諦めずに師匠へと立ち向かう。
 その姿はまだ当分はこの海の森で見続けることが出来そうだった。
 



 いつも通りの彼らの日々にも、もちろん変化はある。
 その日、新聞を見ていたジンベエが怖い顔で突如「陸に行く」と言い放ったことからそれは始まった。

「え?」

 首を傾げるハントもなぜか強制的に連れられて。

「どうしたんですか、急に?」

 クウイゴスを操り早急に海上へと出ようとするその姿に違和感を覚えて、どうしたのか尋ねるも、答えは返ってこない。ハントとしてはこれまた久しぶりの休みだということでのんびりとしていたのだが、その考えは数時間後には破られることとなった。

「……え、火拳のエースを止める?」
「あの男、親父さんに会いにいこうとしとる……あんな危険な男を親父さんに会わせるわけにはいかん」
「親父さんってたしか、白ひげだっけ?」
「うむ」 
「あ、そういえば師匠は白ひげ……さんと仲いいんだっけ、よく船に行ってますよね」 

 船体に身を預けて、呑気に欠伸をかみ殺すハントが小さく「俺会ったことないから知らないけど」と漏らす。だが、それににジンベエが反応、軽く笑った。

「そりゃわしが挨拶に行く時にお前さんを連れて行こうとしても、海賊と仲良くするなんて御免だとお前さんいつも全力で断るからじゃろうが」
「いや、だって海賊はあまり好きになれないですから」

 自分の師匠が海賊であることを棚に上げて、もう鼻くそをほじりそうなぐらいに軽く言うハント。明らかにやる気のない態度だ。といってもハントの場合、実はこれが平常運転。ジンベエが知る限りハントがやる気をだすのは海賊退治と修行の時くらいのものだ。

「……もしかしたらお前さんにも手伝ってもらうかもしれんからな」 
「え!?」

 驚いて身を起こすハントだが、ジンベエからすればむしろ驚く彼が不思議だ。

「そのためにお前を連れてきとるんじゃろうが」
「いや、そうかもしれないですけど……俺程度で戦えるぐらいの男ならそれこそ火拳と白ひげさんが接触しても問題ないんじゃ?」
「……逆じゃな」
「逆?」
「わし一人では止められんかった時、お前さんにも戦ってもらうかもしれんということじゃ」
「え」

 今度のハントの言葉は驚きよりも呆けの色が強い。

「……そんなにやばいんですか?」
「うむ、新聞を読み限りは一度王下七武海の誘いもけっておる」
「……それは、またすごいですね」

 自分の師匠であるジンベエも王下七武海だ。つまり火拳のエースは自分よりもまだまだ強いジンベエと同格。

「どうでもいいがお前さんと同じ年だったはずじゃがのう」
「……」

 呆れ気味に会話していたはずのハントが無言でその動きを止めた。

「興味出たじゃろう」
「とても出ました」 

 大切な人を救い、守るために強くなりたいと願うハントは強さに貪欲な人間だ。
 ジンベエに鍛えられ、ジンベエよりも強い人間がこの世界にはたくさんいることも聞かされているハントは自分のことを強いと思ったことはない。
 他者とのふれあいが少ない彼は他人の強さをほとんど知らないため、強さという定義そのものが曖昧なせいもある。ただ自分が年齢にしては強いということはある程度自覚しており、それゆえに自分よりも強いと推測される人間が自分と同じ年齢にいるという事実に興味を示した。

「本当にその情報が正しいなら……俺が戦ってみたいです」

 己の拳を握り締め、意志を伴った声で呟いたのだった。




 小さな島に二人の男が対峙していた。

 帽子とハーフパンツ、それに裸の上半身が特徴的な男、火拳のエース。
 それに向かうはぼろぼろとしか表現しようのない衣服で身を包んだ男、ハント。
 エースの後ろには彼を船長と慕う海賊のクルーだろう、彼らがエースに声援を送っている。華やかにすら見えるそれとは対照的なのがハント陣営。後ろにいるのは海侠のジンベエただ一人。

「見ればわかると思うが――」
「――はい、本当にナイフみたいな雰囲気出てますね」

 ジンベエの小声に、ハントが小さく笑みを見せる。ともすれば談笑ともれる彼らの様子を見て、エースが面倒そうに問いかけた。

「おい、ぼろいの。俺は白ひげに会いにきたんだが?」
「いやー、俺も特に邪魔するつもりはなかったんだけどさ」
「邪魔するつもりがないならどけ」

 ハントに興味を示すことすらなく、言い捨てる。
 遠まわしに眼中にないと言っているともとれるようなエースの態度だが、ハントはそれを聞いて反応を示すでもなく淡々とした表情でエースを見つめ、そして笑う。

