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鋼殻のレギオス 三人目の赤ん坊になりま……ゑ?

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第一章 グレンダン編
道化師は手の中で踊る
  眠る剣と女王の剣

 
前書き
本当に遅くなりました。
申し訳ないです。 

 
 内力系活剄が身体に満ち、それに伴って強化された腕で、花瓶を力任せに壁に叩きつける。
 材質、意匠と、グレンダンで高名な陶芸家が凝らせるだけの質と技術を凝らした壺が、無惨な音を立てて壁の装飾と共に砕け散った。
 砕け散った破片は大理石の床へと落ちていく。
 おそらくグレンダンで、一番高価で芸術的価値のある壺を投げた人物……ミンス・ユートノールは砕けた破片を見て、腹の底で煮えたぎる怒りが最高潮に達し、同時に引いていくのを感じた。
 投げた壺は人から送られた物で、普通なら謝るべきだがミンスは砕け散った破片を見てほくそ笑んだ。
 この壺は、ミンスの兄であるヘルダー・ユートノールが、グレンダンの女王であり、彼の婚約者でもあったアルシェイラから送られた壺だ。
 幼少の頃より忌々しいと思っていたものである。罪悪感など欠片もない。
 仮に今の行動でミンスの激情が引いていなければ、彼は怒りのまま王宮へと乗り込み、行われているであろう祝宴をブチ壊すべく自身の錬金鋼を復元し、その刃を貧しい孤児に向けていただろう。
 そうレイフォン・アルセイフ……いや、天剣授受者、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフに。
「何故、わたしではないッ!」
 テーブルに顔を伏せ、忌々しげに呟く。
 レイフォンにとっては理不尽に等しい感情、しかしミンスにとっては当たり前の感情なのだ。
 ユートノールというグレンダンを統べる三王家の後継ぎである自分と、グレンダンではありふれた孤児であるレイフォン。
 どちらが選ばれるなら、自分が選ばれるはず……いや、自分が選ばれるべきだと、ミンスは確信していた。
 ミンスは青年と少年の狭間にいる歳だ。少年と言ってしまえる歳であり、青年と言ってしまうには少々若い。
 一応、グレンダンの法律上は結婚できる歳ではあるが、それでもまだ少年の青さというか、そういう甘えのようなものが顔から抜けきっていない。
 自分よりも若い。いやいっそ若すぎると言えるレイフォンに反感を覚えないわけがなかった。
 たかが剄が強いだけの孤児が栄誉ある天剣の称号を手に入れた。
 プライドが打ち砕かれ、嫉妬するのは至極当然であった。
 ミンスには、出ることさえさせてもらえなかった選定式で優勝したレイフォン。
 一時は民から期待があったミンスを差し押さえ、最後の天剣授受者の席を手に入れたのだ。
 何度も言うが、たかが孤児がだ。
「これは陰謀だ」
 再び怒りに震え始めた体を押さえながら、ミンスは言った。
 妄言ではないとミンスは確信する。
 実際、確信できる事件があった。
 十年前、ユートノール家とアルモニス家の間では婚約が予定されていた。ミンスの兄であるヘルダーと女王であるアルシェイラ。
 代々、王族間の血を薄ませないため、王族同士の結婚が決められている。しかし濃すぎる血は弊害しか生まない。そこで王族たちは血を三つに分け、二代同士で婚姻をする方法が取られた。
 アイシェラは天剣授受者であるティグリスのロンスマイア家とアルモニス家の間で生まれた。
 上手くいけばグレンダン最強のアルシェイラ以上の武芸者が生まれる……はずだった。
 だが現実はそうではなかった。十年前、あろうことかヘルダーは婚約者のアルシェイラを捨てた。
 捨てた理由も前代未聞、家の侍女と駆け落ちしてしまうというものだった。駆け落ちした相手は、アイシェラに比べれば美も強さも劣った相手にも関わらず、ヘルダーはアルシェイラを選ばなかった。
 聞伝えだが、子供も出来ていたそうだが死んだと聞いた。
 怒るべきであろうアルシェイラ、しかし男女の情が薄い彼女は苦笑を示しただけだった。
 順当にいけば次の婚約者には弟であるミンスが選ばれるはずだ。しかし未だにそういう話はない。 
 噂に過ぎないが、アルシェイラがヘルダーのことを未だに愛しているからだという話もあるが、だがミンスはそう思っていない。
 むしろ逆だ。憎しみを抱いていると思っている。
 自分を捨てたヘルダーを、そしてユートノール家を恨んでいるのだ。
 アルシェイラの性格を熟知していれば笑い話ですんだかもしれないが、ミンスにとって笑い話では片付けられなかった。
 なぜならミンスの両親はすでに死に、ユートノールはミンス一人きりだ。
 ミンスが死亡した場合、そのあとにユートノールの名を継ぐのはミンスの父の兄弟ではない。
 彼らの継承権が低い。三王家法に明記されている。
 それならば誰がユートノール家を継ぐのか? 答えは簡単だ、残り二王家の当主の子供からとなる。
 しかしアルモニス家当主であるアルシェイラには子がいない。
 だがロンスマイア家には子供が数人いる。意外というかなんというか、若い頃のティグリスは節操なしだったそうで噂ではデルボネとも関係を持っていたらしい……あくまで噂だ。
 アルシェイラは合理的にユートノール家を滅亡させる気だ。
 そうでなければ、十二人目の天剣授受者に三王家の中で期待されている自分が選ばれてしかるべきだろう。
 だが結果はどうだ? 実力を示す機会さえ与えられず、立場を孤児に奪われた。
 策略であるとしか言いようがない……あくまでミンスはそう信じる。
「なら、わたしには考えがある」
 考えが正しいのであれば、アルシェイラはミンスを近いうちに謀殺するだろう。
 だがただで死ぬつもりなど、ミンスにはない。
「……その立場が絶対不可侵だとは思わないことだ」
 追い詰められた鼠でさえ、猫を噛むのだ。
 自分も生き残るために、牙を向いて何が悪い。
 歳に似合わぬ凄惨な考えをしていたミンスを我に返らせたのは扉を叩く音だった。
 扉が開け、規則正しくお辞儀しながら入ってきたのはミンス専属の執事だった。
「失礼いたします。ミンス様、こちらをご覧下さい」
「なんだ?」
 声に気持ちが乗り、荒くなってしまった。
 長年付き添う執事に当たりたくはなかったが、激情を全て飲み込めるほどミンスは大人ではない。
 執事は気にすることなく一枚の書類をミンスに手渡す。
 受け取ったミンスはそれを見て、笑みを深める。
「本当か?」
「えぇ、外傷は治っていますが意識のほうが戻っておりません」
「……そうか」
 ミンスは書類を指で弾いて言った。
「ではそのシキを囮に使おう。ただの孤児だ、仲が良いと言われてるが仮に死んでも大したことにならないだろうさ」
 ミンスは天剣授受者選定式には出席していなかった。つまりシキとレイフォンの戦いを人づてにしか聞いていない。聞いたとしても笑い飛ばしていたが。
 もしも、ミンスがレイフォンとシキの戦いを見ていたなら。もしも、シキを『シノーラ』が溺愛していると知ったなら。もしもレイフォンがミンスよりも優れた武芸者だと気付けたなら、ミンスは考えを変えたかもしれない。
 しかしミンスは気付けなかったし、気付こうとしなかった。
 結論だけ言おう、ミンスはシノーラ・アレイスラ……いやグレンダン女王、アルシェイラ・アルモニスの逆鱗に触れた。


