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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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イゼルローン哨戒任務

「訓練終了。
 第一種戦闘態勢を解除。
 各ブロックの士官は、レポートを提出するように」

 ヤン艦長の訓練好きは、着任早々から行われた猛訓練によって配属されたエル・ファシル管区警備艦隊に知れ渡るようになっていた。
 同時に、上官の私的制裁の禁止と民間人への暴力を厳禁しており、実際に兵に暴力をふるったとして一人の下士官を更迭した事もあって、警備艦隊内の話題になっていたりする。

 ここで、自由惑星同盟軍の艦隊編成を見てみよう。
 同盟軍は十個艦隊からなる宇宙艦隊と各星系防衛を任務とする警備艦隊に分かれている。
 そして、この二つの艦隊を統一運用する為に現地に方面軍が設置され、戦闘時は方面軍の指揮を受ける形になる。
 方面軍はバーラト方面軍とイゼルローン方面軍とフェザーン方面軍の三つが設置され、イゼルローン方面軍司令部はアスターテ星系に置かれ、常時二個艦隊が何かあった時の為に警備についている。
 大将が率いる艦隊が基本編成で、その定数は12000隻。
 その中を3000隻で分けて分艦隊としてこの指揮を中将が取り、さらにそれを1000隻で分ける戦隊は少将が指揮し、准将および代将が指揮する隊の数は300隻を最大に数にばらつきがある。
 警備艦隊は分艦隊規模を基本として中将が指揮を取り、何か合った時は派遣された艦隊の指揮下につく。
 方面軍が常時指揮下に入れている艦隊数は三個で、二個艦隊が警備につく間残りの一個艦隊は補充・整備の為に首都であるバーラト星系に帰ることになっている。
 一個艦隊の艦艇数は12000隻なので、二個艦隊だと24000隻。
 これに、イゼルローン方面軍はジャガーノート型艦隊母艦イシュタル率いる司令部艦隊3000隻と、各地の警備艦隊などが合流して帝国軍に当たる事になっている。
 初動で約30000隻を動かせ、最大時には40000隻の船で帝国軍を押さえ込めば、バーラト方面軍より二個とフェザーン方面軍より一個の三個艦隊の増援が自動で送り込まれる手はずが整っている。
 財政の悪化し続けている帝国軍の侵攻規模は現状では最大二個艦隊30000隻程度なので、今の所これで問題は発生していない。

 最前線の一つであるエル・ファシル管区は重点的な防御体制が取られており、警備艦隊も護衛艦を中心に3000隻が配備されている。
 それだけでなく、星系のいたるところに配置されている防衛衛星に、警備艦隊司令部が置かれている小惑星をくり貫いたコンフェイト要塞など襲来する帝国軍から防戦する用意が整えられている。
 また、三百万近い民間人を要しているがその住人のほとんどがコロニー生活をしていて、万一の戦闘になったら避難できるようにしている徹底振りで、エル・ファシル会戦ではそれが役に立った。

「エル・ファシル管区警備艦隊第一戦隊第十偵察隊司令部より通信。
 『訓練の成績見事なり。実戦での活躍に期待する』
 以上です」

 准尉の淡々とした報告に、他の艦より多い訓練申請を出して苦笑していた偵察隊指令の顔を思い出しながら、ヤンは苦笑しつつ准尉に話す。

「准尉。
 訓練のレポートと一緒に私の名前で返信を送ってくれ」

「了解しました」

 無言で文面を作り出す准尉から視線をそらすと、そこにいたのは副長のパトリチェフ大尉。
 上官とはいえ、経験からすればはるかに上にあるパトリチェフ大尉に対してヤンは敬意を払っていた。
 そんなパトリチェフ大尉から出た言葉はあくまで軽い苦言という所。

「艦長。
 返信ぐらい自分で考えたらいかがですか?」

「副長。
 自慢じゃないが、私の返信だとけっこう人を怒らせる事が多くてね。
 円滑なコミュニケーションというやつだよ。
 で、副長から見て、実戦に投入できるレベルだと思うかい?」

 できないものは人に任せるのが人生のコツ。
 それはパトリチェフ大尉も分かっているので、各ブロックから送られたレポートを手元の画面に出して、パトリチェフ大尉がヤンの質問に答える。

「大丈夫でしょう。
 他の隊の訓練レベルと比べても問題ないレベルですし」  

「よし。
 休憩の後に、各ブロックの仕官を集めてくれ。
 実戦に向けて最後のミーティングをしよう」




「我々の初任務は第十偵察隊の一隻としてイゼルローン方面への偵察です。
 第十偵察隊は戦艦一隻、巡航艦二隻、駆逐艦240隻によって構成され、イゼルローン回廊の偵察が目的のため、その殆どを単独行動になります」

 宇宙はとにかく広い。
 その為、この程度の数での偵察となると、ほとんどが単艦行動になってしまう。
 手を上げて発言を求めたのは戦術長を勤めるアッテンボロー中尉だった。
 実際の武器使用などは彼が管理するので、戦いたいのが顔に出ていたりする。 