「お前が俺より強いって聞いて、挑みたくなった」

 笑うハントとは対照的に、エースはやはり笑わずに呟く。

「お前の首に用はないんだがな」

 火拳という火を冠する二つ名をもつ男とは思えないほどにクールな表情をもつエースと、まるで火のように激しく笑うハント。ちぐはぐな二人が今ぶつかった。
 まず動き出したのはハント。エースの懐にもぐろうと駆けはじめる。それに合わせて、エースは両手の人差し指と中指を突きつけた。

「?」

 なんの行為かわからずに首をかしげたハントだったが、次の瞬間慌ててその身を翻した。

「火銃!」

 言葉とともに手から信じられない弾数の火の弾丸がこれまた信じられない速度で飛び出した。指ごと炎と化して攻撃に転ずるその能力に、ハントが驚きの声をあげる。

「自然系か!」
「今、俺の攻撃の前に避けなかったか?」

 だが驚いたのはハントだけではなかったようで、エースもハントの動きに驚きを隠せずにいた。

「お前、名前は?」
「お? ……俺に興味もった?」
「……もういい」
「冷たいな、火なのに!」
「火拳!」

 くだらない洒落は嫌いらしい。
 ハントの言葉に反応したのかは定かではないが、少なくとも先ほどの火銃よりは明らかに規模が大きい。

「っ!?」

 視界一杯を染める大質量の炎の拳に、遠距離攻撃の術をもたないハントでは対処のしようがない。ハントはただただ身を硬くしてそれを迎え撃つ。いや、もちろんただそれを待つだけではない。覇気で身を固め、そのまま特攻。
 炎を突っ切りエースの眼前へ。

「魚人空手『四千枚瓦正拳』!」
「なっ!?」

 エースの技、火拳は生半可な技ではない。普通まともに食らえば吹き飛ぶし、弱い人間ならそのまま消し炭になってもおかしくはない威力を秘めている。
 だから、それを避ける人間に会ったことはあっても真正面から突破してきた人間がいるとは思ってもみなかった。

「ぐっ」

 しかも、今までに味わったことのないほどの衝撃がエースの体に走った。
 自然系の体になってからはなかった、殴られるという感覚、しかも体内に爆弾が走ったかのような衝撃だ。
 数歩後ずさって、口元から垂れる血液を手の甲でぬぐう。

「くそ、自然系の俺に攻撃を」
「あら……吹き飛ばないってのはちょっとショックだな」

 呟くハントの言葉に、エースがここにいたって初めて笑みを浮かべた。

「俺の火拳をまともにくらって無事っていうのもショックなもんだぜ」
「……なんだ、笑えるじゃん」
「余計なお世話だ」

 言葉を交え、会話を交え、心を交え。
 どんどんと増えていく血傷に反比例して、どんどんと体力が磨り減っていく。
 それでも彼らの戦いは終わらない。

「不知火!」

 一本の炎の槍がエースの腕から解き放たれた。
 銃弾など比にならないほどに高速なそれを、ハントはまるで事前からわかっていたかのように炎の槍の軌道から外れてそれを避ける。そのままエースへと踏み込もうとするが、まだ遠い。

「火拳!」 

 今度は大質量の炎。
 一度目はこの炎に突っ込んで攻撃に転じたハントだったが、今回は少し距離が遠い。どうがんばってもエースに届かないだろう。

 ――だったら!

 大地を蹴って空中に逃げる。
 その瞬間、さっきまでハントがいた場所をすさまじい勢いの炎が通り過ぎた。どうにかやり過ごしたことにほっとしたハントはそこで「まず」慌ててどうにか動こうとするがもちろん空中で身動きがとれない彼にはどうしようもない。

「かかったな」

 空中のハント。そしていつの間にかその直下にいたエースがハントめがけて「火柱!」
 立ち上る炎がエースから生まれ、それがまるで本当に火柱が立ったかのような勢いでハントに迫る。

「……っ」

 覇気でガードをしたもののダメージは免れない。

 ――これは……まずい。

 火柱を身に受けつつ、どうにか意識を保ったハント。もちろん洒落にならないダメージを受けたのは確かだが問題はそこではない。問題は火柱を受けたことによりさらに上空へ吹き飛ばされたこと。