「レイフォン、選べ」
 デルクはそう呟くと、目を閉じて一切口を開かなかった。
 天剣授受者を決める戦いの前夜、レイフォンはデルクと共に道場にいた。
 目の前には二つの錬金鋼、剣と刀だと思われる物が置かれていた。
「……」
 鈍感と言われるレイフォンでもさすがにわかった。決戦前夜にサイハーデンを継ぐか、継がないか聞いているのだろう。
 その考えに思い当たり、そしてシキの顔が思い浮かんだ。
 シキの方が強いとレイフォンは考えていた。なぜ自分に決断を迫っているのか、レイフォンには検討が付かなかった。
 だからレイフォンは質問した。
「なんで、シキじゃないんですか……」
「シキは……いや、あの子は一つの場所に留まれるような気質じゃない」
 デルクは懐かしそうな目で、レイフォンの質問に答えた。
 レイフォンが困惑していると、デルクは言葉を続けた。
「あの子は間違いなく武芸者としては最高位に上り詰めるだろう。だがな、あの子はサイハーデンを飛び出して、様々な武芸を習っている。そして、その影響かあの子のサイハーデンの技は変化している」
「……で、でも強いんだ、僕よりも」
「あぁ、強い。だが、あの子は弱い」
 レイフォンは疑問符を浮かべる。シキが弱いなど一度も思ったことはないからだ。
「あの子はお前が思っているよりも強くないさ。あの子はお前を羨んでいた」
「羨む? そんな、シキが……」
「レイフォン」
 デルクは刀の錬金鋼をレイフォンの前につきだした。
「シキとの戦いで全力を持って挑め。勝ってから、継ぐか継がないか決めなさい。お前も武芸者だろう、勝って掴んでこい」
 その言葉を聞いたレイフォンは刀を持った。
 負けたくない、そんな気持ちがレイフォンの背中を押した。
 勝って、シキを認めさせる。そう思いながら、刀を振るいレイフォンは勝った。だが、勝利したレイフォンに待っていたのは高揚感でも充実感でもなく、ただただ親友を斬ってしまったという後悔だけが残った。


