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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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23話「グランドウルフ戦 (2)」

「囮ですって!? アッシュを!!?」

 凄まじい剣幕でユーゼリアはガークに詰め寄った。彼女の豹変ぶりにガークはたじたじになりつつも言う。

「お、囮じゃねえって。“足止め”――」

「同じことでしょう!?」

「悪かった。悪かったってば。だがな、ランクC以上と言ったのはそっちだぜ? グランドウルフは確かにBクラスだが、魔物だし、その上“倒せ”っつってるワケじゃねェんだ。逃げ回るくらいなら、Cランカーでもできる」

「うっ」

 その言葉に思い当たる節があったのか、押し黙るユーゼリア。やれやれとガークは溜め息をつき、そして言った。

「それに、俺の勘だが、あいつは死なねェな。さっきも奴ァ言ってたぜ。“死ぬつもりは無い”ってな」

「死ぬ、つもりは…」

 それは昨日、ゴブリンとコボルトの巣を殲滅するときに言っていたこと。
 そのことを思い出すと、不意に大丈夫だと思えてきた。

(そうね。きっと心配するだけ損するわ。だってアッシュだもの。ケロッといつも通りの余裕の顔で…もしかしたらグランドウルフを倒しちゃったりして。それは無いかしら。でもアッシュだもの、ありえるわ)

 一体ユーゼリアの中でアシュレイはどういう評価をされているのか、やがて白くなっていた頬に赤みが戻り、微笑が戻った。

「頑張らなくちゃ!」





******





「警備兵はグレイハウンドの掃討を手伝ってくれ! グランドウルフはこっちの腕利きがやる!」

「わかった!」「頼む!」

 周りの警備兵達が返事をするとほぼ同時に、Vの字になったウルフ達が突っ込んでくる。

「アシュレイ! 10分だ! 10分持ちこたえろ!」

「わかった」

 事前に拾っていた握り拳大の石を、鋭くグランドウルフの赤い目に投げる。寸前で瞼を閉じられ、ウルフに傷を負わすことは出来なかったが、それで良い。
 今回のアシュレイの役目は、グランドウルフを足止めすることなのだから。

「グワアアア!」

 進行の邪魔をされたウルフが咆哮する。その憎悪の眼差しは、足元にいる小さな人間に注がれる。

(どうやら俺が魔のモノだとは気づいていないな)

 腰の剣を抜こうとして、思い留まる。
 アシュレイのこの長剣は特別製だ。たかが力を抑えた程度で同族に気づかないような小者など、真っ二つなのである。むしろ、斬れないように剣を振るう方が難しかった。

「やれやれ」

 空から落ちてくる脚の動きを先読みし、避ける。少しは必死さを醸し出したほうが良いだろうかと考えるが、服が汚れるのも嫌なので却下した。

 その大きな前脚でもってアシュレイを叩き潰そうとするグランドウルフは、自分の獲物になぜか攻撃が当たらないことに戸惑っていた。
 それは後ろのグレイハウンドを相手していた警備兵とガーク達も同じだった。

 本人とユーゼリアにはああ言ったものの、流石にBクラスの魔物をC相当とはいえ1人に全て任せるなんて、思ってはいない。さっさとハウンドを蹴散らして援護にまわるつもりだった。
 警備兵達も同じだろう。ガークやアズルのような貫禄のあるオジサンなら兎も角、一番危険で厄介なグランドウルフの足止めという役割を負ったのは、まだ20もそこそこという青年。下手をすれば息子と同い年である。

 ところが、今、彼らはまるでそんなことを考えていなかった。否、いられなかった。

「…なんだ……あれ…」

 思わずハウンドそっちのけでグランドウルフとアシュレイの攻防を見入ってしまう。

「あいつ、単に歩いてるだけだぞ……?」

 アシュレイは、グランドウルフの足下を歩いていた。ウルフの周りをぐるぐると。

「ワォ――ン―……」

 グランドウルフは高く長く遠吠えする。

「なんだッ!?」

 アズルがハウンドの牙に剣を弾き返されつつ声を上げた。

「グレイハウンドが…」

 ハウンド達は撤退し始めていた。町に侵入しようとしない。
 どういうことかとガーク達が頭を捻ったその時。ついに、最初の1匹が身を翻す。



 翻し、そして――



「ガアアッ!」

 アシュレイに牙を向けた。

「んなッ!?」

「危ねぇ!!」 
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