「まだまだ終わらねぇ!」

 既にロックを終えたエースが追撃を。

「火達磨!」

 いくつもの小さな火。それが蛍のようにハントをとりまき、そして炸裂。ハントの体が火に包まれた。
 エースの猛攻により、ハントの意識が一瞬だが、飛んだ。慌てて意識を取り戻し、焦りを見せたときにはもう遅かった。

「げ」
「この距離で耐えられるか?」

 落下するハント。
 至近距離で既に身構えているエース。そして――

「――火拳!」

 決着がついた。 

「ふぅ……でっかいの……今度はお前だ」

 肩から息をして、体中傷だらけの男がいう台詞ではない。後ろにいたエースの仲間たちが「も、もうだめだエース! 今日は逃げよう!」口々に撤退を示唆していた。
 エースはその言葉に耳を貸さず、一瞬だけ笑――

「おい……勝手に終わらるな」

 ――その表情が固まった。

 驚いたのはエースだけではない。エースの仲間も、ジンベエも。

「俺はまだ……戦える」 

 腹に火拳の直撃を受けただけあって、出血がはなはだしい。しかも火だ、おそらく重度の火傷にもなっているだろう。
 常人ならたっていられないだろうその傷で、だがハントはゆらりとエースをにらみつける。
 その目に、一切のくもりはない。それどころかより一層に強い光をたたえている。言葉を失っていたエースも、それを受けて呆れたように笑った。

「こいよ」
「……」

 身構えて、だがハントは動かない。

「?」

 エースが首をかしげたところで、ぼそりと。

「この一撃だ」
「ん?」
「……お前の生きている火、俺の不完全な水への意識、心臓の鼓動、差す光、吹き抜ける風、乱れる呼吸……尽きない大気」
「大丈夫か?」

 会話が成立しない。困惑の色を見せるエースへ向けて、だがそれを気にも留めないでハントは言う。

「俺は人間で、魚人じゃない。大気があって水がないのが当たり前だ。魚人は水中でもっと強くなる、彼らの魚人空手も水の中に入ればより強い効果を発揮する。けど、俺は違う。陸にいるときと変わらない威力しか発揮できない。俺が人間だからだ。でも、だからこそ違う。感じるのは水じゃない、大気だ。制圧するのは水? 違う。じゃあ大気? ……違う。大気と水だ。だったら俺は陸でこそ強い魚人空手だ」

 ぼそぼそとエースには理解の出来ない言葉を並べ立て、ゆらりと魚人空手を構えた。

「……お前?」

 さすがに不気味になってきたらしく、ちらりとハントの仲間であるジンベエへと視線を向けるが、その彼もじっとハントをみて動かない。

「悪いが容赦はしねぇ……立った以上、それが男の決闘だ」

 エースが拳を固めたとき、ハントがやっと動いた。

「この一撃に全てをこめる。行くぞ、火拳の」

 ハントの言葉を受けて、小さく笑みを浮かべたエースが拳を腰だめに構える。先ほどまでの一撃はすべて手を抜いていたのだろうか、そう思わせるほどの炎がエースの拳から生まれ――

「――火拳!」

 それを全力で放った。

「魚人空手――」

 それに対し、ハントは小さくつぶやいた。これに驚いたのはジンベエだ。

「やめるんじゃ、ハント! 魚人空手そのものでは火には――」

 だが、次に聞こえてきたハントの言葉に、息を呑んだ。

「――陸式」
「り、りくしき?」

 炎がハントへ迫っていた。もう回避は間に合わない。それへ向け、ハントは最後の一撃を繰り出した。

「若葉瓦正拳」

 突きこまれた拳とともにハントの体が炎に包まれた。

「……終わったな」

 火拳に呑まれたハントに、エースは今度こそ終わったと、息をつく。が――

「ん?」

 空気が震えるような何かを感じ、そして次の瞬間。

「っ”!?」

 体内からどでかい衝撃が爆発した。

「……う”……が、はぁ」

 膝が折れて、立っていられない。
 せりあがってきた血を大地にまきちらして、両手でどうにか体を支える。最初、ハントに直接殴られたときにもいい一撃をもらったエースが、今回のはそれよりも大きい一撃だった。

 ――なん、だ?