「ではレイフォン・アルセイフ……いや、今日からはレイフォン・ヴァルフシュテイン・アルセイフか? 今日から君が天剣授受者だ」
「……」
 豪華な装飾、広々とした部屋、ここはグレンダン王の宮殿、そして女王の謁見室である。
 試合に勝ったレイフォンは女王から天剣を賜る栄誉を受けている。
 女王は御簾で顔を隠しているた。その手には数時間前まで握っていた天剣がある。
 受け取れ、と言っているのだろう。しかし、今のレイフォンにそんな栄誉は要らなかった、むしろ捨て去りたかった。
 それもそうだろう、親しい友の血で汚れた栄誉など誰が欲しがるのか。
 だが、女王は至極楽しそうにこういった。
「どうした? 友の血で汚れた天剣(コレ)は握りたくないか?」
「ッ!!」
 レイフォンの気持ちが一瞬で沸騰した。
 女王だということも忘れて、レイフォンは剄を練り女王に向かって駆け出そうとした瞬間、頭を掴まれ床に叩きつけられた。
 天剣でもっとも殺剄が得意であるカナリスがレイフォンに気づかれぬよう背後に回って取り押さえたからだ。レイフォンは荒く息を吐きながら、女王を睨みつける。
「そんな眼をしないでくれ、まるで獣だぞ」
「あんたか? あんたがあの戦いに天剣を放り込んだのか!?」
 八つ当たりだとレイフォンでも分かる。あの時の天剣がもしも女王の差金だったとしても、シキを容赦なく切り捨てたのは自分だとこの手が覚えているからだ。
 だが、女王はあくまでも楽しそうな声を崩さなかった。
「そうだ、と言ったら満足するか? あれは完全に予想外だった。まさか天剣自らが使用者を選ぶためにあんな行動に移るとは……」
「じゃあ、じゃあなんで最後、基礎状態に戻ったんだ!!」
「答えは簡単だよ、レイフォン。シキの剄力に天剣が耐え切れなかった」
 その言葉を聞いて、レイフォンは唖然とした。それもそうだろう、都市一つを破壊できる天剣授受者の剄を受けきる錬金鋼でも耐え切れないと断言されたのだ。
「それにな、レイフォン。耐え切れていたら、今頃立場は逆転していたと思うよ」
「あっ……」
 最後の鍔迫り合い、レイフォンは負けていた。勝ったのは運が良かっただけだとレイフォンはここで気づいた。
「今回は不幸な事故だった。君たちは強大な剄を持ち、それを全力で振るう機会などなかった。全力を知らないで戦うなど、最大の不幸ではないか」
「……」
 そう不幸だったのだ。強すぎるという不幸。知らないという不幸。レイフォンとシキが戦ってしまったという不幸。今回、シキがああなったのも不幸な事故だと女王は語った。
「それに……シキはまだ本気を出していない」
「……」
 もうレイフォンは驚かなかった。シキの全力までとはいかないが、自身の異常な剄力の遥か上を行く剄力の片鱗を見たのだ。あれが本気なわけがない。
「シキは自分の力を怖がっていた……本人もそう言っていたけどさ、ぶっちゃけシキが優柔不断なだけなんだけどね」
「えっ?」
 突然、女王の口調が変わり聞き覚えがある口調となる。
 御簾の向こうが騒がしくなり、女王と誰かが言い争っているようだった。やがて騒ぎが収まり御簾が上がっていき、女王の姿をレイフォンに見せつけた。
「さぁ、レイフォン? グチグチ言ってないで顔をあげなさい。今日からあなたは私の剣なんだから。あっ、カナリス離してもいいわよ」
 そこに立っていたのは、シキとまったく同じ顔を持つシノーラだった。
 そしてシノーラの言葉に無言で従ったカナリスは、レイフォンを開放した。それだけでもシノーラが女王だということを信じざるを得なかった。
「な、なんでシノーラさんが」
「ん? シノーラは偽名なのよ。本当の名前はアルシェイラ・アルモニス、このグレンダンの女王」
 レイフォンは眼を何度も瞬かせながら、頭を捻った。シキの知り合いはどうなっているのかと。
「そして見せてあげる。嫌なぐらい最低最悪、もうこれ以上ない凄惨な戦場をね。レイフォン? 怖気づいた?」
 レイフォンにはアルシェイラの言葉半分の意味もわからなかったが、自分がとんでもない場所に飛び込んだことだけはわかった。
「さぁ、受け取りなさい。レイフォン・ヴァルフシュテイン・アルセイフ、罪の重さを感じながら戦いなさい」
 不敵な笑みを浮かべながら、アルシェイラはレイフォンに天剣を放り投げた。
 天井の照明を反射させながらレイフォンの手に収まった天剣は、アルシェイラの言葉通りまるで罪の象徴のようにレイフォンの目に映った。