「艦長。
 敵と出会ったら、戦ってよろしいので?」

「駆逐艦一隻で倒せる敵ならばね」

 相手がいる。
 つまり、帝国軍が侵攻艦隊を率いている場合、偵察もその確実性を考慮して複数体制にすると言っているのだ。
 と、なると、平時の偵察体制で単艦で航行しているこちらは勝てないから、逃げると暗に言っているのだった。
 帝国と同盟では、基本的に軍艦の性能に差がある。
 領内の反乱に対応するために惑星降下能力を持つ帝国軍軍艦はそれにリソースを取られて、攻撃性能が同盟に比べて一割ほど落ちているのだ。
 更に、ワープ能力を省いた護衛艦と当たった場合はその性能差は三割まで広がり、エル・ファシル会戦では同盟護衛艦の奮闘が勝利に貢献したと言っても過言ではない。
 この性能差は帝国でも問題になっているが、ひとまずの解決策として一個艦隊の編成を同盟より多い15000隻にする事で応対しているらしい。

「まぁ、敵の駆逐艦三隻までならなんとかなるでしょう。
 最初から噂の高速戦艦と当たったらなんて考えたくないですから」

 航海長であるアルテナ中尉の言葉はある意味当然の事だった。
 単艦偵察任務の場合、先行して駆逐艦に搭載している偵察衛星や数機搭載している単座戦闘艇スパルタニアンを出しているからだ。
 万一、敵がいる場合はそれが先に破壊される。
 そして、それが破壊されるという事は、逃げる時間が与えられている訳で、侵攻軍である帝国軍よりも同盟軍はこの付近の航路データを握っていたのだった。
 それを覆しかねない脅威としてみなされていたのが、最近帝国艦隊に配備されつつある新鋭戦艦である高速戦艦と呼ばれる種類である。
 コンセプトは簡単で、「最大三割近く広がる兵器の性能差を大型化によって克服しよう」というもので、コスト度外視で作られたこの艦艇は高火力・重装甲・高速と三拍子そろった新鋭艦で、その登場から同盟艦艇に衝撃を与えていたのであった。
 万一、こいつと出会ったら逃げられない可能性が高いと司令部情報からも注意がつけられている代物である。
 基本的に、駆逐艦というのは艦艇の主力であると同時に、雑用係でもある。
 ありとあらゆる場所に投入される消耗品と言ってしまえば身もふたもないが、高速戦艦なんてしろものはこちらの戦艦に相手をしてもらって、こちらは敵の駆逐艦を相手にというのが一番楽ではあるのだ。
 もちろん、この駆逐艦とて高速戦艦を撃沈しうる武装は持っているが、それをするには高度な技量と大量の運が必要になってくる訳で。

「まぁ、出会わない事を祈りたいが、対策はある。
 戦術コンピューターのマニュアルの中に入れているので、各自目を通して忌憚ない意見を述べてくれ」

 ヤンの言葉にそれぞれ手元のコンピューターを操作し、そのペテンとも取れる対処方法に皆呆れ顔を浮かべるばかり。
 ヤンとの長い付き合いかつ後輩であるアッテンボロー中尉が皆を代表してその感想を述べる。

「艦長らしいといえば、らしいのですが……いやはや。
 戦術長として、何も付け加える事はありません」

「これをやられた方は怒り狂うでしょうなぁ。
 こちらも何も言う事はないです」

 パトリチェフ大尉も苦笑してヤンの案を了承し、准尉と航海長のアルテナ中尉は唖然としつつも異議を挟むつもりはないらしい。
 こうして、最後のミーティングの後、駆逐艦ソヨカセV39は第十偵察隊の一隻としてイゼルローン回廊の偵察に出発し、そこて初戦闘を行う事になる。
 ミーティング終了後に、准尉がぽそっと呟いたが、全員部屋から出た後だったのでそれを耳にした者はいない。

「あれ?
 これ、もしかしてフラグ?」



 偵察任務開始から一ヶ月後。
 単独行動をしていたソヨカゼV39は、偵察衛星からの報告で数隻からなる船団を発見する。
 戦闘配置を取ったソヨカゼV39クルーの緊張の糸を切ったのは、偵察衛星を管理していた准尉の報告だった。 

「確認取れました。
 フェザーンの民間軍事会社所属の船団です。
 司令部からも航路予定が確認されています。
 巡航戦艦一隻、巡航艦二隻、駆逐艦二十隻、輸送船二十隻の規模で、衛星が捕らえたのはその本隊と思われます。
 巡航戦艦一隻と同盟型旧式駆逐艦十隻と中型輸送船二十隻を確認」