 ハントを見るが、もう彼は動いていない。それはそうだ、アレだけくらって動いていたら人間じゃない。だったら、と視線をジンベエへ向けるがジンベエはただ驚いた顔で気を失っているハントを見つめている。
 それが示す事実に、エースは小さくうなづいた。

「へへ……戦闘中に成長しやがった」

 エース自身既に大きくダメージを負ってはいるが、ここで逃げるわけにはいかなかった。

「さて、でっかいの……今度こそお前さんの番だ」

 息も絶え絶えになったエースだが、それでもその闘志が萎えることはない。

「お前さん……ハントとの戦いで少し変わったのう」
「……俺が? ……いや、それよりあいつハントっていうのか」
「うむ……ハントにお前さんが同じ年齢じゃと教えてやったらお前さんにえらい興味を抱いてのう」
「へぇ、俺と同い年なのか……おっと、世間話をする仲でもないか」

 あくまでも戦おうとするエースに、ジンベエはため息をつき、身構えて――

「俺の首をとりてぇってのはどいつだ?」

 ――白ひげの声が響いた。




 ハントとエースの死闘の後、海賊嫌いだったハントもあれから少し変わった。エースに興味をもったのかもしれない。これまで何度ジンベエに誘われても行かなかった白ひげの船に挨拶にいくようになったり、エースを含めた白ひげのクルーたちと交友を深めたりするようになったり。今までのハントからは見られない海賊への積極がみられるようになった。
 ただ、変わったといえばなによりもハントの魚人空手。

 死の淵で編み出した魚人空手陸式。大気を制圧し、振動させ、それをもって水を爆発させる。もちろん水中では不可能な技だが、だからこそより人間らしい魚人空手。
 この世にひとつの彼だけの技となった陸式を、ハントは普通の魚人空手とともに鍛え上げることになった。 

 そして、これまでになかった海賊たちとの交友、それに自分自身の空手。ハントにとって激動ともいえる2年が気づけば経過していた。いつの間にやらハントももう20歳。
 5千枚瓦までの魚人空手を習得したハントが、ただただ身を硬くして、ジンベエの一撃を待ち受けていた。

「行くぞ!」
「お願いします!」
「魚人空手奥義――」
「っ」

 ジンベエの手の中に掌ほどの水の塊が出来上がる。ジンベエはそれをハントの腹部へと全力で「――
『武頼貫』!」叩き付けた。
「ひぎゃ!」

 ジンベエの一撃がハントの臓腑を貫き、ハント自身でもっても意味不明な言語とともに海の彼方へと吹き飛んだ。これは彼らの激しすぎる喧嘩とかそういった類のものではなく、いわばジンベエ最後の授業。
 ハントには生涯使えないであろう一撃だが、これを陸式に応用させ、極めさせるための一撃。奥義というだけあって手抜きで発動できるような技ではなく、一切の手抜きはない。

 だから、もちろんこれは予定調和のこと――

「……む」

 ――なのだが。

 はるか彼方へ吹き飛んだハントが海に沈み、海面に上がってこない。

「……こりゃいかん」

 なんとも本当にまずいと思っているのかわからない様子でジンベエも水中へと飛び込むのだった。

「げほっ」
「まったく、最後までしまらん男じゃのう」
「ゲホゲホッ」

 引きあがられて、どうにか水を吐き出し苦しそうに息をつくハントに、ジンベエがため息を。ハントが恨みがましい目で砂浜に座るジンベエを睨むのだが、それを受けてジンベエは楽しそうに笑う。

「ま、お前さんとおったこの8年、楽しかったのは確かじゃ」
「!」

 しみじみと。

「お前さんがどの海賊の支配から故郷を救いたいのか、いつも聞かれたくなさそうじゃったからわしも今更知りたいとは思わんし、聞かんが、きっとお前さんなら勝てる」
「……ジンベエ師匠」

 切々と。

「なにせわしでも今のお前さんに勝てるかわからん……おっと、もちろん陸上の話じゃからな?」
「そんなことは」

 ほのぼのと。

「王下七武海にこんだけ言わせるお前さんは大したもんじゃぞ?」
「……はい」

 ジンベエは言う。

「もう、わしがお前さんに教えられることはない」

 ハントの肩をばんと叩いて、言う。

「胸をはって故郷を救ってくるとええ!」
「はい!」




 そして。




 遂にこの日が来た。




 彼らはもう魚人島にはいなかった。 
 今彼らがいるのはその直上に位置する場所にある島、シャボンディ諸島。
 その海岸で、小さなボートに乗ったハントがジンベエとの最後の別れの言葉を交わす。