 リーリンは眠気を堪えて、看病していた。
 病室のベッドに寝ているのはシキだ。
その様子はまるで精巧に作られた人形のようであった。
 あの天剣授受者選定式から一週間、シキは眠り続けていた。そしてこの一週間、リーリンは孤児院に帰っていない。時々、様子を見に来るデルクや天剣たちに世話されながら病院に居座っている。しかし、この一週間レイフォンの姿を見ていない。
 王家からの補助金もあり、最高のスタッフと器具を動員してもシキが目覚めることはなかった。
 いや、実際はシキの体は健康そのものだった。
『信じられない。傷口が完全に……いや、傷なんてないんですよ』
 担当した医師が言った言葉だ。
 傷口が塞がっているというのだ。医師の言葉から察するに傷が消えてしまっているそうだ。
 あり得ない、この一言に尽きる。
 いくらシキが常識はずれの剄を持っていても、内臓まで達した刀傷を一日でくっつかせて、完全に治癒することなどできるはずがないと武芸に詳しくないリーリンでもわかる。
 リンテンスの鋼糸が影響したかとも思われたが、リンテンスが否定した。
『俺の糸は治療用ではなく純粋な戦闘用だ……後遺症のほうが残る可能性が高い』
 たがシキの体は治っている。喜びたいところだがシキの意識はあれから戻ることはなかった。
「……ごめん、ごめんね、シキ」
 リーリンは耐えきれずに涙を流す。
 後悔だけが押し寄せる。
 あの日、レイフォンとの戦いの最中、リーリンはシキを応援していなかった。レイフォンが勝てばいいとずっと思っていた。
 シキとレイフォンが殺し合いをするなんて信じたくなかった。……いや、レイフォンの刃がシキを切り裂くその瞬間まで認識していなかったからだ。 体から真っ赤な液体を絶え間なく流し続ける弟を見て、リーリンはようやく理解した。
 二人が殺し合いをしたのだと。
 グレンダンは汚染獣の襲撃が多いが、リーリンは本当の命をかけたやり取りを見たことがなかった、いや見る必要がなかったと言える。
 レイフォンやシキたちも汚染獣と戦ってきてもニコニコしながら怪我ひとつなく帰ってくる。
 心配はしていたが命の心配まではしていなかった。酷くても汚染物質の軽度な汚染などで命を心配する必要はなかった。
 だけれどもリーリンは思った。それはシキとレイフォンの実力が凄くて、怪我をする程の敵ではなかったのではないかと。
 ならば、その二人が手加減の一切を捨てて戦ったらどうなるのか……。結果は未だ寝ているシキだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
 涙を流しながらリーリンは起きない弟に向かって謝罪の言葉を何度も口にする。
 しかし、シキが聞いていたのなら首をふってこう答えるだろう。
『ばーか、不安にさせないために俺やレイフォン、武芸者がいるんだぜ?』
 ニヤリと笑いながら、言うことだろう。
 結局、シキはその後一ヶ月、起きることはなかった。