 民間軍事会社と言えば聞こえはいいが、つまる所傭兵である。
 同盟と帝国の敵意をまともに受けたフェザーンは軍備増強に走るが、軍備は基本的に金食い虫である。
 それを傭兵という形にして同盟と帝国に売り込むあたり商人国家としてのしたたかさがあるというか。
 さすがに同盟と帝国を股にかけるような傭兵の雇用契約はフェザーン国家としてさせていないが、フェザーンは同盟と帝国それぞれに大体一個艦隊規模の傭兵船団を送り込んでいた。
 このあたり、国力が増えた結果同盟帝国双方から警戒されて、情報を流して漁夫の利戦略が取れなくなったフェザーン苦渋の選択だというのを知る者は少ない。
 双方に兵を派遣して、それによって戦争をコントロールしようとし、更なる悪循環に陥っていたりするのだが、ひとまずおいておく。
 その為、互いに艦の識別をつける為、同盟は緑、帝国は藍色、フェザーンは黄色のカラーで船体を塗っていたりする。
 なお、フェザーン艦隊の主力艦である巡航戦艦というのは大気圏降下能力がある帝国戦艦をベースに、装甲を削った代償に速力と火力を強化した戦艦で、傭兵らしく弱い敵をいじめて、強い敵からは逃げるというコンセプトの元に作られている。
 この船は帝国内部の反乱や海賊襲撃において大いに効果を発揮し、今では海賊の御用達とまで言われるほどのブランドを持っている。
 なお、この巡航戦艦を相手に煮え湯を飲まされた帝国が作り出した切り札が高速戦艦だといえば、その脅威もわかろうというもの。

「艦長。
 フェザーン船団の指令から通信が来ています。
 繋ぎますか?」

「繋いでくれ」

 准尉が通信を繋ぐと、モニターには同盟軍服を着たフェザーン船団の司令官が同盟式の敬礼をしてみせた。
 こんな所をうろうろする以上、所属ははっきりさせる必要がある訳で、この船団は同盟軍と契約して同盟軍の指揮系統に形上は組み込まれている事になる。

「はじめまして。艦長。
 民間軍事会社カウフ・セキュリティ所属、同盟契約船団指令のアレクセイ・ワレンコフ代将相当官です」

「自由惑星同盟エル・ファシル管区警備艦隊、第十偵察隊ソヨカゼV39艦長のヤン・ウェンリーです。
 現在わが艦はこの宙域を偵察任務中ですが、貴船団の目的を伺っても構いませんか?」

 ひっそりと准尉がワレンコフ代将相当官のデータをヤンのモニターに転送する。
 現自治領主ワレンコフの親族で、イゼルローン方面軍司令部と後方活動の業務契約を結んでおり、命令系統はイゼルローン方面軍司令部に属する。
 所属船団は1000隻程度でその半分を輸送船がしめる等のデータを眺めながら、ヤンは商人らしいふくよかな笑みを見せるワレンコフを眺めた。

「何、ゴミ漁りだよ」

 イゼルローン回廊出口から同盟領にかけて、同盟と帝国が幾度と無く戦火を交わした結果、無数の残骸が浮いている。
 それすら、無駄に広がる宇宙空間において塵にしかならないのだが、その手の残骸は金になるのだ。
 敵国艦艇なら研究用に、自国艦艇なら遺品回収に。
 そうしたゴミ漁り専門の連中らしい。

「何か変わった事はありませんか?」

「今の所はないな。
 どうかね?
 こちらは、同盟軍公認の商人でもある。
 何か入用な物があったら融通するが?」

 げに逞しきは商人なり。
 あまりに広大な戦場ゆえ、同盟・帝国軍ともどもこの手の商船からの売買は自己弁済に限り黙認していた。  
 こんな所で、酒や煙草の嗜好品が手に入るならば兵の士気も大いに上がる。
 それを逃すような指揮官は大体戦に負けるのだ。

「お願いします。
 良い紅茶葉とブランデーがあったら」

「わかった。
 女はどうだ?」

 飲む打つ買うは戦場の花。
 きっとあの輸送船のどれかが移動娼艦にでもなっているのだろう。
 ヤンとて男である以上、その誘惑が無い訳ではないが、そこを帝国軍に襲われたら目も当たられないと首を横に振った。

「遠慮しておきましょう。
 帝国軍はどうかしりませんが、同盟は女性兵の比率が高いので」

 古くからの軍隊から伝わる有名かつ卑猥なたとえの男女比は、

「パンが一つに対して、ソーセージが四個」

 まで同盟軍の女性将兵比率は接近していた。
 その貢献に大いに役立っていたのは、現在通信を繋いでいる准尉をはじめとしたアンドロイド達なのだが。

「了解した。
 互いの位置情報を交換しておこう。
 あと、他の艦にも我々の事を知らせてくれると助かる」

「了解しました」

 物資購入の手続きをしながら、呟いた准尉の言葉を隣にいたアルテナ中尉が耳にする。
 それを聞いて顔をしかめたのも仕方がないだろう。

「順調に襲撃フラグが立っていくなぁ……
 アッテンボロー中尉に頼んで、あの船団の防衛戦闘のデータ構築しておかないと……」 
 

 
後書き
パンとソーセージのたとえは某最強チート国家海軍のネタから。
そこの空母では男女比がパン一つに対してソーセージは七本まで男女比は縮んでいるらしい。 
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