「ほれ、わしからお前さんにじゃ」
「……え、これは?」
「甚平じゃ」
「お……おぉ!」

 渡された3着ほどの衣類。いつもジンベエの甚平を見てかっこいいだの憧れるだのと呟いていたハントへのプレゼントだった。

「さ、早速着てみていいですか!」
「うむ」
「ありがとうございます!」

 いつもそこらの海賊から奪ってまかなってきたぼろぼろの衣類の上から灰色の、なんとも渋みのある甚平をチョイスして羽織る。胸元からこぼれて見えるぼろぼろの衣類ともなぜかマッチして、それがハントの茶色の髪に映えており、実に良く似合っている。

「……いい男になったもんじゃのう」

 じっと見つめたジンベエが感慨深そうに呟く。
 それが照れくさかったのか、ハントは頭をかいて誤魔化そうとするのだが、すぐにその動きをぴたりと止める。

「あの……師匠」
「なんじゃ」
「俺が今から退治しようと思ってる海賊のことなんですけど――」
「――その話はせんでええ」

 おずおずと話を切り出そうとする言葉を、ジンベエは止めた。

「で、ですけど!」

 食い下がろうとするハントに、ジンベエは笑って言う。

「言いづらいなら言わんでええ……お前さんの敵なら何も考えんでええ、ぶっ飛ばして、全部終わらせてからまたその話を聞かせてくれ。わしはそれを全部受け止めよう」
「……っ」

 息を呑み「はい!」

 ジンベエの言葉を受けて、元気の良い返事とともに深々と頭を下げた。
 会話を交え、刻々と時間が過ぎ行き、ハントの出航時間が迫る。

「おっと、忘れるところじゃった……こいつも持っていけ」
「……紙?」

 手渡されたのは小さな紙だった。今更これが何なんだろうかという表情で首を傾げる。

「ビブルカードと言ってな、それを持ってさえいればわしのいる方向がわかる」
「へぇ!」

 素直に感嘆と喜びの声を上げる弟子を見るのもこれが最後。それをきっとジンベエも意識して、目を細めながらそっと呟く。

「何かあったらわしんところにこい……いつでも話ぐらいはきいてやるわい」

 いつものようにどこかぶっきらぼうだが暖かさを感じさせる師匠の態度に、ハントは顔を隠すかのように勢いよく頭を下げた。

「……師匠!」
「ん」
「本当に、今までありがとうございました! バカな俺ですが、お世話になったこと絶対に忘れません!」
「ハント、次に会うときは」
「はい! もっと、もっと強くなってます!」
「うむ、行って来い!」
「行ってきます!」

 こうして、一隻の船がシャボンディ諸島を出航した。
 ハントが目指すは己が故郷。
 イーストブルーのコノミ諸島、ココヤシ村。

 ――時間が惜しい。一直線にイーストブルーへ向かおう。

 ただ故郷へ帰ることしか見ていなかった。


 
 

 
後書き
長いあとがきになります、ごめんなさい。

エースについては原作とキャラ違うくね? と思った方もいらっしゃるでしょうが、作者の中では白ヒゲにあうまでは心許したもの以外には結構あんな感じでクールとというか、そんな感じだったんじゃないだろうか、という作者なりの勝手な印象です。子供のころの彼をみている感じから察するに、ですが。
あと覇気に関しても白ひげに会ってから覚えるんじゃないだろうか、という勝手な解釈も作者の脳内にはあります。

エースの解釈に関してはこんなところでしょうか。

次いで、魚人空手陸式についてですが。
こういう展開が好きな方はテンションあげてくださるんじゃないかと思っています。作者は思いついた時テンションあがりました。
ただ嫌いな方は忌避感があるのではと少し心配。といってもこの路線で進めていくのは決定なのでどうしようもないのですが。
一応タグの『独自技』はこれです。にしても限度があるだろうといわれてしまえば何もいえません(汗)

ネーミングセンスについては一応『瓦』の種類とかからもらっていこうと思っています。奥義以外は。
後々に原作の技とかぶらないといいなとか思いながら。といっても多分若葉瓦と普通の○枚瓦の技以外は出番なさそうですが。

さて、作者の魚人空手設定は以下。

魚人空手(魚人使用):海◎ 陸○
魚人空手陸式:海× 陸◎

◎でやっと技の本来の威力を発揮できるという設定です。
魚人さんが水中で魚人空手を使う威力を陸地で使えるみたいなもんですかね……十分強いですね。
いってももっと強い人間もいるこの世界なので、あとはハントの練度しだいですかね?

長々とあとがきを失礼しました。
次話からやっと麦わら一味と絡みます。
それでは!
 
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