 気がつくと、シキは真っ白な空間にいた。
「……あれ?」
 辺りを見回すが、真っ白な空間が広がっているだけでなんの面白みがなかった。
 頭を捻ってなんでここにいるのか考えてみて……ふと、思いついた。
「天国、かな?」
 死んだ人が逝く場所だと聞いたことがある。
 シキ自身、天国は信じてなかったがこの空間を見て、思いついたのがそれだった。
 鈍かった頭が働き、シキはレイフォンとの殺し合いを思い出す。
 負けた、そう負けたのだ。だが、勝負がつく直前の記憶がない。ポッカリと失っているのだ。
 とりあえずシキは歩こうと一歩踏み出した。硬い感触が返ってくると思ったのだが、柔らかいゴムのような感触が返ってきた。
 シキは嫌な予感がして、足元を見る。そしてソレを見て凍りつく。
「な、なんだ」
 顔、そう顔があったのだ。
 まるで彫刻に掘られたように無個性の顔がそこにはあった。よく見れば、真っ白だった空間一面に顔がびっしりと埋まっている。
「恐怖しテるナ?」
「ダが、安心シろ」
「オ前も時期ニこうナる」
 何人もの人間が合唱したような奇妙な声だった。
 シキは不安をかき消すために叫ぶ。
「なんだ、お前らは!!」
「取り込ムト言ッただロう?」
「安心シろ。一ツになルだけダ」
 ズブッとシキの足が顔に吸い込まれる。
 それに気づいたシキは剄を使おうとするが、一向に剄が練れないことにパニックを起こす。
「な、なんで剄が」
「無駄ダ、コこではツきの力ハ使エなイ」
「抵抗スるな、小さキ子ヨ」
 ついに胴体まで吸い込まれ、どんどん身体が何かに侵食されるような感触を味わう。
 意識が薄れていき、手に力が入らなくなっていく。
 シキは死を覚悟したが、まさかこんなところで死ぬとは思わなかった。
 いや……
(もうレイフォンに殺されてるのに、死ぬなんておかしいか)
 取り込まれる直前になって、シキは思い出した。
 レイフォンが振り下ろした焔切りに切り裂かれて、痛みのあまり失神したのを。
 レイフォンを恨む気持ちはない。真剣勝負だったのだ。例え、武器のせいで負けたとしてもソレは自分に運がなかったのだということだ。
 リーリンや孤児院の人々、天剣やクラリーベル、自分を殺してしまったレイフォンを残して死ぬことは残念だが、後はレイフォンが上手くやってくれることを信じようとシキは思った。
 悲しいとは思わない、無残なひき肉のような死か、汚染獣に食い殺される、そんな悲惨な死に方をすると思っていた自分が、顔に取り込まれて死ぬという比較的に安らかな死で終わるのだ。
五体満足で死ねるなら、それに越したことはない。例え、得体の知れない者たちに取り込まれるとしてもだ。
「サぁ、一緒ニなろウ」
 最後に、シキは腕を伸ばした。
 誰かに取ってもらいたいわけではないし、やったシキ自身が一番驚いている。
ただ、生き残ることを信条としたサイハーデンの教えが、シキが持つ最後の生存本能を刺激し行動に移した反射だった。
 力いっぱい伸ばした手を……誰かの手が握り締めた。
「なぁにこの程度の奴にやられそうになってんだ。この男女」
 握り締めた誰かはシキを強引に引き上げる。諦めかけていたシキは目を見開いて、引き上げてくれた人物を見る。
 男性で長身の赤髪、その頭にはサングラスを付けており、首にネックレスをかけていた。だが手に持っている金棒のような鉄鞭に目を惹かれた。
 身体を寄せられ、シキはボーっとその男の顔を見た。男はニヤリと笑いながらシキにこういった。
「これで貸し借りはなしだ」
「……」
 声を出そうとしたシキだが、声が出ずに息を吐くことしか出来ない。
 男はそれを見て、さらに満足そうに笑う。
「はっ、そこで見てろよ」
「何者……イや、お前ハ」
「ソウか、オ前はあノ女の飼イ犬だな」
「邪魔ヲすルな」
 顔たちが動き出し、男を排除しようとする。
 だが男は獰猛な笑みを浮かべて、鉄鞭を地面に振り下ろし、向かってくる顔たちを威嚇する。
「バカを言うな、お前らに奪わせるもんなんてない。それに……コイツには借りがある」
 男の言っている意味が分からず、シキは動かない頭を必死に動かしながら今まで出会って来た武芸者を思い返す。だが、思い当たるものはなかった。
「あぁ、お前には訳が分からないよな。安心しろよ、その内嫌ってほど理解するぜ? 覚えておけ、おれの名前は……」
「消エろ、飼い犬風情ガ」
 顔は一斉に男に向かって襲いかかる。
 だが男がするのは単純な事だった。
 腰を落とし、鉄鞭に込めた剄を一気に開放する。
 男の身体が消え、光が軌跡を描く。その姿は話に聞く雷光のようであった。
「おれの名前はディック。強欲都市のディクセリオ・マスケインだ」
 そこまで聞いて、シキは意識を落とし眠りについた。


 血反吐を吐き、レイフォンは地面に叩きつけられた。
 しかし、なんとか反撃しようと受身を取ろうとするが足に鋼糸が絡み、受身を取れずに地面を滑っていく。
 今、戦っているのは空中庭園だ。落ちたら武芸者といえどもただでは済まない。
 だが相手の容赦ない攻撃でレイフォンは落とされかけていた。なんとか体勢を立て直し、手で動きを止めたが、たった数分で息が切れていることに気づき舌打ちをする。
「ゼッ、ハァ……ゼッ」
「息を整える前に周りを見ろ。一面、クモの巣だぞ?」
 レイフォンはその言葉を聞いて、一目散にその場から離れる。すると、一瞬前までレイフォンがいた場所に数本の鋼糸が巡らされていた。
 訓練して一ヶ月、ようやく避けることができてきた。相手は手加減に手加減を重ね、手心まで加えているほどだが、それでも大躍進には違いないとレイフォンは思っていた。
「いいか、手だけで剄を通すな。身体全体で同じことをしろ、それまでは刀で修行するな」
「ハイっ!!」
 鋼糸を避け、腕から通した剄で滑らせるように鋼糸を弾きながらレイフォンは返事をした。
 相手、リンテンスは無愛想な目でレイフォンを見る。最近、それが基本だと気づけたのはシキの話を聞いていたからだろうか、それとも自分が慣れてしまったのかはレイフォンにはわからなかった。
 さらに十分ほど動いたレイフォンは、疲労困憊になりながらリンテンスにお辞儀していた。
「ありがとうございました!」
「あぁ、決して鋼糸の練習はするな」
 なぜキツく言ったかというと、シキがリンテンスの目を盗んで一人で修行し、右腕の骨まで切り裂いたことがあるからだ。
リンテンスはキツくそういうと振り返らずに王宮へと足を運んだ。
しばらく王宮を歩いていると、トロイアットが片腕を上げながらリンテンスを呼んだ。
「なぁ、旦那。なんであいつ鍛えてんの?」
「……暇つぶしだ」
「二人目の弟子取ろうとしてんの? まぁ、俺もシキを弟子にしたけどあいつ並みに扱えんの?」
「無理だな。多少はできるだろうが、せいぜい子グモ程度だろう」
 そうだろうな、とトロイアットは今も訓練しているレイフォンの姿を見てため息をつく。
 女ばかりに目が映るトロイアットだが、シキのスポンジ如く自分の技を覚えていくのは教えていて楽しかったし、同時に内心ヒヤヒヤしていた。
「なんであいつ負けたんだろうな」
「弱かったからだ。シキよりもあの小僧の方が勝つ気持ちが強かった、それだけだ」
「うへぇ、旦那は厳しいこって……まぁ、鍛えているのはあの坊ちゃんの暗殺から守っているからだと思ったよ」
「んなことはさせねえよ」
 トロイアットの話に割り込んだのは、ルイメイだった。
 こちらは若干そわそわしながらレイフォンの訓練姿を見ていて、普段のルイメイを知っている者からすれば少し不気味である。
「おやおや、まさかルイメイのおっさんにこんな一面あるとは思わなかった」
「黙っとけ腰軽。レイフォンにはルシャが世話になっているから仕方なくだ」
 顔を赤くしながらそういうので、トロイアットは軽い吐き気を覚えながら目をそらした。リンテンスはあまり気にせずに話を進める。
「今回の事件は単純だ」
「あぁ、むしろよくも天剣が力を貸すことになったもんだ。……知らないってのは不幸だな」
 リンテンスは煙草に火をつけながら、紫煙をぼんやりと見る。
 トロイアットが手を挙げながら質問した。
「俺たちは何かするのかね」
「なにも」
「マジ? ルイメイのおっさんも?」
「あぁ、ルシャとのアイシャの時間を作ってやれる」
「マジかよ、そいつは重畳だ。女のベッドで寝てればいいなんて、こんなありがたいことはないね、涙が出てくる」
「まったくの同感だ、不本意ながらな」
 トロイアットとルイメイは笑い合った。
 しかし、リンテンスの言葉で表情を陰らせる。
「悪人にもなれないとはな……ピエロ以下の道化師だ」
 意味はわかる、むしろ分からなければおかしいくらいだ。
 ミンスの企みは失敗する。おそらくくだらない女王の機嫌で終わる。女王とはそういう存在であると天剣たちは知っているからだ。
 真面目に革命を起こせると思っているのはミンスと周りの側近くらいではないだろうか。
 哀れ、いやいっそバカバカしいとも言えてしまう。
「しかしなぁ、協力するのが五人だぜ? 五人」
「カルヴァーンは苦労症として、サヴァリスは戦いからだろうし、バーメリンとカウンティアはシキの怪我についてだろうし……カナリスはなんだ?」
 そんな会話をしていると、声が降りかかった。
『汚染獣が接近しています。老生体二体。戦闘域への到達は二日後ぐらいですわね』
 のどかな声ないつもどおりのデルボネの声が聞こえる。
 先日、無理やりシキのお見舞いに行って心配させたがそれは杞憂に終わったらしい。
 念威端子からは質問に答える声が留まることを知らない。それだけデルボネを信頼していることだが、その信頼が無くなった時どうなるか想像もしたくない。
『では、リンテンスさんを後詰にレイフォンさんが出動ということで。リンテンスさん、ちゃんとフォローしてくださいね? それとレイフォンさん? シキさんのことを気に病むのもいいですが幼馴染のフォローもいたしませんとポイント減点ですよ、お見舞いも行ってないそうじゃありませんか』
 珍しく叱咤する声を聞いて、庭園にいたレイフォンは頭を下げていた。
その様子を見ながらルイメイたちは少し噴き出す。
そのせいでトロイアットが女性関係の話をデルボネに訪ねたが、一刀両断されてしまった。
『では皆さん、良い戦場を』
 その一言を最後に、念威端子は王宮を抜けて都市を監視するために上空へと飛んでいく。


 汚染獣来襲の一報はミンスの耳にも届いた。
 ようやく自体は動き出した。 
 

 
後書き
ミンスさん@頑張るの巻、まぁ完全にピエロ以外のなんでもないという。
今のレイフォンの状態→軽い欝、サイハーデンを継ぐか継がないか検討中、でもケジメとして刀を使っているよ。
今のリーリンの状態→結構欝、全部の責任を自分に感じちゃっている、試合中に覚醒しかけた目は仮面つけた男が一晩で封印してくれました。
今のシキの状態→身体が動かない、てか意識がない。危なくフェイスマンに取り込まれかけた、空気主人公(成りかけ)
とまぁ、こんな感じ。旅行とか行くので次回はさらに遅れる予感、ではちぇりお!


Q、シキは生きてんの?
A、バリバリ生きてます、ちょっと寝坊助のだけです。

Q、レイフォンはなんで鋼糸習ってんの?
A、何かしてないと壊れそうだから、シキの一番信用してた師匠に頼んだらなんか死にかけてる。

Q、てか主人公って強いの?
A、精神は弱い、肉体は改造されますた。

Q、作者、ルイメイ好きすぎるだろ。
A、(∩ ゚д゚)アーアー聞こえない、ぶっちゃけレギオスキャラで嫌いな人はいませんよ? ヴァティ? 機械娘で感情できるとか胸熱ですよ、胸熱……ヒロイン候補に入れるか。 
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